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__NOTOC__{{foot|ds=こみんかかふえのさんけき}}{{基礎情報 事件・事故|名称=酒谷市喫茶店殺傷事件|場所=古民家カフェ「道明庵」|日付=2023年4月1日|概要=喫茶店の開店祝いに集まっていた人々を殺傷した。|凶器=猟銃、日本刀|死者=19人}}
{{注意|内容=当記事は、「'''最近全然書いてねえ! 連休を利用してなんか書かないと!'''」という焦燥の中、ほぼノーアイデアで書き始めている文章です。}}{{foot|ds=いまさら|cat=言葉遊び|cat2=食べ物}}
'''酒谷市喫茶店殺傷事件'''は、2023年4月1日に発生した無差別殺傷事件。
'''いまさら'''とは、忌まわしきサラダである。


その場所と被害者数から、'''古民家カフェの惨劇'''と言われることもある。
==名称==
ポテトサラダがポテサラになるのだから、忌まわしきサラダはいまさらになる。火を見るよりも、思慮深い体育教師が存在しないことよりも、事前に立てた夏休みの勉強計画が破綻することよりも、「やったか⁉︎」と言った直後に粉塵の中から相手が出てくることよりも、明らかなことである。


死者は19人を数え、生還者は1人だけであった。
==具材==
{{フェード}}
{{大喜利|場所=3}}
==獲物==
*[[レタス]]
 細い吊り橋を、遥か下方を流れる川のせせらぎを聞きながら渡る。木製の板が、微かに軋んでいる。細いといえど、人が余裕を持ってすれ違える程度の幅はある。さすがに車は通れないから、橋の袂の駐車場に駐めないといけないが。新しいもののようで、吊り橋につきものなスリルは味わわずに済みそうだ。
*[[キャベツ]]
<br> 対岸に着くと、目の前に小洒落た建物が姿を現す。年季の入った茅葺きの屋根と木の壁。開放された玄関の前には幟が二本翻っており、「古民家カフェ 道明庵」「新規オープン」の文字が見てとれる。
*[[白菜]]
<br> 僕の実家のご近所さん、野崎さん夫妻がこのたび古民家カフェをオープンした。不動産業でこつこつ蓄えた彼らは、遂に夫婦で店を経営するという積年の夢を叶えたのだ。これからはここの経営に専念するらしい。四十路を越えた野崎夫婦にとって、かなり大きな決断だが、そのぶん夢が叶った充実感も大きいだろう。
*[[小松菜]]
<br> 田舎だけあって近所付き合いも密接だから、僕の一家にも今日の開店祝いへの招待が来た。母は既に他界していて、父は土日が関係のない仕事だ。というわけで、僕が帰省がてらこうしてここを訪れている。
*水菜<span style="color:#fff">Long谷とかが野菜記事を量産した影響でことごとくリンクが貼れてびっくりしたけど、ついに記事の存在しない葉野菜を出せてちょっと嬉しい('</span>
<br> 正直なことを言えば、夫妻が店を開くと聞いて、不安に思わなかった訳ではない。閑古鳥の鳴く店内で二人が暗鬱な表情で帳簿を見ている光景を想像しなかったと言えば、噓になる。しかし、そんな心配は杞憂だと今は思っている。
*ブロッコリー
<br> 何せ、立地が良い。このカフェは少々特殊な場所に建っている。峻険な断崖の中途に、ぽつんと張り出した平地があるのだ。丁度、まっすぐな壁に低い円柱を半分まで埋め込んだような形だ。壁と円柱の側面が崖で、円柱の天面がここだ。天面に移るには、崖と反対側から、渓谷を渡らねばならない。それが、先ほどの吊り橋だ。
*<del>悪魔の実</del><ins>トマト</ins><ref>なぜこんな代物が食材として市民権を得ているのか。</ref>
<br> 驚くべきことは、こんな不思議な地形が、駅のある中心街からさほど離れていないということだ。歩いて30分だったから、車なら10分で着けるだろう。そのくせ、ごみごみした空気や人の気配は全く感じられず、山奥といった風情がある。交通の便がいいのに、田舎の雰囲気を十分に味わえる。こんな穴場スポット、どこで知ったんだか。
*きゅうり
<br> おまけに、秋には橋の向こうに見える紅葉が美しいという。4月の今は新緑が映えるが、ぜひ秋にも訪ねたいものだ。野崎夫妻の経営センスは、素人の僕なんかが心配する必要ないようで、安心した。
*ハム
*[[タコさんウィンナー|ウインナー]]
*<del>無味すぎる謎の海藻</del><ins>ひじき</ins>
*トリカブト
*[[利用者:Mapilaplap|ミミイカの活け作り]]
*あん肝
*サンドバッグ<ref>さらさらした口触りに定評がある。</ref>
*和傘
*[[駄洒落|バラバラの薔薇]]
*まきびし
*機関銃
*ゴールボール
*[[自学帳]]
*三階フロア
*YS-11
*ゴマドレッシング


 風にゆらめく暖簾をくぐると、沓脱ぎがあった。下駄箱に靴を入れ、板張りの廊下に靴下であがる。目の前にまっすぐ伸びる廊下と、左右にそれぞれ少し行ってから平行に伸びる廊下があるようだ。鳥瞰すれば、さしずめフォークの歯のようだろう。しかし、まっすぐな廊下は思っていたより長い。この古民家の広さの認識をアップデートする。何やら人の声が聞こえる奥の方へ向かおうとしたところで、お茶の乗った盆を持って出てきた野崎綾子さんと目が合った。
==歴史==
<br>「あら和希くん、よく来たわねえ。さあさ、おいでおいで」
===誕生===
<br>「綾子さん、お久しぶりです」
いまさらは明治41年、<ruby>'''矢場舌助'''<rt>やばしたすけ</rt></ruby>男爵が考案した。
<br> 夫妻の妻の方、綾子さんは割烹着に足袋という出で立ちだった。会うのは二年ぶりのはずだが、この衣裳が似合いすぎて、むしろ既視感すら覚えるほどだ。
<br> 軽く挨拶を交わしながら、綾子さんに先導されてまっすぐな廊下を奥へと向かう。並んだ襖は松の意匠が施されたもので、和の雰囲気を感じさせる。しかし天井には長い蛍光灯がはまっていて、現代設備はアンバランスさを感じさせた。まあ行灯を使うことなぞできようもないから、仕方のないことだ。概して、家屋は古民家を改装したとは思えないほど綺麗だった。


 廊下を突き当たると、建物の横幅いっぱいを占める大部屋があった。襖を開けて、畳のへりを跨ぐ。そこでは、大勢の人たちが寛いでいた。大量の会話が奔流となって押し寄せる。
矢場舌助は、明治20年、紡績で財を成した名家・矢場一族の長男として生を享けた。二代目当主・杉夫と珠子は、長く子宝に恵まれず、舌助はそれぞれ42歳と37歳のときの子であった。年齢もあって、その後二人の間に子供が授かることはなく、そのため夫婦は舌助を溺愛した。
<br>「おお工藤さん、ご無沙汰してます」
<br>「いやいやこちらこそ」
<br>「あら拓くん、大きくなったねえ〜」
<br>「こら拓、ご挨拶しなさい」
<br>「……こんにちは」
<br>「この団子美味いなあ、餡子がたまらん」
<br>「ほんとねえ。これは繁盛するわ」
<br>「あれ、紀子ちゃんじゃないの! 来れないんじゃなかったの?」
<br>「今村ちゃん、久しぶりねえ。それが直前で都合がついたのよ」
<br>「和希くんじゃねえか。東京からよく来たなあ」
<br>「園田先生。帰省も兼ねて、と思いまして」
<br> 横に長い大部屋の中央には、やはり横に長い木の大机がある。人々はそれを囲んで、陽気に語らいあったり何かをつまんだりしていた。一角には、店主である徹さんが何人かに囲まれて座っている。机の上には、和菓子や小料理、ちょっとした酒類も並んでいるようだ。時刻は午後五時前だが、ちょっと早い酒宴を開いているのだろう。向かいの長辺は縁側になっており、庭に降りることができる。見晴らしがとても良く、谷川がどんどん太くなって地平線の果てまで伸びているのが見えた。
<br> 僕はよく見知った顔が手招きしているのを見つけ、部屋の右隅に向かった。
<br>「和希、久しぶりね」
<br>「やあ、千佳。久しぶり」
<br>「二年ぶりかしら?」
<br>「そうだね。隣、失礼するよ」
<br>「どうぞどうぞ」
<br> 寄ってくれた千佳の横の座布団に腰を下ろす。彼女、高島千佳は同級生だ。小中高と揃って進学し、家も近かったから自然と仲が良くなった。しかし僕が都内の大学に進学してから、親交はぱったりと途絶えていた。
<br>「和希は、銀行員になったんだっけ」
<br>「うん。そっちは市役所に就職したんだって?」
<br>「そうそう。お互い固い仕事だね。それはそうと、はるばる東京から来たの?」
<br>「まあね。さほど道が混んでなくてよかったよ。それでもちょっと遅くなったけど」
<br> この会は昼から催されているのだが、僕はそういう理由でこの時間からしか参加できなかった。でも、翌日は日曜だし、遅れたぶん遅くまで居て取り返そうと思っている。どうせ酒宴になって夜遅くまで続くのだ。今夜は実家に泊まるつもりだ。
<br> 従業員の方なのか、若い女の人が僕の前にお茶を持ってきた。会釈をして受け取りながら、この場にいる人数を数える。自分や従業員も含めて、19人。過疎化が進む田舎なもので、客はほとんどが顔見知りだった。様子を観察して、あの子は西尾さんの息子さんだな、などと当たりをつける。銀行員になってからついた癖だった。
<br> 僕と千佳は、近況報告も兼ねて他愛もない話をした。
<br>「こんなところに古民家があるなんてね。一体誰が建てたんだか」
<br>「結構広いし、物好きなお金持ちの邸宅なんじゃない?」
<br>「あ、ありそう」
<br> そんなことを話し、お茶を飲む。会話が途切れた隙間を縫って、綾子さんと従業員の一人の話が聞こえてきた。
<br>「和希くんが来たから、あとは種岡さんとこだけね」
<br>「充さんは来られないそうですから、あとは光さんだけです」
<br>「あら、そうなの」
<br>「全員お揃いになったら、料理を運べばいいんですね?」
<br>「あ、その前に主人がちょっと話すから、合図があるまで部屋の外で待っていて頂戴」
<br>「わかりました」
<br> 二人はまた厨房へと戻っていった。種岡さんといえば、裏山に住んでいた猟師のお爺さんだ。しかし、来るのは息子の方らしい。今は30くらいだろうか、張り付くような笑みが不気味で、あまりいい印象は持っていない。確か、自衛隊に入ったんじゃなかったか……。
<br> 太陽は、中天から下りていた。


==狩人==
舌助は健やかに成長した。体格は中肉中背で、丸っこい瞳が愛らしかったと伝えられている。九段小学校から東京第二中等学校へ進学・卒業する。当時の成績表によれば、勉学と運動のどちらにも優がつけられているが、特に蹴球の才は学級でも飛び抜けていたという。明治38年には第一帝国大学に入学。法学を専攻し、発布されたばかりの大日本帝国憲法を研究した。
 俺は道明庵の見取り図をもう一度丹念に確認した。カフェがある平地は崖の中途にあり、北に崖を背負い、その他三方は30メートル下方を渓流が流れる崖。平地に出入りできる唯一のルートは、東にある吊り橋のみ。
<br> 建物は、東西に長い長方形をしている。短辺10メートル、長辺30メートルほど。橋の正面に玄関。そこから伸びる廊下の一本は、建物をまっすぐ貫いている。もう二本の廊下は、それぞれ左右に分かれてぐるりと建物を囲み、中心の廊下に合流する。西の端には大部屋が一つ。三本の廊下に囲まれ、二つの島ができている。北の一つは四つの個室に、南の方は二つの個室と厨房になっている。玄関の横にある男女トイレを加えれば、これが全ての部屋だ。
<br> 古民家を改装しただけあって、内装も襖や畳が中心で、廊下と縁側は木戸で隔てられている。厨房はさすがに近代化されているが、計画に支障は全くない。
<br> 見取り図を畳んで、今度は別の紙を取り出した。何度も頭に叩き込んで、もはや見ずとも諳んじることができるほどだが、もう一度読む。


*野崎徹(46)
しかし、明治40年、矢場杉夫と珠子が自動車事故で亡くなる。舌助が二十歳のときであった。愛する両親の喪失により舌助は深い悲しみと世の不条理への怒りを覚える。その燃え滾る赫怒のあまり、舌助は遅れ気味の反抗期に突入してしまう。
*野崎綾子(44)
*今村晴未(21)
*藤崎亜李沙(21)
*中村悟(47)
*工藤健一(46)
*工藤愛子(42)
*福田浩二(48)
*斎藤健一郎(40)
*西尾司(33)
*西尾優香(33)
*西尾拓(9)
*望月健吾(52)
*園田龍一(60)
*山本紀子(45)
*日下部学(38)
*日下部直美(39)
*上原和希(23)
*高島千佳(22)


 開店祝いに来る人々、つまりターゲットの一覧だ。完璧に暗記している自信を深め、紙をしまった。
舌助は裕福な両親に溺愛されて育ったため、幼少期より美味しいものばかり食べて育ってきた。反抗期の舌助は、その親の愛に逆らおうと、不味い料理を食べようとしたのである。舌助は、まずは料理の経験がないのに自炊をしてみた。しかし、舌助の作る料理は食えないわけではなく、それどころか回数を重ねるほどに美味しくなっていく。舌助は自らの調理の才能を嫌った。次に舌助は劣悪な食材を好んで食すようになった。ちょっと泥がついてるままの人参や、なんか生えてきているじゃがいも、賞味期限を三日過ぎている牛乳などを舌助は食べるようになった。しかし、普通にお腹を壊してめちゃくちゃ苦しかったので、すぐにやめた。舌助は玉の汗を浮かべて[[ゲリ|下痢]]しながら自分の胃腸の弱さを呪った。
<br> 手袋と靴紐、耳栓を三度ずつ確認した。装備、心身いずれも異状なし。やっと始められる。
<br> 後部座席にある装置のスイッチを入れると、俺は車を降りた。コントラバスケースとクーラーボックスを背負い、黙って吊り橋を渡る。眼下に広がる深い谷に、心がどうしようもなく高揚する。深呼吸をして、心拍を落とした。
<br> カフェから誰か出てくる様子はない。吊り橋を渡りきると、クーラーボックスを開いて中から箱を二つ取り出した。箱、手製の爆弾をガムテープで橋の板の左端にくっつける。もう一つは右に。ここ、橋の端じゃないか。ヒヒッ。
<br> 橋の一番こちら側の踏板が、二つの爆弾に挟まれた形だ。一度、問いかけてみる。
<br>「さて、ここが最終ポイントだ。今ならまだ引き返せる。どうだ?」
<br> 迷いはない。それが回答だった。
<br>「よし、始めようか」
<br> 箱のスイッチを押し、走って離れる。きっかり五秒後、爆音が鳴った。白い煙と木片が散り、少し遅れてギギイと断末魔の軋みが鳴り響く。煙の奥で、吊り橋が落ちていくのが見えた。
<br> 思わず快哉を叫び、煙を払って橋の袂に駆け寄った。まだ熱い空気の中に飛び込み、谷を覗き込むと、巨大な振り子と化した橋が、対岸の崖にぶつかって砕け散るところだった。轟音が一瞬遅れて耳に届く。
<br> これは、俺の、種岡光の名を世に知らしめる、始まりのゴングだ。
<br> もっと余韻に浸っていたかったが、のんびりしてはいられない。さっきの轟音を聞きつけて、人が出てくるだろうからだ。その前に準備しておかねばならない。名残惜しかったが、谷底から視線を切って、玄関横に置いていたコントラバスケースのところまで小走りに戻る。
<br> 目指すは、襲撃者一人を除いた19人の、鏖殺。


