Sisters:WikiWikiオンラインノベル/雨に濡れる
春は過ぎた。生活の新鮮味が薄れ、汗ばむような日も増え、そして蝶は校舎裏の藪から姿を消した。それでも僕と彼女は校舎裏で会っていた。
放課後のくすんだ光が藪を照らしている。春にはいくつかの白く小さな花があったけど、今はもう見えなくて、代わりに細長い葉が元気を得て真っ直ぐ上に背を伸ばしている。僕らはコンクリートの校舎に背を預け、僕が家から持ってきた薄黄色のレジャーシートを地面に敷いて座っている。シートは小さいから、靴を履いたままの足はシートの外の地面にはみ出させていた。右後ろの彼方で陽が沈みかけていて、校舎の影が僕らの足先を掠めて斜めに駆けている。
僕はおもむろに立ち上がって、彼女と向かい合うように膝をつく。体育座りをした彼女は、立ち向かうように僕の目を見据えるけれど、やがて観念したように一度まばたきをすると、そっと顎を上向けて、唇を薄く開いた。
その従順さに、僕の心はきまって波立つ。彼女という人間のすべてを掌中に収めたかのような全能感と、彼女をそっと抱き締めて、そのほっそりと伸びた首を手折ってしまいたいような歪んだ愛しさが、抑え難く僕の奥底から湧き上がってきて、僕はそれを怖れて右手に持ったビスケットを彼女の口に挿し込む。
彼女のつややかな唇が閉じて、控えめな前歯がさくりとビスケットを齧り取る。もう少しビスケットを押し込むと、もう一口齧り取られる。僕は彼女が咀嚼するより少しだけ速くビスケットを彼女の口内に送る。それに押されて、彼女の首はだんだん上を向く。そしてほとんど真上を向いた頃、僕の右手の親指が彼女の唇に触れて、ビスケットがすべて口の中に収まる。僕の右手は彼女の頬に添えられたままだから、彼女は上を向いたまま、少し苦しそうに小さな顎を動かす。そして、ビスケットが唾液と混ざったペーストになった頃、彼女はその瑞々しい茎のような首を波打たせて、それを嚥下した。そうして、彼女はわずかに潤んだ目で僕を見上げ、二分の抵抗と八分の受容を感じさせる仕草で、そっと目を閉じる。
僕は彼女の頭の後ろに左手を当てる。不用意な身じろぎをすればこの世界が脆くも壊れてしまいそうで、僕は慎重に顔を近づけ、蝶が花にとまるように唇を合わせた。彼女の唇の柔さが、自分の唇に感じられ、思わず体が震える。目を閉じると、彼女の唇のあまりに密な感触と、左手に触れる彼女の髪のなめらかさと、右手から伝わる彼女の肩の持つ熱しか、この世界に存在しなくなる。彼女の唇をそっと舌で撫でると、小さな反発の感触とともにビスケットの粉が口に入り、それを僕は呑み込む。今度はもう少し強く、彼女の唇の間に舌を押し当てる。彼女の口の番人は、最後に一度おののくと、その内側に広がる空間を僕に明け渡した。僕はさらに深く彼女の中に押し入る。彼女の頭が仰け反り、彼女が震える息を吸うのを感じる。その堂々と屹立する白い歯を、侵入者に怯えて逃げ回る熱い舌を、弾力ある頬の内の粘膜を、残らず絡め取って蹂躙し、彼女の口の中にあるビスケットの残骸を奪い取る。彼女の不安定な吐息が聞こえる。彼女の肩の震えが一層激しくなったとき、僕は唇を離して、彼女の口にあったビスケットの残り屑を吞み下した。二人の唇の間に架かっていた唾液の細い糸が切れ、片方の端が彼女の下唇から垂れると、彼女はぼんやりと目を開け、顔を上向けたまま、中空に向けてか細い声を「はあぁ」と洩らした。全てを奪われ、そしてそれを受け入れたような表情で、頭を僕の左手に凭せかけている彼女の姿に、心臓が膨れ上がるような感覚を覚える。左手に乗った丸っこい頭の重量を感じながら、無性に何か、抱き竦めたいような、砕いてしまいたいような、そんな衝動が僕の心の裏から現れて、僕はその考えの怖ろしさにそっと手を離す。
風のない校舎裏の藪は、僕らに無関心なまま突っ立っている。日の当たらない校舎の壁が、火照った腕に快い。まもなく彼女は口をぐいと拭って、赤くなった耳たぶを隠すように僕に背を向け、自分の鞄を探る。僕はテストを返却される小学生のように、不安と期待が入り混じった昂揚を感じる。鞄から出てきた彼女の手には個包装のチョコレートが握られていた。先週まではクッキーだったから、新たな挑戦だ。彼女の色白な指がぱちりと袋を破り、中からドミノくらいの大きさのチョコレートを恭しく取り出す。それを上下から摘まんでいる人差し指と親指の氷細工のようなすらりとした居住まいに、僕の目は奪われる。そして彼女はチョコを持った右手を僕に向けて突き出す。僕はいつも躊躇しておそるおそる彼女を窺う。彼女の方もわかってるでしょと言いたげに僕を睨んで言う。
「口、開けなさい」
そうして僕は観念して唇を開き、すぐにチョコレートが突っ込まれ、慌ててそれを齧り取る。ぱきりと小気味いい音がして、カカオのどろりとした苦みが舌に乗る。僕はチョコを咀嚼し、呑み込む。間髪を入れずチョコがもう一歩挿し込まれ、僕はまた前歯でそれを齧り取る。それを何度か繰り返して、ついにチョコは小さな一欠片となった。彼女は人差し指でそれをひょいと僕の口に放り込む。彼女の指先が僕の唇に軽く触れて、もう慣れた苦味が口の中に広がる。僕が最後のチョコレートを噛み砕いて呑み込むと、膝を立てた彼女は僕を見下ろすようにして、両手で僕の顔をがしりと挟んだ。僕は怯えにも似た衝動に従って、反射的に目をつむる。
僕の唇に彼女の唇が押し当てられる。その柔らかさと熱をこれ以上なく直に感じる。彼女の唇は巧みに動いて僕の唇を開かせて、すぐさまその隙間に彼女の舌が入ってくる。彼女のあたたかな舌は僕の唇を舐め取ると、僕の防御をあっさりと突破して口内に入った。彼女の舌が僕の舌に触れた瞬間、僕は強烈な甘さを感じる。チョコレートの苦みに満ちた僕の口に比べて、彼女は甘くて、あたたくて、そうして僕の中のチョコレートの残滓を探すのだけれど。
押しつけられた彼女の唇の柔さに、呼吸をすることも忘れながら、これは大変だと僕は思う。チョコレートは僕の口の中で融けているから、唾液と一体となって口内に広がっていて、その全てを彼女は獰猛に奪いに来る。彼女のあたたかな両手に挟まれて顔を動かせないから、されるがままになるしかない。彼女の甘く柔く熱っぽい唇と舌が蠢いて、僕の唇を貪り、歯をなぞって、舌を絡め取り、頬を舐め回し、唾液を吸い取って、僕の口の中のチョコレートを残らず奪ってゆく。気の遠くなるほど長く感じた時間のあと、二つの濡れた唇が離れる煽情的な音がして、彼女の顔が離れる気配がした。顔に添えられていた彼女の手が離されると、力の抜けていた僕の上半身はへたりと崩れ落ちそうになって、慌てて地面に手をつく。荒い息を隠せないままやっとのことで目を開けると、彼女は形のよい顎をわずかに上向かせて僕を見下ろしていて、この上なく旨い料理を前にしたときのようなぞくぞくするような感嘆と衝動をその眼に宿らせながら、彼女はちろりと唇を舐めて、僕は顔が上気していくのを感じながら、急いで口を拭った。
