Sisters:WikiWikiオンラインノベル/遅刻間違いなしの状況から打てる起死回生の一手
「もしもし」
『なあ、突然だが、遅刻間違いなしの状況から打てる起死回生の一手を知らないか?』
「知らない」
『もうちょっと丁寧に記憶を探ってくれよ』
「どんなに丹念に記憶を探しても見つからねえよ。なんだ、遅刻しそうなのか?」
『リンゴから手を離したら地面に向かって落ちていくくらいの確率で遅刻する』
「奇跡的にロケットエンジン搭載のリンゴであることを祈るんだな」
『だから、今お前に電話してるんだよ。リンゴにロケットエンジンをつける方法を知らないかと思って』
「知らない」
『まあ事情だけでも聞いてくれよ。俺は昼から彼女とデートの約束をしていたんだ』
「もう昼になるぞ」
『だから困ってるんだよ。集合場所は隣町の駅前』
「現在地は?」
『病院前駅のそばの公園。こっちの駅から隣町の駅までは電車で二十分くらいかかる。そして待ち合わせの時間は十分後』
「……なるほど」
『な? 遅刻するだろ? わかったか?』
「なんでちょっと偉そうなんだよ」
『なあ、何かいい手はないかな?』
「いい手も何も、できるだけ早く行って謝るしかないだろ」
『彼女は時間に厳しいんだよ。遅れたら絶対こっぴどく怒られる』
「なおさら早く行くべきじゃないか。こんな電話してないで」
『急がば回れ、遅刻しないためのあらゆる手段をじっくり検討するべきだろ』
「そんな手段は一つも存在しないよ」
『あと怒られるのをできるだけ先延ばしにしたい』
「それが本音じゃねえか。火に油を注いでるだけだぞ」
『怒られたくない……』
「情けなさすぎる。ところで、遅れることは彼女に伝えたのか? 電話とかラインとかで」
『いや、してない』
「おい俺と話してる場合じゃないだろ」
『スマホの充電が切れたんだよ』
「何してんだよ」
『昨日夜遅くまで国技館がいつの間にかオペラハウスに変わってるアハ体験映像を作ってたから……』
「マジで何してんだよ……。ん? じゃあこの電話はどうやってかけてるんだ?」
『公園の公衆電話で』
「そんな古代の遺物を使ってるやつがまだいるとは」
『現代人はスマホに頼りすぎて生きる力を失ってる。嘆かわしいぜ』
「とても遅刻しそうな奴のセリフとは思えないな」
『ちなみにテレホンカードだから小銭を放り込み続ける必要がないぞ』
「そんな古代の遺物を使ってるやつがまだいるとは。いやそんなことはどうでもよくて、公衆電話から彼女に電話したらいいじゃないか」
『彼女の電話番号覚えてない。ライン電話しか使ってなかったから』
「スマホに頼りすぎて生きる力を失った嘆かわしい現代人じゃねえか」
『でもお前の番号だけは覚えてたんだよ。なぜなら語呂合わせが野菜まみれだから。オクラ、白菜、シシトウ。八百屋の電話番号みたい』
「言ってる場合じゃないだろ。そもそも何でこんなことになったんだよ」
『出先からそのまま待ち合わせに行く予定だったんだけど、思ったより用事が早く済んだからこの公園で時間を潰すことにしたんだよ。そしたら、大時計のところにピエロがいて、大道芸を始めたんだ。それにしばらく夢中になってて、気づいたら約束の十分前だった』
「楽しみすぎだ。幼稚園児か」
『だってめっちゃすごかったんだもん。水晶玉を微動だにさせずに動かすんだぜ?』
「動いてるのか動いてないのかどっちだよ」
『五つのボウリングの玉でジャグリングもするし、風船で犬も作るし』
「風船の犬に関しては大抵のピエロが作るだろ。……うん? ボウリングの玉? ピンだろ」
『いや、玉。重さをポンドで数えるやつ』
「にわかに恐ろしくなってきたな。どんな腕力だよ」
『まあ事情はわかっただろ?』
「スマホ以外の連絡手段はないのか? 例えばスマートウォッチとか」
『腕時計すら持ってない』
「どうして」
『時間はスマホでわかるし』
「スマホに頼りすぎて生きる力を失った嘆かわしい現代人め」
『他に案はないの?』
「矢文を飛ばすとか」
『何時代だよ』
「伝書鳩を飛ばすとか」
『だから何時代だよ。連絡は諦めるから、待ち合わせにどうにか間に合わせる方法はないかな?』
「走れば?」
『生身の人間が鉄道より速く走れるかよ。アベベも裸足で逃げ出すわ』
「アベベは元から裸足だよ。じゃあ、タクシーを拾うってのはどうだ」
『電車より遅いし、それにあんまりお金持ってない』
「デートだろ。所持金が少ないってのはどういうことだ」
『電子決済が主だから現金をそんなに持ってないんだよ』
「スマホに頼りすぎて生きる力を失った嘆かわしい現代人め」
『それより他の方法は?』
「飛行機」
『保安検査場を二十分前に通過しないといけない。アウト』
「二十二世紀まで待てばどこでもドアが発明されるんじゃないかな」
『俺の彼女が二十二世紀まで待ってくれると思うか?』
「彼女を亜光速宇宙船に乗せて彼女側の時間の歩みを遅くする」
『そんなものがあったら俺が乗って亜光速で駅に向かってます。真面目に考えてくれよ』
「お前こそ真面目に謝りに行けよ」
『あーあ、お前と話してる間に十分経っちまった』
「ほら言わんこっちゃない」
『もう約束の十二時だ。このままじゃ忠犬ハチ公みたいに俺の彼女の銅像が駅前に作られちゃう』
「いつまで待たせる気だよ。早く行けよ。……うん? 今なんて言った?」
『ハチ公みたいに銅像が作られちゃう』
「その前」
『お前の携帯の番号は八百屋みたい』
「前すぎだ馬鹿。約束の時刻は何時だって言った?」
『十二時』
「今は十一時五十分だぞ」
『……え? いや、時計は十二時だけど』
「お前はスマホも電池切れだし腕時計も持ってない。お前が見てる時計は公園の大時計だな?」
『うん』
「それ、ずれてるな」
『は?』
「携帯もテレビも電波時計も、俺の家の時計は全て十一時五十分だ」
『つまり、公園の大時計は十分早いと?』
「そうなるな」
『つまり、俺がお前に電話した時点では、約束の二十分前だったと?』
「そうなるな」
『つまり、そのとき急いで出発していれば間に合っていたと?』
「……そうなるな」
『…………得た教訓が一つある』
「急がば急げ、か?」
『スマホに頼りすぎるな、だ。……なあ、突然だが、遅刻間違いなしの状況から打てる起死回生の一手を知らないか?』
「二周目はごめんだぜ」