 野崎綾子が玄関から駆け出してきたのは、俺が丁度荷物の一つをコントラバスケースから取り出したところだった。彼女はまず落ちた橋を見て絶句した。開店のために整備した橋が初日に崩れたのだ。ショックを受けるのは当然だろう。「そんな……」と呟いて、そろそろと橋が架かっていた崖の縁に歩いていく。
そして明治41年、舌助は究極の“愛のない料理”の制作を目指す。自らの誕生日の宴会でそれを食すことを目論み、舌助は使用人に食材を買わせていった。厳選した食材が集まってくると、使用人の制止<ref>「おやめください! そのようなものを食すだなんて! その……その<ruby>おぞましい実<rt>トマト</rt></ruby>を召し上がるのですか⁈」</ref>を振り切って舌助は調理を開始した。そして翌日の2月2日、ついに料理は完成し、食卓に並んだ。これが後のいまさらである。
<br> 彼女が崖っぷちギリギリまで行くのを待って、俺は「野崎さん」と声をかけた。はっと振り返った彼女は、口にしようとした言葉を寸前で飲み込んだ。代わりに、俺が持っているものを指さして言う。
<br>「種岡さん……それ何です……?」
<br>「ああ、猟銃ですよ」
<br> ブローニングのスライド式散弾銃。弾は今さっき装填した。俺はその筒先を、ゆっくりと持ち上げていく。野崎綾子は、怯えた目をきょろつかせた。いたずらですよ、そう俺が笑って言うのを待っているのかもしれない。だが、そんなことは永遠に起きない。
<br> 俺は握っていた耳栓をはめ、銃を右肩の前に構えた。事態の深刻さを悟ったのか、野崎綾子の口がパクパクと動いていたが、聞こえない。狙いをしっかり定めると、俺は絞るように引き金を引いた。
<br> 強烈な反動とくぐもった音が襲う。同時に、割烹着に赤い華が躍って、女はひゅんと崖下に吸い込まれた。散弾に吹っ飛ばされ、谷底へと落ちたのだ。最初に覚えたのは、可笑しさだった。女は、まるでゲームの面白いバグみたいに落ちていった。
<br> 笑いに肩を震わせながら、先台をがしゃりとスライドさせて薬莢を排出する。新しい実包をズボンのポケットから取り出して、また先台を動かして籠める。幸先のいいスタートだ。銃の扱いも、練習通りにうまくできている。
<br> コントラバスケースから、日本刀を取り出した。背負えるように鞘につけた紐を、肩に通す。ケースの蓋は閉めず、熱を持った銃を持ち直すと、俺は道明庵の玄関へと足を向けた。


==獲物==
列席するゲストたちが萎縮する中、舌助は皿に盛られたサラダを嬉々として食べた。皿が空になると同時に、舌助は満面の笑みで「不味い」と言うと、激しく嘔吐して倒れてしまう。懸命な救命活動も報われず、舌助は間もなく息を引き取った。享年21。
 花火のような轟音が鳴ってから、部屋は静まりかえっていた。その後にも、ドンという音が聞こえてきた。様子を見にいった綾子さんはまだ戻ってこない。大部屋の皆は、玄関の方を中途半端に見遣って、不安げな顔で見つめ合うばかりだった。
<br> 僕の心にも、何か悪い予感が渦巻いていた。
<br>「和希……何があったのかな」
<br>「さあ……でも、きっと大したことじゃないよ」
<br> 千佳が不安そうに問いかけてくるが、ぎこちなく気休めを言うことしかできなかった。僕の脳内では、あの音がぐるぐるとリフレインしている。まるで、花火のような、爆発のような、それとも……。


 その時、廊下を歩く足音が聞こえてきた。それだけ部屋は静まっていたのか、と驚く。中村さんが、廊下に続く襖を開けた。
こうして舌助の作ったサラダは、舌助の不可解な死によって、呪われた歴史の最初の1ページを刻んだのである。<ref>なお、「普通にトリカブトが入ってたからじゃね?」とか言ってる馬鹿もいる。</ref>
<br>「綾子さん、何があったんで……」
<br> 中村さんの表情が変わった。目を瞠って驚いた声を出す。
<br>「あんた、種岡の倅か? どうし」
<br> 轟音と共に、中村さんの体が吹っ飛んだ。机の上にどさりと倒れ、胸に空いた黒々とした穴から血の池が広がっていく。
<br> 誰も、動けなかった。わずかな物音すらも発さず、ただ銃声が耳の奥でわんわんと反響している。
<br> ドンっと今村さんの頭が吹き飛んだ。お盆が手から滑り落ち、襖の横に立っていた体が、ごとりと崩れ落ちる。
<br> それが合図だったかのように、人々は弾かれたように動き出した。幾重もの悲鳴が交錯し、頽れ、逃げ出し、飛び退る。約半数はその場で硬直し、残り半数は縁側から庭に飛び降りた。僕は、動けなかった方の半数だった。ようやく、脳が事態を把握する。銃撃だ。廊下の奥に、銃を乱射している殺人鬼がいる。
<br> また一人、腰を抜かしていた福田さんが撃たれた。腹に風穴が空き、痙攣する体が血溜まりに沈む。
<br> 僕はやっと立ち上がった。心臓を鷲掴みにするような恐怖に襲われる。固まっている千佳を立たせる。
<br>「にっ、逃げないとっ」
<br> 縁側に走ろうとして、踏みとどまる。ここから廊下は死角になっているから、犯人が廊下のどこにいるのかわからない。もし犯人が廊下のすぐそこまで来ていたら、縁側は射角に入る。無防備な背中を、廊下に向けることになる。逃げるべきは、逆じゃないか?
<br>「こっち!」
<br> 千佳の手を引いて走る。襖を勢いよく開け、大部屋から飛び出す。廊下のすぐそこに、犯人の姿はない。今のうちだ。中央廊下と部屋を挟んだ北廊下に駆け込む。
<br> 中央廊下からは死角に入った。だが、今にも廊下の先から殺人鬼が現れるような気に襲われる。
<br> 逃げろ。どうする? どうしたらいい? 逃げる? どこに? どこに逃げればいい? 外。ここから逃げないと。橋を渡って外へ。
<br>「かずっ」
<br> 何か言おうとした千佳の口を慌てて塞ぐ。こちらの位置を知られてはまずい。
<br> 玄関は廊下の正面だから危ない。靴は置いたまま、庭を走って逃げるべきか。小声で囁く。
<br>「縁側から庭に出て橋まで走る。いいね?」
<br> 千佳が頷くのを見て、縁側に続く木戸に手をかけた、その時だった。
<br> ドン! ガシャン。銃声が、木戸の{{傍点|文章=外}}から響いた。
<br> 違った。犯人は廊下を大部屋に近づいてなどいない。玄関から射撃した上で、そのまま建物の脇に回ったのだ。{{傍点|文章=人々が庭を走って橋に向かうのを想定した上で}}。
<br> 叫び声をあげながら、誰かが縁側に駆け上がってくる。千佳が横の部屋に通じる襖を開けた。カラリと木戸が開き、学さんが廊下に飛び込んでくる。
<br> 開いた木戸の隙間から、そいつの姿が見えた。種岡光。その顔に下卑た笑みを張り付かせて、銃をこちらに向け……。
<br> 強く手を引っ張られ、肆ノ間に転がり込んだ瞬間、銃声が轟き、頭上を弾が突き抜けていく。ビリビリと部屋が揺れ、ガシャリと無機質な音が聞こえた。
<br> 地面を掻くように立ち上がって、倒れるように中央廊下にまろび出る。そのまま向かいの襖を開け、厨房に入ると襖をぴたりと閉ざした。またどこかで銃声が鳴り、弾かれたようにしゃがみ込む。
<br> 千佳が僕の腕をかき抱いた。涙目で、体が震えているのが直接伝わってくる。僕も同じくらい震える手で、千佳の肩を抱いた。
<br> 種岡から隠れた途端、種岡がどこにいるかわからず、恐怖に襲われる。襖の向こうに、もう立っているのではないか。銃口をこちらに向けて、次の瞬間には撃たれているんじゃないか。いや、もう僕の後ろに……。
<br> そうだ、警察に通報しないと。僕はポケットからスマホを取り出し、110番に発信しようとして、圏外の表示に気づいた。噓だろ? 電波は通っていたはずだ。千佳もスマホを見て、首を振った。通信が途絶されている。これも種岡の仕業なのか?
<br> いつの間にか銃声は途絶え、早鐘を打つ自分の心音しか聞こえない。息を殺して部屋中を見渡しながら、僕は悟った。
<br> これは、狩りだ。動物を追い詰め、一匹ずつ撃ち殺していく。怯えて隠れることしかできない僕らは、獲物なのだ。


==狩人==
===多くの死===
建物の北側の庭。耳栓を外し、カフェの壁と崖に挟まれたところに転がる三つの骸を眺める。散弾に貫かれた人体が、雑巾のように醜くべしゃりと落ちている。流れ出す血が、土に染みこみきらずに赤黒く溜まっていた。
その後も、いまさらを食べた者に不幸が訪れるという事態が相次いだ。
<br> 愉しい。
<br> 俺は確かに悦楽を感じていた。恐怖に震え、逃げようともがく人を殺すのは、とんでもなく楽しい。
<br> 思いきり笑い出したいような愉快な気分だったが、あまり浮かれすぎてはならない。つとめて冷静になろうと、俺は顔を撫でた。
<br> さっきは思わず興奮してしまい、つい見境なく撃ってしまった。逃げた先に敵がいると気づいたときのあの狼狽えよう、本当に面白かった。木戸の中にも人が見えたものだから、ついつい狙ってしまった。反省しなくては。
<br> 弾も節約しなくてはならない。この銃は親父の家からかっぱらってきたものだ。自分の銃の管理が悪くて大勢が死んだのだから、事が済んだあとであいつはさぞ苦しむだろう。そう考えるのも愉快だ。しかし、弾は少なかった。全員を射殺するには少々心許ない数だ。だから、無駄撃ちはしないようにせねばならない。
<br> 今、死ななかった奴らは橋の方へ逃げているだろう。逃げ道はそこしか無いと思っているのだから、当然だ。だが、俺はあえてそこに背を向け、ゆっくりと庭を奥の方に歩いていく。急ぐ必要はない。逃げ道は一つも無いのだから。絶望する時間をたっぷり取ってやるのだ。想像通り、後ろの方から悲痛な叫び声が聞こえてきた。
<br> 建物の後ろに回り、開け放たれた木戸から大部屋の中を覗く。ここにも死体が三つ。生きた人の姿は無い。ふと廊下への襖を見ると、左の方、つまり北廊下への襖が開いているのに気づいた。中央のものが開いているのは、あのジジイ──名前は確か中村だったか──が開けたのだから、当たり前だ。しかし、全員が庭に逃げると思っていたから、廊下に逃げた者がいたのは意外だった。よく考えてみれば、木戸の奥にいたあの男、あいつは北廊下にいたのだから、あいつかもしれない。あのガキは上原か。さっきで殺せていればいいんだが。


 頭に例のリストを思い浮かべる。準備段階で、野崎に電話で聞いておいたものだ。こちらの意図には微塵も気づかず、簡単に招待客の内訳を語ってくれた。そのリストから、討伐が完了した名前に線を引いて消していく。
{{大喜利|場所=3}}
<br> 野崎綾子、中村悟、今村晴未、福田浩二、望月健吾、西尾優香、斎藤健一郎
<br> とりあえず7人。順調順調。減りが早くて淋しいくらいだ。もう少し歯応えがあってもいいのに。
<br> 俺はのんびり建物を周っていく。庭は土が剥き出しで、植え込みの類はない。谷底へ落ちている三辺は、橋があったところ以外、胸の高さほどの転落防止用の木柵で囲われている。その柵と建物の壁との中間くらいをゆっくり歩いていく。角を回ると、橋の袂に集まる人影が見えた。携帯を手にして悪態をついている者もいる。
<br> 彼らは、携帯がなぜか圏外になっていて狼狽えているだろう。原因は、車にある通信妨害装置だ。半径150メートルに妨害電波を飛ばし、通信を不能にする。そこそこ値が張ったが、それだけあって役目はしっかり果たしているようだ。ここは、完全に孤絶している。
<br> その時、一人がこちらを振り返り、悲鳴を上げた。恐慌は一瞬で伝播し、全員が建物の陰へと駆け出した。狙撃しようかとも思ったが、さすがに距離がある。俺は慌てず、耳栓をはめ直し、銃を構えて近づいていく。建物と柵の中間、土を踏む足裏の感覚だけが伝わってくる。橋の袂には誰もいない。建物の角が近づいてくる。


 俺は一気に飛び、角の向こうに躍り出た。壁際、幟の後ろに人影。しかし、着地で銃口がぶれ、狙いを定めるのに一瞬遅れる。ズドンと発射された散弾は幟を貫き、いくつかの人影はそれより早く飛び出してきていた。
大正元年、発明家の師田俊勝は、舌助の逸話を聞いて興味を持ち、いまさらを自作して食べてみた。その結果、猛烈な腹痛に苦しみ、四日後に死亡した。遺体を解剖してみると、腸に謎の大量の顆粒が詰まり、腸閉塞を起こしていた。<ref>なお、「普通にサンドバッグが入ってたからじゃね?」とか言ってる阿呆もいる。</ref>
<br> 3人。素早く先台をスライドさせつつバックステップを踏む。3人の男は左右に散開してあっという間に迫ってくる。左に二人、右に一人。次弾の装填は間に合わないか。
<br> 男たちは手を伸ばして掴みかかってくる。その手が体に触れる直前、横にした銃を思いきり突き出した。左の男はもろに口で受け、折れた前歯が飛んでいく。右のやつは腕で受けたが、叫んで飛び退った。発砲直後の鉄の銃身に触れたのだ。一瞬で皮膚が焼ける。
<br> そのまま銃身を左に振る。後ろのやつには当たって悲鳴を上げさせたが、前の男はしゃがんでかわした。そのまま胴に組みついてくる。俺は男の鳩尾に左膝蹴りを叩き込んだ。ごえっと喉を鳴らして体がくの字に折れ、男の手が緩む。俺は右手を伸ばして男のベルトを掴んだ。そのまま体を捻り、男の体を持ち上げる。男が慌てて手を伸ばすより早く、俺は思いっきり男を放り投げた。放物線を描いた男の体は柵を軽々と越え、悲鳴と共に崖下へ吸い込まれていった。
<br> その時、後ろから体当たりされた。ダブルタックルを食らい、体勢を崩される。身をよじって仰向けに地面に倒れ込む。二人の男が覆いかぶさり、拳を顔に振り下ろしてくる。左腕一本でそれをいなすと、右のやつに右アッパーを食らわせた。拘束が一人ぶん解けると同時に、両脚を折り畳んで足裏を左のやつの腰に当てる。俺は両手を肩の後ろについて背中を丸め、両腕両脚を一気に伸ばして逆立ちした。足裏に乗せられた男の体が、後方にふわりと舞い上がる。さすがに飛距離は伸びず、男はうわあと情けない声を上げて顔から柵にぶつかった。
<br> 逆立ちの状態から足を下ろし、這いつくばっているもう一人の男に手を伸ばす。上がった彼の顔を両手で掴み、一気にひねった。パキリと頸椎が折れる音が響く。手を離すと、男は力なく地面に崩れ落ちた。
<br> 振り返ると、柵にぶつかった男は鼻血を垂らしてようやく起き上がったところだった。男は倒れた仲間を見て蒼ざめ、背負った鞘から刀を抜いている俺を見てもっと蒼ざめた。
<br> 彼はくるりと体の向きを変えて逃げ出したが、俺は三歩で間合いを詰めた。ずしりと重い刀を、男の首めがけて振る。固い感触があって刃は止まったが、間をおかずに刀身を引く。男の首から赤い鮮血がほとばしった。そのまま前のめりに倒れ込む。僅かに土埃が舞って、血の池が広がっていく。


