「利用者:Notorious/サンドボックス/コンテスト」の版間の差分

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(き)
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<br>「うーん、まだまだ足りないな。よし、下りるぞ」
<br>「うーん、まだまだ足りないな。よし、下りるぞ」
<br> 権田は意外と軽い身のこなしで、ひょいと床に飛び降りた。こっちがヒヤヒヤする。
<br> 権田は意外と軽い身のこなしで、ひょいと床に飛び降りた。こっちがヒヤヒヤする。
<br> 倉庫でカードを見つけた僕らは、この部屋に戻り、ドアに対峙した。目を凝らすと、天井付近にあるのがテンキーであることがよくわかった。テンキーはプラスチックカバーに覆われており、それを上げてからボタンを押す方式らしい。約5メートル上方。なんとかテンキーに手が届かないかと頑張ってみたが、到底高さが足りない。番号はわかったのに、それを入力できない。僕は深い落胆に包まれた。
<br> 倉庫でカードを見つけた僕らは、この部屋に戻り、ドアに対峙した。目を凝らすと、天井付近にあるのがテンキーであることがよくわかった。テンキーはドアに埋め込まれており、さらに薄いプラスチックカバーに覆われている。それをパカリと上げないと、ボタンを押せない設計のようだ。約5メートル上方。なんとかテンキーに手が届かないかと頑張ってみたが、到底高さが足りない。番号はわかったのに、それを入力できない。僕は深い落胆に包まれた。
<br>「おい、落ち込んでじゃねえ。ドアを破れないか試してみるぞ」
<br>「おい、落ち込んでじゃねえ。ドアを破れないか試してみるぞ」
<br> 権田はドアの前で仁王立ちして言った。僕は慌てて立ち上がり、権田に並ぶ。せーのでドアに肩から体当たりした。鈍い音が響く。何度も並んでタックルを繰り返す。
<br> 権田はドアの前で仁王立ちして言った。僕は慌てて立ち上がり、権田に並ぶ。せーのでドアに肩から体当たりした。鈍い音が響く。何度も並んでタックルを繰り返す。
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<br> 水の瓶をらっぱ飲みしながら、権田が救急箱を漁っている。この先輩は医者の家の出身で、医療知識がそれなりにある。これからどんな危険が待ち受けているかわからないから、大変心強い。
<br> 水の瓶をらっぱ飲みしながら、権田が救急箱を漁っている。この先輩は医者の家の出身で、医療知識がそれなりにある。これからどんな危険が待ち受けているかわからないから、大変心強い。


 水を飲むと尿意を催したので、僕は一言断ってトイレに行った。小便を済ませると、水を流して手を洗う。水を流すと、傍らの謎の水槽の水も流れた。ともあれ、水道はちゃんと通っているようだ。そう安心した時、ふと気がついた。トイレットペーパーが無いのだ。そういえば、倉庫にも見当たらなかったはず。狭いトイレ内を探すと、先端にスポンジのついた鉄の棒を見つけた。僕の脳裏に、古代ローマを舞台とした映画の、トイレのシーンが思い浮かぶ。確か、海綿が先についた棒で汚れを拭き取っていたような……。まさか、これがトイレットペーパーの代わりなのか。横の水槽は、スポンジを洗うためのものということか。ちょっと不衛生だろう。便意を覚えるまでに、ここを脱出できればいいんだが。
 水を飲むと尿意を催したので、僕は一言断ってトイレに行った。小便を済ませて水を流すと、傍らの謎の水槽の水も流れた。ともあれ、水道はちゃんと通っているようだ。そう安心して手を洗っていた時、ふと気がついた。トイレットペーパーが無いのだ。そういえば、倉庫にも見当たらなかったはず。狭いトイレ内を探すと、先端にスポンジのついた鉄の棒を見つけた。僕の脳裏に、古代ローマを舞台とした映画の、トイレのシーンが思い浮かぶ。確か、海綿が先についた棒で汚れを拭き取っていたような……。まさか、これがトイレットペーパーの代わりなのか。横の水槽は、スポンジを洗うためのものということか。ちょっと不衛生だろう。便意を覚えるまでに、ここを脱出できればいいんだが。
<br> 僕はトイレを後にし、倉庫へ戻った。すると、倉庫の照明が先程より少し暗い気がした。その旨を権田に伝えると、
<br> 僕はトイレを後にし、倉庫へ戻った。すると、倉庫の照明が先程より少し暗い気がした。その旨を権田に伝えると、
<br>「そうか? 一度ここを離れたから、わかるのかもしれないな」
<br>「そうか? 一度ここを離れたから、わかるんだな」
<br>「外の日照サイクルに合わせて、光度をコントロールしているのかもしれないですね。もしそうなら、今は夕方ってことになります」
