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「あー、無理にここに居続ける必要はないからな」
「あー、無理にここに居続ける必要はないからな」


「……いいえ、大丈夫です」
「……いえ、大丈夫です」


「そうか。じゃあ、遺体の状態を確認させていただこう」
「そうか。じゃあ、遺体の状態を確認させていただこう」
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「書斎に行く順番が回ってくると、夫が派遣したスイッチがやって来て、それを教えてくれるの。スイッチったら頭が良いから、写真を見せられるだけでその人を識別できちゃうのよ」
「書斎に行く順番が回ってくると、夫が派遣したスイッチがやって来て、それを教えてくれるの。スイッチったら頭が良いから、写真を見せられるだけでその人を識別できちゃうのよ」


「なるほど……。つまり容疑者らの部屋に来た順番を知っているのは、被害者とスイッチだけということか……だが、{{傍点|文章=そいつ}}に順番を聞くことはできないし……うーむ、容疑者全員、自分が書斎に行った時間を覚えていればいいんだがな。ちなみに、来る人の順番を決めることに何か理由はあったのか?」
「なるほど……。つまり容疑者らの部屋に来た順番を知っているのは、被害者とスイッチだけということか……だが、{{傍点|文章=こいつに順番を聞くことはできない}}し……うーむ、容疑者全員、自分が書斎に行った時間を覚えていればいいんだがな。ちなみに、来る人の順番を決めることに何か理由はあったのか?」


「さあ……あ、でも、夫は書斎に来た人に、ホットミルクかアイスコーヒーか好きな方の飲み物を入れてくれるの。もしそれが知人の場合、彼は既に好みを把握しているから、あらかじめ順番を決めておけばその人が来る前に飲み物の準備を済ませられる、というのがあるかもしれないわね。彼、飲み物によってコップさえ変えるのよ。確か、ミルクはマグカップ、コーヒーはタンブラーね。まあでも、順番も結局は彼の気分だと思うわ。そんなに効率化したいなら、ミルクの人とコーヒーの人を前半後半に分けておけばいいけど、そんなことはやってなかったし」
「さあ……あ、でも、夫は書斎に来た人に、ホットミルクかアイスコーヒーか好きな方の飲み物を入れてくれるの。もしそれが知人の場合、彼は既に好みを把握しているから、あらかじめ順番を決めておけばその人が来る前に飲み物の準備を済ませられる、というのがあるかもしれないわね。彼、飲み物によってコップさえ変えるのよ。確か、ミルクはマグカップ、コーヒーはタンブラーね。まあでも……順番も結局は彼の気分だと思うわ。そんなに効率化したいなら、ミルクの人とコーヒーの人を前半後半に分けておけばいいけど、そんなことはやってなかったし」


「……なるほど」
「……なるほど」
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「よし。あー、じゃあ次は奥さんで」
「よし。あー、じゃあ次は奥さんで」


 卦伊佐はウソ発見器の予備を取り出し、聞き取りを続けた。
 卦伊佐はウソ発見器の予備を取り出し、ノレへの聞き取りを始めた。


「……あ、はい、えっと、私はまあ……なんというか、とりとめのないどうでもいいような話をしに行きました。今日は天気がいいね、とか。飲み物はミルクでした。時間は……覚えてないけど、そんなに遅くではなかったと思います。あ、あと、入るときに冷蔵庫からミルクを出してるところが見えたのは覚えてます。ちょっと来るのが早かったかな、って思って。あ、あと、私が出ていくときに氷を出してました。それくらい……ですね」
「……あ、はい、えっと、私はまあ……なんというか、とりとめのないどうでもいいような話をしに行きました。今日は天気がいいね、とか。飲み物はミルクでした。時間は……覚えてないけど、そんなに遅くではなかったと思います。あ、あと、入るときに冷蔵庫からミルクを出してるところが見えたのは覚えてます。ちょっと来るのが早かったかな、って思って。あ、あと、私が出ていくときに氷を出してました。それくらい……ですね」
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 「ママ、容疑者ってどういうこと? 世哉おじさんは何か悪い事したの?」
 「ママ、容疑者ってどういうこと? 世哉おじさんは何か悪い事したの?」


