「利用者:Notorious/サンドボックス/コンテスト」の版間の差分

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いや、{{傍点|文章=立ち上がろうとした}}。志仁田は立ち上がることができなかった。足が動かなかった。志仁田はそこで、頭がひどく痛むことに気がついた。それだけではない。心拍が速い。呼吸が苦しく、顔がやたら熱い。視界の周りが黒く狭まり、周りの音が遠ざかって、心臓の早鐘だけがどくんどくんと耳を占めていく。急速に遠のいていく意識の中、志仁田は死を予期した。望み通りいまさらは私を殺してくれる。充足感が心を満たす中、志仁田の体はぐらりと傾き、倒れようとする瞬間、ガラスの割れる音がかすかに耳に届いた。
いや、{{傍点|文章=立ち上がろうとした}}。志仁田は立ち上がることができなかった。足が動かなかった。志仁田はそこで、頭がひどく痛むことに気がついた。それだけではない。心拍が速い。呼吸が苦しく、顔がやたら熱い。視界の周りが黒く狭まり、周りの音が遠ざかって、心臓の早鐘だけがどくんどくんと耳を占めていく。急速に遠のいていく意識の中、志仁田は死を予期した。望み通りいまさらは私を殺してくれる。充足感が心を満たす中、志仁田の体はぐらりと傾き、倒れようとする瞬間、ガラスの割れる音がかすかに耳に届いた。
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 その音を志仁田は知っていた。ここは、そう、近所の農家の爺さんの小屋。農薬の瓶を呷って、めちゃくちゃ苦くて、次の瞬間喉が焼けて、胃の中身を全部ぶちまけた。そのとき、窓が割れる音がして、視界が真っ暗になる中、品瀬が私の背中に手を当てて……。その感触が過去の記憶でなく現在のものであることに気がついたとき、志仁田の呼吸は楽になっていた。
 その音を志仁田は知っていた。ここは、そう、近所の農家の爺さんの小屋。農薬の瓶を呷って、めちゃくちゃ苦くて、次の瞬間喉が焼けて、胃の中身を全部ぶちまけた。そのとき、窓が割れる音がして、視界が真っ暗になる中、あいつが私の背中に手を当てて……。その感触が過去の記憶でなく現在のものであることに気がついたとき、志仁田の呼吸は楽になっていた。
<br>「空気の入れ換えが済んだら、皆さん外に出てください。そこのあなた、あのボンベを閉じてくれますか。そう、それです」
<br>「空気の入れ換えが済んだら、皆さん外に出てください。そこのあなた、あのボンベを閉じてくれますか。そう、それです」
<br> 品瀬琢内が左腕で志仁田の体を支え、右手で周囲にてきぱきと指示を出していた。志仁田が気を失っていたのは数十秒のことだったようだ。
<br> 品瀬琢内が左腕で志仁田の体を支え、右手で周囲にてきぱきと指示を出していた。志仁田が気を失っていたのは数十秒のことだったようだ。
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<br> 膝ががくんと折れ、両手を床についた。背中が大きく波打ち、志仁田は激しく嘔吐した。激痛が腹部を襲い、たまらず床に片肘をつく。嘔気がとめどなく込み上げてきて息が吸えず、涙と酸欠で視界が狭まっていく。誰か救急車を呼んでくれという品瀬の叫び声が聞こえてきて、これが死かと志仁田は思い、待ち望んだそれに何か思う暇もなく、再度の嘔吐とともに志仁田は意識を失った。
<br> 膝ががくんと折れ、両手を床についた。背中が大きく波打ち、志仁田は激しく嘔吐した。激痛が腹部を襲い、たまらず床に片肘をつく。嘔気がとめどなく込み上げてきて息が吸えず、涙と酸欠で視界が狭まっていく。誰か救急車を呼んでくれという品瀬の叫び声が聞こえてきて、これが死かと志仁田は思い、待ち望んだそれに何か思う暇もなく、再度の嘔吐とともに志仁田は意識を失った。
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「少女風ちゃん。お母さんは?」
「少女風ちゃん。もう起きて大丈夫なの?」


「私の着替えを取りに戻った」
「うん」


「そう」
「お母さんは?」
 
「私の着替えを取りに、家に戻った」
 
「そう。ひとまず安心したよ」


「……」
「……」
「食中毒だって。黄色ブドウ球菌。昨日の昼に何食べたの?」
「……おにぎり。次からちゃんと手洗うから、もう許してよ。さっきまでお母さんにこっぴどく叱られてたんだから」
「それは災難だったね」
「ほんとに。……また失敗しちゃった。これで最後って決めてたのに、結局は最後まで失敗続き」
「……ねえ、昨日聞きそびれたことだけど。少女風ちゃんが、その……死のうとするのはどうして?」
「……」
「人間関係の悩みとか? 学校で嫌な目に遭ってるとか? それとも将来を悲観して、みたいな? なんであってもさ、よかったら僕に教えてくれない?」
「忘れた」
「え?」
「なんでだったかな。昔のことだし、忘れちゃったみたい。ほんとに思い出せない」
「そんな……うーん、まあ、覚えてないならいっか……いいのか?」
「それを言うならさ、そっちだって私の自殺を邪魔し続けてきたじゃない。それはどうしてよ」
「決まってるじゃん。僕は少女風ちゃんに生きててほしいからだよ」
「なんで?」
「僕は少女風ちゃんのことが好きだから。ずっと言ってきたことだけど」
「そうなの? ごめん、聞いてなかった」
「そんな…………まあとにかく、僕は少女風ちゃんに生きててほしいの! だから自殺なんてしないでほしい。でも少女風ちゃんにもそれなりの理由があるんだろうから、それを……」
「ああ、それはもういいよ。もう自殺はしない。これで最後って決めてたから」
「そうなの! やった!」
「はあ……自殺って案外難しいんだね」
「そんなことないよ。実際昨日もかなり危なかったんだから。ちゃんと毒を飲んでたわけだし、食中毒による嘔吐がむしろラッキーだった」
「胃洗浄は死ぬかと思った」
「他にも山ほど危ないものがサラダに入りかけてたんだから。たまたま」
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