「利用者:Notorious/サンドボックス/コンテスト」の版間の差分

(のおおおおおおお)
(の)
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<br> とにかく僕は床でうつ伏せになっているのだろう。交番の仮眠室のベッドから転がり落ちたのか、あるいは寮の床でつい寝落ちてしまったのか。しかし、開けた目に入ってきた景色は、それらの予想が現実と違っていることを雄弁に語っていた。塵一つ落ちていない、真っ白な床。交番でも寮の自室でもない、見覚えのない風景だ。
<br> とにかく僕は床でうつ伏せになっているのだろう。交番の仮眠室のベッドから転がり落ちたのか、あるいは寮の床でつい寝落ちてしまったのか。しかし、開けた目に入ってきた景色は、それらの予想が現実と違っていることを雄弁に語っていた。塵一つ落ちていない、真っ白な床。交番でも寮の自室でもない、見覚えのない風景だ。
<br> 両手を床につけ、腕立て伏せの要領で身を起こした。伸ばしきっていた脚を畳み、その場に胡座をかく。視点が高くなったことで、周りがより見えるようになった。正面には、床と同じく白い壁がそり立っている。そして、壁には細い切れ目が入っている。それはまっすぐ上に走り、直角に曲がって床と平行になり、今度は真下へと伸び、壁を四角く切り取っている。その長方形の中には、何か小さな丸いものが……。
<br> 両手を床につけ、腕立て伏せの要領で身を起こした。伸ばしきっていた脚を畳み、その場に胡座をかく。視点が高くなったことで、周りがより見えるようになった。正面には、床と同じく白い壁がそり立っている。そして、壁には細い切れ目が入っている。それはまっすぐ上に走り、直角に曲がって床と平行になり、今度は真下へと伸び、壁を四角く切り取っている。その長方形の中には、何か小さな丸いものが……。
<br> ドアか。すぐには気づけなかったのは、理由があった。大きいのだ。ドアの上辺は天井間際にあり、床から5メートルほどの高さにある。天井もそれほど高いのだ。それに、ノブがない。しかし、ドアの上辺ギリギリに位置している何か。ノブにしては小さすぎるようだが、あれは……。
<br> ドアか。すぐには気づけなかったのは、理由があった。大きいのだ。ドアの上辺は天井間際にあり、床から5メートルほどの高さにある。天井もそれほど高いのだ。それに、ノブがない。しかし、ドアの上辺ギリギリに位置している何か。四角いし何か書かれているようだが、あれは……テンキー?


「起きたか、佐藤」
「起きたか、佐藤」
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<br> 腹ごなしが済むと、倉庫内の調査に取りかかった。手分けして積み上がった瓶を精査していく。ほどなく、水と流動食の二種類の瓶があることがわかった。それらは一応場所が分かれていて、区別がつくことがわかった。一方、どの瓶にもラベルの類は無い。僕は、瓶の山に分け入って、数着の着替えと三つの救急箱を見つけた。権田は、缶詰の一角と四本の缶切り、それから何本かのボディーソープなどのボトルを発見した。
<br> 腹ごなしが済むと、倉庫内の調査に取りかかった。手分けして積み上がった瓶を精査していく。ほどなく、水と流動食の二種類の瓶があることがわかった。それらは一応場所が分かれていて、区別がつくことがわかった。一方、どの瓶にもラベルの類は無い。僕は、瓶の山に分け入って、数着の着替えと三つの救急箱を見つけた。権田は、缶詰の一角と四本の缶切り、それから何本かのボディーソープなどのボトルを発見した。
<br> それは、捜索開始から30分ほど経ったときだった。僕は瓶の山の反対側へぐるりと回った。すると、床に何かが落ちているのが見えた。いや、置かれていたのかもしれない。ぽっかりと空いた一角の床に、それは無造作に置かれていた。それを拾い上げ、僕は思わず叫んだ。
<br> それは、捜索開始から30分ほど経ったときだった。僕は瓶の山の反対側へぐるりと回った。すると、床に何かが落ちているのが見えた。いや、置かれていたのかもしれない。ぽっかりと空いた一角の床に、それは無造作に置かれていた。それを拾い上げ、僕は思わず叫んだ。