 俺は一歩下がって息を整えた。血を軽く拭ってから刀を鞘に戻し、落ちている銃を拾って弾を籠める。辺りに人の気配はしない。他の人間は皆、屋内に逃げ込んだのだろうか。
昭和2年、料理研究家の佐藤一郎は、いまさらのレシピを再現して門弟に振る舞った。その結果、なぜか部屋が突如として蜂の巣となり、佐藤を含む全員が死亡した。<ref>なお、「普通に機関銃が入ってたからじゃね?」とか言ってる頓珍漢もいる。</ref>
<br> 少し無理に動いたせいで、右の二の腕を痛めたようだ。だが我慢できないほどではない。
<br> 西尾司、野崎徹、工藤健一
<br> 合計10人。中間地点突破だ。


== 獲物 ==
昭和22年、東京の基地に駐屯していた米兵のジョージ・カーターは、仲間との賭けビリヤードに負け、いまさらを食べさせられた。その結果、ジョージは謎の内臓破裂を起こして死亡した。<ref>なお、「普通に三階フロアが入ってたからじゃね?」とか言ってる唐変木もいる。</ref>
{{誓いのスタブ|署名=[[利用者:Notorious|Notorious]] ([[利用者・トーク:Notorious|トーク]]) 3年3月19日 (K) 21:00 (JST)}}
 
昭和39年、長崎県在住のある主婦は、晩御飯の献立に困った挙句、いまさらを作って家族五人に食べさせた。その結果、夫婦は謎の大喧嘩の末に離婚して家族は離散した。<ref>なお、「普通にそんな料理を晩御飯に出したからじゃね?」とか言ってる木偶坊もいる。</ref>
 
昭和51年、ある会社員の男が宴会芸としていまさらを食べた翌日、休日の日課だったジムでベンチプレスをしている最中、謎の心臓発作を起こして亡くなった。<ref>なお、「普通にトレーニングが足りなかったんじゃね?」とか言ってる脳筋もいる。</ref>
 
平成18年、都立あきる野第二高校の家庭科部が、新入部員歓迎会でいまさらを作って振る舞った。その結果、その年の新入部員は全員謎の退部を果たし、更に向こう2年新入部員が現れず、家庭科部は廃部となった。<ref>なお、「普通にそんな料理を新歓に出したからじゃね?」とか言ってる田吾作もいる。</ref>
 
平成30年、人気カップルYouTuber「コイコイ」が、動画の企画としていまさらを実食した。その結果、口に謎のまきびしが詰まって粘膜がズタズタになってひどく出血した。<ref>なお、「普通に入ってるからじゃね?」とか言ってる脳足りんもいる。</ref>
 
令和2年、ある老夫婦がレストランでいまさらを注文し、それを食べた。その結果、食べ切らないうちに猛烈な腹痛に襲われ、救急車で搬送されたが、翌日息を引き取った。<ref>なお、「普通にトマトが入ってたからじゃね?」とか言ってるトマト嫌いもいる。</ref>
 
令和2年、大学に通う男が幼馴染の女と帰宅する途中、にわか雨に降られてずぶ濡れになり、二人は慌てて男の家に転がり込んだ。このままでは風邪をひきそうだったため、まずは女がシャワーを浴びることになったが、女は「寒いからって入ってきたりすんなよ! 絶対だからな!」と言い残して脱衣所の扉を閉めた。その結果、男は衣擦れの音を極力聞かないようにして、寒さに必死に耐えながら愚直に女の言いつけを守った。<ref>なお、「え、だって入ってくるなって言ったじゃん。なんで怒ってるの⁈ ごめ、あっ……」とか言ってる朴念仁もいる。</ref>
 
令和3年、ある男が「35歳の誕生日に妻がこんなに豪華なごちそうを作ってくれました✨」と写真付きでSNSに投稿した。その結果、特定の界隈でめちゃくちゃ炎上して男はアカウントに鍵をかけた。<ref>なお、「自分だけのために女性に尽くさせるクソオスの典型💢」とか言ってるフェミニストもいる。</ref>
 
令和4年、自称インフルエンサー「かのちゃん@新米ママ🦄」が、6歳の娘のためにいまさらを食べさせるという旨の投稿をした。その結果、全員から総バッシングを食らった。<ref>なお、「これよ〜く見るとハムが入ってます❗️ 牛の命を奪う人間は見にくい、即刻辞めさせます🤬🤬🤬」とか言ってるヴィーガンもいる。</ref>
 
==脚注==
<references/>
 
{{vh|vh=70}}
このように血塗られた歴史を歩んできたいまさらだったが、ある挑戦者の登場により、歴史は大きく動く。
 
==志仁田少女風の挑戦==
===遍歴===
<ruby>志仁田<rt>しにた</rt></ruby><ruby>少女風<rt>がーりー</rt></ruby>は、死にたがっていた。その理由は定かでない。親子関係の不和とも、学校でのいじめとも、ただぼんやりした不安とも言われている。
 
他の「死にたい」と言っている多くの人とは異なり、志仁田は自殺を試みた。それも繰り返し。しかし、志仁田は死ななかった。それは土壇場で怖気づいたとか、他の人に助けられたとかが原因ではない。志仁田は不可抗力によって自殺に失敗したのである。
 
16歳の頃、志仁田は初めて自殺を試みた。手段は、オーソドックスな飛び降りであった。志仁田は近くの大型スーパーに赴き、駐車場となっている屋上にのぼった。そして、三階相当のそこから、アスファルトの路面へと落下した。叩きつけられた瞬間、志仁田は「これは死んだろ!」と内心快哉を叫んだが、快哉を叫べるということは生きているのだと気づき、落胆した。志仁田は見事飛び降りたが、しかし志仁田の身体は頑強すぎて傷ひとつ負っていなかった。念のため搬送された病院の13階相当の屋上から、翌日飛び降りてもみたが、結果は変わらなかった。
 
次に、志仁田は首吊りを試した。ホームセンターで買った麻縄を家の梁に結わえ、作った輪っかに首を通した。椅子を蹴ったはいいものの、一向に苦しくならないことに志仁田は気づいた。期待を込めて30分ほどその姿勢を維持してみたものの、帰宅した母に「あんた何してんの?」と言われただけだった。志仁田の首は堅固すぎて頸動脈も気道も締まらなかったのだ。仕方なく麻縄を取り、これどうしようか、捨てようかな、いやいつか使えそうだな、とっておくか、と思って縄は志仁田の家の片隅に置かれ、以来一度も使われていない。
 
その後、志仁田はカッターナイフで手首を切ろうとした。風呂に入るついでにカッターを持ち込み、浴槽の上に掲げた手首に刃を当てた。しかし、志仁田の手首は頑丈で刃は通らなかった。押し引きしたり叩きつけたり数分格闘してみたが、どうしようもなさそうなので、ついでとばかりにカッターで腕の産毛を剃って、志仁田は風呂を出た。出るのが遅いと母に言われ、少し申し訳なく思った。
 
17歳の夏、志仁田は溺死を試みた。近所の川に出かけ、両手両足を紐で結んだのち、芋虫みたいに身をよじってどうにかこうにか橋の欄干を乗り越えた。水中に体が沈み、じきに息が持たなくなる。数分のうちにたまらず水を吸い込んでしまい、志仁田は「これは逝ける!」と思った。しかし、鼻が異物を排除しようと反射的に咳を行い、ものすごい勢いで水を噴出した。すると一帯の水が吹き飛び、息ができるようになってしまった。数十秒待つと川の上流からまた水が流れてくるが、強靭な肺機能のせいで同じことしか起こらなかった。なお、周辺の家の洗濯物が多く濡れ、志仁田は母に痛烈に叱られた。
 
その次は、オーバードーズを試してみた。志仁田は父がかつて使っていた睡眠薬をこっそり持ち出し、食卓にて二瓶を一気に飲み下した。しばらくして猛烈な嘔気と睡魔に襲われ、志仁田は「今度こそ死んだな」と朦朧とする意識のなか思った。しかし、近所に住む幼馴染・<ruby>品瀬<rt>しなせ</rt></ruby><ruby>琢内<rt>たくない</rt></ruby>が謎の虫の知らせを感じ、志仁田宅へ飛び込んできて、催吐、胃洗浄、迅速な通報など、超絶適切な処置を施した結果、志仁田はことなきを得た。病院で意識を回復したあと、品瀬から何か色々言われたが、志仁田は次の自殺方法に思いを巡らせていた。
 
これ以降も、志仁田は幾度も幾度も自殺に挑戦した。トラックの前に飛び込んだが車体がひしゃげて運転手が病院送りになり、包丁で喉と目を突いたが刃が欠けたので母に小言を言われる前に研ぎ、目張りして練炭を焚いたが飛んできた品瀬に窓をぶち割られ、高層ビルの屋上から飛んでみるも地面に小さなクレーターができただけに終わり、はしか患者が集まる隔離病棟に乱入し深呼吸を繰り返すも激つよ免疫が病原体を抹殺して発病に至らず、海へと飛び込んでみるも川同様に水を吹き飛ばしてしまいモーセの海割りならぬ志仁田の海穿ち(間欠的)を披露してしまい、近所の爺さんの物置からパクった農薬を飲むも一秒も経たないうちに品瀬が窓を砕いて現れ最強手当てをし、その窓ガラスの破片で太腿の動脈を切ろうとするも硬い皮膚に阻まれ、そのまま病院へと速やかに送られた。このように、志仁田は自殺に失敗し続けた。しかし、やがて転機が訪れる。
 
長径11km、短径9kmの紡錘型をした小惑星89112E。それがまもなく地球に衝突するというニュースを志仁田がテレビで見たのは、志仁田が17歳の年末だった。人々の混乱を予防するため、各国政府は衝突一時間前にその知らせを発表したという。衝突予測地点は、ちょうど志仁田の家の近所だった。志仁田は喜び勇んで衝突地点へと向かう。その途中、向かいの家から出てきた品瀬が涙ながらに何か話しかけてきたが、自分は志仁田の替え玉であり志仁田本人は隣町の川辺で毒を飲んでいるという旨の嘘をつくと、品瀬はあっという間に隣町へとすっ飛んでいった。志仁田は万全の構えで衝突地点に仁王立ちし、上空の煌めく光点が落ちてくるのを待った。そして二十分後、耳をつんざく轟音と目を潰すほどの閃光とすべてを灼くような熱とともに隕石が落ちてきた。志仁田は注意深く隕石の真下に立ち、衝突の直前には念のためちょっとジャンプまでしてみた。
 
小惑星は志仁田に衝突した。そのエネルギーの莫大なあまり、無数の破片に小惑星は砕かれて飛び散った。破片は360°全方位に四散したが、そのどれもが第一宇宙速度に達し、すべての破片は高度2mのところをぐるぐると回り始め、[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ダイソン球 ダイソン球]みたいになった。一方の志仁田は頭が痛くクラクラし、「これはもうちょっとで逝ける!」と心が昂った。そんな中、ダイソン球のごとく破片が上空を飛び回っているので、志仁田は次々とジャンプして頭をぶつけ、その衝撃で破片は粉微塵になり、志仁田は衝撃の微細さに不満を覚えた。結局破片がすべて志仁田によって粉にされるまで丸2日かかり、それまで地球の人々は腰をかがめて過ごすことを余儀なくされた。志仁田は最初の衝突と二日寝ずにいたことによって頭がめちゃくちゃ痛み、「死ねる!」と思いながら意識を失ったが、約13時間後に目を覚まし、その時には多少首が痛む程度だった。なお、その間中、品瀬はずっと志仁田を探して隣町を彷徨していた。やがてテレビニュースで隕石衝突を阻止したヒーローとして志仁田が映っているのを見、目を覚ましたばかりの志仁田を号泣しながら手当てした。
 
こうして志仁田は最良の機会を逸し、自殺成功の望みを失った。もはや自殺には希望が持てない。しかし、その時、ある呪われた料理の存在を知る。そう、いまさらである。志仁田は自殺の最後の望みを、いまさらに賭けたのである。
 
もはや一般的な手法では命を絶てないのは明らかだった。しかし、食したものに相次いで不幸が訪れるこの料理ならば、あるいは。もしこれでも死ねなかったら諦めようと覚悟を決め、志仁田少女風はいまさら自殺に挑んだ。
 
志仁田には勝算があった。今まで外傷系の自殺は己の体が阻んできたが、毒物系は結構いい線を行っている。ならなぜ死ねなかったのかといえば、品瀬の存在である。彼がなぜかめちゃくちゃ志仁田の危機を察知し、なぜかめちゃくちゃ上手い医療処置を施すため、志仁田は死ねなかった。しかし、今や志仁田は品瀬を遠ざける方法を知っていた。志仁田はいまさらの制作に向けて着々と準備を進めていった。そして、奇しくもいまさら誕生と同日である2月2日、18歳の誕生日。志仁田はいまさら自殺を敢行する。
 
