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 その予選大会は、学校や職場、病院はもちろん、刑務所においても開催される。これゆえに、あの鉄壁の刑務所から抜け出せる唯一の方法として、「このグランプリで『善人王』になり、王としてまったく正当に出獄する」というものがあるわけである。
 その予選大会は、学校や職場、病院はもちろん、刑務所においても開催される。これゆえに、あの鉄壁の刑務所から抜け出せる唯一の方法として、「このグランプリで『善人王』になり、王としてまったく正当に出獄する」というものがあるわけである。


 こういうわけで、その刑務所は「善人しか出てこられない刑務所」の異名を取る。
 こういうわけで、その刑務所は「善人しか出てこない刑務所」の異名を取る。


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「一年に一度の『善人-1』。この鉄壁の……人呼んで『善人しか出てこられない』刑務所にも、予選大会が開かれる時期が巡って参りました。中継はわたくしアナウンサー若松兼五郎の実況と、」
「一年に一度の『善人-1』。この鉄壁の……人呼んで『善人しか出てこない』刑務所にも、予選大会が開かれる時期が巡って参りました。中継はわたくしアナウンサー若松兼五郎の実況と、」


「生明大学哲学部准教授であります、篠目恵美の解説でお送りいたします」
「生明大学哲学部准教授であります、篠目恵美の解説でお送りいたします」
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「そして三人目。パーティー会場を地獄と悲鳴の空間に仕立て上げた、大量毒殺犯の狂った異人、囚人番号632番です!」
「そして三人目。パーティー会場を地獄と悲鳴の空間に仕立て上げた、大量毒殺犯の狂った異人、囚人番号632番です!」


「彼女はジャングルの奥地で暮らす民族の出身でして、その地域に生息する猛毒キノコをパーティの参加者全員に『ごちそう』として振る舞ったのです。警察が踏み込んだ時には、そこは血、吐瀉物、糞尿が飛び散る阿鼻叫喚の地獄絵図。中指を立てながら手錠を掛けられた彼女は今、何を思って出場を決めたのでしょう」
「彼女はジャングルの奥地で暮らす、特異な宗教を崇める民族の出身でして、その地域に生息する猛毒キノコをパーティの参加者全員に『ごちそう』として振る舞ったのです。警察が踏み込んだ時には、そこは血、吐瀉物、糞尿が飛び散る阿鼻叫喚の地獄絵図。中指を立てながら手錠を掛けられた彼女は今、何を思って出場を決めたのでしょう」


「さあ四人目だ。法廷では遺族に対して一発ギャグを披露した、千年に一度の最悪極悪サイコパス、囚人番号357番です!」
「さあ四人目だ。法廷では遺族に対して一発ギャグを披露した、千年に一度の最悪極悪サイコパス、囚人番号357番です!」
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 それからは、道徳の教科書を何回も読んだ。読むたびに発見があって、楽しかった。……いつしか、「ちゃんと道徳心を持ちたい」と思うようになった。今はまだ道徳の知識を覚えることしかできないけど、これを積み重ねていけば、みんなと同じような「普通の良い人」になれるかもしれないと思った。だから頑張って、「道徳」を暗記し続けた。
 それからは、道徳の教科書を何回も読んだ。読むたびに発見があって、楽しかった。……いつしか、「ちゃんと道徳心を持ちたい」と思うようになった。今はまだ道徳の知識を覚えることしかできないけど、これを積み重ねていけば、みんなと同じような「普通の良い人」になれるかもしれないと思った。だから頑張って、「道徳」を暗記し続けた。


 けれど、どうやら僕は間違っていたらしい。善意による行動でも、受け取る人が善いことだと思わないなら、善ではないのか。人によって「善」は違うのか。おかしい、おかしい。分からない。じゃあ、僕のやってきたことは何だったんだ?
 けれど、どうやら僕は間違っていたらしい。善意による行動でも、受け取る人が善いことだと思わないなら、善ではないのか。人によって「善」が変わるなら、ここで言う「善」の正当性はどこにあるんだ?