そのあと、僕らはいつも我に返ったように姿勢を正して、どうしてこんなことをしてしまったんだろうと後悔に似た気まずさを感じながら、小さなレジャーシートの上で隙間を空けて肩を並べる。身を縮こまらせて膝を抱え、沈黙を埋め合わせるように藪を眺める。
少し前までは、この校舎裏の藪の上では色とりどりの蝶が競い合うように舞い踊っていた。でも、彼女は蝶を食べることを、結局一度しか承諾しなかった。やはり命を奪うことには抵抗があったらしい。代わりに彼女が始めたのが、蝶の代用品としてお菓子を使うことだった。僕らは示し合わせたように、蝶のように小ぶりで薄いお菓子を相手に食べさせてその姿を見つめ、お菓子にはない蝶の鮮やかさや華麗さ、命を噛み締める背徳感などを埋め合わせるために口づけをした。最初は蝶の代用品なんてすぐ飽きてしまうのではないかと生意気な危惧を抱いていたけど、今なら愚かな杞憂だったとわかる。彼女に慣れるには、僕はうぶすぎる。
藪を照らす光がわずかに金色を帯びてくると、僕らはいつもぽつりぽつりと話をした。時には学校行事のことを、時には休日の過ごし方を。僕の方から尋ねることも、彼女の方から質問してくることもあった。他愛のない話ばかりだけど、それらを通じて彼女のことを少しずつ知っていけることが嬉しくて、僕はこの時間も好きだった。
僕は隣の彼女に聞いてみる。
「吹奏楽部は週末も練習があるの?」
火曜日を除いた平日は、吹奏楽部の活動があることは知っていた。だから彼女が校舎裏に来るのは火曜日だけで、週に一度ここで会ってはこんなことをしている。
彼女はスカートごと自分の太腿を抱えながら、ぶっきらぼうに言った。
「日曜は休みよ」
吹部は意外とハードな部活だというのも、彼女と話すようになって知ったことだ。彼女はぽつりと付け加える。
「大会も近いのにね」
そして彼女はそれ以上にストイックだ。
「熱心だね」
怠け者の僕は恐れ入るしかない。軽い気持ちで尋ねてみる。
「どうしてそんなに打ち込めるの?」
そして左の彼女に視線を向けて、僕はどきりとした。彼女は自分の履いているローファーに視線を落として、諦めたような優しい口調で呟いた。
「そうよね」
その目に僕は動転する。僕は単に理由を聞きたかっただけだけれど、彼女の耳には責めているように聞こえたのかもしれない。
けれど、僕が弁解する前に、彼女は僕に顔を向け、打って変わって明るい声で僕に言う。
「ねえ、映画の話をしてよ。先週もテレビで何かやったんでしょ?」
僕は心残りを感じながらも、前の土曜に放送された古い西部劇の話を始める。ストーリーと俳優、バックで流れる音楽、印象に残った白黒の画。彼女はしばしば相槌を打って、愉快そうに聞いていた。けれども僕は彼女の振る舞いに、どこか達観したような、無関係な他人の幸福を羨むような姿勢を感じ取る。
「どうして映画が好きなの?」
彼女が何気なく尋ねた。僕は少し考え込んで、散らかった引き出しを整理するように言葉をまとめる。
「普段、何かの拍子に、前に観た映画のワンシーンを思い出すことがあるんだよね。祭りの夜に赤い提灯が軒先で揺れているのを見たとき、川の向かいで青空をバックに人が飼い犬に引っ張られて走っていたとき、夏に体育の授業が終わって運動場の蛇口で水道水を頭からかぶったとき……。その光景と似たシーンだったり、あるいは全然違う場面だったりもするんだけど、脳内のプロジェクターでぱっと投影されたみたいに、映画の一場面を思い出すの」
そのときの感覚を思い起こしながら言葉を探す。
「そうするとさ、僕らの現実も映画と同じように、劇的というか、輝いているというか……とにかくこう、世界が特別なものに感じるんだよ。それが好きなんだよね」
長く喋りすぎたなと思いながら横を見ると、彼女はぽかんと僕の顔を見ていた。
「どうしたの?」
「あんたがそんなにいきいきとした顔してるとこ、初めて見た」
どんな表情をしていたんだろうか。自分の頬をぺたぺたと触ってみる。何だか気恥ずかしい。
校舎の影は僕らの足のずっと先まで降りていた。肌寒い気がして、ぎゅっと膝を抱える。日が当たらなくなると、まだまだ夏は遠いなと感じる。
僕らはまたぽつりぽつりと言葉を交わしはじめる。テレビドラマじゃ駄目なの? 駄目とは言わないけど、画像のこだわりは映画が勝ると思うんだ。ふうん、どんな映画を観ることが多い? うーん、本当にばらばらだね、いろんな場面を観たいから。じゃあ好きなジャンルとかはないんだ。うん、でもハッピーエンドが好きだな、気分がよくなるから。
「わたしと逆ね」
彼女が呟いて、僕は思わず横を見る。彼女はまっすぐ前を向いていて、白のラインが入った濃紺のセーラーカラーに長い髪がふんわりと乗っている。
「バッドエンドが好きなの?」
彼女は曖昧な返事をして、金色の光を投げかけられた藪にぼんやりと視線を向けながら言った。
「エンドロールが終わったとき、ああ、わたしはこんな世界に生きてなくてよかったって思えるから」
そうして彼女は手をついて立ち上がり、鞄を取った。授業が終わってしばらく経ち、でも部活が終わるには早く、ちょうどエアポケットになっている時間だから、校舎の外に人通りはほとんどない。だけど、半ば慣習的に彼女が帰ってしばらくしてから僕がここを離れるようにしている。
じゃあね、と声をかけると、彼女はこくりと頷いて、校舎の向こうへと姿を消した。
残された僕はぼんやりと藪を眺める。日に日に勢いを増す緑が無秩序に葉を青空に向けて突き上げていて、その上では虫が何匹か翅をきらめかせている。蝶のような美しさや優雅さはないけれど、無骨な生命力には溢れている。
僕は彼女が去ったあと、いつもしばらく藪を前にぼんやり考え事をして、太陽が山の稜線に接した頃、埃を払ったレジャーシートを畳んでビニール袋の中にしまい、帰途に就く。
いつもは膝を伸ばしながら、彼女のそのきつい目で見下ろされるのも悪くないな、なんて考えるのだけれど、今日はバッドエンドが好きと語った彼女の顔がどうも気になる。知らなかった彼女の一面を垣間見ることができて、普段なら喜ぶところだけれど、彼女の諦めたような目が心をざわつかせた。
考えても事態が好転することはないような気がして、僕は立ち上がる。レジャーシートを畳んでビニール袋に入れて、校舎に立てかけておく。いちいち持参するのも面倒なので、ここに置きっぱなしだ。この校舎の外壁には、各階の天井に相当する高さにコンクリートの庇が張り出していて、それはこの校舎裏も例外ではない。これが雨よけになるから、濡れる心配もないのだ。ここしばらくは降っていないけど、もう梅雨が近いと天気予報も言っている。僕は鞄を拾い上げると校舎裏から立ち去った。校舎の角を回る直前、一度振り返ってみると、レジャーシートを入れた袋は校舎の落とす黒々とした影に包まれて、見えなくなっていた。
