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<br>「乾杯」 | <br>「乾杯」 | ||
<br> 澄んだ音が部屋に響いた。 | <br> 澄んだ音が部屋に響いた。 | ||
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麗はシンクで皿を洗っていた。酒に弱い燿は案の定、卓に突っ伏して寝息を立てている。 | |||
<br> この1時間ほど、色々あった。頭の中で振り返ってみる。 | |||
<br>……ふと、怖くなった。燿は、私の考えなんて全てお見通しなのではないか? 私はまんまと騙されたのではないか? あの子は賢い。もしかしたら……。 | |||
<br> いや、そんなわけがない。麗が疑念を払うために振り向くと、''こちらを虚ろに見つめる燿と目が合った''。 | |||
<br>「きゃっ」 | |||
<br> 皿が手から滑り落ち、バリンと割れた。心臓が早鐘を打っている。 | |||
<br>「な、なんだ、起きてたのね。びっくりし」 | |||
<br>「テレビ番組で通り魔が右利きだと言っていたのは」 | |||
<br> 突然、燿が言葉を遮って口を開いた。皿の破片を拾うのも忘れて、麗は固まっていた。テレビを消したこの部屋では、燿の声しか聞こえない。 | |||
<br>「{{傍点|文章=ギャルの証言の他にも根拠があったと思うんだ}}」 | |||
<br> まるで私などいないかのように、虚ろな声で燿は話し続ける。 | |||
<br>「それは、第二・第三の被害者の傷の位置だ。彼らは{{傍点|文章=すれ違いざまに右腹を刺された}}。すれ違いざまに右腹を刺すには、どうしても{{傍点|文章=右手でナイフを刺さなければならない}}。つまり、{{傍点|文章=通り魔は右利き}}である蓋然性が高いと判断できる。姉貴、気づかなかったのか?」 | |||
<br> 頭の中でシミュレートするまでもなく、麗にはその事実が安々と呑み込めた。 | |||
<br>「もう一つ、興味深い事実がある。男の証言だ。彼が目撃したのは、被害者を『おっさん』と呼んでいることからも明らかな通り、第二の事件だ。そして、彼は『{{傍点|文章=顔は帽子の鍔でよく見えなかった}}』と語っている。言うまでもなく、{{傍点|文章=ニット帽に鍔は無い}}」 | |||
<br> 燿は無感情な声で宣言した。 | |||
<br>「これらの事実から導かれる推論はこうだ。{{傍点|文章=第一の事件を起こした通り魔と}}、{{傍点|文章=第二}}・{{傍点|文章=第三の事件を起こした通り魔は}}、{{傍点|文章=別人なのではないか}}」 | |||
<br> 麗はほうっと嘆息した。やっぱり、この子は賢い。 | |||
<br>「ところで、{{傍点|文章=姉貴は今まで一度も}}『{{傍点|文章=連続通り魔}}』{{傍点|文章=という言葉を使っていない}}ね。俺やテレビはあんなに連呼していたというのに。それに、{{傍点|文章=姉貴が話題に挙げたものも第一の事件ばかりだった}}。俺が通り魔じゃないかと怯えていた割には、{{傍点|文章=第二}}・{{傍点|文章=第三の事件を起こした通り魔のことは怖くなかった}}みたいだ」 | |||
<br> 私の考えなんて、お見通しみたいね。 | |||
<br>「姉貴、それは……」 | |||
<br> 突如、燿は言葉を切り、机の上に崩れ落ちた。今まで喋っていたのが嘘みたいに、グーグーと寝こけている。 | |||
<br> 変な酔い方をするのね。麗は呆然としていたが、ゆっくりと歩き出す。 | |||
<br> {{傍点|文章=二人目の通り魔が怖くなかったのも}}、{{傍点|文章=こんなことが起こるなんてと驚いたのも}}、「{{傍点|文章=それらの可能性は低い}}」{{傍点|文章=と判断できたのも}}、{{傍点|文章=そもそも通り魔が2人居たことを知っていたのも}}。 | |||
<br> 雑多にものが詰まった鞄から、新聞紙で包まれたものを取り出す。中から出てくるのは、赤と銀のきらめき。 | |||
<br> {{傍点|文章=全て}}、{{傍点|文章=私が2人目の通り魔だから}}。 | |||
<br> アルコールには、幾つもの作用がある。判断力の低下、入眠作用、そして何より{{傍点|文章=運動機能の低下}}。酒に弱い人ほど、効果は大きい。 | |||
<br> ああ、本当に可愛い私の弟。でも、ちょっと賢すぎたわね。 | |||
<br> 血に塗られたナイフを振り下ろす。 |
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