「利用者:Notorious/サンドボックス/コンテスト」の版間の差分

のおおおおおおお
(の)
(のおおおおおおお)
2行目: 2行目:
<br> とにかく僕は床でうつ伏せになっているのだろう。交番の仮眠室のベッドから転がり落ちたのか、あるいは寮の床でつい寝落ちてしまったのか。しかし、開けた目に入ってきた景色は、それらの予想が現実と違っていることを雄弁に語っていた。塵一つ落ちていない、真っ白な床。交番でも寮の自室でもない、見覚えのない風景だ。
<br> とにかく僕は床でうつ伏せになっているのだろう。交番の仮眠室のベッドから転がり落ちたのか、あるいは寮の床でつい寝落ちてしまったのか。しかし、開けた目に入ってきた景色は、それらの予想が現実と違っていることを雄弁に語っていた。塵一つ落ちていない、真っ白な床。交番でも寮の自室でもない、見覚えのない風景だ。
<br> 両手を床につけ、腕立て伏せの要領で身を起こした。伸ばしきっていた脚を畳み、その場に胡座をかく。視点が高くなったことで、周りがより見えるようになった。正面には、床と同じく白い壁がそり立っている。そして、壁には細い切れ目が入っている。それはまっすぐ上に走り、直角に曲がって床と平行になり、今度は真下へと伸び、壁を四角く切り取っている。その長方形の中には、何か小さな丸いものが……。
<br> 両手を床につけ、腕立て伏せの要領で身を起こした。伸ばしきっていた脚を畳み、その場に胡座をかく。視点が高くなったことで、周りがより見えるようになった。正面には、床と同じく白い壁がそり立っている。そして、壁には細い切れ目が入っている。それはまっすぐ上に走り、直角に曲がって床と平行になり、今度は真下へと伸び、壁を四角く切り取っている。その長方形の中には、何か小さな丸いものが……。
<br> ドアか。すぐには気づけなかったのは、理由があった。大きいのだ。ドアの上辺は天井間際にあり、床から6メートルほどの高さにある。天井もそれほど高いのだ。それに、ノブがない。しかし、ドアの上辺ギリギリに位置している何か。ノブにしては小さすぎるようだが、あれは……。
<br> ドアか。すぐには気づけなかったのは、理由があった。大きいのだ。ドアの上辺は天井間際にあり、床から5メートルほどの高さにある。天井もそれほど高いのだ。それに、ノブがない。しかし、ドアの上辺ギリギリに位置している何か。ノブにしては小さすぎるようだが、あれは……。


「起きたか、佐藤」
「起きたか、佐藤」
30行目: 30行目:
<br> まずは自分たちのことから。着ている衣服は、下着とシャツとズボンくらい。靴下すら履いていなかった。持ち物もほとんどない。ズボンのポケットに入れていたハンカチはあったが、腕時計は消えていた。体にも不調や違和感はない。怪しい番号を彫られたり、知らぬ間に臓器を摘出されたりはしていないようだ。だが、服を脱いで隅々までチェックするわけにはいかないから、鼠蹊部にICチップを埋め込まれたりしている可能性は拭えない。後で見てみよう。とにかく、ほとんどの所持品や衣服が奪われていることがわかった。携帯や無線ももちろん無いから、外部と連絡を取る術がない。
<br> まずは自分たちのことから。着ている衣服は、下着とシャツとズボンくらい。靴下すら履いていなかった。持ち物もほとんどない。ズボンのポケットに入れていたハンカチはあったが、腕時計は消えていた。体にも不調や違和感はない。怪しい番号を彫られたり、知らぬ間に臓器を摘出されたりはしていないようだ。だが、服を脱いで隅々までチェックするわけにはいかないから、鼠蹊部にICチップを埋め込まれたりしている可能性は拭えない。後で見てみよう。とにかく、ほとんどの所持品や衣服が奪われていることがわかった。携帯や無線ももちろん無いから、外部と連絡を取る術がない。
<br> 次に、この部屋だ。広さは十畳くらいあるだろうか。床も壁も天井も真っ白で、清潔さを感じる。そして、異様に天井が高い。やはり5、6メートルはあるだろうか。もっとも、白一色だから目測が取りづらい。調度は、天井のライトと、権田が腰掛けていたベッドのみ。ベッドは飛び出た壁にマットレスを乗せただけのようで、枕も掛け布団も無い。ただし、そこそこ大きい。クイーンベッドくらいの広さはある。壁の一部であるから、権田がベッドを動かそうとしても、叶わなかった。マットレスを剥がそうともしたが、ベッドに固定されているらしく、これもできなかった。
<br> 次に、この部屋だ。広さは十畳くらいあるだろうか。床も壁も天井も真っ白で、清潔さを感じる。そして、異様に天井が高い。やはり5、6メートルはあるだろうか。もっとも、白一色だから目測が取りづらい。調度は、天井のライトと、権田が腰掛けていたベッドのみ。ベッドは飛び出た壁にマットレスを乗せただけのようで、枕も掛け布団も無い。ただし、そこそこ大きい。クイーンベッドくらいの広さはある。壁の一部であるから、権田がベッドを動かそうとしても、叶わなかった。マットレスを剥がそうともしたが、ベッドに固定されているらしく、これもできなかった。
<br> 部屋の四隅の床には、直径10センチほどの排水溝があった。穴の開いた金属の蓋が嵌まっている、学校のトイレなんかにあるタイプのもの。蓋を外せないか試してみたが、素手では到底できそうになかった。この部屋に水気はないのに、排水溝に何の必要性があるのだろう。
<br> 部屋の床の端には、幅10センチほどの排水溝が、部屋の四囲を取り囲むにして設置されていた。穴の開いた金属の蓋が嵌まっている、プールサイドなんかにあるタイプのもの。蓋を外せないか試してみたが、素手では到底できそうになかった。この部屋に水気はないのに、排水溝に何の必要性があるのだろう。


