「Sisters:WikiWikiオンラインノベル/疑心暗鬼」の版間の差分

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 は〜あ、定期的にガス抜きしなきゃ、クレーム対応なんてやってらんないわ。
 は〜あ、定期的にガス抜きしなきゃ、クレーム対応なんてやってらんないわ。
<br> <ruby>支倉麗<rt>はせくられい</rt></ruby>は、アパート2階の自室に入るなり、バタリと倒れ込んだ。ヒールのない靴を乱暴脱ぎ、雑多に物が詰まった鞄を放る。日もとうに沈んだ金曜日の夜8時半、勤めているコールセンターからようやく帰宅した。5日間に亘って知らん中年どもの文句を聞かされて、心身共に疲弊し切っている。
<br> <ruby>支倉麗<rt>はせくられい</rt></ruby>は、アパート2階の自室に入るなり、バタリと倒れ込んだ。ヒールのない靴を乱暴に脱ぎ、被っていた野球帽を取り、雑多に物が詰まった鞄を放る。日もとうに沈んだ金曜日の夜8時半、勤めているコールセンターからようやく帰宅した。5日間に亘って知らん中年どもの文句を聞かされて、心身共に疲弊し切っている。
<br> 冷蔵庫に缶ビールがあったはずだ。何か適当につまんで、さっさと寝てしまおう。麗は重い足を引きずって奥へと向かった。
<br> 冷蔵庫に缶ビールがあったはずだ。何か適当につまんで、さっさと寝てしまおう。麗は重い足を引きずって奥へと向かった。
<br> ヘアゴムをぐいと取り、座布団にどっかと腰を下ろす。うら若き乙女にあるまじき所作だが、独り暮らしの社畜なんて皆こんなものだろう。いや、そうでなきゃ困る。
<br> ヘアゴムをぐいと取り、座布団にどっかと腰を下ろす。うら若き乙女にあるまじき所作だが、独り暮らしの社畜なんて皆こんなものだろう。いや、そうでなきゃ困る。
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<br> 麗は玄関へと歩いていき、サムターンに手をかけた。
<br> 麗は玄関へと歩いていき、サムターンに手をかけた。
<br> その時、一つの疑念が首をもたげた。馬鹿馬鹿しいはずなのに、どうしても捨てきれない疑念。
<br> その時、一つの疑念が首をもたげた。馬鹿馬鹿しいはずなのに、どうしても捨てきれない疑念。
<br> 燿が、通り魔なんじゃないか? 家に上げていいのか? 女の麗が、力で燿に敵う訳がない。部屋に入ったら、いやドアを開けた瞬間、刺されてもおかしくないのではないか?
<br> 燿が、通り魔なんじゃないか? 家に上げていいのか? 匿ってもらうためにきたんじゃないか? いや、ひょっとしたら私も刺されるかもしれないんじゃないか? 女の麗が、力で燿に敵う訳がない。部屋に入ったら、いやドアを開けた瞬間、殺されてもおかしくないのではないか?
