Sisters・トーク:WikiWikiオンラインノベル/水とちくわとカップ麺

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本稿には水とちくわとカップ麺のネタバレが含まれます。必ず当作をお読みになってから、本稿をお読みください。

執筆背景など

 私はミステリが好きである。そのため、中学生の頃は「高校生になったら文芸部に入って、部誌にミステリを載せるんだ!」などと息巻いていた。そんな私だから、国語の夏休みの課題に「創作文」というコーナーがあるのを見て、ミステリを書いて提出することを決意した。結果として出来上がったのが、「水とちくわとカップ麺」である。
 創作文を書くことを決意したとはいえ、レギュレーションはいくつかあった。その一つが文字数である。原稿用紙にして20枚以下ということで、既に書いていた「顔面蒼白」や「疑心暗鬼」よりも短いものを書かねばならなかった。また、文芸部に出すためのミステリも書かなければならず、「疑心暗鬼」をそれにあてることにしたため、リライトという手も使えなかった。かくして、短めの新作ミステリを書くという道が定まったのである。
 当初の予定として、見当していた"盗聴もの"を、創作文課題に当てようと思っていた。しかし、考えども考えどもまとまらず、なかなか執筆に着手できなかった。そんな中、私は家族とともに帰省したのであった。岐阜の祖父母宅に宿泊しているとき、盗聴の見当に飽きた私は、別の枠や骨を考えていた。その一つが、何を隠そう、本作のメイントリックの国籍誤認トリックである(未完成の飲み交わしノベルのプロットも、この頃思いついた。ただし、本作と違って、プロットの問題点を潰すために苦慮するということは、ほぼしていない)。
 テレビか何かで、ナオミという名の外国人がいることは知っていた。それから、眞栄田郷敦という俳優の名前が念頭にあり、「日本人が犯人→犯人は直美→と思ったら郷敦でした!」というイメージをしていた。このアイデア自体は、相当前から思いついていたと思う。このアイデアを生かすには、「日本人が犯人というロジック」と「舞台設定」が必要だった。後者に関しては、様々な国の宇宙飛行士が集う宇宙ステーションというのをイメージしていたが、事件の起こしにくさなどから、結局は放棄した。宇宙関連の記事・ノベルの腹案が多かった、というのもある。
 しかし何を置いても、喫緊の課題は「日本人が犯人というロジック」であった。これをひねり出さねば、そもそもアイデアが使えない。そこで、私はこれを考えた。身体的特徴などではなく、国籍で明確に区別されるような要素が必要ということで、厳密さには欠けてしまうと思うし、結構難しかった。何はともあれ、日本人に特徴的な何かが必要となる。お辞儀をすることや、食前・食後に手を合わせる習慣も考えたが、厳密性に欠けるし、事件と有機的に結びつけることは難しそうだった。そこで思い浮かんだのが、箸である。日本人というよりは東洋人の使う道具だし、と躊躇したが、登場人物に東洋人が日本人だけならいいんだ、と思い直した。こうして「犯人は箸でものを食べた。だから、犯人は日本人である!」というルートが定まったのである。
 ちなみに、この辺の「民族的習慣」というのは、アイラ・レヴィン「死の接吻」を意識した部分があるかもしれない。いや、そういうのが重要なファクターとなる作品というわけではないのだが、面白いのでつい紹介してしまった。
 閑話休題、おおまかな登攀ルートは決まった。そうなると、考えないといけないのは、食べ物である。これに一番苦慮した。祖父母宅を後にし、福井に向かっていてなお、この問題が私の頭を離れることはなかった。必要となるのは、外国人が食べる時は箸を使わないが、日本人が食べる時は箸を使う食べ物である。まず浮かんだのは、カップラーメンであった。父がアメリカにいた時はこれをフォークで食べ、今でもたまにフォークで食している。こんな認識が、この発想を生んだ。しかし、「フォークでなく箸でカップラーメンを食べた」というロジックが、どうしても思いつかなかったのである。現場に箸を残しては、犯人が箸を使う日本人であることは一目瞭然。箸は現場になく、しかし犯人は箸を使ったとわかるという状況を演出したかった。だがカップラーメンではそれができない。
