「利用者:Notorious/サンドボックス/ぬいぐるみ」の版間の差分

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上空から、ヘリコプターの飛行音が響いてくる。自衛隊の軍用ヘリだろうか、ひょっとすると米軍のものかもしれない。まるで特撮映画みたいだ、なんて呑気とも言えることを雅登は思った。その時、ぎゃっという叫びが前方から聞こえた。目を向けると、転んだのか若い女の人が道路に倒れ込んだところだった。次の瞬間、後続の集団の無数の足が、彼女を踏み越えていき、くぐもった悲鳴が響いた。反射的に雅登は目を逸らした。前方に視線を固定し、女性が横たわっているであろう場所の脇を走り抜けていく。雅登は、振り返らなかった。体がこわばり、息が苦しくなる。でも、足を止めることはできなかった。乾いた目で、地面を凝視する。足に神経を集中させる。間違っても、つまづいてしまわぬように。
上空から、ヘリコプターの飛行音が響いてくる。自衛隊の軍用ヘリだろうか、ひょっとすると米軍のものかもしれない。まるで特撮映画みたいだ、なんて呑気とも言えることを雅登は思った。その時、ぎゃっという叫びが前方から聞こえた。目を向けると、転んだのか若い女の人が道路に倒れ込んだところだった。次の瞬間、後続の集団の無数の足が、彼女を踏み越えていき、くぐもった悲鳴が響いた。反射的に雅登は目を逸らした。前方に視線を固定し、女性が横たわっているであろう場所の脇を走り抜けていく。雅登は、振り返らなかった。体がこわばり、息が苦しくなる。でも、足を止めることはできなかった。乾いた目で、地面を凝視する。足に神経を集中させる。間違っても、つまづいてしまわぬように。


耳をつんざくような轟音が後ろからしたのは、その時だった。はっと振り返ると、巨人の横のビルが、だるま落としのようにふっと下へ落ちるところだった。ドドドという音がし、火砕流のような粉塵が地上を高速で舐めてくるのが見えた。咄嗟に、雅登は群衆の列と垂直方向に走った。後続の人と次々に体がぶつかるが、どうにかバランスを保って走る。雅登が列から脱し、ビルの合間の路地に飛び込んだのと同時に、大通りを土煙が襲った。灰色の雲が一気に群衆を覆い、全く見えなくなる。いくつもの悲鳴が、煙の中から迸った。路地にも粉塵と細かい礫が舞い入ってくる。目に沁み、呼吸がしづらくなる。ハンカチで口を覆い、立ち上がった。必死に路地の向こうへと走る。
耳をつんざくような轟音が後ろからしたのは、その時だった。はっと振り返ると、巨人の横のビルが、だるま落としのようにふっと下へ落ちるところだった。ドドドという音がし、火砕流のような粉塵が地上を高速で舐めてくるのが見えた。咄嗟に、雅登はリュックを捨て、群衆の列と垂直方向に走った。後続の人と次々に体がぶつかるが、どうにかバランスを保って走る。雅登が列から脱し、ビルの合間の路地に飛び込んだのと同時に、大通りを土煙が襲った。灰色の雲が一気に群衆を覆い、全く見えなくなる。いくつもの悲鳴が、煙の中から迸った。路地にも粉塵と細かい礫が舞い入ってくる。目に沁み、呼吸がしづらくなる。ハンカチで口を覆い、立ち上がった。必死に路地の向こうへと走る。


