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(下書き) |
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<br>「そうだ。普通のトリックってのは、'''犯人が被害者やら探偵やらに仕掛けるもの'''だろう? ほら、例えば」 | <br>「そうだ。普通のトリックってのは、'''犯人が被害者やら探偵やらに仕掛けるもの'''だろう? ほら、例えば」 | ||
<br> そこで椅子が軋む音が微かに聞こえた。兄さんは立ち上がったみたいだった。俺はベッドに座ったまま黙って話を聞いていた。 | <br> そこで椅子が軋む音が微かに聞こえた。兄さんは立ち上がったみたいだった。俺はベッドに座ったまま黙って話を聞いていた。 | ||
<br> | <br>「頭で想像しながら聞くんだぞ。ここには俺の部屋のドアがある。部屋の中に死体が転がってると思え。そして俺はこの部屋を密室にしようとする。そこで、俺は長い長い、部屋のドアから向かいの壁くらいの長さの氷の棒を持ってくる。あくまで例だから、『どこから?』とかは考えなくていいぞ」 | ||
<br> まさにそう質問しようとしていた俺は慌てて口を噤んだ。兄さんはエアーで簡易トリックを実演し始めたようだ。 | <br> まさにそう質問しようとしていた俺は慌てて口を噤んだ。兄さんはエアーで簡易トリックを実演し始めたようだ。 | ||
<br> | <br>「まずドアを左手で人が通れるくらいに開けておく。そうしながら氷の棒の端をドアの向かいの壁につける。すると、もう片方の端はドアにつっかえる。まあドアに氷の棒を立てかけてるイメージだ。とりあえずこのギターを氷の棒と思って立てかけよう。そうしたら…、よっと、部屋の外へ出ると同時に氷の棒を放す!」 | ||
<br> ゴトッとギターが倒れる音がした。 | <br> ゴトッとギターが倒れる音がした。 | ||
<br> | <br>「こうすると、氷がつっかえ棒となって、ドアは開かなくなる。密室ができるわけだ。あとは鍵が掛かっているように見せかけて、氷が溶けるのを待ってドアを破り突入した瞬間鍵を閉めれば、密室の完成というわけだ! まあ床が濡れているのをどうにかして誤魔化さないといけないんだけどな」 | ||
<br> | <br> 正直後半はよく理解できなかったが、兄さんが見事に密室を作り上げたのがすごいと感嘆したよ。今思えば子供騙しの穴だらけなトリックだけどね。 | ||
<br>「どうだケン、兄さんが何したかはわかったか?」 | <br>「どうだケン、兄さんが何したかはわかったか?」 | ||
<br>「うん!」 | <br>「うん!」 | ||
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<br>「ならどんなトリックなの?」 | <br>「ならどんなトリックなの?」 | ||
<br>「さっきも言ったが、作者が読者に仕掛けるトリックだ。具体例を挙げるなら、こんな感じだ。 | <br>「さっきも言ったが、作者が読者に仕掛けるトリックだ。具体例を挙げるなら、こんな感じだ。 | ||
<br> | <br> 『太郎さんが殺されました。犯行が可能だったのは、太郎の弟と妹、次郎、花子のどっちかです。そして現場には口紅が落ちていました。さて、犯人は誰でしょう?』」 | ||
<br>「花子!」 | <br>「花子!」 | ||
<br> 俺はすぐに答えた。 | <br> 俺はすぐに答えた。 | ||
<br>「ブブー、残念! 実は次郎は女で、花子は男だったんです! というわけで正解は次郎でした!」 | <br>「ブブー、残念! 実は次郎は女で、花子は男だったんです! というわけで正解は次郎でした!」 | ||
<br> 俺は唖然としていた。だって、そんなことないだろ? すると兄さんは少し焦ったような声で付け足した。 | <br> 俺は唖然としていた。だって、そんなことないだろ? すると兄さんは少し焦ったような声で付け足した。 | ||
<br> | <br>「まあ、これは適当に作っただけだから。ちゃんとしたやつは、もっと丁寧に伏線が張られていて納得できるから安心しろ。こんな風に、'''作者が読者を直接騙す'''のが、叙述トリックだ」 | ||
<br> 当時の俺は分かったような分からないような感じだったが、疑問は残った。 | <br> 当時の俺は分かったような分からないような感じだったが、疑問は残った。 | ||
<br>「なんでそんなことするの?」 | <br>「なんでそんなことするの?」 | ||
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<br>「タケ君は溜め息ばかり吐いてるねえ」 | <br>「タケ君は溜め息ばかり吐いてるねえ」 | ||
<br>「そんなんだと幸運も逃げていくぜ」 | <br>「そんなんだと幸運も逃げていくぜ」 | ||
<br> そう言って三津田さんは銀縁眼鏡を拭き、京極さんは赤ら顔でカラカラと笑った。 | <br> そう言って三津田さんは銀縁眼鏡を拭き、京極さんは赤ら顔でカラカラと笑った。 | ||
「そうだぞ。みっちゃん、ゴクさん、もっと言ってやれ!」 | |||
<br> 3人のおじさんは揃って僕を子供扱いする。まあ30代の小島さんはともかく、京極さんと三津田さんは還暦が近い。年の差を考えれば当然なのかもしれない。でも、気分のいいことではないからやめてくれと言ってるんだが、本人たちは改善する気がないらしい。僕はまた溜め息を吐こうとして、慌てて口を閉じた。 | <br> 3人のおじさんは揃って僕を子供扱いする。まあ30代の小島さんはともかく、京極さんと三津田さんは還暦が近い。年の差を考えれば当然なのかもしれない。でも、気分のいいことではないからやめてくれと言ってるんだが、本人たちは改善する気がないらしい。僕はまた溜め息を吐こうとして、慌てて口を閉じた。 | ||
それから身支度をして朝飯を食って、仕事だ。僕たち4人は同じ工場で働いている。仕事は楽だし働く時間も短いが、僕は根っからの労働嫌いだ。できるなら働きたくないが、それができたら苦労しない。 | |||
<br> 午前10時、僕たちは作られた商品をひたすら箱に詰める作業をしていた。まったく、暇で暇でしょうがない。そこで僕は、小島さんに話の続きをするよう催促した。叙述トリックの説明はあらかた終わったと思うんだけど、続きとは何だろう? 京極さんと三津田さんも、目を輝かせて小島さんを見つめている。この人たちホントに50代か? 目の輝きは小学生だぞ? | <br> 午前10時、僕たちは作られた商品をひたすら箱に詰める作業をしていた。まったく、暇で暇でしょうがない。そこで僕は、小島さんに話の続きをするよう催促した。叙述トリックの説明はあらかた終わったと思うんだけど、続きとは何だろう? 京極さんと三津田さんも、目を輝かせて小島さんを見つめている。この人たちホントに50代か? 目の輝きは小学生だぞ? | ||
<br> 小島さんは「しゃあねえなあ」と言いつつも、どこか楽しげに続きを話し始めた。 | <br> 小島さんは「しゃあねえなあ」と言いつつも、どこか楽しげに続きを話し始めた。 |
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