 僕らはいよいよ、壁にあるドアに目を向けた。この部屋には、僕が起きてすぐ見つけたものとは別に、もう一つドアがある。こちらは高さも普通でレバーもついている。権田によれば、その奥にはまた別の部屋があったらしい。まず、僕らはそのドアの奥を調べることにした。謎のドアを後回しにしたのは、閉じ込められているという事実に向き合うのを、遅らせたかっただけかもしれなかったが。
 僕らはいよいよ、壁にあるドアに目を向けた。この部屋には、僕が起きてすぐ見つけたものとは別に、もう一つドアがある。こちらは高さも普通でレバーもついている。権田によれば、その奥にはまた別の部屋があったらしい。まず、僕らはそのドアの奥を調べることにした。謎のドアを後回しにしたのは、閉じ込められているという事実に向き合うのを、遅らせたかっただけかもしれなかったが。
52行目: 52行目:
<br> それは、捜索開始から30分ほど経ったときだった。僕は瓶の山の反対側へぐるりと回った。すると、床に何かが落ちているのが見えた。いや、置かれていたのかもしれない。ぽっかりと空いた一角の床に、それは無造作に置かれていた。それを拾い上げ、僕は思わず叫んだ。
<br> それは、捜索開始から30分ほど経ったときだった。僕は瓶の山の反対側へぐるりと回った。すると、床に何かが落ちているのが見えた。いや、置かれていたのかもしれない。ぽっかりと空いた一角の床に、それは無造作に置かれていた。それを拾い上げ、僕は思わず叫んだ。
<br>「先輩、鍵です! 鍵がありました!」
<br>「先輩、鍵です! 鍵がありました!」
<br> 権田は、瓶を倒しながらすっ飛んできた。僕の手の中にある鍵をまじまじと見つめる。その小さな鍵はプラスチック製で、家の玄関の鍵というような風体だった。この奇妙な建造物の中に鍵が必要となる場所があるとすれば、一つしかないだろう。
<br> 権田は、瓶を倒しながらすっ飛んできた。僕の手の中にある鍵をまじまじと見つめる。その大きくごつごつした鍵はプラスチック製で、立派な門の鍵のような風体だった。この奇妙な建造物の中に鍵が必要となる場所があるとすれば、一つしかないだろう。
<br> 僕らは倉庫の捜索を打ち切り、最初の部屋に駆け戻った。
<br> 僕らは倉庫の捜索を打ち切り、最初の部屋に駆け戻った。