路地を抜けて一本向こうの道に出ると、目と喉の痛みはだいぶましになった。道幅は狭く、人影はない。さっきと同じ、巨人から離れる方へと駆け出した。息が切れ、なかなか足が動かない。こんなことなら、もっと体力をつけておくんだった。足が遅いから死ぬんだろうか。涙が出てきた。
路地を抜けて一本向こうの道に出ると、目と喉の痛みはだいぶましになった。道幅は狭く、人影はない。さっきと同じ、巨人から離れる方へと駆け出した。息が切れ、なかなか足が動かない。こんなことなら、もっと体力をつけておくんだった。足が遅いから死ぬんだろうか。涙が出てきた。
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次の瞬間、ヘリがぎゅんと急発進した、ように見えた。機体のバランスが崩れ、錐揉み状態になる。だが、まっすぐ、巨人の掌に向かってすっ飛んでいく。あっという間もなく、ヘリは巨人の掌に激突、爆発した。わずかに遅れて、衝撃波が雅登の周りの空気を揺らす。ヘリの破片が散っていくのを、雅登は呆然と見ていた。いや、散っていない。一瞬舞い散るが、すぐに巨人の掌に吸い寄せられている。はっと気づいた。{{傍点|文章=引き寄せているのだ}}。巨人はヘリを、引き寄せたのだ。
次の瞬間、ヘリがぎゅんと急発進した、ように見えた。機体のバランスが崩れ、錐揉み状態になる。だが、まっすぐ、巨人の掌に向かってすっ飛んでいく。あっという間もなく、ヘリは巨人の掌に激突、爆発した。わずかに遅れて、衝撃波が雅登の周りの空気を揺らす。ヘリの破片が散っていくのを、雅登は呆然と見ていた。いや、散っていない。一瞬舞い散るが、すぐに巨人の掌に吸い寄せられている。はっと気づいた。{{傍点|文章=引き寄せているのだ}}。巨人はヘリを、引き寄せたのだ。


いつの間にか、雅登の足は止まっていた。もう、体が限界だった。足がガクガクと震え、たまらずその場にへたり込む。ぜえぜえと荒い息しかできない。でも、目は巨人の手から離せなかった。少し前に身を持って味わったあの重力。巨人は、それを自由に使えるのだ。まるっきり未知の能力に、既存の軍隊は太刀打ちできるのか? 急に背筋が寒くなった。
いつの間にか、雅登の足は止まっていた。もう、体が限界だった。足がガクガクと震え、たまらずその場にへたりこむ。ぜえぜえと荒い息しかできない。でも、目は巨人の手から離せなかった。少し前に身を持って味わったあの重力。巨人は、それを自由に使えるのだ。まるっきり未知の能力に、既存の軍隊は太刀打ちできるのか? 急に背筋が寒くなった。


突然、シュウウッという空気を切り裂く音が、頭上から聞こえた。微かな航跡を残して何かが、巨人の胴にぶつかり、ドンと爆ぜた。一瞬、巨人が明るく照らされ、その体からいくつかの破片が落ちていくのが見えた。いつの間にか雅登の上方に来ていたヘリコプターから、ミサイルが発射されたのだった。
突然、シュウウッという空気を切り裂く音が、頭上から聞こえた。微かな航跡を残して何かが、巨人の胴にぶつかり、ドンと爆ぜた。一瞬、巨人が明るく照らされ、その体からいくつかの破片が落ちていくのが見えた。いつの間にか雅登の上方に来ていたヘリコプターから、ミサイルが発射されたのだった。
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<br>高速の瓦礫は、散弾のようにヘリを襲った。散弾の範囲は、動けない雅登の少しだけ上に広がっていた。唸りを上げて飛んできた無数のコンクリート片は、ヘリコプターと周りのビルや道路を砕いた。
<br>高速の瓦礫は、散弾のようにヘリを襲った。散弾の範囲は、動けない雅登の少しだけ上に広がっていた。唸りを上げて飛んできた無数のコンクリート片は、ヘリコプターと周りのビルや道路を砕いた。


ドガガガガと死の散弾が相次いで着弾し、雅登の後ろで石の煙が上がる。腰が抜けて、立つことができない。直後、上で爆発音がした。ヘリが胴から黒煙をあげ、激しく回転しながら落ちてくる。ヘリは最後の最後にバランスを崩し、50メートルほど先で、横倒しになって墜落した。その瞬間大きな爆発が起こり、外れたメインローターが一直線に道路を駆けた。雅登が横に
ドガガガガと死の散弾が相次いで着弾し、雅登の後ろで石の煙が上がる。腰が抜けて、立つことができない。直後、上で爆発音がした。ヘリが胴から黒煙をあげ、激しく回転しながら落ちてくる。ヘリは最後の最後にバランスを崩し、50メートルほど先で、横倒しになって墜落した。その瞬間大きな爆発が起こり、死の回転刃と化した外れたプロペラが猛スピードで雅登を襲った。雅登が横に飛び退いた瞬間、プロペラは一瞬前まで雅登が空間を裂き、車に突き刺さった。
 