{{vh|vh=100}}
「たっくん」
 
「あっ、ママ!」
 
「大きくなったわね」
 
「うん! ママ、しさしぶりだ!」
 
「ひさしぶり、だよ。ひさしぶりね、たっくん」
 
「しさしぶり!」
 
「ふふっ」
 
「あのねあのね! たっくんごさいになったの!」
 
「おめでとう、たっくん」
 
「えへへへ、そうだ! ママもいっしょに、けえきたべようよ! パパがかってきてくれるんだって!」
 
「そうね、でもそれはできないかもしれないわ」
 
「……そうなの?」
 
「うん。……でも、その代わり、プレゼントをあげましょうね」
 
「ぷれぜんと! やった! なになに?」
 
「たっくんは何がほしい?」
 
「うーん……」
 
「したいことでもいいわ」
 
「じゃあ、ママとしろくまこうえんであそびたい!」
 
「ごめんね、ママがなにかすることはできないわ」
 
「えーなんで? なんでよ?」
 
「……ごめんね」
 
「うーん……じゃあ、おとなになったら、がーりーちゃんとけっこんしたい!」
 
「へえ……いいわね。でも、それはその子が決めることよ」
 
「そっかあ……」
 
「でも、代わりに、その子を大人になるまで守ってあげるわ」
 
「まもる?」
 
「そう。その子を、元気な18歳に育ててあげる」
 
「そしたら、けっこんできる?」
 
「たっくんが頑張れば、できるかも」
 
「やったあ!」
 
「でも、守ってあげるのは17歳までよ。18歳の誕生日からは……」
 
「からは?」
 
「たっくんが守ってあげるんだよ、いいね?」
 
「わかった! ありがとうママ!」
 
「うん……。じゃあ、もう、行くわね」
 
「えっ、もういっちゃうの?」
 
「そろそろ時間みたい」
 
「そっかあ……」
 
「じゃあ、元気でね、たっくん」
 
「……ママ!」
 
「なあに?」
 
「もしけえきがたべられるようになったら、きてね!」
 
「……うん、そうするわ」
 
「ゆびきりげんまんだよ!」
 
「ええ。ゆびきりげんまん」
{{vh|vh=100}}
 
===調達===
2月2日当日、服毒自殺最大の障害・品瀬琢内を遠ざけるため、志仁田は一計を案じた。早朝、志仁田は品瀬に一通のメールを送った。そのメールには一枚の写真が添付されており、それはコルコバードの丘をバックに、丸々と肥えたフグを両手で掲げ持ち笑う、セーター姿の志仁田の写真であった。それを見た品瀬は15秒後にはタクシーを捕まえて空港へと急がせていた。しかし、その写真は、今さっきタイマー機能で撮影した志仁田の自撮りにネットで拾ってきたリオの画像を合成したものだった。隕石騒動のとき品瀬を騙した経験から、志仁田は品瀬を遠ざける完璧な方法を思いついていたのだ。経由地のダラスからとんぼ返りしても、日本に帰ってくるまで二日近くかかる。今日の自殺は、品瀬のいないところで邪魔されることなく果たせるのだ。品瀬の乗った飛行機が羽田を発ったのを確認してから、志仁田はいまさらの制作に取り掛かった。志仁田は最大の障壁を除くことに早々に成功したのである。
 
実は、志仁田はこの日、あまり調子が良くなかった。遍く外力を弾き飛ばす無敵コンディションみたいな今までの体調ではなく、なぜか自分が急に脆弱になったような心地を覚えていた。その理由はわからなかったが、なんにせよ好機であった。今日なら、いまさらの力を借りて、死ねる気がする。志仁田は全身全霊をもっていまさらを作り、最後の、きっと最期の、自殺を成し遂げようと決意した。
 
品瀬の排除成功の勢いそのまま、志仁田は町に繰り出した。まず、志仁田は場所を確保した。電車に乗って東京まで出ていき、少し歩いていると広い河川敷を見つけたので、志仁田はそこを休憩所に定めた。川辺では冷たい風が身を切るように吹いていたが、それを見越した厚着をしていた志仁田は自らの周到さに惚れ惚れした。近くを通りがかった歩行者に聞いてみると、その大きい川は隅田川だという。志仁田はそこで行われる花火大会のことを思い出し、爆死も悪くないなと思ったが、いまさらに集中せねばとすぐに思い直した。
 
せせらぎや散歩に訪れる人々の心地良い喧騒が優しく響いており、そこはとても気分が良かった。時刻は正午に近づいていたので、志仁田はおにぎりを土手に座って食べた。朝は対品瀬工作などで忙しかったが、いつも自分でお弁当を作って学校に行っていたから、ちゃっちゃとおにぎりをいくつか握る程度のことは志仁田にとって朝飯前だった。夕食はいまさらにするので、これが最後の昼餐になると思うと、この手で直に握ったおむすびがいつもより美味しく感じるのであった。
 
腹ごしらえのあと、すぐ近くのなんか人が多くいる公民館に行くと、志仁田はそこにいた人々になぜかめちゃめちゃ歓待された。志仁田が大きな机と皿を借りたい旨を話すと、なぜかめちゃめちゃ快く貸してくれ、あまつさえ手伝いを申し出てくれもした。公民館には料理教室でも開いていたのか、学校の家庭科室のような部屋があった。志仁田はありがたくその部屋の道具を貸してもらい、いまさらの材料集めをお願いした。人々の歓迎ぶりには、先の小惑星事変の際、超人的な強靭さで次々と隕石を砕き割っていく少女の姿が世界中で広く伝えられたという背景があったのだが、志仁田には知る由もない。
 
午後1時、14人の人々が志仁田から買い物を仰せつかった。志仁田が適当に順番に指を差していき、買うものを割り当てていった。志仁田自身ももちろん買い出しに行くので、総勢15名が手分けしていまさらの材料を買いに出かけた。今日中にいまさらを作り終えるために、午後5時にはこの公民館に帰ってくることを確認し、15人は散開した。人々は「サラダを作る」とだけ説明を受けていて、中には到底サラダの具材とは思えないものを買いに行かされる人も少なくなかったが、そこは地球を救った英雄、何か深いわけがあるのだろうと思い、誇らしげに自らの任務に就いた。
 
志仁田は野菜を買いに[[八百屋]]に向かった。華の都・東京に商店は少ないのではないかと思っていたが、近隣住民に聞いた道を辿ると、あっさりと八百屋に行き当たり、さすがは東京だべ……と出身地でもない東北訛りを心中で披露してしまう志仁田であった。かくして八百屋に到着した志仁田は、難なくレタス・キャベツ・白菜・小松菜・ブロッコリー・トマト・きゅうりをゲットした。隕石騒動のあと、志仁田は偉い人になぜかめちゃめちゃ感謝されて、無敵クレジットカードみたいなカードをいっぱい貰ったので、購入資金には困らなかった。なお、おつかいに行ってくれている人々にも、そのカードを渡している。大体の野菜を調達した志仁田だったが、ただ一つ、八百屋には水菜がなかった。旬はそう外れていないのになあ困ったなあと思いながら、志仁田は別の八百屋を探して歩いていった。
 
キャベツ農家のおじさんはハムとウインナーを買いに肉屋へと向かっていた。どうせなら専門領域である野菜を買い、新鮮で美味しいサラダをあの少女に食べさせてあげたかったが、少女がそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。おじさんは近くの商店街へと出かけ、肉屋を訪ねた。そこで豚のハムとウインナーを購入し、ガスコンロはちゃんと使えたかな、などと考えながらゆっくりと公民館へ戻っていった。
 
精肉店のおばさんはひじきを買いに、乾物屋さんへと向かっていた。どうせなら自分の店自慢のハムとウインナーをあの女の子に食べさせてあげたかったが、女の子がそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。おばさんは今が肌寒い晩冬であることを呪いながら、少し遠い乾物屋に歩いていった。到着すると、早速ひじきを購入し、ついでに同年代の女性である店主と四方山話を始めた。昨今の店商売の苦境や夫への愚痴などで話は大いに盛り上がり、彼女が公民館に戻ってくるのはもう少し後になりそうである。
 
ひじきの妖精はトリカブトを入手するために、山へと向かっていた。どうせなら己のひじきパワーで新鮮なひじきをあの人間に食べさせてあげたかったが、あの人間がそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。妖精はいつもは蝶の羽が生えた小人のような姿をしている。しかし今は人間の女の姿に化け、人の世に顕れていた。ひじきの妖精はもちろん海出身だったが、それゆえに山に強い憧れを抱いており、よく山に遊びに行っていた。その際、あのトリカブトとかいう植物を見たことがあり、妖精はそこへと向かっていた。ふと人通りが絶えたところで妖精はポンと姿を変化させ、せわしなく羽ばたいて山へと飛んでいった。
 
毒殺魔はミミイカとあん肝を買いに、鮮魚店へと向かっていた。どうせなら常備している毒物ストックからトリカブトをすぐに渡してあげたかったが、あの子がそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。毒殺魔は豊洲の方へ出張っていき、やがて磯の匂いに満ちた魚屋にたどり着いた。そこのおっちゃんに聞くと、ミミイカはないがアオリイカならあると熱弁され、結局押し切られて活きのいいアオリイカを買わされてしまった。それとアンコウも購入し、毒殺魔の習性でついついアカエイとかを探してしまったが、鮮度のいいうちに帰らねばと我に返って駅へと向かった。そして電車を降り、物の散らばった道を公民館へと歩く。しかし、その背後を足音もなくついてくる影に、毒殺魔はまだ気づいていない。
 
漁師の息子はサンドバッグを入手するために、ジムへと向かっていた。どうせならお父さんの獲ってくるイカやアンコウをあのお姉さんに食べさせてあげたかったが、お姉さんがそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。彼は、近くのスポーツジム跡へと足を向けた。そこにはかつては使われていたトレーニング器具が放置されており、たまに友達と遊んだりしていた。そこに黒くて彼くらいの大きさがあるサンドバッグが落ちていた。彼はそれを持っていこうとしたが、存外にそれは重くてなかなか運べない。彼は気合いを入れてサンドバッグの端を持ち上げ、引きずり始めた。筋力が鍛えられているのか、だんだん運ぶのが楽になっていくのに嬉しさを感じながら、彼は公民館へと少しずつ少しずつ戻っていった。
 
サンドバッグマイスターは和傘を買いに、海外客向けの雑貨店へと向かっていた。どうせなら利きサンドバッグの技倆を存分に生かし最上級のサンドバッグをあのヒーローにあげたかったが、彼女がそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。和傘なんて使っている日本人は舞妓さんくらいしかいないが、外国人には人気の土産になっているとサンドバッグマイスターは知っていた。果たせるかな、当たりをつけた雑貨店には鞠を回せそうな和傘が売っていた。サンドバッグマイスターは自らの慧眼に惚れ惚れとしながら、「雨に唄えば」みたいに軽く踊りつつ復路についた。
 
舞妓さんはバラバラの薔薇を調達するために、近くの高校へと向かっていた。どうせなら持っている和傘を志仁田はんにあげたかったが、志仁田はんがそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。舞妓は、液体窒素で薔薇を凍らせバラバラに砕くショーをテレビで観たことがあった。液体窒素がどこにあるのかよくわからなかったが、薬品の類いなら学校の理科室にあるのではないかと当たりをつけたのだ。目的の学校に到着すると、休日だからか人影は見当たらなかった。そのまま舞妓は見咎められることなく校舎に入った。一階の理科準備室に侵入して少し物色し、冷凍庫の中の銀色の大きな入れ物を見つけ出した。開けると冷気が漏れ出し、試しに横の机上の紙を突っ込み取り出してみると、パリパリに固まった紙が出てきた。間違いないと確信した舞妓は容器を頑張って持ち上げ、早くタクシーを拾って花屋に行こうと思いながら、えっちらおっちら歩き始めた。
 
薔薇を咥えた雪女はまきびしを買いに、忍者の里へと向かっていた。どうせなら咥えている薔薇を凍らせて砕き人間の女にあげたかったが、そいつがそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。ちなみに、薔薇を咥えているのは、キザだからである。どうやら近くに甲賀流忍者の里東京支部があるようなので、舞妓はそこを目指していた。それにしても、サラダを作るのにまきびしがなんの役に立つんでしょう? と雪女は思ったが、わからないものは仕方がない。やがて甲賀市東京支部に着くと、忍者グッズの売店に入った。手裏剣の横にまきびしコーナーはあり、さまざまな種類のまきびしが陳列されていた。店番のくの一をその体温ゆえに震えさせつつ、どのまきびしが最適か、薔薇を咥えた雪女は吟味し始めた。
 
[[Sisters:WikiWiki麻薬ショナリー#「伊賀流忍者」|伊賀流忍者]]は機関銃を入手しに、横田基地に忍び込んでいた。どうせなら帯びているまきびしを志仁田殿にあげたかったでござるが、志仁田殿がそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方ないでござる。拙者、忍びであるゆえ、武具には多少通じてござる。火筒は日の本にはなかなかないでござるが、とはいえ南蛮北狄に行っている刻は到底ござらぬ。そこで、自衛隊の陣にいるのでござる。忍者は隠れ身の術を使って監視の目を掻い潜り、武器の保管庫の扉にたどり着いた。しかしここへの侵入は容易なことではないと悟った忍者は、思い切って火薬玉を扉に投げつけた。轟音と黒煙とともに扉は吹き飛び、近くにいた隊員がすぐさま駆けつけたとき、黒ずくめの影が保管庫から飛び出してくるところだった。突然の事態だが統制をとって追いかけてくる屈強な男たちを、煙玉や土遁の術、火遁の術で撒き切り横田基地から飛び出た影の腕には、一挺の<ruby>軽機関銃<rt>LMG</rt></ruby>が抱えられていた。
 
ミリオタの男はゴールボールを買いに、スポーツ用品店へと向かっていた。どうせなら界隈民御用達のミリタリー関係のセカンドショップをあの女子に紹介したかったが、あの女子がそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。ゴールボールを買ってこいと言われたときは「スポーツを⁈」と驚いたが、買えるからには使われるボールのことだろう。慣れない歩行で滝のように流れる汗を拭い拭い、到着した店ではしかし、ゴールボールは売っていなかった。まあそこまで一般人に膾炙した競技じゃないしなあと思いつつ、落胆を隠せなかった男に、店主が声をかけてきた。事情を知った老齢の店主は、男に自らの孫の話をし始めた。
 
ゴールボール好きの女性は自学帳を買いに、文房具店へと向かっていた。どうせなら視覚障害者の仲間とやっているゴールボール同好会の備品を貸してあげたかったが、志仁田さんがそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。白杖をつきながら、歩き慣れた歩道をゆっくりと進む。しかし近頃周りの景色がめっきり変わってしまったので、油断はできない。だがどうやら目当ての文房具店にたどり着いたようで、彼女は初めて店内に足を踏み入れた。すると店員らしき若い男性の声がし、ノートが一冊欲しいと話すと、一瞬奥に引っ込むとすぐに持ってきてくれた。女性は代金を払い丁重に礼を言うと、店を辞した。そして、来た道を往路と同様、慎重に戻っていった。その時、若い男性がどうも嫌な感じの高笑いを上げたが、彼女の耳には届いていない。
 
公立中学校に通う男子は、そこらへんを足速に歩き回っていた。どうせなら今も持っている自学帳をあのお姉さんにあげたかったが、お姉さんがそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。その日は休日だったが、口うるさい親にせっつかれ、図書館へと勉強しに出かけたのだ。スマホは親に預けさせられ、勉強用具と最低限の貴重品だけを入れた肩掛けバッグを持ち、しかしなんとも気が向かないのでその辺をぶらぶらしていたところで、世界を救った有名人に会ったのだ。だが、買い物もせず俯いてせかせかと歩いては人と肩をぶつけてしまい小声で謝ることを繰り返しているのには、わけがあった。彼がどんなに世界を救ったヒーローの役に立ちたいと願っていても、三階フロアを調達することなんてできないのだ。彼は言い訳の文面を考えつつ、辺りをうろうろと歩き回っていた。
 
マンション王はYSー11を買いに、コンビニへと向かっていた。どうせなら自分が所有するマンションの三階フロアを少女風ちゃんに提供したかったが、そうはいかないので仕方がない。それにしてもYSなんとかってなんなんだろう。知らないがとりあえずコンビニに来たんだからどうにかなるだろう。自覚はないが、マンション王は不動産収入だけで生きてきたため、市井のことに疎かった。ともかく、早速レジの爺さんに聞いてみると「それはとっくのとうに生産終了しとるよ」と言われてしまった。生産終了しているならどうしようもない。中古品を手に入れられるだろうか、いや限られた時間では厳しいか、などと考えるマンション王の前に、一つの値札があるのに気づいた。それを見た瞬間、マンション王は確信した。YSなんとかは生産終了したが、後継商品が発売されていたのだ! これを買っていこう! 
 