{{転換}}
{{転換}}


 最後に残った、調べるべき場所。謎のドアの前で、僕は権田を肩車していた。
 最後に残った、調べるべき場所。謎のドアの前で、僕は権田を肩車していた。排水溝の上に立ち、権田の太腿を抱えている。
<br>「届きます?」
<br>「届きます?」
<br>「全然だ。佐藤、肩の上に立たせろ」
<br>「全然だ。佐藤、肩の上に立たせろ」
<br>「えっ?」
<br>「えっ?」
<br> 止める間もなく、権田は僕の頭を持って体を安定させながら、器用に立ち上がる。僕の両肩に、先輩の両足が乗っている。僕はドアに手をついて体を支えた。
<br> 止める間もなく、権田は僕の頭を持って体を安定させながら、器用に立ち上がる。僕の両肩に、先輩の裸足が乗っている。僕はドアに手をついて体を支えた。
<br>「うーん、まだまだ足りないな。よし、下りるぞ」
<br>「うーん、まだまだ足りないな。よし、下りるぞ」
<br> 権田は意外と軽い身のこなしで、ひょいと床に飛び降りた。こっちがヒヤヒヤする。
<br> 権田は意外と軽い身のこなしで、ひょいと床に飛び降りた。こっちがヒヤヒヤする。
<br> 倉庫で鍵を見つけた僕らは、この部屋に戻り、ドアに対峙した。目を凝らすと、天井付近にあるのが鍵穴であることがわかった。約6メートル上方。なんとか鍵穴に手が届かないかと頑張ってみたが、到底高さが足りない。鍵はあるのに、それを挿して回せない。僕は深い落胆に包まれた。
<br> 倉庫で鍵を見つけた僕らは、この部屋に戻り、ドアに対峙した。目を凝らすと、天井付近にあるのが鍵穴であることがわかった。約5メートル上方。なんとか鍵穴に手が届かないかと頑張ってみたが、到底高さが足りない。鍵はあるのに、それを挿して回せない。僕は深い落胆に包まれた。
<br>「おい、落ち込んでじゃねえ。ドアを破れないか試してみるぞ」
<br>「おい、落ち込んでじゃねえ。ドアを破れないか試してみるぞ」
<br> 権田はドアの前で仁王立ちして言った。僕は慌てて立ち上がり、権田に並ぶ。せーのでドアに肩から体当たりした。鈍い音が響く。何度も並んでタックルを繰り返す。
<br> 権田はドアの前で仁王立ちして言った。僕は慌てて立ち上がり、権田に並ぶ。せーのでドアに肩から体当たりした。鈍い音が響く。何度も並んでタックルを繰り返す。
119行目: 119行目:
{{転換}}
{{転換}}