<br>「先輩、鍵です! 鍵がありました!」
<br>「先輩、カードです! 番号が書かれてます!」
<br> 権田は、瓶を倒しながらすっ飛んできた。僕の手の中にある鍵をまじまじと見つめる。その大きくごつごつした鍵はプラスチック製で、立派な門の鍵のような風体だった。この奇妙な建造物の中に鍵が必要となる場所があるとすれば、一つしかないだろう。
<br> 権田は、瓶を倒しながらすっ飛んできた。僕の手の中にあるカードをまじまじと見つめる。その手の平サイズのカードはプラスチック製で、「3841」とだけ書いてあった。それ以外に、装飾も記述も無い。この番号は……
<br> 僕らは倉庫の捜索を打ち切り、最初の部屋に駆け戻った。
<br>「暗証番号?」
<br> そう言ってから、権田の顔を見ると、向こうもこっちを見ていた。この建造物の中に暗証番号が必要となる場所があるならば、それは一ヶ所しかないだろう。僕らは倉庫の捜索を打ち切り、最初の部屋に駆け戻った。


{{転換}}
{{転換}}
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<br>「うーん、まだまだ足りないな。よし、下りるぞ」
<br>「うーん、まだまだ足りないな。よし、下りるぞ」
<br> 権田は意外と軽い身のこなしで、ひょいと床に飛び降りた。こっちがヒヤヒヤする。
<br> 権田は意外と軽い身のこなしで、ひょいと床に飛び降りた。こっちがヒヤヒヤする。
<br> 倉庫で鍵を見つけた僕らは、この部屋に戻り、ドアに対峙した。目を凝らすと、天井付近にあるのが鍵穴であることがわかった。約5メートル上方。なんとか鍵穴に手が届かないかと頑張ってみたが、到底高さが足りない。鍵はあるのに、それを挿して回せない。僕は深い落胆に包まれた。
<br> 倉庫でカードを見つけた僕らは、この部屋に戻り、ドアに対峙した。目を凝らすと、天井付近にあるのがテンキーであることがよくわかった。テンキーはプラスチックカバーに覆われており、それを上げてからボタンを押す方式らしい。約5メートル上方。なんとかテンキーに手が届かないかと頑張ってみたが、到底高さが足りない。番号はわかったのに、それを入力できない。僕は深い落胆に包まれた。
<br>「おい、落ち込んでじゃねえ。ドアを破れないか試してみるぞ」
<br>「おい、落ち込んでじゃねえ。ドアを破れないか試してみるぞ」
<br> 権田はドアの前で仁王立ちして言った。僕は慌てて立ち上がり、権田に並ぶ。せーのでドアに肩から体当たりした。鈍い音が響く。何度も並んでタックルを繰り返す。
<br> 権田はドアの前で仁王立ちして言った。僕は慌てて立ち上がり、権田に並ぶ。せーのでドアに肩から体当たりした。鈍い音が響く。何度も並んでタックルを繰り返す。
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<br> 水の瓶をらっぱ飲みしながら、権田が言った。この先輩は医者の家の出身で、医療知識がそれなりにある。
<br> 水の瓶をらっぱ飲みしながら、権田が言った。この先輩は医者の家の出身で、医療知識がそれなりにある。


 水を飲むと尿意を催したので、僕は一言断ってトイレに行った。小便を済ませると、水を流して手を洗う。水を流すと、傍らの謎の水槽の水も流れた。ともあれ、水道はちゃんと通っているようだ。その時、ふと気がついた。トイレットペーパーが無いのだ。そういえば、倉庫にも見当たらなかったはず。狭いトイレ内を探すと、先端にスポンジのついた鉄の棒を見つけた。僕の脳裏に、古代ローマを舞台とした映画の、トイレのシーンが思い浮かぶ。確か、海綿が先についた棒で汚れを拭き取っていたような……。まさか、これがトイレットペーパーの代わりなのか。ちょっと不衛生だろう。便意を覚えるまでに、ここを脱出できればいいんだが。