校舎裏はしんしんと降る雨に包まれていて、灰色の雨音が静寂よりもなお静かに藪を覆い隠す中、校舎の角を回ってすぐに立ち竦んだ彼女と目が合った。僕は座ったままぽかんと口を開けていることしかできない。意表を突かれたのは、一つには降り続く雨で足音が聞こえなかったからだけど、何よりも大きいのは、彼女がびっしょりと雨に濡れていたからだ。
「なんでいるのよ」
目元に張りついた前髪をよけもせず、絞り出すように彼女が言って、僕はようやくただならぬ事態であることに気がついた。
僕は弾かれたように立ち上がって、いたずらにおたおたと腕を動かしてしまう。
「ほら、屋根の下に入って。うん、とりあえず拭きなよ。これ、まだ使ってないから。鞄はそこに置いて。風邪ひいちゃうよ」
肩を引き寄せて庇の下に導き、ハンカチを差し出すと、彼女は幼い子供のような素直さでそれを受け取り、目の辺りから顔を拭いはじめた。続いて彼女は水を吸って一層暗い紺になったセーラー服の肩にハンカチを当てたが、一枚ではたかが知れている。タオルを持っていれば、と僕は後悔した。彼女の濡れた髪は何本か頬に張りつき、背中では伸ばした髪の先がセーラー服の襟に力なくほつれて横たわり、胸の赤いリボンはいかにも重そうに垂れ下がって、セーラー服と同じく紺を濃くしたスカートは彼女の色白な脚に纏わりついて、庇の下の乾いた地面には彼女のローファーの形に水の足跡ができていた。
昨日の夜から薄曇りが続いていたけれど、昼からついに雨が降りはじめた。まだ梅雨入りは報じられていないけれど、徐々に濃い茶色へと変わっていく運動場を教室の窓から見下ろしながら、きっとこの雨はしばらく続くだろうなと何となく思った。本格的な梅雨にはまだ早いのか、今日の雨はあまり激しくなく、小さな雨粒たちがしずしずと地上へ降り立っていたけど、それでも傘も差さずに一分も外にいれば、服はぐっしょりと水を吸ってしまうだろう。
「どうしたの、部活は?」
「なくなったの」
「傘は? 持ってないの?」
「忘れちゃった」
「だからって……」
彼女は雨が絶え間なく降ってくる空を見上げながら、無表情に言った。
「雨に濡れたい気分だったの」
そうして僕に視線を向けると、微笑を浮かべた。
「ほら、わたしって気まぐれじゃない。あんたとここで最初に会ったときも、思えばきっかけは思いつきだった……」
僕は言葉が出なかった。彼女のぐしゃぐしゃに濡れた髪と微笑みを見て、ようやく彼女が初めに言ったことを思い出す。
「邪魔だったかな。僕は帰った方がいいね」
彼女は校舎裏に誰もいないと思っていた。あれこれと世話を焼くより先に、こうするべきだった。
でも、案に相違して彼女は首を振った。
「ううん、邪魔って言いたかったわけじゃないの。驚いただけ。変な言い方しちゃってごめんなさい」
今度は僕が首を振る番だ。
「でも、本当にどうしてここに? 今日は水曜日よね、昨日会ったんだし……」
彼女はそこで言葉を切って、怯えの混じった上目遣いを僕に向ける。
「まさか、毎日いるの?」
「毎日じゃないよ」
彼女の目つきに目を奪われながら、僕は答える。
「学校がある日だけ」
彼女は呆れたように溜め息をついた。まだもの問いたげだったけど、僕が先手をとってレジャーシートに腰を下ろした。
「まあ座ろうよ。立ちっぱなしもなんだし」
レジャーシートを見下ろして、彼女は渋った。
「でも、わたしの服、濡れてるから」
「大丈夫だよ。ビニールだし。ほっとけば乾くでしょ」
彼女は眉をひそめた。
「あんた、雨が降っても洗濯物を取り込まないタイプ?」
洗濯は母に任せきりのタイプです、とは言えないから、僕は白を切る。
「これは僕のレジャーシートで、そして僕は濡れたって気にしない」
「わたしが気にするのよ」
「僕は気にしない」
「それは聞いたわ」
「僕は気にしないよ」
彼女は何か言おうと口を開いて、でも何も出てこなくて、諦めたように唇を結ぶ。そうしてシートに置いてあった僕の鞄と彼女の鞄を僕の方にぐいと押しやって、反対側の端にぽすりと腰を下ろした。拗ねた子供のように、ぎゅっと足を抱えてできるだけ小さな面積に収まろうとしている。
「あんた、いつもここに来てるの?」
「放課後、暇だったらね」
部活も習い事もしていないから、ほとんど毎日というわけだ。
「何をするの? 蝶を探すの?」
雨に打たれている藪を見る彼女の表情は、陰になっていてよく見えない。
「ううん。ただ藪を眺めるだけ。ぼうっと考え事なんかしたりして、夕方になったら帰るの」
君がいないのに、蝶を捕まえたって何にもならないよ。そう言う勇気は僕にはなかった。さらさらと雨音が響いている。
「じゃあ、さっきはどんなことを考えてたの」
彼女がぽつりと言った。
僕は悩んでしまう。彼女は問うたことすら忘れたかのように、前を向いたまま黙っている。しばしの沈黙の後、僕は迷った末に口を開いた。
「早く火曜日にならないかなって、考えてた」
同じくらいの沈黙の後、彼女は頬を自分の膝にそっと預けて言った。
「馬鹿ね」
その声は雨音に溶けてすぐに消えていったけど、不思議とこの小さな校舎裏の軒先にずっと残っているように感じられた。僕も小さく「そうだね」と返して、その言葉もコーヒーに入れた砂糖のように溶けて見えなくなる。残った沈黙を、降りしきる雨が柔らかく埋めている。
僕は彼女に気づかれないように、僕の鞄の横に無造作に寄せられた彼女の鞄にそっと手を伸ばす。乾いた合成繊維の、冷淡だけど優しい感触が指先に伝わってくる。
漠然と、このままじゃいけないと思う。僕は躊躇するけれど、でもこのままじゃいけない。たとえ蛮勇であろうと、いい結果を生むこともあると、僕は自分に言い聞かせる。それは、いま僕と彼女が並んでこの校舎裏にいる、まさにその理由じゃないかと僕は思う。
僕はあえて勢いよく立ち上がった。彼女がびくりとこちらを見るけれど、構わずに前へ手を伸ばす。
庇の上に落ちた雨水が大きな滴となって軒からリズミカルに垂れている。手の平でそれを受けてみると、冷たい雫はぱちりと弾けて、無数の小さな粒となって僕の手に広がった。ぱちり、ぱちり。耳を澄ますと、軒の各所から落ちる水滴たちがそれぞれのリズムを刻んでいるのが聞こえる。横に並んだ数多の雨垂れが形づくる、軒から下りた水滴のカーテンの、その奥へと手を伸ばす。肘の辺りに軒から垂れる大きな雫が当たり、そこより先はさらさらとした雨に包まれた。外の世界に降りしきる雨は、想像よりもあたたくて柔らかかった。