<br>「外の日照サイクルに合わせて、光度をコントロールしているのかもしれないですね。もしそうなら、今は夕方ってことになります」
<br>「そういや、室温も季節にしちゃあ暖かい。これもコントロールされてるみたいだな」
<br>「そういや、室温も季節にしちゃあ暖かい。これもコントロールされてるみたいだな」
<br>「ええ。全館空調ってやつでしょうか。どこかに空調ダクトがあるかもしれません」
<br>「ええ。全館空調ってやつでしょうか。どこかに空調ダクトがあるかもしれません」
<br>「どうせ、天井か壁の裏ってとこだろうな。脱出の足掛かりにはなりそうにない。しっかし、ここはかなりの金がかかってるな」
<br>「どうせ、天井か壁の裏ってとこだろうな。脱出の足掛かりにはなりそうにない。しっかし、ここはかなりの金がかかってるなあ」
<br>「この倉庫内の水と食料だけでも、かなりの量がありますからね」
<br>「この倉庫内の水と食料だけでも、かなりの量がありますからね」
<br>「まあそれだけの金があるから、人攫いなんてできるんだろうがな。そうだ、汗をかいたから、先に風呂に入ってきてもいいか?」
<br>「まあそれだけの金があるから、人攫いなんてできるんだろうがな。そうだ、汗をかいたから、先に風呂に入ってきてもいいか?」
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<br>「その前にここから出られるといいですね」
<br>「その前にここから出られるといいですね」
<br>「ははっ、そうだったな」
<br>「ははっ、そうだったな」
<br> 僕は権田と入れ替わるようにして風呂に向かった。脱衣所で服を脱ぐと、権田の脱いだ服が棚にまとめて置かれていたから、その横に離して自分の服を置く。スライドドアを開いて風呂に入った。一応鏡で全身を隈なく見てみたが、異常は見つからなかった。シャワーをひねると、さっきまで権田が使っていたからか、すぐに温水が出た。もう少し湯を熱くしようと、レバーをひねる。湯気の中で目を凝らすと、その目盛りはなんと70℃まであった。これじゃあ給湯器というより、ちょっとした湯沸かし器である。適温の湯を全身に浴びると、強ばった筋肉がほぐれていく。監禁されているというのに、こうして温かいシャワーを浴びていると、リラックスして安心すら覚えてくるのだから、豪胆というか能天気というか。
<br> 僕は権田と入れ替わるようにして風呂に向かった。脱衣所で服を脱ぐと、権田の脱いだ服が棚にまとめて置かれていたから、その横に離して自分の服を置く。スライドドアを開いて風呂に入った。鏡の曇りを拭って全身を隈なく見てみたが、異常は見つからなかった。ほっとしてシャワーをひねると、さっきまで権田が使っていたからか、すぐに温水が出た。もう少し湯を熱くしようと、レバーをひねる。湯気の中で目を凝らすと、その目盛りはなんと70℃まであった。これじゃあ給湯器というより、ちょっとした湯沸かし器だ。適温の湯を全身に浴びると、強ばった筋肉がほぐれていく。監禁されているというのに、こうして温かいシャワーを浴びていると、リラックスして安心すら覚えてくるのだから、豪胆というか能天気というか。
<br> 職務中の警官が消えたのである。今頃、巡査部長が異変に気づいて、外は大騒ぎになっているだろう。しかし、こうしていると、監禁されているという実感はどうしても希薄で、そんな自分が逆に不安になってくる。冷静沈着な権田が共にいるというのも大きいのだろう。もし一人きりで閉じ込められていたら、恐怖に襲われて圧し潰されていたかもしれない。
<br> 職務中の警官が消えたのである。今頃、巡査部長が異変に気づいて、外は大騒ぎになっているだろう。しかし、こうしていると、監禁されているという実感はどうしても希薄で、そんな自分が逆に不安になってくる。冷静沈着な権田が共にいるというのも大きいのだろう。もし一人きりで閉じ込められていたら、恐怖に襲われて圧し潰されていたかもしれない。
<br> 風呂の中に、椅子や風呂桶は無かった。ボディソープやシャンプーを使おうとして気づいたが、ボトルが重い。これも鉄製だろうか。おそらく倉庫にあったものも同じなのだろう。中身は至って普通のようだ。小さな剃刀もあったので、それで髭を剃る。この剃刀も鉄製なのか、大きさの割に重量がある。髭の伸び方からして、地下のパブで攫われてから一日は経っていないようだ。僕たちは、攫われたその日のうちにここへ運ばれたということか。襲撃を受けてから、案外数時間しか経っていないかもしれない。