「まずは定義づけだ。これからの議論を円滑に進めるために、言葉の意味を定める。まあ何がしたいかっていうと、部屋の正式名称を決めたいんだ」
「まずは脱出ルートを考えよう。最初に浮かぶのは、あのドアだよな」
<br>「なるほど。この部屋からいきますか。ドアがあるから、『玄関』とかにします?」
<br>「あそこだけ鍵が掛かっているし、いかにもって感じですよね」
<br>「うーん、あのドアの向こうが外とは限らないがな。でも、意味さえ伝わればいいんだから、いいか。よし、この部屋は玄関だ」
<br>「ああ。だが、あのドアが外に通じているという確証はない。ひょっとしたら、また別の部屋が待っているだけかもしれないしな」
<br>「次は、壁が磁石なその部屋ですね。僕は『小部屋』と呼んでますけど」
<br>「でも、あのドアを開けられれば、活動範囲が広がります。奥に何が待っていようと、突破口となるのは間違いないでしょう」
<br>「いいな、それで決まりだ」
<br> 権田は深く頷いた。
<br> 部屋の命名作業は滞りなく進行し、『廊下』『トイレ』『風呂』『倉庫』もさっさと決まった。
<br>「ドア以外のルート、たとえば壁や天井を破るというのも、あまり現実的な方法じゃないからな」
<br>「後は、あの高いドアだな。ここが玄関だから、『玄関ドア』と呼ぼうか」
<br>「排水溝はどうです?」
<br>「いいですね」
<br>「人が通るのはまず無理。他の何か、メッセージを書いた物を流す、とかはどうだろう」
<br> 権田は腕を組み直した。
<br>「自分で提案しておいてなんですが、厳しいでしょうね。水道管に詰まらないサイズの物となると、だいぶ限られてきます。そもそもメッセージを書く筆記具なんて無いですし。服の切れ端とかの遺留品を流しても、見つかってここが特定される蓋然性はほぼゼロでしょう」
<br>「定義づけは終わりだ。いよいよ、本題に入ろう。脱出方法の検討だ。まずは脱出ルート」
<br>「なら、やはり脱出ルートはあのドアに限られるか」
<br>「……まずは玄関ドアでしょう」
<br> 件のドアを見上げ、僕は歯噛みした。鍵はある。鍵穴もある。ただ一つ、高さだけが足りない。
<br>「だな。だが、その方法は最後に検討しよう。他の脱出ルートをまず洗い出せ」
<br>「約5メートル……。肩車程度じゃ届かないのは実証済み。僕も権田先輩も、腕をまっすぐ伸ばしても2メートルくらいの高さしかない。単純に二人が積み上がっても、まだ1メートルくらい足りないですね」
<br>「他の脱出ルート……壁を破る、とかですか?」
<br>「たった1メートルなんだがな……。まず浮かぶのは、{{傍点|文章=踏み台を用意する}}ことだよな」
<br>「ええ。でも……」
<br> 1メートルの足場。それが簡単に用意できれば、今こんなふうに呻吟していない。
<br>「この部屋にあるのは、ベッドくらいか。でも、ドアからは離れているし、動かせもしない」
<br>「倉庫には、文字通り食料の山がありますけど……」
<br>「{{傍点|文章=鉄の瓶や缶は小部屋を通せない}}。山はあるのに、その山をドアの前まで移せないんだよな」
<br> 小部屋の磁力のバリアの強さは、身をもって味わった。あのバリアがある限り、缶詰一つだってこの部屋に持ち込めない。あの小部屋は、{{傍点|文章=この部屋に物を移させないため}}にあるのだ。
<br>「向こうにある物には、徹底して鉄が使われている。食料、ボトル、缶切り、剃刀、トイレのスポンジ……。どれも踏み台には使えない。鉄でない物は、ほとんど固定されてしまっているし」
<br>「陶器の便座を砕くってのはどうです?」
<br>「おっ、いいな。でも和式だからな……。綺麗に砕ければ10センチくらい稼げるかもな」
<br> 1メートルの壁が、途方もなく高い。
<br>「でも先輩、使える物はそれだけじゃありませんよ。たとえば、服やタオルです」
<br> 権田はうーんと唸った。
<br>「しかし布だからなあ。折り畳んでも、大して高さは稼げない。全部の服とタオル、それからシーツも使っても、30センチ稼げるかどうかってところだな」
<br> 他に何か使える物はなかっただろうか。必死に考えて、一つ思いついた。
<br>「瓶や缶は鉄でも、{{傍点|文章=中身は違います}}。中身だけ取り出してここに持ってくれば、いくら流動食とは言っても、ある程度の体積は……」
<br> そこまで言って気づいた。
<br>「排水溝……」
<br>「ああ。ドアの真下には排水溝がある。流動食を積み上げるのは、まず不可能だろうな」
<br> 暗い顔で権田は続ける。
<br>「排水溝の役割はそれだけじゃない。排水溝がなければ、風呂かトイレの水道を使ってこの部屋を{{傍点|文章=水没させる}}という荒業が使えるんだ。天井ギリギリまで水位を上げ、{{傍点|文章=泳いで水面近くの鍵穴まで到達する}}んだ。でも、排水溝があるおかげで、絵に描いた餅だよ」
<br>「……どうにかして、排水溝を塞げませんかね?」
<br>「厳しいだろうな。排水溝の面積は、大雑把に計算すると、10センチかける4メートルかける4ってところだ。さっき確認した通り、この部屋に持ち込める物は少ない。到底この面積を覆うことはできないだろうな」
<br> もっと、他に使える物はないだろうか? しばし黙考するが、浮かばない。権田が停滞した空気を切り替えるように言った。
<br>「踏み台戦法は一時凍結だ。発想を変えて、ドアの鍵を開ける方法を考えよう」
<br>「うーん、床から5メートルだから遠いんですよね。天井からはちょっとなんだから、天井から吊り下がるってのはどうです?」
<br>「うん、いい視点の変え方だな。だが……」
<br> 僕らは同時に天井を見上げた。目覚めたときよりまあまあ光量を落とした電灯は、天井に埋め込まれている。天井はつるりと滑らかで、何かが引っかかるような突起は全くない。
<br>「まだだ。小部屋のドアは外開き。あれを開けて登れば、鍵穴に届くかも……」
<br> ベッドを飛び降りて、権田は小部屋のドアを開け、すぐに閉めてすごすごと戻ってきた。鍵穴には、距離も高さも全然足りない。どうやら、このアイデアも不発のようだ。
<br>「うーん……鍵にロープをつけて、穴に偶然刺さるまで投げるってのはどうです? ロープは服とかをほどいて結ぶんです。刺さったら、ロープを引いて鍵を回す」
<br>「穴に入るより先に、鍵が壊れそうだ。鍵はこの一本なんだから、そんなリスクは取れん。鍵を失えば、一生この部屋から出られないんだからな」
<br>「鍵を失うといえば、排水溝に落ちたりしません? そうなったらおしまいですよ」
<br>「やたらとごつごつしてるから、その心配はない。でも、トイレには流れるだろうから、鍵は絶対この部屋から持ち出すなよ」
<br>「了解です」
2,077

回編集