 水を飲むと尿意を催したので、僕は一言断ってトイレに行った。小便を済ませると、水を流して手を洗う。水を流すと、傍らの謎の水槽の水も流れた。ともあれ、水道はちゃんと通っているようだ。その時、ふと気がついた。トイレットペーパーが無いのだ。そういえば、倉庫にも見当たらなかったはず。狭いトイレ内を探すと、先端にスポンジのついた鉄の棒を見つけた。僕の脳裏に、古代ローマを舞台とした映画の、トイレのシーンが思い浮かぶ。確か、海綿が先についた棒で汚れを拭き取っていたような……。まさか、これがトイレットペーパーの代わりなのか。横の水槽は、スポンジを洗うためのものということか。ちょっと不衛生だろう。便意を覚えるまでに、ここを脱出できればいいんだが。
<br> 僕はトイレを後にし、倉庫へ戻った。すると、倉庫が先程より少し暗くなった気がした。その旨を権田に伝えると、
<br> 僕はトイレを後にし、倉庫へ戻った。すると、倉庫が先程より少し暗くなった気がした。その旨を権田に伝えると、
<br>「そうか? 一度ここを離れたから、わかるのかもしれないな」
<br>「そうか? 一度ここを離れたから、わかるのかもしれないな」
<br>「外の日照サイクルに合わせてるのかもしれないですね」
<br>「外の日照サイクルに合わせてるのかもしれないですね。もしそうなら、今は夕方ってことになります」
<br>「そういや、室温もコントロールされてるみたいだな」
<br>「そういや、室温もコントロールされてるみたいだな」
<br>「ええ。全館空調ってやつでしょうか」
<br>「ええ。全館空調ってやつでしょうか」
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<br>「まあそれだけの金があるから、人攫いなんてできるんだろうがな。そうだ、汗をかいたから、先に風呂に入ってきてもいいか?」
<br>「まあそれだけの金があるから、人攫いなんてできるんだろうがな。そうだ、汗をかいたから、先に風呂に入ってきてもいいか?」
<br>「あ、はい。まるでホテルみたいですね」
<br>「あ、はい。まるでホテルみたいですね」
<br>「こんなホテルごめんだよ」
<br>「チェックアウトできないホテルなんてごめんだよ」
<br> 苦笑した権田は、倉庫の隅から自分の着替えを取って、風呂へと向かった。僕は倉庫に寝そべり、物思いに沈んだ。
<br> 苦笑した権田は、倉庫の隅から自分の着替えを取って、風呂へと向かった。僕は倉庫に寝そべり、物思いに沈んだ。
<br> 一体ここはどこなのか? 僕らを拐ったのは誰なのか? 目的は? いつか解放されるのか?
<br> 一体ここはどこなのか? 僕らを拐ったのは誰なのか? 目的は? いつか解放されるのか?
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<br>「ははっ、そうだったな」
<br>「ははっ、そうだったな」
<br> 僕は権田と入れ替わるようにして風呂に向かった。脱衣所で服を脱ぐと、権田の脱いだ服が棚にまとめて置かれていたから、その横に離して自分の服を置く。スライドドアを開いて風呂に入った。シャワーをひねると、さっきまで権田が使っていたからか、いきなり温水が出た。温かい湯を全身に浴びると、強ばった筋肉がほぐれていく。監禁されているというのに、こうして温かいシャワーを浴びていると、リラックスして安心すら覚えてくるのだから、呑気というか能天気というか。
<br> 僕は権田と入れ替わるようにして風呂に向かった。脱衣所で服を脱ぐと、権田の脱いだ服が棚にまとめて置かれていたから、その横に離して自分の服を置く。スライドドアを開いて風呂に入った。シャワーをひねると、さっきまで権田が使っていたからか、いきなり温水が出た。温かい湯を全身に浴びると、強ばった筋肉がほぐれていく。監禁されているというのに、こうして温かいシャワーを浴びていると、リラックスして安心すら覚えてくるのだから、呑気というか能天気というか。
<br> 風呂の中に、椅子や風呂桶は無かった。ボディソープやシャンプーを使おうとして気づいたが、ボトルが重い。これも鉄製だろうか。おそらく倉庫にあったものも同じなのだろう。中身は至って普通のようだ。小さな剃刀もあったので、それで髭を剃る。この剃刀も鉄製なのか、大きさの割に重量がある。髭の伸び方からして、地下のパブで拐われてから一日は経っていないようだ。