飛行機大好き少女はゴマドレッシングを買いに、スーパーへと向かっていた。どうせならパパにねだって買ってもらった[https://ja.wikipedia.org/wiki/YS-11 YS-11]の模型をあのお姉ちゃんに貸してあげたかったが、お姉ちゃんがそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。だいぶ綺麗になった道を自転車で走り、駐輪場に補助輪が取れたばかりの愛車を停める。足元に気をつけながら入店すると、慣れた足取りでゴマドレをゲットした。少女はおつかいを何度も経験している手練れであるゆえ、なんとセルフレジで会計を済ませ、自転車の籠にゴマドレを入れて公民館へと戻っていった。おつかいを済ませたら、ママとパパにあのお姉ちゃんが公民館で何かしているよって教えてあげようと思いながら。
 
志仁田は水菜を買うのにめちゃくちゃ手間取った。別の八百屋に行っても売っておらず、そもそも土地鑑がないので店を探すのにも苦労し、あるスーパーでようやく水菜を購入できたときには、既に日はだいぶ傾いていた。最初に買った野菜の入ったレジ袋を担いで長時間歩き回り、志仁田はもうへとへとだった。どんなに酷暑の日に走り回ってもどんなに極寒の日に薄着で寝ても今まで体調不良にならなかった志仁田にとって、こんな経験は初めてだった。しかし、こんな状態は自殺にうってつけのコンディションだとポジティブ思考をして、志仁田は公民館へと歩を進めた。そして午後五時、志仁田は拠点たる公民館に帰還を果たした。他のメンバーは既に帰ってきていた。
 
公民館には多くの人が見物に来ていた。前庭には人だかりができており、大道芸人すらもいてちょっとした祭りのようだった。それだけでなく、公民館の中にも少なくない人が物珍しげに辺りを見回していた。中にはカメラを構えて何かを話している者もいる。しかし、志仁田は気にせずキッチンに向かった。志仁田は観衆の目は気にならなかったが、冬の夕方とあって寒さがさすがに厳しくなってきたため、ドアと窓を閉めた。部屋には志仁田と何人かの買い物を手伝ってくれた人たち、それと数人の野次馬が残された。そこには大きな調理台と用具一式、小型発電機に繋がれた冷蔵・冷凍庫までもが用意されていた。手伝いを頼んだ人々が事前に準備を進めてくれていたのだ。
 
各人が入手した具材は、低温保存が必要なら冷蔵・冷凍庫の中に、そうでなければ黒いクロスの敷かれた長机に置かれるシステムになっていた。様々な材料がテーブルの上に置いてある。志仁田はそれを確認すると、自らの戦利品を机の上に置いた。そして、家庭科の授業で作ったクマのキャラがプリントされたエプロンを着けると、セーターの袖をまくり、いまさらの制作に取り掛かった。
 
===調理===
<big>①材料を全部皿にぶち込む ②なんか物足りないから持ってきたフグも追加しちゃおう! ③完成!!!</big>
 
===実食===
志仁田は開けた蓋を閉める暇すらも惜しんでいまさらを作り、フグの処理も含めてわずか10分足らずで忌まわしきサラダは完成した。野菜をちぎって放り込み、肉はそのまま放り込み、毒物を躊躇うことなく放り込み、薔薇を凍らせて砕いて放り込み、銃をまるごと豪快に放り込む志仁田の姿に、周りに集まっていた人々からは歓声ともどよめきともつかぬ声が上がった。もちろん志仁田はフグ調理の初心者であるが、命を顧みぬ自信満々の包丁捌きがあまりに堂々としていたため、民衆が志仁田の技巧を疑うことはなかった。
 
当初、買い物を手伝っていた人々でさえ、志仁田が何を作ろうとしているのかわかっていなかった。しかし、一部の観衆がいまさらを知っておりそれに言及したため、志仁田の作るこの料理が何であるかを、もはやその場の皆が知っていた。人々は得体の知れない緊張に襲われたが、当の志仁田は意に介さない。
 
出来上がったいまさらは大皿に盛られていた。志仁田は徐にエプロンを外すと、着席した。箸を取り、手を合わせる。そして志仁田はいまさらを食べ始めた。観衆は静まり返り、ただ志仁田がいまさらを咀嚼する音だけが響いた。誕生して一世紀余、無数の命を奪ってきた呪いの料理。それに、地球を救った英雄が挑んでいる。ここにきて、人々は志仁田の意図を悟った。彼女は、自らを以て、この忌まわしき死の連鎖を止めようとしているのだ。最強の人間の矜持を懸けて、凶悪な陋習を打ち破り、皆に希望を与えようとしているのだ! 人々は息を呑みながらも、ある者は両手を合わせ、ある者は口の中で呟き、ある者は固く目を瞑り、それぞれの形で志仁田の勝利を心から祈った。
 
ついに、その時が訪れた。皿が空になると同時に、志仁田は不機嫌そうな顔で「不味い」と言った。そして——
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===決着===
買い出しから最初に帰ってきたのは、漁師の息子だった。近くのジム跡からサンドバッグを引き摺ってきた彼は、公民館の机にサンドバッグを放って、愕然とした。重いサンドバッグを持ってきたはずなのに、黒い布が一枚ふわりと机を覆っただけだったからだ。ここにきて、ようやく彼は事態を悟った。サンドバッグを引き摺るうちに、布に穴が開いて砂がこぼれてしまったのだ。彼が辿ってきたあとには、一筋の砂の道がヘンゼルとグレーテルよろしく残っているに違いない。サンドバッグがだんだん軽くなっていくようだったのは、己の筋肉の成長などではなかったのだ。漁師の息子は慌てた。彼は見事におつかいに失敗したのだ。突如現れたピンチに泣きそうになっている時、外から何やら話し声が聞こえてきた。彼は半ば衝動的に次の行動を選択した。開いていた窓から遁走したのである。彼はまっしぐらに家へと走り出した。
 
キャベツ農家のおじさんは無人の部屋に入り、首を傾げた。誰かがいる気配がしたのだが。室内を見回すと、黒いクロスのかかった長机が目に留まった。なんだか砂をかぶっているようだったから、おじさんはクロスを布巾で拭き、買ってきた肉類を上に置いた。すると、マンション王が帰ってきた。彼はコンビニにYS-11を買いに行ったが、製造終了しているらしいので代わりに後継商品を購入してきた。マンション王が意気揚々と机に置いたペットボトルには、「OS-1」と書かれていた。農家のおじさんも、他人の受け持ちの商品を全て覚えてなどいないため、特に違和感は抱かなかった。おじさんはマンション王とともに、屋根の雨漏りを修繕すべくビニールシートと養生テープを取りに行った。
 
ついで、飛行機大好き少女が戻ってきた。部屋には誰もいなかったが、少女はおつかい歴戦の勇士であるため、なんとゴマドレをちゃんと冷蔵庫にしまい、家へと向かった。両親にお姉ちゃんの話をするためである。両親はこういう流行しているものが好きなのである。早く教えてあげて喜ばせてあげようと少女は考えていた。その間隙をついて、開いた窓から妖精が舞い降りてきた。ひじきの妖精は、摘んできたトリカブトを抱えてふわりと机に着地した。その時、シートとテープを持ってきた農家のおじさんとマンション王が入ってきて、妖精は慌てて人の姿に変身した。入ってきた二人はいつの間にかいた女性に驚きつつも、屋根の補修作業を始めた。妖精はひじきなので光合成をして生きている。だから、トリカブトを置くと妖精は外に出てひなたぼっこを始めた。
 
その頃、一人の掏摸が道を歩いていた。掏摸は何食わぬ顔で歩きながらも、ガードの緩い人がいないか虎視眈々と狙っていた。最近は火事場泥棒のような真似もして懐も温かかったから、掏摸は機嫌が良かった。その時、前方から子供が歩いてきた。目を伏せ、せかせかと歩を進めている。何か口の中で呟いていて、心ここにあらずである。掏摸にとって格好の標的である。すれ違う瞬間、掏摸は全く自然に肩をぶつけた。子供が驚いてこっちを見上げるより先に、掏摸の手は肩掛けバッグに差し込まれ、すでに抜かれていた。軽く声をかけてまた歩き出した掏摸は、手につかんだものを見て、落胆した。財布の類いを期待していたが、抜き取ったものは一冊のノートだった。大方さっきの子供の学習道具だろう。こんなものには一銭の価値もない。その辺に捨てようかと思ったが、人目が増えてきたので、掏摸はノートをしまうと素知らぬ顔で歩き続けた。
 
公民館には、薔薇を咥えた雪女が帰ってきていた。彼女は忍者の里でまきびしを買ってきた。雪女が選んだのは、昔ながらの菱の実であった。鉄製のまきびしは珍しく、多くの忍者は菱の実を乾かしたものなど、植物由来のまきびしを使っていたという。雪女は雪山でオーガニックな暮らしをしているので、菱の実が気に入ったのだった。雪女は菱の実を机の上に置いた。ちょうど雨漏りの修繕が終わり、農家のおじさんはガスコンロの動作確認を始めた。
 
掏摸は道端の文房具店に入ってみた。掏摸に失敗したから何か目ぼしいものを盗って埋め合わせたいという思いがあった。幸運にも、店主の老夫婦は奥にでも引っ込んでいるようだった。レジでも漁ろうかとカウンターに寄った時、外に人の気配を感じた。入ってきた女が白杖をついているのを見て、掏摸は驚いた。そこで、掏摸は悪戯を思いついた。掏摸は「いらっしゃいませえ」と声をかけてみた。すると女は完全にこちらを店員と思ったようで、ノートを買いたいと言い出した。掏摸はちょうどノートを持っていた。掏摸は女に先ほどの子供のノートを渡し、レジを勝手に拝借して、女の差し出したカードでノートを買わせた。女は丁寧に礼を言うと、全く気づかぬままに店を出ていった。掏摸は思わず笑い声を上げた。使用済みかつ訳ありのノートを買っていくとは。悪戯がものの見事に成功し、掏摸は心底可笑しく思った。すると笑い声が大きすぎたようで、店主の爺が奥から出てきて、掏摸は慌てて退散した。
 
ゴールボール好きの女性は公民館に到着し、農家のおじさんに収穫物のノートを手渡した。おじさんは、食べ物でないことに一瞬当惑したが、食べ物以外のおつかいもあったなと思い出し、長机の上にそれを置いた。女性は外に出ると、ひなたぼっこをしていた妖精に躓きかけ、妖精と言葉を交わすうちに、女性もまたひなたぼっこを始めた。芝生に寝転がるのなんていつぶりかしらと思いながら、妖精とともに燦々と降り注ぐ暖かみを全身で受け取った。そんな折、毒殺魔が帰ってきた。毒殺魔は寝転んでいる二人の女性に軽く会釈して公民館へと入っていった。そのとき、ゴールボール好きの女性は盲目ゆえの鋭敏な聴覚で、妖精は小動物ゆえの勘の良さで、毒殺魔の後ろをついてきた者の存在に気づいた。それは一匹の黒猫だった。魚の匂いに釣られてか、黒猫は毒殺魔の後についてきたのだ。可愛らしい来客に女性陣は思わず顔を綻ばせた。女性が毒殺魔に頼んでイカの切れ端を投げてもらうと、黒猫は喜んで食べ、人懐っこく毒殺魔に体を擦り付けた。彼らは並んで芝生に腰掛けると、そろって黒猫を愛でた。
 
しばらく経ち、用もなくそこらを歩き回ることに限界を感じた公立中学校に通う男子が戻ってきた。彼は室内に入ると、農家のおじさんよりは怖くなさそうだったマンション王に話しかけた。「あの、えっと、三階フロアは用意できませんでした……」床の掃き掃除をしていたマンション王は、気さくに答えた。「そりゃそうだ。去年の隕石で、{{傍点|文章=2mより高いところは全て砕かれた}}からな」
 
志仁田に衝突した小惑星は、ダイソン球のごとく地球を覆い、その結果、その軌道より上にあったものは全て砕け散ってしまっていた。だから、当然、三階フロアなどもう、残っていない。この公民館も屋根が壊れており、ビニールシートと養生テープで応急に塞いであるだけだった。あれからひと月以上経つが、まだ外には多くの残骸が散らばっている。この辺は、道の上の障害物が脇にどかされ、交通が機能を取り戻したばかりだった。都会のため優先的に復興が進められているにもかかわらず、小惑星衝突の爪痕はまだまだ色濃かった。
 
マンション王は男子のおつかいの失敗を気にもしていないようだった。男子はほっと息をつくと、早々に退散することにした。その前に預かったカードを返そうと机に置いたところで、彼は自分の名前が書かれた自学帳が置いてあるのに気づいた。彼は驚いたが、バッグの中からノートがなくなっていることを確認すると、ノートを回収した。出発前にでも落として、誰かが拾ってくれていたのだろう。男子は今度こそ、そそくさと公民館を後にした。
 
彼とすれ違うように戻ってきたのは、ミリオタの男だった。冬の冷涼な空気もなんとやら、運動不足な彼は汗をかきかき公民館に戻ってきた。彼はスポーツ用品店の爺さんに、孫の話を聞かされた。一年ほど前、彼の孫は唐突にゴールボールをしたいと言い始めたそうだ。その頃はパラリンピックを控えた時期で、テレビでゴールボールを知り、やりたいと言い始めたのかもしれない。しかし簡単に道具を集められるスポーツではない。そこで、父親は簡易的な球を作ることにした。空気を入れて膨らませる中くらいのビニールのボール。それに小さな鈴をいくつか入れて膨らませるだけだ。これで、転がすと音が鳴るゴールボールの完成だ。親子は家の中でボールを転がしてそれを止めるだけの手軽な遊びを楽しんだという。

4年4月27日 (W) 18:01時点における最新版

当記事は、「最近全然書いてねえ! 連休を利用してなんか書かないと!」という焦燥の中、ほぼノーアイデアで書き始めている文章です。

WikiWiki いまさらとは、忌まわしきサラダである。

名称[編集 | ソースを編集]

ポテトサラダがポテサラになるのだから、忌まわしきサラダはいまさらになる。火を見るよりも、思慮深い体育教師が存在しないことよりも、事前に立てた夏休みの勉強計画が破綻することよりも、「やったか⁉︎」と言った直後に粉塵の中から相手が出てくることよりも、明らかなことである。

具材[編集 | ソースを編集]

麻薬の常用者親愛なる編集者の皆様へ
この節は大喜利である。面白いのを思いついたら追加していきなさい。

歴史[編集 | ソースを編集]