<br> 風呂の中に、椅子や風呂桶は無かった。ボディソープやシャンプーを使おうとして気づいたが、ボトルが重い。これも鉄製だろうか。おそらく倉庫にあったものも同じなのだろう。中身は至って普通のようだ。小さな剃刀もあったので、それで髭を剃る。この剃刀も鉄製なのか、大きさの割に重量がある。髭の伸び方からして、地下のパブで攫われてから一日は経っていないようだ。僕たちは、攫われたその日のうちにここへ運ばれたということか。襲撃を受けてから、案外数時間しか経っていないかもしれない。
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「まずは脱出ルートを考えよう。最初に浮かぶのは、あのドアだよな」
「まずは脱出ルートを考えよう。最初に浮かぶのは、あのドアだよな」
<br>「あそこだけ開かないし、いかにもって感じですよね」
<br>「あそこだけ開かないし、いかにもって感じですよね」
<br>「ああ。だが、あのドアが外に通じているという確証はない。ひょっとしたら、また別の部屋が待っているだけかもしれないしな」
<br>「ああ。だが、あのドアが外に通じているとは限らない。ひょっとしたら、また別の部屋に通じているだけかもしれないしな」
<br>「でも、あのドアを開けられれば、活動範囲が広がります。奥に何が待っていようと、突破口となるのは間違いないでしょう」
<br>「でも、あのドアを開けられれば、活動範囲が広がります。奥に何が待っていようと、突破口となるのは間違いないでしょう」
<br> 権田は深く頷いた。
<br> 権田は深く頷いた。
<br>「ドア以外のルート、たとえば壁や天井を破るというのは、あまり現実的な方法じゃないよな」
<br>「ドア以外のルート、たとえば壁や天井を破るというのは、あまり現実的な方法じゃないよな」
<br>「換気口や排水溝はどうです?」
<br>「換気口や排水溝はどうです?」
<br>「人が通るのはまず無理だな。他の何か、たとえばメッセージを書いた物を排水溝に流す、とかはどうだろう」
<br>「仮に蓋を外すか壊すかできても、人が通るのはまず無理だな。他の何か、たとえばメッセージを書いた物を排水溝に流す、とかはどうだろう」
<br>「自分で提案しておいてなんですが、厳しいでしょうね。水道管に詰まらないサイズの物となると、だいぶ限られてきます。そもそもメッセージを書く筆記具なんて無いですし。服の切れ端とかの遺留品を流しても、見つかってここが特定される蓋然性はほぼゼロでしょう」
<br>「自分で提案しておいてなんですが、厳しいでしょうね。水道管に詰まらないサイズの物となると、だいぶ限られてきます。そもそもメッセージを書く筆記具なんて無いですし。服の切れ端とかの遺留品を流しても、見つかってここが特定される蓋然性は低いでしょう」
<br>「なら、やはり脱出ルートはあのドアに限られるか」
<br>「なら、やはり脱出ルートはあのドアに限られるか」
<br> 件のドアを見上げ、僕は歯噛みした。テンキーはある。打ち込む番号も知っている。ただ一つ、高さだけが足りない。
<br> 件のドアを見上げ、僕は歯噛みした。テンキーはある。打ち込む番号も知っている。ただ一つ、高さだけが足りない。
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<br>「人馬といったか、一人が一人を放り投げるってのはどうだ?」
<br>「人馬といったか、一人が一人を放り投げるってのはどうだ?」
<br> 権田は低い位置で両手の指を組み、ソーラン節のように勢いよく上へと振った。もう一人が助走してこの組んだ手に片足を乗せ、タイミングを合わせて跳ぶ。そうすれば、だいぶ高く跳躍できそうだ。
<br> 権田は低い位置で両手の指を組み、ソーラン節のように勢いよく上へと振った。もう一人が助走してこの組んだ手に片足を乗せ、タイミングを合わせて跳ぶ。そうすれば、だいぶ高く跳躍できそうだ。
<br>「でも、相当危ないですね。跳んだら落ちてこないといけない。5メートルの高さから落ちると、打ち所によっては命に関わります」
<br>「でも、相当危ないですね。掴まれる突起もないから、跳んだら落ちてこないといけない。5メートルの高さから落ちると、打ち所によっては命に関わります」
<br>「ベッドはドアと離れてるからクッションにはできない。服やタオルは、大して衝撃を吸収しないよな」
<br>「ベッドはドアと離れてるからクッションにはできない。服やタオルは、大して衝撃を吸収しないよな」
<br>「上手くテンキーのところに跳べても、一回のジャンプで押せるボタンは一つが限度でしょう。この方法だと、最低4回は高所から落下しないといけない。危険すぎますね」
<br>「上手くテンキーのところに跳べても、一回のジャンプで押せるボタンは一つが限度でしょう。この方法だと、最低4回は高所から落下しないといけない。危険すぎますね」
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