<br> 体が固まった。嫌な汗が滲み出てくる。
<br> 体が固まった。嫌な汗が滲み出てくる。
<br>「……姉貴?」
<br>「……姉貴?」
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<br>「はいはい」
<br>「はいはい」
<br> 取り敢えず、考える時間を稼ぐ。
<br> 取り敢えず、考える時間を稼ぐ。
<br> 麗は一旦玄関から離れ、鞄やらを片付け始めた。ああ言った以上、片付けをする音を立てておかないと、怪しまれかねない。このアパートは全く防音できないんだから。
<br> 麗は一旦玄関から離れ、鞄やらを片付け始めた。ああ言った以上、片付けをする音を立てておかないと、怪しまれかねない。このアパートは全く防音できないんだから。靴を並べ、帽子を壁に掛け、鞄は押し入れに突っ込む。
<br> 麗の部屋の間取りは、風呂・トイレ付きの1DK。燿が通り魔なら、家に入れた時点で逃げ場はない。
<br> この部屋の間取りは、風呂・トイレ付きの1DK。燿が通り魔なら、家に入れた時点で逃げ場はない。
<br> いや、周りに助けを求めれば……。そこまで考えて麗は頭を抱えた。2階の住人は麗を除いて1人だが、その1人は長期旅行中。更に、下の階の管理人老夫婦は耳が遠い。いくら泣き叫んでも助けは来ないだろう。
<br> いや、周りに助けを求めれば……。そこまで考えて麗は頭を抱えた。2階の住人は麗を除いて1人だが、その1人は長期旅行中。更に、下の階の管理人老夫婦は耳が遠い。いくら泣き叫んでも助けは来ないだろう。
<br> 燿を部屋に入れないのが一番安全だが、潔白だったら入れない訳にはいかない。追い返されて家に帰っている間に刺されました、なんてことになるかもしれないのだ。やはり、燿が通り魔か否か、慎重に見極めねばならない。
<br> 燿を部屋に入れないのが一番安全だが、潔白だったら入れない訳にはいかない。追い返されて家に帰っている間に刺されました、なんてことになるかもしれないのだ。やはり、燿が通り魔か否か、慎重に見極めねばならない。
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<br> 充血した目がこちらを覗き返している……なんていうホラー展開はなく、燿が壁に凭れているだけだった。ちらちらと階段の方を気にしている辺り、本当に誰か来ないか怖がっているらしい。尤も、それが通り魔か警察官かは判らないが。
<br> 充血した目がこちらを覗き返している……なんていうホラー展開はなく、燿が壁に凭れているだけだった。ちらちらと階段の方を気にしている辺り、本当に誰か来ないか怖がっているらしい。尤も、それが通り魔か警察官かは判らないが。
<br> 目を凝らしてよく観察してみた。燿は黒っぽい英字Tシャツとジーパンを着て、大きめのリュックサックを背負っている。
<br> 目を凝らしてよく観察してみた。燿は黒っぽい英字Tシャツとジーパンを着て、大きめのリュックサックを背負っている。
<br> 暗くてよく見えないが、少なくとも返り血がべったり付いているということはない。だが、写真では血が噴き出る前に犯人は被害者とすれ違っていた。それに、そもそも着替えを用意していれば何の問題も無い。
<br> 暗くてよく見えないが、少なくとも返り血がべったり付いているということはない。だが、写真では血が噴き出る前に犯人は被害者とすれ違っていたから、返り血を浴びていない可能性も十分ある。それに、そもそも着替えを用意していれば何の問題も無い。
<br> 燿は、手にスマホだけ持っている。通り魔なら持っていたはずの物がある。例えば、ナイフや黒いジャンパー。しかし、リュックサックに入れてあるのかもしれないし、途中で捨ててきた可能性もある。
<br> 燿は、手にスマホだけ持っている。通り魔なら持っていたはずの物がある。例えば、ナイフや黒いジャンパー。しかし、リュックサックに入れてあるのかもしれないし、途中で捨ててきた可能性もある。
<br> 結局、何一つ確言できないままだ。
<br> 結局、何一つ確言できないままだ。
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<br>と返す。動悸がうるさい。
<br>と返す。動悸がうるさい。
<br>「被害者も、意識不明だってね。なんとか助かればいいんだけど」
<br>「被害者も、意識不明だってね。なんとか助かればいいんだけど」
<br> 喋りながら、麗はテレビに目を向けた。画面には一つのフリップがアップで映されている。
<br> 喋りながら、麗はテレビに目を向けた。画面には1つのフリップがアップで映されている。