誕生[編集 | ソースを編集]

いまさらは明治41年、矢場舌助やばしたすけ男爵が考案した。

矢場舌助は、明治20年、紡績で財を成した名家・矢場一族の長男として生を享けた。二代目当主・杉夫と珠子は、長く子宝に恵まれず、舌助はそれぞれ42歳と37歳のときの子であった。年齢もあって、その後二人の間に子供が授かることはなく、そのため夫婦は舌助を溺愛した。

舌助は健やかに成長した。体格は中肉中背で、丸っこい瞳が愛らしかったと伝えられている。九段小学校から東京第二中等学校へ進学・卒業する。当時の成績表によれば、勉学と運動のどちらにも優がつけられているが、特に蹴球の才は学級でも飛び抜けていたという。明治38年には第一帝国大学に入学。法学を専攻し、発布されたばかりの大日本帝国憲法を研究した。

しかし、明治40年、矢場杉夫と珠子が自動車事故で亡くなる。舌助が二十歳のときであった。愛する両親の喪失により舌助は深い悲しみと世の不条理への怒りを覚える。その燃え滾る赫怒のあまり、舌助は遅れ気味の反抗期に突入してしまう。

舌助は裕福な両親に溺愛されて育ったため、幼少期より美味しいものばかり食べて育ってきた。反抗期の舌助は、その親の愛に逆らおうと、不味い料理を食べようとしたのである。舌助は、まずは料理の経験がないのに自炊をしてみた。しかし、舌助の作る料理は食えないわけではなく、それどころか回数を重ねるほどに美味しくなっていく。舌助は自らの調理の才能を嫌った。次に舌助は劣悪な食材を好んで食すようになった。ちょっと泥がついてるままの人参や、なんか生えてきているじゃがいも、賞味期限を三日過ぎている牛乳などを舌助は食べるようになった。しかし、普通にお腹を壊してめちゃくちゃ苦しかったので、すぐにやめた。舌助は玉の汗を浮かべて下痢しながら自分の胃腸の弱さを呪った。

そして明治41年、舌助は究極の“愛のない料理”の制作を目指す。自らの誕生日の宴会でそれを食すことを目論み、舌助は使用人に食材を買わせていった。厳選した食材が集まってくると、使用人の制止[3]を振り切って舌助は調理を開始した。そして翌日の2月2日、ついに料理は完成し、食卓に並んだ。これが後のいまさらである。

列席するゲストたちが萎縮する中、舌助は皿に盛られたサラダを嬉々として食べた。皿が空になると同時に、舌助は満面の笑みで「不味い」と言うと、激しく嘔吐して倒れてしまう。懸命な救命活動も報われず、舌助は間もなく息を引き取った。享年21。

こうして舌助の作ったサラダは、舌助の不可解な死によって、呪われた歴史の最初の1ページを刻んだのである。[4]

多くの死[編集 | ソースを編集]

その後も、いまさらを食べた者に不幸が訪れるという事態が相次いだ。

麻薬の常用者親愛なる編集者の皆様へ
この節は大喜利である。面白いのを思いついたら追加していきなさい。


大正元年、発明家の師田俊勝は、舌助の逸話を聞いて興味を持ち、いまさらを自作して食べてみた。その結果、猛烈な腹痛に苦しみ、四日後に死亡した。遺体を解剖してみると、腸に謎の大量の顆粒が詰まり、腸閉塞を起こしていた。[5]

昭和2年、料理研究家の佐藤一郎は、いまさらのレシピを再現して門弟に振る舞った。その結果、なぜか部屋が突如として蜂の巣となり、佐藤を含む全員が死亡した。[6]

昭和22年、東京の基地に駐屯していた米兵のジョージ・カーターは、仲間との賭けビリヤードに負け、いまさらを食べさせられた。その結果、ジョージは謎の内臓破裂を起こして死亡した。[7]

昭和39年、長崎県在住のある主婦は、晩御飯の献立に困った挙句、いまさらを作って家族五人に食べさせた。その結果、夫婦は謎の大喧嘩の末に離婚して家族は離散した。[8]

昭和51年、ある会社員の男が宴会芸としていまさらを食べた翌日、休日の日課だったジムでベンチプレスをしている最中、謎の心臓発作を起こして亡くなった。[9]

平成18年、都立あきる野第二高校の家庭科部が、新入部員歓迎会でいまさらを作って振る舞った。その結果、その年の新入部員は全員謎の退部を果たし、更に向こう2年新入部員が現れず、家庭科部は廃部となった。[10]

平成30年、人気カップルYouTuber「コイコイ」が、動画の企画としていまさらを実食した。その結果、口に謎のまきびしが詰まって粘膜がズタズタになってひどく出血した。[11]

令和2年、ある老夫婦がレストランでいまさらを注文し、それを食べた。その結果、食べ切らないうちに猛烈な腹痛に襲われ、救急車で搬送されたが、翌日息を引き取った。[12]

令和2年、大学に通う男が幼馴染の女と帰宅する途中、にわか雨に降られてずぶ濡れになり、二人は慌てて男の家に転がり込んだ。このままでは風邪をひきそうだったため、まずは女がシャワーを浴びることになったが、女は「寒いからって入ってきたりすんなよ! 絶対だからな!」と言い残して脱衣所の扉を閉めた。その結果、男は衣擦れの音を極力聞かないようにして、寒さに必死に耐えながら愚直に女の言いつけを守った。[13]

令和3年、ある男が「35歳の誕生日に妻がこんなに豪華なごちそうを作ってくれました✨」と写真付きでSNSに投稿した。その結果、特定の界隈でめちゃくちゃ炎上して男はアカウントに鍵をかけた。[14]

令和4年、自称インフルエンサー「かのちゃん@新米ママ🦄」が、6歳の娘のためにいまさらを食べさせるという旨の投稿をした。その結果、全員から総バッシングを食らった。[15]

脚注[編集 | ソースを編集]

  1. なぜこんな代物が食材として市民権を得ているのか。
  2. さらさらした口触りに定評がある。
  3. 「おやめください! そのようなものを食すだなんて! その……そのおぞましい実トマトを召し上がるのですか⁈」
  4. なお、「普通にトリカブトが入ってたからじゃね?」とか言ってる馬鹿もいる。
  5. なお、「普通にサンドバッグが入ってたからじゃね?」とか言ってる阿呆もいる。
  6. なお、「普通に機関銃が入ってたからじゃね?」とか言ってる頓珍漢もいる。
  7. なお、「普通に三階フロアが入ってたからじゃね?」とか言ってる唐変木もいる。
  8. なお、「普通にそんな料理を晩御飯に出したからじゃね?」とか言ってる木偶坊もいる。
  9. なお、「普通にトレーニングが足りなかったんじゃね?」とか言ってる脳筋もいる。
  10. なお、「普通にそんな料理を新歓に出したからじゃね?」とか言ってる田吾作もいる。
  11. なお、「普通に入ってるからじゃね?」とか言ってる脳足りんもいる。
  12. なお、「普通にトマトが入ってたからじゃね?」とか言ってるトマト嫌いもいる。
  13. なお、「え、だって入ってくるなって言ったじゃん。なんで怒ってるの⁈ ごめ、あっ……」とか言ってる朴念仁もいる。
  14. なお、「自分だけのために女性に尽くさせるクソオスの典型💢」とか言ってるフェミニストもいる。
  15. なお、「これよ〜く見るとハムが入ってます❗️ 牛の命を奪う人間は見にくい、即刻辞めさせます🤬🤬🤬」とか言ってるヴィーガンもいる。

このように血塗られた歴史を歩んできたいまさらだったが、ある挑戦者の登場により、歴史は大きく動く。

志仁田少女風の挑戦[編集 | ソースを編集]

遍歴[編集 | ソースを編集]

志仁田しにた少女風がーりーは、死にたがっていた。その理由は定かでない。親子関係の不和とも、学校でのいじめとも、ただぼんやりした不安とも言われている。

他の「死にたい」と言っている多くの人とは異なり、志仁田は自殺を試みた。それも繰り返し。しかし、志仁田は死ななかった。それは土壇場で怖気づいたとか、他の人に助けられたとかが原因ではない。志仁田は不可抗力によって自殺に失敗したのである。

16歳の頃、志仁田は初めて自殺を試みた。手段は、オーソドックスな飛び降りであった。志仁田は近くの大型スーパーに赴き、駐車場となっている屋上にのぼった。そして、三階相当のそこから、アスファルトの路面へと落下した。叩きつけられた瞬間、志仁田は「これは死んだろ!」と内心快哉を叫んだが、快哉を叫べるということは生きているのだと気づき、落胆した。志仁田は見事飛び降りたが、しかし志仁田の身体は頑強すぎて傷ひとつ負っていなかった。念のため搬送された病院の13階相当の屋上から、翌日飛び降りてもみたが、結果は変わらなかった。

次に、志仁田は首吊りを試した。ホームセンターで買った麻縄を家の梁に結わえ、作った輪っかに首を通した。椅子を蹴ったはいいものの、一向に苦しくならないことに志仁田は気づいた。期待を込めて30分ほどその姿勢を維持してみたものの、帰宅した母に「あんた何してんの?」と言われただけだった。志仁田の首は堅固すぎて頸動脈も気道も締まらなかったのだ。仕方なく麻縄を取り、これどうしようか、捨てようかな、いやいつか使えそうだな、とっておくか、と思って縄は志仁田の家の片隅に置かれ、以来一度も使われていない。

その後、志仁田はカッターナイフで手首を切ろうとした。風呂に入るついでにカッターを持ち込み、浴槽の上に掲げた手首に刃を当てた。しかし、志仁田の手首は頑丈で刃は通らなかった。押し引きしたり叩きつけたり数分格闘してみたが、どうしようもなさそうなので、ついでとばかりにカッターで腕の産毛を剃って、志仁田は風呂を出た。出るのが遅いと母に言われ、少し申し訳なく思った。

17歳の夏、志仁田は溺死を試みた。近所の川に出かけ、両手両足を紐で結んだのち、芋虫みたいに身をよじってどうにかこうにか橋の欄干を乗り越えた。水中に体が沈み、じきに息が持たなくなる。数分のうちにたまらず水を吸い込んでしまい、志仁田は「これは逝ける!」と思った。しかし、鼻が異物を排除しようと反射的に咳を行い、ものすごい勢いで水を噴出した。すると一帯の水が吹き飛び、息ができるようになってしまった。数十秒待つと川の上流からまた水が流れてくるが、強靭な肺機能のせいで同じことしか起こらなかった。なお、周辺の家の洗濯物が多く濡れ、志仁田は母に痛烈に叱られた。

その次は、オーバードーズを試してみた。志仁田は父がかつて使っていた睡眠薬をこっそり持ち出し、食卓にて二瓶を一気に飲み下した。しばらくして猛烈な嘔気と睡魔に襲われ、志仁田は「今度こそ死んだな」と朦朧とする意識のなか思った。しかし、近所に住む幼馴染・品瀬しなせ琢内たくないが謎の虫の知らせを感じ、志仁田宅へ飛び込んできて、催吐、胃洗浄、迅速な通報など、超絶適切な処置を施した結果、志仁田はことなきを得た。病院で意識を回復したあと、品瀬から何か色々言われたが、志仁田は次の自殺方法に思いを巡らせていた。

これ以降も、志仁田は幾度も幾度も自殺に挑戦した。トラックの前に飛び込んだが車体がひしゃげて運転手が病院送りになり、包丁で喉と目を突いたが刃が欠けたので母に小言を言われる前に研ぎ、目張りして練炭を焚いたが飛んできた品瀬に窓をぶち割られ、高層ビルの屋上から飛んでみるも地面に小さなクレーターができただけに終わり、はしか患者が集まる隔離病棟に乱入し深呼吸を繰り返すも激つよ免疫が病原体を抹殺して発病に至らず、海へと飛び込んでみるも川同様に水を吹き飛ばしてしまいモーセの海割りならぬ志仁田の海穿ち(間欠的)を披露してしまい、近所の爺さんの物置からパクった農薬を飲むも一秒も経たないうちに品瀬が窓を砕いて現れ最強手当てをし、その窓ガラスの破片で太腿の動脈を切ろうとするも硬い皮膚に阻まれ、そのまま病院へと速やかに送られた。このように、志仁田は自殺に失敗し続けた。しかし、やがて転機が訪れる。

長径11km、短径9kmの紡錘型をした小惑星89112E。それがまもなく地球に衝突するというニュースを志仁田がテレビで見たのは、志仁田が17歳の年末だった。人々の混乱を予防するため、各国政府は衝突一時間前にその知らせを発表したという。衝突予測地点は、ちょうど志仁田の家の近所だった。志仁田は喜び勇んで衝突地点へと向かう。その途中、向かいの家から出てきた品瀬が涙ながらに何か話しかけてきたが、自分は志仁田の替え玉であり志仁田本人は隣町の川辺で毒を飲んでいるという旨の嘘をつくと、品瀬はあっという間に隣町へとすっ飛んでいった。志仁田は万全の構えで衝突地点に仁王立ちし、上空の煌めく光点が落ちてくるのを待った。そして二十分後、耳をつんざく轟音と目を潰すほどの閃光とすべてを灼くような熱とともに隕石が落ちてきた。志仁田は注意深く隕石の真下に立ち、衝突の直前には念のためちょっとジャンプまでしてみた。

小惑星は志仁田に衝突した。そのエネルギーの莫大なあまり、無数の破片に小惑星は砕かれて飛び散った。破片は360°全方位に四散したが、そのどれもが第一宇宙速度に達し、すべての破片は高度2mのところをぐるぐると回り始め、ダイソン球みたいになった。一方の志仁田は頭が痛くクラクラし、「これはもうちょっとで逝ける!」と心が昂った。そんな中、ダイソン球のごとく破片が上空を飛び回っているので、志仁田は次々とジャンプして頭をぶつけ、その衝撃で破片は粉微塵になり、志仁田は衝撃の微細さに不満を覚えた。結局破片がすべて志仁田によって粉にされるまで丸2日かかり、それまで地球の人々は腰をかがめて過ごすことを余儀なくされた。志仁田は最初の衝突と二日寝ずにいたことによって頭がめちゃくちゃ痛み、「死ねる!」と思いながら意識を失ったが、約13時間後に目を覚まし、その時には多少首が痛む程度だった。なお、その間中、品瀬はずっと志仁田を探して隣町を彷徨していた。やがてテレビニュースで隕石衝突を阻止したヒーローとして志仁田が映っているのを見、目を覚ましたばかりの志仁田を号泣しながら手当てした。

こうして志仁田は最良の機会を逸し、自殺成功の望みを失った。もはや自殺には希望が持てない。しかし、その時、ある呪われた料理の存在を知る。そう、いまさらである。志仁田は自殺の最後の望みを、いまさらに賭けたのである。

もはや一般的な手法では命を絶てないのは明らかだった。しかし、食したものに相次いで不幸が訪れるこの料理ならば、あるいは。もしこれでも死ねなかったら諦めようと覚悟を決め、志仁田少女風はいまさら自殺に挑んだ。