そして僕は意を決し、右足を水のカーテンの外へ出す。スニーカーがみるみるうちに雨粒を吸い込んでいく。そのまま僕はカーテンをくぐった。途端、頭に、肩に、全身に雨が優しく降り注ぐ。
「何してるの」
呆然としている彼女が言った。僕は上を向く。薄い灰色の空から、白糸のような滴が次々と落ちてきて、一つが僕の鼻に当たった。僕は思わず両腕を広げた。髪がどんどん濡れて押し下げられていき、シャツに一つずつ小さな雨の染みができていくのがわかる。僕の広げた腕ごと、雨は世界を包んでいる。いい気分だ。心からそう思った。
僕は驚いた顔をしている彼女に笑いかけて、雨音に負けないように言う。
「雨に濡れたい気分になったんだ!」
彼女は目を大きく開いて、次いで笑うように、あるいは泣き出すように、表情をくしゃりと歪めた。
「ほんと馬鹿」
そう言う間に僕の全身は雨で濡れきっていた。睫毛に水が溜まるのは少し鬱陶しいけれど、服が重くなって肌に張りつくのは冷たくて心地よかった。僕の足の下で、雨露に潤った丈の低い草がぎゅっぎゅっと音を立てる。
雨に濡れるだなんて、いつぶりだろう。小学校の高学年だったとき、強いにわか雨の中を走って下校したことを思い出した。ランドセルを頭の上に持って、はしゃいだ声を上げながら何人かの友達と競い合うように通学路を走った。水溜まりに足を突っ込んで上がった飛沫と、みんなと僕の笑い声が目を閉じれば蘇ってきそうだ。空から落ちてくる雨を自分の体で受け止める。簡単なことなのに、長いことやり方を忘れていたみたいだ。
僕は声に出して笑った。天を仰いでくるくると回ってみる。天然のシャワーは僕をひんやりと覆って、世界の他のすべてから隠した。僕は回るのをやめると、彼女の方を向いた。体育座りで呆れたように僕を見ている彼女に、僕は精一杯笑いかけた。
「雨に濡れるのも、たまにはいいね。僕、今とっても楽しいよ」
彼女は乾きはじめた前髪をよけて、曖昧に微笑んだ。
「それはよかった。でも、風邪ひかないでよ?」
「うん。ねえ、ありがとう。君がいなきゃ……今日ここに来てくれなきゃ、こんなに楽しい気分にはならなかった」
彼女の表情に戸惑いの色がわずかに浮かんだ。僕は続ける。
「でも、僕は君にも楽しんでほしい。だからさ」
僕は膝を曲げて前屈みになり、手の平を雨垂れのカーテンの向こうに差し出した。
「一緒に雨に濡れようよ」
彼女は差し向けられた手を呆気にとられて見つめていたが、信じられないという顔で僕を見た。
「あんた、本気で言ってるの?」
「もちろん」
「あのね……そもそもわたしを屋根の下に引っ張り込んだのは誰よ」
「そのときとは気が変わったんだ」
「だからって……」
僕は差し出した右手を引っ込めない。彼女は言葉を探していたけれど、僕はかぶせるように言った。
「お願い。少しだけでいいから」
彼女は微笑む僕を見て、言葉を呑み込み、視線を彷徨わせた。ここ最近、彼女と会う内に、彼女のことを少しは知った。その中の一つ、彼女は意外と押しに弱い。
僕は彼女の左腕をとった。彼女が「ちょっと」と声を上げるけど、僕は左手で彼女の左手を握る。彼女の強張った手は、僕の濡れた手よりも冷たくて、小さかった。
「さあ」
声をかけると、彼女は唇を結んで、迷うように目を閉じ、やがてそっと僕の手を握り返した。
左腕をぐっと引き寄せて、彼女を立ち上がらせる。雨に打たれながら後ろへ一歩ずつ下がると、彼女は一歩ずつ前に出る。彼女の左手が水の柔らかいカーテンをくぐり、続いて腕が、肩がこちら側にくる。彼女は意を決したように目をつむって、ぴょんと一歩を踏み出し、全身が雨の境界を越えて、僕らは雨に包まれた。
静かに落ちてくる小さな雨粒たちが、一度は乾きはじめた彼女の体に再び滲み込んでいく。彼女は目に水が入らないようにちょっと俯いて、上目遣いで僕を睨んだ。
「冷たい」
「そうだね。でも」
僕は天を仰いで雨を顔に受けた。
「いい冷たさだ」
彼女は肩を竦めて、左手で僕の左手を掴んだまま、右手を上に向けた。その手の平に小さな雫が一つまた一つと散っていく。彼女のセーラー服は肩口から水を吸っていき、いかにも重そうに彼女の華奢な体躯に凭れかかっていた。紺のスカートは明度を落としてほとんど黒のように見え、ローファーだけは滑らかな表面で水滴を弾いている。
僕のシャツとズボンも濡れて肌にくっつき、スニーカーの中の靴下は取り返しのつかないくらいびしょ濡れだ。雑草が這っている地面にできた小さな水溜まりに、僕は片足を踏み入れ、ぱしゃりと水が跳ねた。雨音に負けないよう、いつもより少しだけ大きな声を出す。
「雨の日に靴がぐしょぐしょになるのは嫌だけど、完全に濡れちゃうと逆にもっと濡れたくなるかも。吹っ切れちゃって」
頬に張りついた髪を右手でよけながら彼女は言う。
「ローファーじゃそうはいかないわよ。人工とはいえ革を濡らすのは抵抗があるわ」
「でも、もう手遅れだね」
彼女はむっと頬を膨らませ、左足で僕の足元の水溜まりを踏んづけた。跳ねた水が僕の右足にかかって、思わず声を上げて後退りしてしまう。彼女と繋いだままの左手がぴんと伸びた。
驚いて彼女を見ると、彼女は雨に打たれながらふふんと笑って首をわずかに傾けてみせた。僕も知らずに笑みがこぼれる。
「やってくれたね」
お返しだ。今度は僕が彼女の足に近い水溜まりを踏んで、彼女がきゃっと飛び退く。僕らは互いに水を跳ね上げ合って、声を上げては逃げ回った。左手を握り合っているから、二人の腕の長さ分しか離れられなくて、水をよけるためには横方向の移動が多くなる。僕らは互いの中間地点を中心に、時計と反対向きにくるくると回って、止まない雨に濡れながら水をかけ合った。
やがて、僕らは同時に同じ水溜まりに足を突っ込んで、一際大きな水飛沫が上がり、二人の靴が同じ水をかぶった。僕らはあっと言って顔を見合わせた。僕と目が合うと、彼女はふっと表情を綻ばせて、笑い声を上げた。僕もつられて笑い出す。雨が絶えず体を濡らす中、僕らは笑っていて、繋いだ左手から彼女の動きが伝わってきていた。
もう雨の冷たさは気にならなくなっていた。一しきり笑うと、僕は彼女の手を握ったまま、さっきよりゆっくりと回りはじめた。彼女も反対側へと動いて、僕らは握った左手を中心に円を描く。一歩を踏み出すたびに足元で水音が立つ。
左手を引き寄せると、彼女との距離が縮まって、回るスピードも上がる。彼女の首筋を流れる水滴を見分けられるようになったとき、左手を彼女の頭の上に持ち上げると、彼女は左足を軸にして雨の中くるりと一回転してみせた。右足の爪先を地面にとんと当てて彼女は止まり、長い髪が半拍遅れて回り終え、先から水滴が一つ飛んだ。優雅に左手を下ろした彼女は、ベテランの踊り子のようににこりと微笑んだ。
「まるでフィギュアスケートね」
