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財団は、各地に民家に見せかけた小基地を持っている。いかなる時、いかなる場所でも、突発事態に対応できるようにだ。そして、現場に近い小基地の中に、二人はいた。予告された時刻通りに、財団の秘密回線が開き、会議が始まった。 | 財団は、各地に民家に見せかけた小基地を持っている。いかなる時、いかなる場所でも、突発事態に対応できるようにだ。そして、現場に近い小基地の中に、二人はいた。予告された時刻通りに、財団の秘密回線が開き、会議が始まった。 | ||
浩司と樋口は、白い椅子に並んで腰掛け、正面のスクリーンに目を向けていた。22時30分、それまで黒かったスクリーンに、突如としていくつかの人の姿が映し出された。その中には、機動部隊元帥・剣崎剛毅の姿もある。慌ただしく、財団の会議が始まった。 | |||
まず最初に、当該YGTの呼称が決定した。無論、上層部で既に決まっていたことを発表したに過ぎないのだろうが。YGT-362“<ruby>引力者<rt>グラビティア</rt></ruby>”。それが、巨人に与えられた名前だった。 | まず最初に、当該YGTの呼称が決定した。無論、上層部で既に決まっていたことを発表したに過ぎないのだろうが。YGT-362“<ruby>引力者<rt>グラビティア</rt></ruby>”。それが、巨人に与えられた名前だった。 | ||
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<br>「出現時の吸引が終わった後も、体を形成する瓦礫が落ちなかったのはなぜだ?」 | <br>「出現時の吸引が終わった後も、体を形成する瓦礫が落ちなかったのはなぜだ?」 | ||
<br>「おそらくですが、それらの瓦礫は恒常的に引き寄せるよう、力を操作していたのだと考えます。その上で、他の物も引き寄せられるのでしょう」 | <br>「おそらくですが、それらの瓦礫は恒常的に引き寄せるよう、力を操作していたのだと考えます。その上で、他の物も引き寄せられるのでしょう」 | ||
<br>それからも、細々とした報告は続いた。放射線の反応は無し、現実改変および認識災害の兆候は無し、サーモグラフィーによれば首の辺りに熱反応が見られる、航空機による接近は危険ゆえ陸上部隊で対応すべき……。 | |||
その時、新たに一人が会議に参加した。遅れた参加者を見て、浩司は驚愕した。いや、人は見えなかった。見えないことに驚いた。画面には、黒地に三本の白い曲線が描く、人の顔のような図形。それは、W5評議員の印だった。 | |||
財団の職員でさえも、その正体を知る者は少ない。常習者最高の地位を占めるW5評議員。管理者に次ぐ権力を保持し、財団の実質的な最高諮問機関の、たった十人の構成員。そのうちの一人が、この会議に参加してきた。 | |||
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<br> | 浩司は、自らの心拍数が急上昇し、顔が紅潮していくのを感じた。おそらく、会議に参加している全員が同じ心地だろう。緊張、そして少しの高揚。平の職員が、W5評議員に接触する機会など、まず無い。浩司は、興奮を抑えられない。 | ||
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<br> | 前置きなしに、W5評議員の声が響いた。正確には、声を変換した電子音だが。 | ||
<br> | <br>「YGT-362は、人間だ」 | ||
<br> | <br>場は、静まりかえった。 | ||
<br> | <br>「先刻の事件を受け、米国が接触してきた。彼の国は、引力者の存在を既に関知しており、調査を進めていた。彼らが言うには、こうだ」 | ||
<br> | <br>浩司は唾を呑み込んだ。 | ||
<br> | <br>「引力者は、異能を有した人間、平たく言えば超能力者だ。そして、引力者は世界各地に点在している。その能力の原理はわからない。引力者は科学の外にいるわけだから、YGTであることは間違いない。引力者について、一つ確かに言えるのは、彼らが互いに連係してきな臭い動きをしているということだ」 | ||
<br> | <br>きな臭い動き? まさか……。 | ||
<br> | <br>「引力者は、{{傍点|文章=戦争}}の準備を進めているらしい。先刻の襲来は、その口火を切るものなのかもしれない。もしこれが正しければ、近々、引力者と人類の全面戦争が始まる可能性があるということだ。つまり、次なる攻撃の可能性は高い」 | ||
<br> | <br>全面戦争。その言葉の重みが、じんわりと心に沈んでいった。今回の攻撃は、ほんの序章に過ぎないのかもしれない。何せ、引力者は複数いるのだ。あの巨人が何十人も一斉に現れたら……。浩司の不穏な想像をよそに、電子音は続く。 | ||
<br> | <br>「今回のことは、あまりにも重大事だ。現在各国は、引力者の存在を公表する構えだ」 | ||
<br>「えっ……」 | |||
<br>場がどよめいた。「偽装」を旨とされるYGTの存在が、公表される……? | |||
<br>「一人の引力者の存在をひた隠しにしたとて、事態は悪化するのみだという判断だ。そこで、W5評議会として、YGT財団に命ずる」 | |||
<br>背筋を伸ばし、下命を聞いた。 | |||
<br>「引力者による攻撃を防御し、引力者を排除せよ。自衛隊も、武力行使で臨む。こちらも、全兵力をもってして、引力者から無辜の市民を守れ。普段の任務とは趣を異にするが、人々の日常を守るという目的は変わらない。このことを肝に銘じ、全力で任務にあたれ。以上だ」 | |||
<br>「はっ!」 | |||
<br>全員の声が揃った。そして、W5評議員は会議から退出した。残された財団職員は、静かな興奮に満ちていた。 | |||
対策研究員と隠蔽作業員は引力者の調査・分析にあたり、機動部隊員が実地対応を受け持つことがすぐに決定した。剣崎元帥の号令で、機動部隊内での役割も割り振られた。現在沖縄本島にいる第十二分隊と第二十七分隊が、避難民の誘導および引力者の捜索、戦闘準備を行う。佐賀にいる第十九分隊と、東シナ海で演習中の第三分隊海上部隊も応援に来る。一方で、沖縄以外での備えも怠れない。次もまた引力者が沖縄に出現するとは限らないからだ。各地の分隊は、日本各地に散らばり、状況に応じて応援派遣させる。 | |||
狭い沖縄本島に、二つも分隊がいたのは幸運だった。第十二分隊は沖縄に駐屯しているから当然なのだが、浩司率いる第二十七分隊がここに居合わせたのは全くの偶然だ。ロックイーターのおかげだな、と浩司は思う。 | |||
会議は終了した。第二十七分隊は、那覇の南を担当することになった。電話で分隊の皆にその旨を伝え、浩司は樋口と共に立ち上がった。ふと樋口を見ると、その眼は決意で輝いていた。 | |||
<br>「頼んだぞ、樋口小隊長」 | |||
<br>「もちろんです、城島分隊長」 |
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