志仁田には勝算があった。今まで外傷系の自殺は己の体が阻んできたが、毒物系は結構いい線を行っている。ならなぜ死ねなかったのかといえば、品瀬の存在である。彼がなぜかめちゃくちゃ志仁田の危機を察知し、なぜかめちゃくちゃ上手い医療処置を施すため、志仁田は死ねなかった。しかし、今や志仁田は品瀬を遠ざける方法を知っていた。志仁田はいまさらの制作に向けて着々と準備を進めていった。そして、奇しくもいまさら誕生と同日である2月2日、18歳の誕生日。志仁田はいまさら自殺を敢行する。

「たっくん」

「あっ、ママ!」

「大きくなったわね」

「うん! ママ、しさしぶりだ!」

「ひさしぶり、だよ。ひさしぶりね、たっくん」

「しさしぶり!」

「ふふっ」

「あのねあのね! たっくんごさいになったの!」

「おめでとう、たっくん」

「えへへへ、そうだ! ママもいっしょに、けえきたべようよ! パパがかってきてくれるんだって!」

「そうね、でもそれはできないかもしれないわ」

「……そうなの?」

「うん。……でも、その代わり、プレゼントをあげましょうね」

「ぷれぜんと! やった! なになに?」

「たっくんは何がほしい?」

「うーん……」

「したいことでもいいわ」

「じゃあ、ママとしろくまこうえんであそびたい!」

「ごめんね、ママがなにかすることはできないわ」

「えーなんで? なんでよ?」

「……ごめんね」

「うーん……じゃあ、おとなになったら、がーりーちゃんとけっこんしたい!」

「へえ……いいわね。でも、それはその子が決めることよ」

「そっかあ……」

「でも、代わりに、その子を大人になるまで守ってあげるわ」

「まもる?」

「そう。その子を、元気な18歳に育ててあげる」

「そしたら、けっこんできる?」

「たっくんが頑張れば、できるかも」

「やったあ!」

「でも、守ってあげるのは17歳までよ。18歳の誕生日からは……」

「からは?」

「たっくんが守ってあげるんだよ、いいね?」

「わかった! ありがとうママ!」

「うん……。じゃあ、もう、行くわね」

「えっ、もういっちゃうの?」

「そろそろ時間みたい」

「そっかあ……」

「じゃあ、元気でね、たっくん」

「……ママ!」

「なあに?」

「もしけえきがたべられるようになったら、きてね!」

「……うん、そうするわ」

「ゆびきりげんまんだよ!」

「ええ。ゆびきりげんまん」

調達[編集 | ソースを編集]

2月2日当日、服毒自殺最大の障害・品瀬琢内を遠ざけるため、志仁田は一計を案じた。早朝、志仁田は品瀬に一通のメールを送った。そのメールには一枚の写真が添付されており、それはコルコバードの丘をバックに、丸々と肥えたフグを両手で掲げ持ち笑う、セーター姿の志仁田の写真であった。それを見た品瀬は15秒後にはタクシーを捕まえて空港へと急がせていた。しかし、その写真は、今さっきタイマー機能で撮影した志仁田の自撮りにネットで拾ってきたリオの画像を合成したものだった。隕石騒動のとき品瀬を騙した経験から、志仁田は品瀬を遠ざける完璧な方法を思いついていたのだ。経由地のダラスからとんぼ返りしても、日本に帰ってくるまで二日近くかかる。今日の自殺は、品瀬のいないところで邪魔されることなく果たせるのだ。品瀬の乗った飛行機が羽田を発ったのを確認してから、志仁田はいまさらの制作に取り掛かった。志仁田は最大の障壁を除くことに早々に成功したのである。

実は、志仁田はこの日、あまり調子が良くなかった。遍く外力を弾き飛ばす無敵コンディションみたいな今までの体調ではなく、なぜか自分が急に脆弱になったような心地を覚えていた。その理由はわからなかったが、なんにせよ好機であった。今日なら、いまさらの力を借りて、死ねる気がする。志仁田は全身全霊をもっていまさらを作り、最後の、きっと最期の、自殺を成し遂げようと決意した。

品瀬の排除成功の勢いそのまま、志仁田は町に繰り出した。まず、志仁田は場所を確保した。電車に乗って東京まで出ていき、少し歩いていると広い河川敷を見つけたので、志仁田はそこを休憩所に定めた。川辺では冷たい風が身を切るように吹いていたが、それを見越した厚着をしていた志仁田は自らの周到さに惚れ惚れした。近くを通りがかった歩行者に聞いてみると、その大きい川は隅田川だという。志仁田はそこで行われる花火大会のことを思い出し、爆死も悪くないなと思ったが、いまさらに集中せねばとすぐに思い直した。

せせらぎや散歩に訪れる人々の心地良い喧騒が優しく響いており、そこはとても気分が良かった。時刻は正午に近づいていたので、志仁田はおにぎりを土手に座って食べた。朝は対品瀬工作などで忙しかったが、いつも自分でお弁当を作って学校に行っていたから、ちゃっちゃとおにぎりをいくつか握る程度のことは志仁田にとって朝飯前だった。夕食はいまさらにするので、これが最後の昼餐になると思うと、この手で直に握ったおむすびがいつもより美味しく感じるのであった。

腹ごしらえのあと、すぐ近くのなんか人が多くいる公民館に行くと、志仁田はそこにいた人々になぜかめちゃめちゃ歓待された。志仁田が大きな机と皿を借りたい旨を話すと、なぜかめちゃめちゃ快く貸してくれ、あまつさえ手伝いを申し出てくれもした。公民館には料理教室でも開いていたのか、学校の家庭科室のような部屋があった。志仁田はありがたくその部屋の道具を貸してもらい、いまさらの材料集めをお願いした。人々の歓迎ぶりには、先の小惑星事変の際、超人的な強靭さで次々と隕石を砕き割っていく少女の姿が世界中で広く伝えられたという背景があったのだが、志仁田には知る由もない。

午後1時、14人の人々が志仁田から買い物を仰せつかった。志仁田が適当に順番に指を差していき、買うものを割り当てていった。志仁田自身ももちろん買い出しに行くので、総勢15名が手分けしていまさらの材料を買いに出かけた。今日中にいまさらを作り終えるために、午後5時にはこの公民館に帰ってくることを確認し、15人は散開した。人々は「サラダを作る」とだけ説明を受けていて、中には到底サラダの具材とは思えないものを買いに行かされる人も少なくなかったが、そこは地球を救った英雄、何か深いわけがあるのだろうと思い、誇らしげに自らの任務に就いた。

志仁田は野菜を買いに八百屋に向かった。華の都・東京に商店は少ないのではないかと思っていたが、近隣住民に聞いた道を辿ると、あっさりと八百屋に行き当たり、さすがは東京だべ……と出身地でもない東北訛りを心中で披露してしまう志仁田であった。かくして八百屋に到着した志仁田は、難なくレタス・キャベツ・白菜・小松菜・ブロッコリー・トマト・きゅうりをゲットした。隕石騒動のあと、志仁田は偉い人になぜかめちゃめちゃ感謝されて、無敵クレジットカードみたいなカードをいっぱい貰ったので、購入資金には困らなかった。なお、おつかいに行ってくれている人々にも、そのカードを渡している。大体の野菜を調達した志仁田だったが、ただ一つ、八百屋には水菜がなかった。旬はそう外れていないのになあ困ったなあと思いながら、志仁田は別の八百屋を探して歩いていった。

キャベツ農家のおじさんはハムとウインナーを買いに肉屋へと向かっていた。どうせなら専門領域である野菜を買い、新鮮で美味しいサラダをあの少女に食べさせてあげたかったが、少女がそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。おじさんは近くの商店街へと出かけ、肉屋を訪ねた。そこで豚のハムとウインナーを購入し、ガスコンロはちゃんと使えたかな、などと考えながらゆっくりと公民館へ戻っていった。

精肉店のおばさんはひじきを買いに、乾物屋さんへと向かっていた。どうせなら自分の店自慢のハムとウインナーをあの女の子に食べさせてあげたかったが、女の子がそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。おばさんは今が肌寒い晩冬であることを呪いながら、少し遠い乾物屋に歩いていった。到着すると、早速ひじきを購入し、ついでに同年代の女性である店主と四方山話を始めた。昨今の店商売の苦境や夫への愚痴などで話は大いに盛り上がり、彼女が公民館に戻ってくるのはもう少し後になりそうである。

ひじきの妖精はトリカブトを入手するために、山へと向かっていた。どうせなら己のひじきパワーで新鮮なひじきをあの人間に食べさせてあげたかったが、あの人間がそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。妖精はいつもは蝶の羽が生えた小人のような姿をしている。しかし今は人間の女の姿に化け、人の世に顕れていた。ひじきの妖精はもちろん海出身だったが、それゆえに山に強い憧れを抱いており、よく山に遊びに行っていた。その際、あのトリカブトとかいう植物を見たことがあり、妖精はそこへと向かっていた。ふと人通りが絶えたところで妖精はポンと姿を変化させ、せわしなく羽ばたいて山へと飛んでいった。

毒殺魔はミミイカとあん肝を買いに、鮮魚店へと向かっていた。どうせなら常備している毒物ストックからトリカブトをすぐに渡してあげたかったが、あの子がそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。毒殺魔は豊洲の方へ出張っていき、やがて磯の匂いに満ちた魚屋にたどり着いた。そこのおっちゃんに聞くと、ミミイカはないがアオリイカならあると熱弁され、結局押し切られて活きのいいアオリイカを買わされてしまった。それとアンコウも購入し、毒殺魔の習性でついついアカエイとかを探してしまったが、鮮度のいいうちに帰らねばと我に返って駅へと向かった。そして電車を降り、物の散らばった道を公民館へと歩く。しかし、その背後を足音もなくついてくる影に、毒殺魔はまだ気づいていない。

漁師の息子はサンドバッグを入手するために、ジムへと向かっていた。どうせならお父さんの獲ってくるイカやアンコウをあのお姉さんに食べさせてあげたかったが、お姉さんがそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。彼は、近くのスポーツジム跡へと足を向けた。そこにはかつては使われていたトレーニング器具が放置されており、たまに友達と遊んだりしていた。そこに黒くて彼くらいの大きさがあるサンドバッグが落ちていた。彼はそれを持っていこうとしたが、存外にそれは重くてなかなか運べない。彼は気合いを入れてサンドバッグの端を持ち上げ、引きずり始めた。筋力が鍛えられているのか、だんだん運ぶのが楽になっていくのに嬉しさを感じながら、彼は公民館へと少しずつ少しずつ戻っていった。

サンドバッグマイスターは和傘を買いに、海外客向けの雑貨店へと向かっていた。どうせなら利きサンドバッグの技倆を存分に生かし最上級のサンドバッグをあのヒーローにあげたかったが、彼女がそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。和傘なんて使っている日本人は舞妓さんくらいしかいないが、外国人には人気の土産になっているとサンドバッグマイスターは知っていた。果たせるかな、当たりをつけた雑貨店には鞠を回せそうな和傘が売っていた。サンドバッグマイスターは自らの慧眼に惚れ惚れとしながら、「雨に唄えば」みたいに軽く踊りつつ復路についた。

舞妓さんはバラバラの薔薇を調達するために、近くの高校へと向かっていた。どうせなら持っている和傘を志仁田はんにあげたかったが、志仁田はんがそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。舞妓は、液体窒素で薔薇を凍らせバラバラに砕くショーをテレビで観たことがあった。液体窒素がどこにあるのかよくわからなかったが、薬品の類いなら学校の理科室にあるのではないかと当たりをつけたのだ。目的の学校に到着すると、休日だからか人影は見当たらなかった。そのまま舞妓は見咎められることなく校舎に入った。一階の理科準備室に侵入して少し物色し、冷凍庫の中の銀色の大きな入れ物を見つけ出した。開けると冷気が漏れ出し、試しに横の机上の紙を突っ込み取り出してみると、パリパリに固まった紙が出てきた。間違いないと確信した舞妓は容器を頑張って持ち上げ、早くタクシーを拾って花屋に行こうと思いながら、えっちらおっちら歩き始めた。

薔薇を咥えた雪女はまきびしを買いに、忍者の里へと向かっていた。どうせなら咥えている薔薇を凍らせて砕き人間の女にあげたかったが、そいつがそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。ちなみに、薔薇を咥えているのは、キザだからである。どうやら近くに甲賀流忍者の里東京支部があるようなので、舞妓はそこを目指していた。それにしても、サラダを作るのにまきびしがなんの役に立つんでしょう? と雪女は思ったが、わからないものは仕方がない。やがて甲賀市東京支部に着くと、忍者グッズの売店に入った。手裏剣の横にまきびしコーナーはあり、さまざまな種類のまきびしが陳列されていた。店番のくの一をその体温ゆえに震えさせつつ、どのまきびしが最適か、薔薇を咥えた雪女は吟味し始めた。

伊賀流忍者は機関銃を入手しに、横田基地に忍び込んでいた。どうせなら帯びているまきびしを志仁田殿にあげたかったでござるが、志仁田殿がそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方ないでござる。拙者、忍びであるゆえ、武具には多少通じてござる。火筒は日の本にはなかなかないでござるが、とはいえ南蛮北狄に行っている刻は到底ござらぬ。そこで、自衛隊の陣にいるのでござる。忍者は隠れ身の術を使って監視の目を掻い潜り、武器の保管庫の扉にたどり着いた。しかしここへの侵入は容易なことではないと悟った忍者は、思い切って火薬玉を扉に投げつけた。轟音と黒煙とともに扉は吹き飛び、近くにいた隊員がすぐさま駆けつけたとき、黒ずくめの影が保管庫から飛び出してくるところだった。突然の事態だが統制をとって追いかけてくる屈強な男たちを、煙玉や土遁の術、火遁の術で撒き切り横田基地から飛び出た影の腕には、一挺の軽機関銃LMGが抱えられていた。

ミリオタの男はゴールボールを買いに、スポーツ用品店へと向かっていた。どうせなら界隈民御用達のミリタリー関係のセカンドショップをあの女子に紹介したかったが、あの女子がそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。ゴールボールを買ってこいと言われたときは「スポーツを⁈」と驚いたが、買えるからには使われるボールのことだろう。慣れない歩行で滝のように流れる汗を拭い拭い、到着した店ではしかし、ゴールボールは売っていなかった。まあそこまで一般人に膾炙した競技じゃないしなあと思いつつ、落胆を隠せなかった男に、店主が声をかけてきた。事情を知った老齢の店主は、男に自らの孫の話をし始めた。

ゴールボール好きの女性は自学帳を買いに、文房具店へと向かっていた。どうせなら視覚障害者の仲間とやっているゴールボール同好会の備品を貸してあげたかったが、志仁田さんがそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。白杖をつきながら、歩き慣れた歩道をゆっくりと進む。しかし近頃周りの景色がめっきり変わってしまったので、油断はできない。だがどうやら目当ての文房具店にたどり着いたようで、彼女は初めて店内に足を踏み入れた。すると店員らしき若い男性の声がし、ノートが一冊欲しいと話すと、一瞬奥に引っ込むとすぐに持ってきてくれた。女性は代金を払い丁重に礼を言うと、店を辞した。そして、来た道を往路と同様、慎重に戻っていった。その時、若い男性がどうも嫌な感じの高笑いを上げたが、彼女の耳には届いていない。

公立中学校に通う男子は、そこらへんを足速に歩き回っていた。どうせなら今も持っている自学帳をあのお姉さんにあげたかったが、お姉さんがそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。その日は休日だったが、口うるさい親にせっつかれ、図書館へと勉強しに出かけたのだ。スマホは親に預けさせられ、勉強用具と最低限の貴重品だけを入れた肩掛けバッグを持ち、しかしなんとも気が向かないのでその辺をぶらぶらしていたところで、世界を救った有名人に会ったのだ。だが、買い物もせず俯いてせかせかと歩いては人と肩をぶつけてしまい小声で謝ることを繰り返しているのには、わけがあった。彼がどんなに世界を救ったヒーローの役に立ちたいと願っていても、三階フロアを調達することなんてできないのだ。彼は言い訳の文面を考えつつ、辺りをうろうろと歩き回っていた。

マンション王はYSー11を買いに、コンビニへと向かっていた。どうせなら自分が所有するマンションの三階フロアを少女風ちゃんに提供したかったが、そうはいかないので仕方がない。それにしてもYSなんとかってなんなんだろう。知らないがとりあえずコンビニに来たんだからどうにかなるだろう。自覚はないが、マンション王は不動産収入だけで生きてきたため、市井のことに疎かった。ともかく、早速レジの爺さんに聞いてみると「それはとっくのとうに生産終了しとるよ」と言われてしまった。生産終了しているならどうしようもない。中古品を手に入れられるだろうか、いや限られた時間では厳しいか、などと考えるマンション王の前に、一つの値札があるのに気づいた。それを見た瞬間、マンション王は確信した。YSなんとかは生産終了したが、後継商品が発売されていたのだ! これを買っていこう! 