「氷じゃなくて水ばかりだけど」
「きっとこっちの方が暖かいわ。ほら、あんたも回りなさい」
そう言うと彼女は左手を伸ばして僕の頭上で回すけど、僕の方が少しだけ背が高いから、左手が伸びきらないまま僕は不格好に一回転した。
「もう、全然優雅じゃないわ。もうちょっと背を低くしなさい」
そんな無茶な。
「ほら、もう一回」
彼女は背伸びをして僕の左手を持ち上げて、僕は精一杯滑らかにその場でターンした。けれどそのとき、左手をまっすぐ空に伸ばしたものだから、彼女は腕を引かれてバランスを崩し、一歩前によろめいて、僕が回り終えたとき、彼女の顔が鼻と鼻がぶつかりそうなほど近くにあった。
僕らはぴたりと黙って互いの目を見つめ合った。彼女の切れ長な目は僕の目を見上げていて、僕の目線はそれに吸い込まれて逸らすことができない。彼女の目が持つ強い引力を感じながら、僕はいつか観た映画の一場面を思い出す。ドレスと燕尾服で着飾った男女が、シャンデリアの黄金色の光に満ちたフロアで、手を握り合って顔を突き合わせているのだ。何時間にも思えるほどの長い時間、僕らは見つめ合っていて、やがて一滴の雫が僕の頬を伝って顎から落ちると、僕は彼女の手を握ったまま左手をゆっくりと下ろした。顔の横まで下ろしたら、右手で彼女の左手に触れ、彼女の白い指の間に自分の指を滑り込ませた。彼女の息がわずかに揺れる。そのまま指を絡ませ、彼女の左手をしっかりと握った。そうして僕は肘が肩と同じ高さになるくらいまで、彼女の左手ごと右手を再び上げると、左手を彼女の背に回し、そっと彼女に触れた。彼女の体が小さく震える。雨に濡れたセーラー服は彼女の背中の凹凸を僕の指先にそのまま伝えてくる。彼女は握られて掲げられた自分の左手と、背に添えられた僕の左手を見て、最後に僕の顔を見た。水と戸惑いを纏った彼女の顔に、僕は悟られないように息を呑む。
「これって……」
僕は軽く頷いて、照れくささを覆い隠そうと明るく笑ってみせた。
「踊りませんか、お嬢さん?」
彼女はわずかに目を瞠って、やがてふっと視線を落とした。
「手を握ってから言うことじゃないでしょ」
そして、僕は彼女の手が背中に触れるのを感じた。張りついたシャツは、彼女の指の繊細さを透かして伝えてくる。あたたかい雨が世界を包んでいる。
「社交ダンスなんてわかんないわよ」
「大丈夫、僕もだから」
この姿勢だってうろ覚えだ。もう、と彼女が僕を睨む。僕は映画の舞踏会のシーンを思い出す。正装の紳士と淑女がゆっくりと体を揺らしていたっけ。僕らは学校の制服の、それもずぶ濡れのやつで、髪型も崩れきって、雑草が生えた雨中のダンスフロアに立っているけれど、こっちの方が僕らには似合っている気がする。
「きっと、二人の向かい合った足を同時に動かすんだ」
「スロー・スロー・クイック・クイックだっけ?」
「何がスローで何がクイックなんだろう」
「さあ?」
僕らは顔を見合わせると、どちらからともなく笑った。そうして、僕は右足を前に出し、同時に彼女が左足を後ろに下げた。水の跳ねる小さな音は、校舎裏の雨音に埋もれて消える。今度は彼女の右足が下がり、僕の左足がそれを追う。右、左、右、左。互いの足を踏まないよう慎重に歩を運ぶと、二歩大きく踏み出してくるりと位置を入れ替えた。今度は彼女が前に出て、僕が後ろに下がる。そうしてまた一歩二歩。片手は柔らかく密に握り合って、もう片方の手は背中に回し合って、彼女の体は身じろぎすれば触れてしまいそうなくらい近くにあるけれど、決して触れない。雨粒は絶えず体に降りかかって、洗われているようだった。二人の間のわずかな隙間が壊れてしまわないに、僕らは踊った。
濡れた前髪が目元にかかって、首を振ってそれを払う。ふと気づくと、彼女は真剣な目を地面に注いで足を運んでいた。その顔つきに、目に宿る光に僕は引き寄せられて、下を見るのを忘れていたから、僕はうっかり彼女の靴を踏んでしまった。
「あっ、ごめん」
「もう」
慌てて足をどけたけど、彼女は怒った顔をして、水溜まりをぱしゃんと踏んづけた。靴と靴下はこれ以上濡れることはできないくらいびしょ濡れで、ぐしょぐしょの靴の中で足が浮いているような感じがするけど、反射的に足を引いて水飛沫をよけようとしてしまう。
すると彼女の足がついてきて、今度は反対の足がこっちに迫るから、僕は急いで足を下げて身を引く。さっきよりずっと速く、右、左、右、左。彼女に追われるようにしてステップを踏むと、そう広くない校舎裏の端まで来てしまった。
そうしたら、今度は逆向きに進みはじめる。僕の足が彼女の足を追いかけて、早歩きくらいのペースで進む。反対側の端に近づいた頃、後ろに下がっていた彼女の踵が草に引っかかって、わっという声と共に彼女の体のバランスが後ろに傾いた。
考えるより早く、僕は左手で彼女の背中を支えて、握った彼女の左手を右手で引っ張った。僕らの握り合った手が高々と掲げられ、彼女は背中を弓なりに反らせ、大きく一歩踏み出した僕は彼女の体に沿わせるように上体を前に傾けた姿勢で、僕らは静止した。
仰け反った彼女の顔はほとんど真上を向いて、それに覆いかぶさるようにして僕の顔があって、握りこぶしくらいの間を空けて僕らは目を合わせていた。彼女の黒い瞳には軽い驚きが浮かんでいて、僕の頭が上にあるから彼女の顔には雨が当たらず、濡れた頬がつややかに光っていた。
僕と彼女は向かい合ったままゆっくりと体勢を戻し、雨が再び二人の間に降りはじめた。僕らは少し呼吸を速くしてただ雨に打たれていたけれど、やがて彼女が笑みを浮かべて言った。
「今の、ダンスっぽかったわね」
彼女と同じ表情になれることを嬉しく思いながら、僕も微笑む。
「うん。とっても」
僕ら、いいペアになれるかもね。そう心の中で付け足す。雨が肌を心地よくくすぐっている。
僕らはまたゆっくりと踊りはじめた。柔らかく足を交互に踏み出して、四歩行くとまた四歩かけてターンした。反対向きになってまた足を運ぶ。僕らは雨の中、しずしずとステップを踏んだ。片手を頭の横で握り合って、もう一方の手は互いの濡れた背にそっと当てがって、体は透明な板を挟んだように近づけるけど触れ合わず、二人だけの校舎裏で揺れ、回り、舞った。
彼女の髪は雨に潰れてほつれ、何房かが額や頬に張りついていて、服は洗濯機から出したばかりかのように水を吸ってずしりと重く、目に水が入らないように頻繁にまばたきをしないといけなかったけど、彼女は楽しげな笑みを穏やかに浮かべていて、僕も似たようなものだった。細かい雨が僕と世界を打ち続け、繋いだ右手と背中に添えた左手から彼女の身体の動きが伝わってきて、それに同調して足を動かすことが、僕をとても落ち着かせた。