<br> 風呂の中に、椅子や風呂桶は無かった。ボディソープやシャンプーを使おうとして気づいたが、ボトルが重い。これも鉄製だろうか。おそらく倉庫にあったものも同じなのだろう。中身は至って普通のようだ。小さな剃刀もあったので、それで髭を剃る。この剃刀も鉄製なのか、大きさの割に重量がある。髭の伸び方からして、地下のパブで拐われてから一日は経っていないようだ。僕たちは拐われたその日のうちにここへ運ばれたということか。
<br> 欲を言えば湯舟につかりたかったが、今日はやめておこう。そう考えてから、ここに明日以降もいることを想定している自分に気づき、驚いた。ここが安全な場所とはまだ限らないのだ。気分を変えるために顔に湯をかけ、僕は風呂から出た。棚の隅にタオルが一本あったので、それで体を拭く。倉庫から持ってきた着替えは、誰も袖を通していない新品らしく、心地良い肌触りだった。薄いTシャツとトレーニングパンツ。何となく外部から助けがくることはないと思っていたが、もし今助けが来たら、くつろいでいるようにしか見えないだろうな、と一人苦笑する。
<br> 欲を言えば湯舟につかりたかったが、今日はやめておこう。そう考えてから、ここに明日以降もいることを想定している自分に気づき、驚いた。ここが安全な場所とはまだ限らないのだ。気分を変えるために顔に湯をかけ、僕は風呂から出た。棚の隅にタオルが一本あったので、それで体を拭く。倉庫から持ってきた着替えは、誰も袖を通していない新品らしく、心地良い肌触りだった。薄いTシャツとトレーニングパンツ。何となく外部から助けがくることはないと思っていたが、もし今助けが来たら、くつろいでいるようにしか見えないだろうな、と一人苦笑する。


 廊下に出ると、風呂のドアが開いた音を聞きつけたのか、権田が小部屋から手招きしていた。小部屋を通り抜けるときは緊張したが、今度は何ともなく通過できた。着替えの服に鉄は無いようだ。
 廊下に出ると、風呂のドアが開いた音を聞きつけたのか、権田が小部屋から手招きしていた。小部屋を通り抜けるときは緊張したが、今度は何ともなく通過できた。着替えの服に鉄が織り込まれているようなことはないようだ。
<br> 最初の部屋に戻ると、権田はベッドの上に胡座をかいた。僕は固辞したが、結局権田の薦めを断れず、ベッドの反対端に腰掛ける。
<br> 最初の部屋に戻ると、権田はベッドの上に胡座をかいた。僕は固辞したが、結局権田の薦めを断れず、ベッドの反対端に腰掛ける。
<br>「佐藤、状況の把握は終わった。だから、次は検討に移ろう」
<br>「佐藤、状況の把握は終わった。だから、次は検討に移ろう」
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「まずは脱出ルートを考えよう。最初に浮かぶのは、あのドアだよな」
「まずは脱出ルートを考えよう。最初に浮かぶのは、あのドアだよな」
<br>「あそこだけ鍵が掛かっているし、いかにもって感じですよね」
<br>「あそこだけ開かないし、いかにもって感じですよね」
<br>「ああ。だが、あのドアが外に通じているという確証はない。ひょっとしたら、また別の部屋が待っているだけかもしれないしな」
<br>「ああ。だが、あのドアが外に通じているという確証はない。ひょっとしたら、また別の部屋が待っているだけかもしれないしな」
<br>「でも、あのドアを開けられれば、活動範囲が広がります。奥に何が待っていようと、突破口となるのは間違いないでしょう」
<br>「でも、あのドアを開けられれば、活動範囲が広がります。奥に何が待っていようと、突破口となるのは間違いないでしょう」
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<br>「自分で提案しておいてなんですが、厳しいでしょうね。水道管に詰まらないサイズの物となると、だいぶ限られてきます。そもそもメッセージを書く筆記具なんて無いですし。服の切れ端とかの遺留品を流しても、見つかってここが特定される蓋然性はほぼゼロでしょう」
<br>「自分で提案しておいてなんですが、厳しいでしょうね。水道管に詰まらないサイズの物となると、だいぶ限られてきます。そもそもメッセージを書く筆記具なんて無いですし。服の切れ端とかの遺留品を流しても、見つかってここが特定される蓋然性はほぼゼロでしょう」