しばし雅登は呆然としていた。アスファルトにへたりこんだまま、どれほど放心していたかわからない。地面が大きく揺れ、雅登は我に返った。地響きの正体は、巨人の足音だった。こちらに向かって歩いてきている。黒い体に火をまとった巨体。それが、ゆっくりと、しかし一歩ずつ、近づいてきている。
<br>「……もう許してくれよ」
<br>目から涙がこぼれた。
<br>「なんで、なんでこっちにくるんだよ。あっち行けよ。なんで……」
<br>逃げなくては。ふと、思い出した。ここから、あの巨人から、逃げなくては。雅登は震える足で、また立ち上がり、よたよたと走った。巨人が歩むたびに地面が揺れ、転びそうになる。道にはコンクリート片が散らばり、何度も躓きそうになる。
 
嗚咽で息ができず、また倒れ込んだ。手の平が痛み、安里駅で負った傷を思い出した。ほんの数十分前の出来事のはずなのに、遥か昔のことのように思える。巨人の足音が、地獄の鐘の音に聞こえた。あれは、俺の死刑判決を知らせているんだ。逃げられないぞと、そう知らせてるんだ……。
 
絶望の中、雅登はゆっくりと振り返った。ほんの数十メートル先に、巨人はいた。また一歩、巨人は歩を進める。震動に体が跳ねる。あと数歩。もう少しで、俺はあいつに踏み潰される……。ふと、家族の姿が脳裏をよぎった。ホントなら今頃、俺は家に帰って晩飯を食べているはずなのに。母さんがご飯をよそってくれて、父さんはテレビのスポーツ中継を見ていて、妹は隅でスマホをいじっているはずなのに。なんで、なんでこんな目に遭ってるんだ? なんでだ? なんで……?
 
そのとき、思いも寄らぬことが起こった。巨人が、ぐらりと揺れたのだ。そのまま巨人は前に倒れていく。それだけではない。巨人を形作る瓦礫が、崩れ落ちていく。腕が外れ、派手な音を立てて落下する。倒れて接地した部分から、ガラガラと瓦礫が崩れていく。巨体を繋ぎ留めていた引力が、解除されたのだろうか。轟音を立てて巨人が倒れていく。
 
巨人は雅登に覆いかぶさるように、倒れてくる。雅登は飛び起き、逃げ出した。ここで、死んでたまるか。雅登は全力で走り、横に伸びている路地に飛び込んだ瞬間、巨人が地面に激突する大音響が響き渡った。
 
地面が激しく揺れ、土煙がもうもうと舞い上がり、雅登を包み込んだ。雅登は頭を抱えて地面に伏せ、じっとしていた。たっぷり5分は経っただろうか。土煙が晴れ、呼吸もしやすくなってから、雅登はおそるおそる身を起こした。体に積もった粉塵を払い、振り返った。巨人が倒れた道には、うずたかく瓦礫が堆積していた。しかし、急に動き出す気配はしない。
 
すると、道の方から、若い女の声が聞こえた。それに続いて、男の声、それから赤ちゃんのぐずる声も。雅登は道の瓦礫の上に登り、周りを見回した。左、堆積した瓦礫の突端。その上で、一組の家族が固く抱き合っていた。泣きじゃくる赤ん坊を、母親と父親が両側から固く抱き締めている。巨人の崩落に巻き込まれるのを、辛くも免れたのだろうか。雅登は心が温まるのを感じ、そっと背を向けた。後ろでその母親が、「よかった、帰ってきてくれて」と涙まじりに言うのが聞こえた、ような。
 
俺は助かったのだろうか? 路地を歩きながら、ぼんやりと雅登は考えた。虎口を脱したのだという実感が湧かない。今になって、体の各所が痛み始めた。ずっと逃げ続けたから、体も心もふらふらだ。ゆっくり歩きながら、雅登は公衆電話を探そうと決意した。まずは、家族に無事を伝えよう。
 
 
雅登が、あの家族が瓦礫の{{傍点|文章=上}}にいたことに疑問を持つのは、まだ先のことである。
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