 一方、ケーキなどであれば、断面の様子からフォークでなく箸を使ったとわかるのではないか、と考えた。要は、フォークで傷がつくようなものである。まあケーキを箸で食う日本人はなかなかいるまい。箸で食べるのが一般的で、フォークで傷がつく──刺すもの……? あっ、ちくわとか? という感じで、ちくわ案を思いついた。しかし、問題もあった。ちくわは日本食であり、外国人でもちくわを箸で食べるんじゃないか? と思ったのだ。これではロジックが弱い。どうしよう……と、ずっと悩んでいたのだった。
 これを打破するアイデアを思いついたのは、忘れもしない、一乗谷観光からホテルに帰るときの車中だった。そのアイデアが何たるかは、ご存じの通り、「カップラーメンとちくわをどっちも食べる」というものである。食具は統一して使うだろうし、ちくわがあれば箸を使ったという論理が無理なく導けるし、カップラーメンを箸で食べるということは日本人であるという結論も導ける。両者の利点をそのまま活かせる、一挙両得の天啓だったのだ。これに気づいたときの感動はひとしおであった。
 骨は決まった。あとは枠である。カップ麺を食べた者が犯人なのであるから、「夜食した犯人を突き止める」という事件の設定が自然に生まれた。夜食がここまで咎められるので、皆でダイエット中という設定も加わった。また、メイントリックの関係から登場人物が国際色豊かであること、集団ダイエットしてそうな人々であることから、外国人の多い女子大生のシェアハウスという設定が決定した。物語の流れはすぐにイメージでき、忘れぬうちにスマホのメモに書き留めた。
 次は、登場人物のディテールを決めた。全部で5人くらいがちょうどいいかなと思ってそうした。日本人とアメリカ人の枠は埋まっていたから、別の地方から他のキャラクターは引っ張った。アメリカがいるから近代的なヨーロッパは避けようか、アフリカ出身を一人は欲しいよな、主人公は南米とオーストラリアのどっちの人にしよう、などなど考え、結局はこういう形になった。名前は、「○○人 女 名前」とググり、その国っぽい名前を選んだ。だがボランデだけは、いい感じのやつが無くて苦労した。まあ南アっぽい名前なんて知らないし、無理もないよね。ジュリアの名字は、当時、アニメ『SPYxFAMILY』のヨルさん役の声優である早見沙織を礼賛するツイートがたくさんTLに流れており、そこからの発想である。あと、ヴァレンチーナとスヴェトラーナの字面が似ていることに後になって気づいたが、スヴェトラーナという響きが気に入っていたので、そのままにした(余談だが、私はこの話の登場人物の中では一番スヴェトラーナが好きである)。
 そんなこんなで、プロットは固まった。その日の夜からホテルでノートに早速書き始めた。もちろん、書いてて瑕疵を見つけたりして、修正したりもした。飲み物が無いのは不自然かと思って水を付け足したり、湯を沸かさないといけないのに気づいてヤカン云々を加えたり、ボランデを外国人っぽくキャラづけしたり、さりげなくジュリアが日本語関連の疑問に答えているようにしたりした。執筆が楽しすぎて、福井から神戸までの新幹線の中でも書いた。その甲斐あって、沖縄に戻る飛行機の中では書き終われたと思う。
 完成してからは、推敲して、文字起こしして、オンラインノベルに発表した。家のコピー機が折悪しくぶっ壊れ、コンビニで印刷にめちゃくちゃ手惑い、後ろの人を15分くらい待たせるということもあった。本当に申し訳ない(その時に書式をミスっており、結局は国語担当教師が職員室で印刷してくれた。そのおかげで国語の授業時間が5分くらい短くなった)。
 そしてついこの間、この作品が最優秀賞を獲得した。本当に嬉しいし、何より「認められた」という思いが強い。私だけでなく、キュアラプラプの「曖昧」も優秀賞に名を連ねており、「WikiWikiの勝利」という感覚がある。管理者様によってWikiWikiが生み出されて約2年。ここから生まれた作品が、外部の人間にも「価値がある」と判断されたのだ。WikiWikiは内輪にだけウケるような矮小な存在では毛頭ない。そう太鼓判を押されたような感覚だ。本当に嬉しいし、今書いてて感動している。
 純粋なミステリの出来としては「顔面蒼白」や「疑心暗鬼」の方が上回っていると思うし、これらの方が私は好きである。しかし、外部の賞を受賞し、良さを認められた、少なくとも初の作品として、「水とちくわとカップ麺」は私の中で大きな意味を持つ作品となった。