<br>「なら、やはり脱出ルートはあのドアに限られるか」
<br>「なら、やはり脱出ルートはあのドアに限られるか」
<br> 件のドアを見上げ、僕は歯噛みした。鍵はある。鍵穴もある。ただ一つ、高さだけが足りない。
<br> 件のドアを見上げ、僕は歯噛みした。番号はある。打ち込むテンキーもある。ただ一つ、高さだけが足りない。
<br>「約5メートル……。肩車程度じゃ届かないのは実証済み。僕も権田先輩も、腕をまっすぐ伸ばしても2メートルくらいの高さしかない。単純に二人が積み上がっても、まだ1メートルくらい足りないですね」
<br>「約5メートル……。肩車程度じゃ届かないのは実証済み。僕も権田先輩も、腕をまっすぐ伸ばしても2メートルくらいの高さしかない。単純に二人が積み上がっても、まだ1メートルくらい足りないですね」
<br>「たった1メートルなんだがな……。まず浮かぶのは、{{傍点|文章=踏み台を用意する}}ことだよな」
<br>「たった1メートルなんだがな……。まず浮かぶのは、{{傍点|文章=踏み台を用意する}}ことだよな」
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<br>「ああ。ドアの真下には排水溝がある。流動食を積み上げるのは、まず不可能だろうな」
<br>「ああ。ドアの真下には排水溝がある。流動食を積み上げるのは、まず不可能だろうな」
<br> 暗い顔で権田は続ける。
<br> 暗い顔で権田は続ける。
<br>「排水溝の役割はそれだけじゃない。排水溝がなければ、風呂かトイレの水道を使ってこの部屋を{{傍点|文章=水没させる}}という荒業が使えるんだ。天井ギリギリまで水位を上げ、{{傍点|文章=泳いで水面近くの鍵穴まで到達する}}んだ。でも、排水溝があるおかげで、絵に描いた餅だよ」
<br>「排水溝の役割はそれだけじゃない。排水溝がなければ、風呂かトイレの水道を使ってこの部屋を{{傍点|文章=水没させる}}という荒業が使えるんだ。天井ギリギリまで水位を上げ、{{傍点|文章=泳いで水面近くのテンキーまで到達する}}んだ。でも、排水溝があるおかげで、絵に描いた餅だよ」
<br>「……どうにかして、排水溝を塞げませんかね?」
<br>「……どうにかして、排水溝を塞げませんかね?」
<br>「厳しいだろうな。排水溝の面積は、大雑把に計算すると、10センチかける4メートルかける4ってところだ。さっき確認した通り、この部屋に持ち込める物は少ない。到底この面積を覆うことはできないだろうな」
<br>「厳しいだろうな。排水溝の面積は、大雑把に計算すると、10センチかける4メートルかける4ってところだ。さっき確認した通り、この部屋に持ち込める物は少ない。到底この面積を覆うことはできないだろうな」
<br> もっと、他に使える物はないだろうか? しばし黙考するが、浮かばない。権田が停滞した空気を切り替えるように言った。
<br> もっと、他に使える物はないだろうか? しばし黙考するが、浮かばない。権田が停滞した空気を切り替えるように言った。
<br>「踏み台戦法は一時凍結だ。発想を変えて、ドアの鍵を開ける方法を考えよう」
<br>「踏み台戦法は一時凍結だ。発想を変えて、ドアのテンキーを押す方法を考えよう」
<br>「うーん、床から5メートルだから遠いんですよね。天井からはちょっとなんだから、天井から吊り下がるってのはどうです?」
<br>「うーん、床から5メートルだから遠いんですよね。天井からはちょっとなんだから、天井から吊り下がるってのはどうです?」
<br>「うん、いい視点の変え方だな。だが……」
<br>「うん、いい視点の変え方だな。だが……」
<br> 僕らは同時に天井を見上げた。目覚めたときよりまあまあ光量を落とした電灯は、天井に埋め込まれている。天井はつるりと滑らかで、何かが引っかかるような突起は全くない。
<br> 僕らは同時に天井を見上げた。目覚めたときよりまあまあ光量を落とした電灯は、天井に埋め込まれている。天井はつるりと滑らかで、何かが引っかかるような突起は全くない。