雨は僕らを囲う優しい檻だった。他の世界と隔絶されて、世界は僕と彼女と雨しかなかった。雨は楽団でもあり、一緒に踊る仲間でもあった。雨が藪の草に当たって奏でる、きめ細かい白砂糖の袋を傾けるような音や、地面の水溜まりに無数の雨粒が飛び込んで遠近さまざまな箇所で鳴る鈴のような音色、それらに合わせて僕らは踊った。そして、雨もまた踊っていた。藪の高く伸ばした葉の上で、地面を覆った短い草の上で、彼女の指に挟まれた僕の右手の指の上で、彼女のすっと滑らかに伸びた鼻梁の上で、ぽつりと落ちては弾けて舞った。雨雲が空に広がって、それが散らした弱くも柔らかい光に校舎裏は満ちていて、止まない雨がもたらす微かな息苦しさすら快かった。
ステップに慣れて、足元だけでなく互いの顔を見やる余裕もできてきた。時計回りにゆっくりとターンしながら、彼女は僕の顔を見て言った。
「ねえ」
僕は睫毛に溜まった水をまばたきして払い、彼女と目を合わせた。すると彼女は視線を下げ、僕の肩越しに向こうを見るような目つきをした。僕は黙って彼女の言葉を待つ。右、左、右、左。なおもステップを踏んで体を運びながら、彼女は口を開いた。
「今、わたし、いい気分だわ。どうしてかわからないけど、こうしているのが楽しいの」
彼女は僕をそっと見上げて尋ねた。
「楽しい?」
僕はゆっくりと、でも大きく頷いた。
「ずっとこうしていたいくらい」
彼女はふふっと笑って、その瞬間、僕の世界から雨が去って、彼女一人が残った。片手を合わせて、背に腕を回し合って、自然に足を動かして時々くるりと回る。彼女は悪戯っぽい上目遣いで言った。
「わたしたち、きっと趣味が似てるのね。いい友達になれそう」
友達か、と僕は薄く笑って目をつぶる。でも、十分だ。雨のほのかな温もりを感じながら、湖を揺蕩う小舟のように、僕は彼女と踊った。
そのとき、僕の左足がむぎゅっと踏まれて、僕と彼女は同時に声を上げた。慣れが仇となって二人とも足元を見ていなかったから、彼女が僕の足を踏んづけて、濡れた地面も手伝って、僕は見事にバランスを崩して後ろに倒れてしまい、繋いだ手にぐんと引っ張られて彼女もバランスを崩した。僕は背中から地面に倒れて水を跳ね上げて、続いて前のめりになった彼女がきゃっと叫んで僕の上に倒れ込んできた。
僕は水溜まりだらけの地面に横たわり、体の後ろ半分で冷たい水に浸かる感覚を感じながら、右手を顔の横に投げ出していて、その右手には彼女の左手が重ねられて地面に押さえつけられていて、彼女は右手を僕の顔の左について、両膝を地面につき、踊っているときよりなお小さな隙間を挟んで彼女は僕に覆いかぶさっていた。僕の体に彼女のセーラー服がほとんど接しそうになり、僕の文字通り目と鼻の先に彼女の顔があって、彼女が一身に雨を引き受けているから僕は一瞬雨が止んだのかと錯覚した。でも、耳が地面に近づいたからか世界に響く雨音はよりくっきりと聞こえるようになり、彼女の耳元から頬を伝って鼻先へと水滴が伝うのが見えた。
ふっと彼女が破顔して、あははと笑い出した。何が可笑しいのかわからないけれど、あんまり楽しそうに笑うものだから、僕の頬もつられて緩んでしまう。
笑いの発作の間を縫って、彼女は切れ切れに言った。
「わたしより濡れてるじゃない」
本当にそうだ。僕も耐え切れずに笑い出す。これじゃどっちが先に濡れはじめたんだかわからない。
一しきり笑うと、彼女はゆっくりと頭を下ろしていった。彼女の頭が僕の頭の横まで来ると、僕の顔に再び雨が降り出した。僕の耳元で彼女がそっと囁く。
「わたし、今、とってもいい気分。……ありがと」
お安い御用だよ。
雨が目に入ってしまうから、僕は目を閉じる。あのとき水のカーテンをくぐってよかったと、僕は心の底から思う。
校舎裏に降る雨が、柔らかく、あたたかく、僕らを包んで降っている。
彼女は僕の折り畳み傘を天に向かって開いた。それを左手に、鞄を右手に持って、そして僕は彼女の左について、僕らは雨の中へと踏み出す。
彼女が傘を忘れたと言うから、僕の小さな折り畳み傘に二人が入って、ひとまず彼女がバスに乗るまで一緒に行くことになった。最近は晴れ続きだったからこの傘を使うのは久しぶりで、心なしか傘も雨に打たれて嬉しがっているように見える。放課後になってしばらく経つけど、部活が終わるにはまだ早いようで、校舎裏から出ても人影はなかった。雨が降っているからかもしれない。
傘を差すのも馬鹿らしく思えるくらい僕らは既にずぶ濡れだったけど、鞄の中の教科書なんかが濡れると困るし、校舎裏ならともかく人目がありそうな場所で雨ざらしになるのはさすがに気がひける。
服に当たって濡れてしまわないように、鞄を体の前で窮屈そうに持って右隣を歩いている彼女に、僕は歩調を合わせながら声をかける。
「ねえ、やっぱり傘は僕が持つよ」
悪いから自分で持つと頑強に主張した彼女に押し切られ、傘は彼女が差していた。歩きながら彼女は首を振る。
「入れてもらってるんだもの。持つくらいさせて。それとも何か理由があるの?」
「僕の方が背が高いよ」
「そんなに変わらないでしょ」
彼女は背伸びして僕と目線を並べてみせる。そんな彼女の子供っぽさに僕は思わず笑ってしまう。
彼女は不満げな顔をしてみせるけど、ふと真面目な表情に戻った。
「わたしの気がおさまらないから、せめてお礼をさせてちょうだい」
いいのに、と言ったきり、僕は言うべきことを見つけられない。押しに弱いのは僕もなのかもしれない。
二人で入るには小さい傘だから、左肩や足には雨粒が当たってしまう。でももう十分すぎるほど濡れているから、特に気にならない。むしろ雨の当たらないところの方が、服の冷たさが際立って気になるくらいだった。ズボンに雨が当たる感触を感じながら、水溜まりを踏んで歩いていく。右を歩む彼女の顔をそっと窺う。初めて握る傘をぎこちなく頭上に掲げている彼女は、真剣な目つきで歩を進めていて、その涼しげな睫毛に水滴が一つ乗っているのが見えた。雨が折り畳み傘に打ちつけて、軽やかなリズムを奏でている。僕の視線に気づいて、彼女がこっちを見た。僕はなんでもないよと笑いかけて、彼女は不思議そうに微笑を返した。僕らは右に曲がって校門へと歩いていく。
校門へと向かう途中、校舎の西棟へ差しかかったとき、雨音に紛れて上の方から楽器の音色が聞こえてきた。彼女の持つ傘が震えて、雫がいくつか飛び散った。この学校にはマーチングバンド部もオーケストラ部もなくて、軽音楽部は管楽器を使わないだろうから、これを奏でているのは吹奏楽部だ。通しで練習しているのか、僕の知らない曲が窓の内側から洩れ聞こえてくる。いろんな楽器の音色を聞き分けることなんて僕にはできないけれど、アルトサックスの音がいつもより一つ少ないことは確かだろう。
僕は素知らぬ顔で歩き続けるけれど、彼女は顔を俯けて、まるで糾弾の声を聞くように演奏の音色を浴びている。その姿があまりに痛々しかったから、僕はたまらずに声をかける。