<br>『こちらが、独自インタビューから見えてきた犯人像です。犯人は身長160cm程度の男性。灰色のニット帽と黒のジャンパー、青いジーンズを着けています。また、右利きと見られます。では、詳しいインタビューのVTRをどうぞ!』
<br>『こちらが、独自インタビューから見えてきた犯人像です。犯人は身長160cm程度の男性。灰色のニット帽と黒のジャンパー、青いジーンズを着けています。また、右利きと見られます。では、詳しいインタビューのVTRをどうぞ!』
<br> 燿は、短髪で身長165cmほどの右利きの男だ。服装は着替えがあれば何の手掛かりにもならない。
<br> 燿は、短髪で身長165cmほどの右利きの男だ。服装は着替えがあれば何の手掛かりにもならない。
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<br>『そこのテラス席で、パフェと自撮りしようとしてたわけ。こう……スマホを構えて撮ろうとしてたんだけど、後ろの歩道に人が通りかかったから、画面見ながら待ってたんよ。そしたら、いきなりブスッと、男が右手で女の人を刺したのがパフェの横に見えたの。もう私びっくりしちゃってえ、思わずシャッター押しちゃったのが、この写真ってわけ』
<br>『そこのテラス席で、パフェと自撮りしようとしてたわけ。こう……スマホを構えて撮ろうとしてたんだけど、後ろの歩道に人が通りかかったから、画面見ながら待ってたんよ。そしたら、いきなりブスッと、男が右手で女の人を刺したのがパフェの横に見えたの。もう私びっくりしちゃってえ、思わずシャッター押しちゃったのが、この写真ってわけ』
<br> パフェを持ったギャルの自撮りだが、視線が微妙にずれてしまっている。その左奥には、血を噴き出す被害者と見切れた犯人が。あの写真は、これを拡大したものだったようだ。
<br> パフェを持ったギャルの自撮りだが、視線が微妙にずれてしまっている。その左奥には、血を噴き出す被害者と見切れた犯人が。あの写真は、これを拡大したものだったようだ。
<br> その時、外からヘリコプターの飛行音が聞こえてきた。
<br> その時、遠くからヘリコプターの飛行音が聞こえてきた。
<br>「テレビの中継でもやってるのかな」
<br>「テレビの中継でもやってるのかな」
<br> 燿が扉の外から問いかけてきた。
<br> 燿が扉の外から問いかけてきた。
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<br>「{{傍点|文章=ギャルの証言よ}}」
<br>「{{傍点|文章=ギャルの証言よ}}」
<br> 麗をテレビを指した。丁度写真を撮ったギャルのインタビューシーンが流れている。
<br> 麗をテレビを指した。丁度写真を撮ったギャルのインタビューシーンが流れている。
<br>「彼女は、{{傍点|文章=自撮り中に画面の中で通り魔が右手で}}女性を刺したのを見た、と証言しているわ。最初はスルーしてたけど、よく考えたら解釈を間違えているのに気づいたわ。{{傍点|文章=スマホの内カメの画面だと}}、{{傍点|文章=左右は反転する}}」
<br>「彼女は、{{傍点|文章=自撮り中に画面の中で通り魔が右手で}}女性を刺したのを見た、と証言しているわ。最初はスルーしてたけど、よく考えたら解釈を間違えていたのに気づいたわ。{{傍点|文章=スマホの内カメの画面だと}}、{{傍点|文章=左右は反転する}}」
<br> 麗はプルタブを引き起こし、ビールを呷った。
<br> 麗はプルタブを引き起こし、ビールを呷った。
<br>「テレビで『犯人は右利き』なんて吹聴されていたから、テレビクルーと同じ勘違いをしてしまったわ。本当は、{{傍点|文章=通り魔は左利き}}なのよ」
<br>「テレビで『犯人は右利き』なんて吹聴されていたから、テレビクルーと同じ勘違いをしてしまったわ。本当は、{{傍点|文章=通り魔は左利き}}なのよ」
<br> 燿もビールに口をつけた。
<br> 燿もビールに口をつけた。
<br>「だから、{{傍点|文章=右利きの俺は連続通り魔じゃない}}って訳か」
<br>「だから、{{傍点|文章=右利きの俺は連続通り魔じゃない}}って訳か」
<br>「そういうこと」
<br>「ま、そういうこと」
<br> しかし、意地悪な笑みを浮かべて、燿は問うてきた。
<br> しかし、意地悪な笑みを浮かべて、燿は問うてきた。
<br>「でも、ギャルの覚え違いだったり、捜査を攪乱するために通り魔がわざと利き手じゃない手を使ったりしていたかもよ?」
<br>「でも、ギャルの覚え違いだったり、捜査を攪乱するために通り魔がわざと利き手じゃない手を使ったりしていたかもよ?」
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