<br>「まだだ。小部屋のドアは外開き。あれを開けて登れば、鍵穴に届くかも……」
<br>「まだだ。小部屋のドアは外開き。あれを開けて登れば、鍵穴に届くかも……」
<br> ベッドを飛び降りて、権田は小部屋のドアを開け、すぐに閉めてすごすごと戻ってきた。鍵穴には、距離も高さも全然足りない。どうやら、このアイデアも不発のようだ。
<br> ベッドを飛び降りて、権田は小部屋のドアを開け、すぐに閉めてすごすごと戻ってきた。テンキーには、距離も高さも全然足りない。どうやら、このアイデアも不発のようだ。
<br>「うーん……鍵にロープをつけて、穴に偶然刺さるまで投げるってのはどうです? ロープは服とかをほどいて結ぶんです。刺さったら、ロープを引いて鍵を回す」
<br>「うーん……何かを投げてボタンを押すってのはどうです?」
<br>「穴に入るより先に、鍵が壊れそうだ。鍵はこの一本なんだから、そんなリスクは取れん。鍵を失えば、一生この部屋から出られないんだからな」
<br>「狙って番号を順に当てるのは難易度が高すぎる。それに、プラスチックカバーがネックだ。あれを上げないとボタンを押せない」
<br>「鍵を失うといえば、排水溝に落ちたりしません? そうなったらおしまいですよ」
<br>「真下から何かをぶつけてカバーを上げて、さらにタイミングよくボタンに物をぶつけるんです」
<br>「やたらとごつごつしてるから、その心配はない。でも、トイレには流れるだろうから、鍵は絶対この部屋から持ち出すなよ」
<br>「野球のピッチャーも真っ青な計画だな。食料が尽きる前に成功すればいいな」
<br>「了解です」
<br>「食料は、たぶん一年は持ちますよ。毎日トライすれば、いつか成功するかも」
<br>「何回間違えたら永久にロックされるみたいな設定が無いことを祈るか。他に妙案が思いつかなければ、試してみよう」
<br> そろそろ脱出方法のアイデアが尽きてきた。顎に手を当てて考えていると、権田が呟いた。
<br>「なあ、小部屋の磁石は、電磁石なんだよな?」
<br>「永久磁石では、あれだけの磁力は出せないと思います。電磁石と考えて良いと思いますよ」
<br>「なら、{{傍点|文章=電力の供給を止めれば}}、{{傍点|文章=磁力は失われる}}ってことだ」
<br>「……なるほど。つまり、何らかの方法で{{傍点|文章=電気ひいては電磁石を止め}}、{{傍点|文章=鉄をここに持ち込めるようにする}}ということですね?」
<br>「その通りだ。どうだ?」
<br>「その発想はありませんでしたね……。ただ、電気をどうやって止めるんです? コンセントでもあれば、何かを差し込んでショートさせられるかもしれませんけど」
<br>「コンセントは見当たらなかったな。だが、この手はどうだ? {{傍点|文章=小部屋を水没させる}}んだ。すると、壁の裏とかにある配線が浸かって、{{傍点|文章=漏電して電気が遮断される}}かもしれない」
<br> 僕はしばらく考えて、口を開いた。
<br>「先輩、その方法には致命的な欠陥があります」
<br>「何?」
<br>「ドアは、テンキーに暗証番号を入力して開けるんです。ほぼ確実に、{{傍点|文章=このシステムは電気で動いています}}」
<br>「……そうか、くそっ」
<br>「電力を落とせば、鍵を開けられなくなる可能性がある。そうなれば、今度こそ一生脱出不可です」
<br>「だが、ロックってのは大切な機関だから、配線を別にしているんじゃないか? いやそもそも、あのドアが電子ロックなら、電力を落とせば鍵は掛からなくなるかもしれない」
<br>「先輩は、リスクを考慮した上で、その可能性にベットできますか?」
<br> しばらく悩んだ後、
<br>「いや、無理だな」
<br> と権田は力なく言った。
<br>「でも、アイデア自体はとても良かったですよ! 今までにない発想でしたし、もっと考えてみましょう!」
<br>「はは……フォローありがとな、佐藤」
<br>「いえ……」
<br> また黙って頭を絞ったが、知恵は底をついたらしく、ついぞ名案は降りてこなかった。
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