飛行機大好き少女はゴマドレッシングを買いに、スーパーへと向かっていた。どうせならパパにねだって買ってもらったYS-11の模型をあのお姉ちゃんに貸してあげたかったが、お姉ちゃんがそこに集まった人々に適当に買うものを割り振ったので、仕方がない。だいぶ綺麗になった道を自転車で走り、駐輪場に補助輪が取れたばかりの愛車を停める。足元に気をつけながら入店すると、慣れた足取りでゴマドレをゲットした。少女はおつかいを何度も経験している手練れであるゆえ、なんとセルフレジで会計を済ませ、自転車の籠にゴマドレを入れて公民館へと戻っていった。おつかいを済ませたら、ママとパパにあのお姉ちゃんが公民館で何かしているよって教えてあげようと思いながら。

志仁田は水菜を買うのにめちゃくちゃ手間取った。別の八百屋に行っても売っておらず、そもそも土地鑑がないので店を探すのにも苦労し、あるスーパーでようやく水菜を購入できたときには、既に日はだいぶ傾いていた。最初に買った野菜の入ったレジ袋を担いで長時間歩き回り、志仁田はもうへとへとだった。どんなに酷暑の日に走り回ってもどんなに極寒の日に薄着で寝ても今まで体調不良にならなかった志仁田にとって、こんな経験は初めてだった。しかし、こんな状態は自殺にうってつけのコンディションだとポジティブ思考をして、志仁田は公民館へと歩を進めた。そして午後五時、志仁田は拠点たる公民館に帰還を果たした。他のメンバーは既に帰ってきていた。

公民館には多くの人が見物に来ていた。前庭には人だかりができており、大道芸人すらもいてちょっとした祭りのようだった。それだけでなく、公民館の中にも少なくない人が物珍しげに辺りを見回していた。中にはカメラを構えて何かを話している者もいる。しかし、志仁田は気にせずキッチンに向かった。志仁田は観衆の目は気にならなかったが、冬の夕方とあって寒さがさすがに厳しくなってきたため、ドアと窓を閉めた。部屋には志仁田と何人かの買い物を手伝ってくれた人たち、それと数人の野次馬が残された。そこには大きな調理台と用具一式、小型発電機に繋がれた冷蔵・冷凍庫までもが用意されていた。手伝いを頼んだ人々が事前に準備を進めてくれていたのだ。

各人が入手した具材は、低温保存が必要なら冷蔵・冷凍庫の中に、そうでなければ黒いクロスの敷かれた長机に置かれるシステムになっていた。様々な材料がテーブルの上に置いてある。志仁田はそれを確認すると、自らの戦利品を机の上に置いた。そして、家庭科の授業で作ったクマのキャラがプリントされたエプロンを着けると、セーターの袖をまくり、いまさらの制作に取り掛かった。

調理[編集 | ソースを編集]

①材料を全部皿にぶち込む ②なんか物足りないから持ってきたフグも追加しちゃおう! ③完成!!!

実食[編集 | ソースを編集]

志仁田は開けた蓋を閉める暇すらも惜しんでいまさらを作り、フグの処理も含めてわずか10分足らずで忌まわしきサラダは完成した。野菜をちぎって放り込み、肉はそのまま放り込み、毒物を躊躇うことなく放り込み、薔薇を凍らせて砕いて放り込み、銃をまるごと豪快に放り込む志仁田の姿に、周りに集まっていた人々からは歓声ともどよめきともつかぬ声が上がった。もちろん志仁田はフグ調理の初心者であるが、命を顧みぬ自信満々の包丁捌きがあまりに堂々としていたため、民衆が志仁田の技巧を疑うことはなかった。

当初、買い物を手伝っていた人々でさえ、志仁田が何を作ろうとしているのかわかっていなかった。しかし、一部の観衆がいまさらを知っておりそれに言及したため、志仁田の作るこの料理が何であるかを、もはやその場の皆が知っていた。人々は得体の知れない緊張に襲われたが、当の志仁田は意に介さない。

出来上がったいまさらは大皿に盛られていた。志仁田は徐にエプロンを外すと、着席した。箸を取り、手を合わせる。そして志仁田はいまさらを食べ始めた。観衆は静まり返り、ただ志仁田がいまさらを咀嚼する音だけが響いた。誕生して一世紀余、無数の命を奪ってきた呪いの料理。それに、地球を救った英雄が挑んでいる。ここにきて、人々は志仁田の意図を悟った。彼女は、自らを以て、この忌まわしき死の連鎖を止めようとしているのだ。最強の人間の矜持を懸けて、凶悪な陋習を打ち破り、皆に希望を与えようとしているのだ! 人々は息を呑みながらも、ある者は両手を合わせ、ある者は口の中で呟き、ある者は固く目を瞑り、それぞれの形で志仁田の勝利を心から祈った。

ついに、その時が訪れた。皿が空になると同時に、志仁田は不機嫌そうな顔で「不味い」と言った。そして——

決着[編集 | ソースを編集]

買い出しから最初に帰ってきたのは、漁師の息子だった。近くのジム跡からサンドバッグを引き摺ってきた彼は、公民館の机にサンドバッグを放って、愕然とした。重いサンドバッグを持ってきたはずなのに、黒い布が一枚ふわりと机を覆っただけだったからだ。ここにきて、ようやく彼は事態を悟った。サンドバッグを引き摺るうちに、布に穴が開いて砂がこぼれてしまったのだ。彼が辿ってきたあとには、一筋の砂の道がヘンゼルとグレーテルよろしく残っているに違いない。サンドバッグがだんだん軽くなっていくようだったのは、己の筋肉の成長などではなかったのだ。漁師の息子は慌てた。彼は見事におつかいに失敗したのだ。突如現れたピンチに泣きそうになっている時、外から何やら話し声が聞こえてきた。彼は半ば衝動的に次の行動を選択した。開いていた窓から遁走したのである。彼はまっしぐらに家へと走り出した。

キャベツ農家のおじさんは無人の部屋に入り、首を傾げた。誰かがいる気配がしたのだが。室内を見回すと、黒いクロスのかかった長机が目に留まった。なんだか砂をかぶっているようだったから、おじさんはクロスを布巾で拭き、買ってきた肉類を上に置いた。すると、マンション王が帰ってきた。彼はコンビニにYS-11を買いに行ったが、製造終了しているらしいので代わりに後継商品を購入してきた。マンション王が意気揚々と机に置いたペットボトルには、「OS-1」と書かれていた。農家のおじさんも、他人の受け持ちの商品を全て覚えてなどいないため、特に違和感は抱かなかった。おじさんはマンション王とともに、屋根の雨漏りを修繕すべくビニールシートと養生テープを取りに行った。

ついで、飛行機大好き少女が戻ってきた。部屋には誰もいなかったが、少女はおつかい歴戦の勇士であるため、なんとゴマドレをちゃんと冷蔵庫にしまい、家へと向かった。両親にお姉ちゃんの話をするためである。両親はこういう流行しているものが好きなのである。早く教えてあげて喜ばせてあげようと少女は考えていた。その間隙をついて、開いた窓から妖精が舞い降りてきた。ひじきの妖精は、摘んできたトリカブトを抱えてふわりと机に着地した。その時、シートとテープを持ってきた農家のおじさんとマンション王が入ってきて、妖精は慌てて人の姿に変身した。入ってきた二人はいつの間にかいた女性に驚きつつも、屋根の補修作業を始めた。妖精はひじきなので光合成をして生きている。だから、トリカブトを置くと妖精は外に出てひなたぼっこを始めた。

その頃、一人の掏摸が道を歩いていた。掏摸は何食わぬ顔で歩きながらも、ガードの緩い人がいないか虎視眈々と狙っていた。最近は火事場泥棒のような真似もして懐も温かかったから、掏摸は機嫌が良かった。その時、前方から子供が歩いてきた。目を伏せ、せかせかと歩を進めている。何か口の中で呟いていて、心ここにあらずである。掏摸にとって格好の標的である。すれ違う瞬間、掏摸は全く自然に肩をぶつけた。子供が驚いてこっちを見上げるより先に、掏摸の手は肩掛けバッグに差し込まれ、すでに抜かれていた。軽く声をかけてまた歩き出した掏摸は、手につかんだものを見て、落胆した。財布の類いを期待していたが、抜き取ったものは一冊のノートだった。大方さっきの子供の学習道具だろう。こんなものには一銭の価値もない。その辺に捨てようかと思ったが、人目が増えてきたので、掏摸はノートをしまうと素知らぬ顔で歩き続けた。

公民館には、薔薇を咥えた雪女が帰ってきていた。彼女は忍者の里でまきびしを買ってきた。雪女が選んだのは、昔ながらの菱の実であった。鉄製のまきびしは珍しく、多くの忍者は菱の実を乾かしたものなど、植物由来のまきびしを使っていたという。雪女は雪山でオーガニックな暮らしをしているので、菱の実が気に入ったのだった。雪女は菱の実を机の上に置いた。ちょうど雨漏りの修繕が終わり、農家のおじさんはガスコンロの動作確認を始めた。

掏摸は道端の文房具店に入ってみた。掏摸に失敗したから何か目ぼしいものを盗って埋め合わせたいという思いがあった。幸運にも、店主の老夫婦は奥にでも引っ込んでいるようだった。レジでも漁ろうかとカウンターに寄った時、外に人の気配を感じた。入ってきた女が白杖をついているのを見て、掏摸は驚いた。そこで、掏摸は悪戯を思いついた。掏摸は「いらっしゃいませえ」と声をかけてみた。すると女は完全にこちらを店員と思ったようで、ノートを買いたいと言い出した。掏摸はちょうどノートを持っていた。掏摸は女に先ほどの子供のノートを渡し、レジを勝手に拝借して、女の差し出したカードでノートを買わせた。女は丁寧に礼を言うと、全く気づかぬままに店を出ていった。掏摸は思わず笑い声を上げた。使用済みかつ訳ありのノートを買っていくとは。悪戯がものの見事に成功し、掏摸は心底可笑しく思った。すると笑い声が大きすぎたようで、店主の爺が奥から出てきて、掏摸は慌てて退散した。

ゴールボール好きの女性は公民館に到着し、農家のおじさんに収穫物のノートを手渡した。おじさんは、食べ物でないことに一瞬当惑したが、食べ物以外のおつかいもあったなと思い出し、長机の上にそれを置いた。女性は外に出ると、ひなたぼっこをしていた妖精に躓きかけ、妖精と言葉を交わすうちに、女性もまたひなたぼっこを始めた。芝生に寝転がるのなんていつぶりかしらと思いながら、妖精とともに燦々と降り注ぐ暖かみを全身で受け取った。そんな折、毒殺魔が帰ってきた。毒殺魔は寝転んでいる二人の女性に軽く会釈して公民館へと入っていった。そのとき、ゴールボール好きの女性は盲目ゆえの鋭敏な聴覚で、妖精は小動物ゆえの勘の良さで、毒殺魔の後ろをついてきた者の存在に気づいた。それは一匹の黒猫だった。魚の匂いに釣られてか、黒猫は毒殺魔の後についてきたのだ。可愛らしい来客に女性陣は思わず顔を綻ばせた。女性が毒殺魔に頼んでイカの切れ端を投げてもらうと、黒猫は喜んで食べ、人懐っこく毒殺魔に体を擦り付けた。彼らは並んで芝生に腰掛けると、そろって黒猫を愛でた。

しばらく経ち、用もなくそこらを歩き回ることに限界を感じた公立中学校に通う男子が戻ってきた。彼は室内に入ると、農家のおじさんよりは怖くなさそうだったマンション王に話しかけた。「あの、えっと、三階フロアは用意できませんでした……」床の掃き掃除をしていたマンション王は、気さくに答えた。「そりゃそうだ。去年の隕石で、2mより高いところは全て砕かれたからな」

志仁田に衝突した小惑星は、ダイソン球のごとく地球を覆い、その結果、その軌道より上にあったものは全て砕け散ってしまっていた。だから、当然、三階フロアなどもう、残っていない。この公民館も屋根が壊れており、ビニールシートと養生テープで応急に塞いであるだけだった。あれからひと月以上経つが、まだ外には多くの残骸が散らばっている。この辺は、道の上の障害物が脇にどかされ、交通が機能を取り戻したばかりだった。都会のため優先的に復興が進められているにもかかわらず、小惑星衝突の爪痕はまだまだ色濃かった。

マンション王は男子のおつかいの失敗を気にもしていないようだった。男子はほっと息をつくと、早々に退散することにした。その前に預かったカードを返そうと机に置いたところで、彼は自分の名前が書かれた自学帳が置いてあるのに気づいた。彼は驚いたが、バッグの中からノートがなくなっていることを確認すると、ノートを回収した。出発前にでも落として、誰かが拾ってくれていたのだろう。男子は今度こそ、そそくさと公民館を後にした。

彼とすれ違うように戻ってきたのは、ミリオタの男だった。冬の冷涼な空気もなんとやら、運動不足な彼は汗をかきかき公民館に戻ってきた。彼はスポーツ用品店の爺さんに、孫の話を聞かされた。一年ほど前、彼の孫は唐突にゴールボールをしたいと言い始めたそうだ。その頃はパラリンピックを控えた時期で、テレビでゴールボールを知り、やりたいと言い始めたのかもしれない。しかし簡単に道具を集められるスポーツではない。そこで、父親は簡易的な球を作ることにした。空気を入れて膨らませる中くらいのビニールのボール。それに小さな鈴をいくつか入れて膨らませるだけだ。これで、転がすと音が鳴るゴールボールの完成だ。親子は家の中でボールを転がしてそれを止めるだけの手軽な遊びを楽しんだという。