「僕は部活に入ったことないからさ、わからないけど……たまには休んだっていいんじゃない?」
できるだけいつも通りの、なんにも気にしてないよって声を出そうとしたけど、逆に作為的に響いてしまった気がする。彼女は俯いたまま、鞄を持つ手に力を込めて、傘に跳ねる雨音にかき消されそうな細い声で言った。
「ごめん」
僕は首を振る。
「謝ることないよ。それに……本音を言うとさ、君が部活を休んでくれて、嬉しいんだよね」
顔を上げて彼女が僕を見る。睫毛に乗っていた雫が一つ、ぽたりと落ちて頬を流れていくのが見えた。
「勝手だけどさ、今日、楽しかったから。君が校舎裏に来てくれて。だから、ありがとう」
彼女はまた下を向いて、黙って首を振った。
折り畳み傘が、雨の降る世界と僕らを区切っている。
僕らは肩を並べて、雨によって金属の冷ややかさを増した門を通って学校の外に出た。雨が濃い黒のアスファルトに跳ねている。歩道は二人が横に並ぶと幅を埋めてしまうけれど、幸い進行方向に歩行者の姿は見えなかった。折り畳み傘の薄い生地が雨粒にノックされる感触が絶えず彼女の左手に伝わってきていることだろう。道路側を歩く彼女は黙って足元に目を落としている。
そのとき、ざあっという音が後ろから聞こえ、一台の車が僕らの脇を追い越していった。彼女はびくりと顔を上げる。タイヤが路面の水を踏む音がみるみるうちに遠ざかっていく。車道を挟んで反対側の歩道を水色の傘を差した小学生が歩いていることに、不意に気づいた。ここは校舎裏と違って人がいるのだと今更実感して、女子と相合傘している僕は急に人目が気になりはじめて、彼女も同じだったのだろう、視線から隠れるように折り畳み傘をちょっと下げた。
ほどなく彼女がバスに乗る停留所が見えてきた。幸いバスを待つ他の人はいないようだった。屋根もベンチもない簡素なバス停だから、時刻表が貼りつけられた標識の前で、僕は車道の方を、彼女は足元をぼんやりと見ながら、一つ傘の下で並んで立つ。静まり返った住宅街を雨がゆったりと覆っている。
彼女が何番のバスに乗るかは知らないけれど、家のある大まかな地域は聞いたことがあったから、路線図を見れば見当がつく。この番号のバスに乗るのと聞くと、彼女は曖昧に頷いた。時刻表によると、三十分おきに来るらしい。濡れた服の重みを感じながら、僕は小さな声で彼女に尋ねる。
「雨に濡れててもバスに乗っていいのかな?」
「座らなければいいんじゃないかしら。あんまり混んでないだろうし、後ろの方で立っていればバレないわよ」
彼女も低めた声で答えた。そう、と僕は頷いて視線を戻す。肌に張りつく服の冷たさが身に沁みてきた。
何台かの乗用車が目の前を通り過ぎていく。傘の下、僕のすぐ右に彼女の存在を強く感じる。
あのね、と彼女が言って、その沈黙の破り方があまりにも自然だったから、僕はうんと相槌を打ってからようやく彼女が話し出したことに気づいた。
「ショートホームルームが終わった後、授業でわからなかったところを聞きに職員室に行ったから、吹部に行くのがちょっと遅れたの。だから、音楽室に着いたときには中に人が集まってて、もちろん楽器を鳴らすときには閉めるんだけど、湿気は特に木管楽器には大敵だから、ドアが半分開けられてたの。それで、中にいる人たちの話が、外まで聞こえてきた」
淡々と話す彼女に、僕は何も言えなかった。
「わたし、熱心すぎたのね。わたし、吹奏楽が好き。みんなで演奏するのが好き。中学校で一回、地区大会で金賞をとったことがあるの。金賞のくせに五校も受賞するんだけどね。それでも、みんなで一生懸命練習して、本番に今までで一番いい演奏ができて、五校の枠に入ることができて、やったねってみんなで笑い合うのが、とても楽しかった。それをこの高校でもやりたかったの。この学校のみんなで頑張って、大会で外部の人に認められるくらい頑張って、そうしてみんなとやったねって言い合いたかったの。でも、そうじゃない人もいるわよね」
足元を見つめる彼女の顔はあまり見えないけれど、それでも彼女が力なく笑ったことはわかった。
「なんか熱心すぎるよねって、言ってたの。ついていけないって、一人で夢見てるって、偉くもないのに張り切ってるって。先生に気に入られたいんじゃないのとか、夏の大会の後に決まる新部長のポストを狙ってるんじゃないのとか。同級生はともかく、後輩にもそう言われたのは、ちょっと傷ついちゃったな」
彼女は疲れた苦笑いのような表情を浮かべた。僕は鞄をきつく握り締めた。
「わたしが悪いのよ。周りを見ずに、勝手に理想を他人に押しつけてた。わたしの自業自得なんだけど、ちょっと、音楽室に入っていくのが嫌になっちゃって、飛び出してきちゃったの。でも行くところもなくて、ふらふら校舎裏に来たら、あんたがいたってわけ」
そう言うと彼女は顔を上げて、僕の目を見た。僕は心がぎゅっと縮んで痙攣するような痛みを感じて、息を吞む。
「噓ついてごめん」
冷たい雨が彼女の持つ傘を叩いていた。静かに目を伏せた彼女に、僕の息は震えた。
彼女が傘を忘れたというのは、噓だと思う。雨に濡れたい気分だったから濡れただなんて、もっと怪しい。僕は彼女のことを最近週に一度校舎裏で会うようになってようやく少しずつ知るようになった。その程度の仲だけれど、それでも、今日校舎裏に来たときの彼女の言葉は隠したいものがあるように聞こえた。
もし気まぐれで雨に濡れたというのが噓ならば、彼女は雨に濡れる必要があったということになる。きっと彼女は雨に濡れなくちゃいけなかった。その理由は、傘を忘れたからなどではない。校舎には建物をぐるりと囲う庇があるのだから、正面玄関を出てその下を歩いていけば、濡れずに校舎裏に着ける。実際、僕もそうして傘を差さずにそこまで来たのだ。それに、彼女の鞄は濡れていなかった。鞄には教科書やノート、ひょっとしたら楽譜なんかも入っているかもしれない。濡れてはいけないものは鞄に入れて、庇の下で濡れないように持っていたのだろう。ということは、彼女は故意に自分の体だけを庇の下から出して雨に打たれたことになる。そして何より、校舎裏に来たときの彼女は、表情や声色が堪えるようで、あるいは押し隠すようで、どうにも辛そうだったのだ。
その原因は彼女の告白で明らかになった。彼女が話さないということは、彼女が話したくないということだ。だからこれまで僕は事情を尋ねることは控えてきた。でも、今ばかりは彼女に問い質したかった。両肩を掴んで、目線の高さを合わせて、瞳を正面から覗き込んで、言いたかった。嫌になったんだと君は言ったね。それは噓じゃないと思う。でも、それだけなの? 部員の口さがない言葉を聞いて、君が受けたショックは本当にそれだけだったの?