 「きれいごと」という言葉の意味を、みんなより何週も遅れて理解して、僕はこの挫折に耐えられなさそうだ。僕の焦がれていた「善」、世界中の誰もを喜ばせ、みんなで輪になれるような、そんな「善」への希望は、たった今、打ち砕かれてしまった。
 「きれいごと」という言葉の意味を、みんなより何週も遅れて理解して、僕はこの挫折に耐えられなさそうだ。僕の焦がれていた「善」、世界中の誰もを喜ばせ、みんなで輪になれるような、そんな「善」への希望は、たった今、打ち砕かれてしまった。
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「さて、『暗記の善人』囚人番号249番の敗退によって、残るは三人。『ゴッドファーザー』囚人番号81番、『大量毒殺異人』囚人番号632番、『最悪サイコパス』囚人番号357番です。篠目さん、この展開、どう予想しますか?」
「さて、『暗記の善人』囚人番号249番の敗退によって、残るは三人。『ゴッドファーザー』囚人番号81番、『毒カルト信者』囚人番号632番、『最悪サイコパス』囚人番号357番です。篠目さん、この展開、どう予想しますか?」


「そうですね、事前に入っております情報によりますと、囚人番号81番は意外にもかなりの子煩悩・孫煩悩な人物であるようでして、プレゼントのおもちゃをおもちゃ屋の店舗ごと買ってあげたという逸話もあります。今回出獄を望むのも、孫の結婚式に参列するためだという噂もありますし、彼の部分的に見え隠れする善性に期待しています」
「そうですね、事前に入っております情報によりますと、囚人番号81番は意外にもかなりの子煩悩・孫煩悩な人物であるようでして、プレゼントのおもちゃをおもちゃ屋の店舗ごと買ってあげたという逸話もあります。今回出獄を望むのも、孫の結婚式に参列するためだという噂もありますし、彼の部分的に見え隠れする善性に期待しています」
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 俺は数多くの犯罪を取りまとめてきた。俺の事業は数えきれないほどの人間を死なせただだろうし、苦しませただろうし、不幸にさせただろう。だがこの「稼ぎ」は、全て俺と俺の家族のためだった。ここにどんな違いがある? 牛や豚の命を奪って食う他の奴らと、どんな違いがあるというんだ?
 俺は数多くの犯罪を取りまとめてきた。俺の事業は数えきれないほどの人間を死なせただだろうし、苦しませただろうし、不幸にさせただろう。だがこの「稼ぎ」は、全て俺と俺の家族のためだった。ここにどんな違いがある? 牛や豚の命を奪って食う他の奴らと、どんな違いがあるというんだ?


 俺も家族も他人も猫も犬も豚も牛も鶏も、みんな生きてるし、殺されるときは苦痛を感じる。もちろん、生活のために動物の中に「殺して良い」ラインを引かなければいけないことは否定しない。しかし、なぜそれを人間の中に持ち込んではいけないんだ? 「他人がいないと生きていけない」なんて当然だ。「食料になる動物がいないと生きていけない」と全く同じように当然だ。
 俺も家族も他人も猫も犬も豚も牛も鶏も、みんな生きてるし、殺されるときは苦痛を感じるだろう。もちろん、生活のために動物の中に「殺して良い」ラインを引かなければいけないことは否定しない。しかし、なぜそれを人間の中に持ち込んではいけないんだ? 「他人がいないと生きていけない」なんて当然だ。「食料になる動物がいないと生きていけない」と全く同じように当然だ。


 結局、数の論理じゃないか。もはやかつての人種差別は完全な「悪」だし、ヴィーガニズムはまさしく「善」になろうとしている。数世紀後には「植物愛護」「細菌愛護」「ウイルス愛護」が始まるだろうな。
 結局、数の論理じゃないか。もはやかつての人種差別は完全な「悪」だし、ヴィーガニズムはまさしく「善」になろうとしている。数世紀後には「植物愛護」「細菌愛護」「ウイルス愛護」が始まるだろうな。


 俺は原始時代に産まれていたならば極めて常識的な人物であっただろう。時代によって「善」が変わるなら、現在の「善」の正当性はどこにあるんだ?
 俺は原始時代に産まれていたならば極めて常識的な人物であっただろう。時代によって「善」が変わるなら、現在の「善」の正当性はどこにある?


