「利用者:Notorious/サンドボックス/ピカチュウプロジェクト」の版間の差分

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<br>  ''15:49 きっしー『今日の国語で鼠が黙ってたの、なんだったん?』''
<br>  ''15:49 きっしー『今日の国語で鼠が黙ってたの、なんだったん?』''
<br> 初めは、魔が差したのだ。今年の夏、日曜日に授業参観があって、次の月曜日が振替休日になったことがあった。お母さんもお父さんも仕事に行ったのに、自分だけがお休みなのをちょっと奇妙に思ったとき、思いついた。私はSNSで「今日休み」と検索したのだ。大量に溢れる、今日が休みの人たちの投稿。月曜日に仕事が休みな人って結構いるんだなあと思って、「今日学校休み」に切り替えた。それでもまだまだ多かったけれど、やがて一つのアカウントが目に止まった。
<br> 初めは、魔が差したのだ。今年の夏、日曜日に授業参観があって、次の月曜日が振替休日になったことがあった。お母さんもお父さんも仕事に行ったのに、自分だけがお休みなのをちょっと奇妙に思ったとき、思いついた。私はSNSで「今日休み」と検索したのだ。大量に溢れる、今日が休みの人たちの投稿。月曜日に仕事が休みな人って結構いるんだなあと思って、「今日学校休み」に切り替えた。それでもまだまだ多かったけれど、やがて一つのアカウントが目に止まった。
<br> 「きのう行ったとはいえ今日学校休みなの特別感あるな〜」と投稿していた「檸檬」というユーザー名のその人は、日常のささいな雑感をよく投稿しているようだった。この人の過去の投稿を遡ると、近くの森林公園に遠足に行ったこと、体育祭のリレーでアンカーがバトンを落として三位になったこと、英語の先生が唐突にロボットダンスを披露し始めたこと……さまざまなことが、日付も含めて私のクラスと合致していた。檸檬さんが誰かまではわからなかったけど、間違いなく、私と同じ三年三組のなかの誰かだった。
<br> 「きのう行ったとはいえ今日学校休みなの特別感あるな〜」と投稿していた「檸檬」というユーザー名のその人は、日常のささいな雑感をよく投稿しているようだった。この人の過去の投稿を遡ると、近くの森林公園に遠足に行ったこと、体育祭のリレーでアンカーがバトンを落として三位になったこと、英語の先生が唐突にロボットダンスを披露し始めたこと……さまざまなことが、日付も含めて私のクラスと合致していた。檸檬さんの正体は今でもわからないけど、間違いなく、私と同じ三年三組のなかの誰かだった。
<br> 檸檬さんの投稿に反応したりフォローし合ったりしているアカウントも、きっと檸檬さんの知り合いだ。同級生の間で十人くらいの小さなコミュニティができているようで、芋づる式に同級生らしきアカウントを見つけられた。当然みんなは実名を書いたりはしていないけれど、同級生とわかれば投稿やユーザー名から見えてくるものがあるものだ。コミュニティの何人かは、私でも誰なのか見当がついた。
<br> 檸檬さんの投稿に反応したりフォローし合ったりしているアカウントも、きっと檸檬さんの知り合いだ。同級生の間で十人くらいの小さなコミュニティができているようで、芋づる式に同級生らしきアカウントを見つけられた。当然みんなは実名を書いたりはしていないけれど、同級生とわかれば投稿やユーザー名から見えてくるものがあるものだ。コミュニティの何人かは、私でも誰なのか見当がついた。
<br> そうして私は、名を名乗って彼らをフォローしたのではない。私は、そのまま彼らの投稿を見るだけにとどめた。向こうは知らないけれど、一方的に私はみんなの投稿が見られる。一種の覗き見だ。彼らが日常の事件に反応したり、誰かの噂を書いたりするのを、私は定期的に見続けては楽しんでいた。趣味が悪いことはわかっている。けれど、この行為がもたらす一種の優越感と背徳感が、私の心を離さなかった。