校舎を飛び出した後わざと雨に濡れた君は、泣いていたんじゃないの? 流した涙を人に見られたくなくて、また目元を拭くだけでは足りない事情が――例えば化粧品の類いが流れてしまったとか、あるいは単に目の赤さが隠せなかったとかいう理由が――あって、君はそれを上書きして覆い隠してしまうために、雨に濡れないといけなかったんじゃないの?
でも今、彼女は雨に濡れた以外は何もなかったかのように振る舞っていて、だからこそ僕の中には言いたいことが苦しいほどに膨れ上がって、僕はようやく言葉を絞り出す。
「噓ついたっていいよ」
ゆるりと首を上げて、彼女は不思議そうに僕を見た。
「言いたくないことは言わなくたっていいよ。それに、僕だって噓ついたよ。君が校舎裏に来て、それまで何を考えてたのって聞いたね」
そのときは早く火曜日が来ないかなって考えると答えたけど。
「あのとき本当は、来週チョコレートを持ってこようか、どうしようかって、考えてた」
彼女はぽかんとした後、臆病な男が魔が差して万引きするところを目撃した恐喝屋のような、意地悪な笑みをゆっくりと浮かべた。
「それで、持ってくるの?」
僕は耳の先が赤くなるのを感じながら顔を背けた。
「考え中」
傘からはみ出た左肩に当たる雨がやけに冷たい。彼女は堪えかねたように短く笑い声を上げた。僕は下を向くしかない。
「馬鹿ね」
彼女は心底可笑しそうに言った。彼女が笑うのと一緒に傘が細かく揺れて、金属の骨の先からまるで真珠をばらまくみたいに水滴が散った。それがだんだんと収まり、傘がまた従容と雨を受け止めるようになった頃、彼女が静かに「あのね」と口を開いた。
「そういうことがあったから、わたし、そんなにいい気分じゃなかったの。でも校舎裏に来て、雨に濡れたら、なんだか楽しくって。わたし、いま結構いい気分」
彼女は横目で僕をちらりと見上げて、小さな蠟燭の灯りのように、ほのかであたたかい笑みを浮かべた。
「ありがとう」
その声は僕の胸の辺りにあった蟠りを柔らかく融かして、僕は小さく頷き返すとそっと目を閉じて、鞄を少しだけ強く抱えた。雨音が僕らを包んでいて、やっぱりその音は優しいなと僕は思う。
遠くの方から、一際大きなエンジンの唸りが聞こえてきた。ちょっと身を屈めると、大きなタイヤで水を跳ね上げながらこちらへと走ってくるバスが見えた。車体の前面に掲げられた番号を確かめる。彼女の乗るバスだ。
「来たみたいだね」
僕が言う。彼女は速度を緩めていくバスをゆるりと見やる。バスは僕らの前に無造作に止まると、ブザーを鳴らして機械式の扉をぷしゅうと開けた。降りてくる人はいない。車内にほとんど人影はない。
彼女から傘を受け取ろうと手を伸ばして、僕は言葉を呑み込んだ。彼女は目の前のバスを黙殺するように歩道の縁石をじっと見つめていて、僕に傘を返す素振りはない。
呆気にとられている僕をよそに、バスはさっきと同じ音を立てて扉を閉じると、エンジン音をぞんざいに響かせて無関心に去っていった。
「違うバスだった?」
彼女は小さく頷いた。ほつれた髪がうなじに張りついているのが見えた。
「だから……」
彼女は下を向いたまま、雨音にかき消されてしまいそうなか細い声で言った。
「もうしばらく、ここで待たないと」
どきりとした。何も言えずに固まっていると、彼女が顔を上げて、僕を申し訳なさそうに見上げた。
「駄目?」
僕はその上目遣いに心臓を直接打たれたような気分を覚えながら、本心であると伝わるように精一杯微笑んで首を振る。そうして右手を持ち上げる。
「ただし、傘を僕に持たせてくれたらね」
折り畳み傘の細い柄をそっと握る。そのとき、指が彼女の左手に触れた。あたたかかった。
「冷たい」
一方の彼女は驚いたようにそう言う。彼女は左手を傘から離し、少しの間空中に浮かせていたけど、やがて傘を差している僕の右手にそっと触れた。体温を確かめるように指先でなぞって、優しく包み込むように僕の右手を握った。彼女の指はあたたかくて、手の平や指は僕のより小さいけれど、楽器を持つからかしっかりしていて安心感があった。
「冷たいわ」
彼女はもう一度言って、また前を向いた。
「あったかいよ」
そう答えて僕も前を向く。バス停の前の道路と、家々の屋根と、僕らの入る傘に雨が降って、そのさらさらとした感触が僕の右手に伝わり、きっと彼女の左手にも伝わっている。優しい雨音が僕らを中心とした世界を包み込んでいて、それはきっと彼女の耳にも届いている。
雨に濡れた僕らは、それでも二人きりで傘を差して、手を触れ合わせながら立っている。
「あったかい」
僕は繰り返す。
「よかった」
冷たい路面に踊る雨粒を見ながら彼女がそう囁いて、左手の指で僕の右手を撫でた。
そのあたたかみを感じながら、これがずっとあってほしいと僕は願って、それは難しいかもしれないけれど、せめて彼女がバスに乗っている間くらいは彼女の指があたたかくあってほしいと、僕はそう思う。