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「『ゴッドファーザー』囚人番号81番が脱落。これで残ったのは『大量毒殺異人』囚人番号632番、『最悪サイコパス』囚人番号357番の二人です。と、そうこうしているうちに三駅目、ロールプレイの終着駅ですが……」
「『ゴッドファーザー』囚人番号81番が脱落。これで残ったのは『毒カルト信者』囚人番号632番、『最悪サイコパス』囚人番号357番の二人です。と、そうこうしているうちに三駅目、ロールプレイの終着駅ですが……」


「いや、まだロールプレイは終わっていないようですよ、若松アナ。あれを見てください」
「いや、まだロールプレイは終わっていないようですよ、若松アナ。あれを見てください」
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「おおっとここで、決着がついたようですAグループ! 勝者は……『最悪サイコパス』囚人番号357番となりました!」
「おおっとここで、決着がついたようですAグループ! 勝者は……『最悪サイコパス』囚人番号357番となりました!」


「『大量毒殺異人』囚人番号632番は惜しくもここで敗退となりましたね」
「『毒カルト信者』囚人番号632番は惜しくもここで敗退となりましたね」


「では、熱い戦いを見せてくれましたステージ1、Aグループ、以上で終了です。お疲れ様でした」
「では、熱い戦いを見せてくれましたステージ1、Aグループ、以上で終了になります。お疲れ様でした」


「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
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 アーギリ教を信じることが「善」じゃないって言いたいのかしら!
 たぶん、アーギリ教徒とあいつらでは、生と死の考え方が真逆なんでしょうね。私にはあいつらの考えがちっとも理解できないけど。だって普通に考えたら分かるでしょ、死んだら完全な安らぎがもたらされるのに比べて、一度産まれてしまったら死ぬまで――痛みや苦しみによって死ぬその時まで――生きていなければならないのよ!?
 友達にももう苦しい思いをしてほしくなかったから、こっそり毒キノコを食事に混ぜたの。私は糾弾されたわ。「彼らはそんなこと望まなかった!」って。でもその論理に基づくなら、自殺志願者を止めることも同じくらい駄目なんじゃないの? 彼らの自己決定権は、どうして尊重されないの? 「自殺は他の人の迷惑にもなるし、何より取り返しがつかない」なんてのもまた、あいつら固有の宗教的な考えに過ぎないじゃない。
 自殺を止めるっていうのは……あいつらの常識で言えば、ちょうど「妊婦を殴る」くらいかしら。「自殺は迷惑」っていうのは、「出産は迷惑」に置き換えられるのでしょうね。言ってて全然「ひどさ」がピンとこないけど。「取り返しがつかない」っていうのも、そりゃあそれが目的ですからね、としか言いようがない。全然理解できないわ。
 ……もしかしたらあいつらは私を、あるいはアーギリ教を、狂気の沙汰だと思ってるのかもしれない。ただ、私の故郷では全く逆。狂人はあいつらよ。結局「善」なんて、その辺で一番支持者が多いっていう特徴があるだけのただの一価値観に過ぎないじゃない。私はあまりにも違う文化圏で育ったから分からないけれど、もしかしたらこの国にも、私とはまた別の理由で「自殺を止めるのはおかしい」って思ってる人がいるかもしれない。
 周りの人によって「善」が変わるなら、あいつらが尊ぶ「善」の正当性はどこにあるのかしら? やっぱりあいつら、全然理解できないわ。
 そういえば、逮捕されるときの私の「無抵抗です」のハンドサインも、何やら侮辱と捉えられたみたいだし。常識がまるっきり違う人を相手にしたら、価値観なんて脆いものね。


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「いやあ、今回も凄まじい熱戦でした。さて、それでは十分後にBグループ」
「いやあ、今回も凄まじい熱戦でした。さて、それでは十分後にBグループ」
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