<br> そうして私は、名を名乗って彼らをフォローしたのではない。私は、そのまま彼らの投稿を見るだけにとどめた。向こうは知らないけれど、一方的に私はみんなの投稿が見られる。一種の覗き見だ。彼らが日常の事件に反応したり、誰かの噂を書いたりするのを、私は定期的に見続けては楽しんでいた。趣味が悪いことはわかっている。けれど、この行為がもたらす一種の優越感と背徳感が、私の心を離さなかった。
<br> 甘かった。悪趣味な覗き見をしていた報いを受けたのだ。
<br> 甘かった。悪趣味な覗き見をしていた報いを受けたのだ。
<br> きっしーは、たぶん岸田くんのアカウント。彼の投稿に、何人も同調するコメントを残していた。
<br> きっしーは、たぶん岸田くんのアカウント。彼の投稿に、何人も同調するコメントを残していた。
<br>  ''15:53 ラムネマン『それな』''
<br>  ''15:53 クリリン『それな』''
<br>  ''16:02 墾田永年私財法『あれで二分くらい無駄にしたよね 迷惑』''
<br>  ''16:02 墾田永年私財法『あれで二分くらい無駄にしたよね 迷惑』''
<br>  ''16:04 檸檬『構ってほしいんでしょw』''
<br>  ''16:04 檸檬『構ってほしいんでしょw』''
<br> 目が離れてくれなかった。画面をなぞる指が止まってくれなかった。やがて右手が震えて、文面を見ることができなくなってようやく、スマホを置くことができた。動悸が激しくなっていた。
<br> 目が離れてくれなかった。画面をなぞる指が止まってくれなかった。やがて右手が震えて、文面を見ることができなくなってようやく、スマホを置くことができた。動悸が激しくなっていた。
<br> 「鼠」という呼び名は、きっと私のあだ名「ミッキー」からの連想だろう。何より、今日の国語で黙ってしまった人なんて私しかいない。彼らは、私のことを陰で話している。
<br> 「鼠」という呼び名は、きっと私のあだ名「ミッキー」からの連想だろう。何より、今日の国語で黙ってしまった人なんて私しかいない。彼らは、私への不満を陰で話している。
<br> ごはんよーと呼ぶ母親の声が間抜けに響いた。
<br> ごはんよーと呼ぶ母親の声が寒々と響いた。


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 怖かった。きのうあの投稿を見てから、学校に行くのが怖くて仕方なかった。投稿したら机に落書きがされてるんじゃないか、みんなが私を無視するようになってるんじゃないか、そんな自意識過剰な妄想ばかり膨らんだ。でも、行かなかったら二度と学校に行けなくなる気がしたし、親になんと言い訳すればいいかもわからなかったから、登校するしかなかった。
 怖かった。きのうあの投稿を見てから、学校に行くのが怖くて仕方なかった。投稿したら机に落書きがされてるんじゃないか、みんなが私を無視するようになってるんじゃないか、そんな自意識過剰な悪い妄想ばかり膨らんだ。でも、行かなかったら二度と学校に行けなくなる気がしたし、親になんと言い訳すればいいかもわからなかったから、登校するしかなかった。
<br> 幸い、机はいつも通りだしあからさまに冷笑されるようなことはなかった。
<br> 誰にも声をかけられることなく教室に入ると、幸い机はいつも通りだしあからさまに冷笑されるようなこともなかった。けれど、それが逆に応えた。いつもと変わらずおしゃべりしている男子たちだけど、おどけて動き回っている栗原くんも、口元に手を当てて静かに笑っている岸田くんも、裏では私に文句を言っていたのだ。男子だけじゃなく、大村さんと枚方さんらしきアカウントもいた。誰かわからない人も何人かいる。
<br> 教室ではそんな素振りはちらとも見せていないのに、このクラスの五人に一人は私の陰口を叩いているわけだ。もっと多いかもしれない。
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