 「ラレ……ううん、何も無いわよ。もうこんなこと忘れて、早く寝ましょう。かわいいお顔にクマができちゃうわ!」
 「ラレ……ううん、何も無いわよ。もうこんなこと忘れて、早く寝ましょう」


 ダイニングルームに残された五人の間に、沈黙が流れる。未だに電話越しの一人は、どこか安堵したようにため息をついた。
 ダイニングルームに残された五人の間に、沈黙が流れる。未だに電話越しの一人は、どこか安堵したようにため息をついた。
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「ハハ、なに、僕は記者ですよ。この家に来たのは、いいネタがあったからに決まってるじゃないですか。いわくこの家の地下で、あなたは――」
「ハハ、なに、僕は記者ですよ。この家に来たのは、いいネタがあったからに決まってるじゃないですか。いわくこの家の地下で、あなたは――」


 此井江の言葉が途切れた。――あえて視覚的に明瞭に説明するならば、ギロチンによって此井江の首が切断された、ということだ。ほぼ同時に、地上からラレの悲鳴が聞こえてきた。
 此井江の言葉が途切れた。――あえて視覚的に明瞭に説明するならば、ギロチンによって此井江の首が切断された、ということだ。ほぼ同時に、地上ではラレが悲鳴をあげているが、地下にはその声は届かなかった。


 この屋敷のナース、律家ノレは、途方に暮れた。此井江を殺す羽目になったのは彼女にとって大きな誤算だったからだ。そもそも本来、几帳男を殺すはずでもなかったのだが。……とにかくノレは、自身の運を信じることにした。このままどうにか世哉が逮捕され、自身に追及の目が向けられなかったなら……もちろんその可能性は限りなく低いだろう。新たに此井江の死体も増えてしまったし、ノレは何か巧妙なトリックを仕掛けられるわけでもない。今は卦伊佐とやらが馬鹿だったおかげでたまたまうまく行っているが、捜査が本格的に始まれば疑いの目は必ず自分に伸びてくる。
 この屋敷のナース、律家ノレは、途方に暮れた。此井江を殺す羽目になったのは彼女にとって大きな誤算だったからだ。そもそも本来、几帳男を殺すはずでもなかったのだが。……とにかくノレは、自身の運を信じることにした。このままどうにか世哉が逮捕され、自身に追及の目が向けられなかったなら……もちろんその可能性は限りなく低いだろう。新たに此井江の死体も増えてしまったし、ノレは何か巧妙なトリックを仕掛けられるわけでもない。今は卦伊佐とやらが馬鹿だったおかげでたまたまうまく行っているが、捜査が本格的に始まれば疑いの目は必ず自分に伸びてくる。
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 ふと、階段の方から足音が聞こえた。ノレは咄嗟に、ギロチン台の後ろに身を隠す。
 ふと、階段の方から足音が聞こえた。ノレは咄嗟に、ギロチン台の後ろに身を隠す。


「おいおい、どうして隠れるんだ? このナイチンゲールが来てやったってのに……おいおい、惨劇の真っ最中かよ」
「おいおい、どうして隠れるんだ? このナイチンゲールが来てやったってのに……っておいおい、惨劇の真っ最中かよ」


 階段を下り、ギロチン台に目を向けているこの男は――有曾津だ。ノレがそれを訝しむ間もなく、彼は滔々と語り始めた。
 階段を下り、ギロチン台に目を向けているこの男は――有曾津だ。ノレがそれを訝しむ間もなく、彼は滔々と語り始めた。
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「そう、その捜査員こそ――俺だ」
「そう、その捜査員こそ――俺だ」


 全くのノーマークだった男の正体に、ノレは唖然とした。また嘘をついているのかもしれないが、こいつと卦伊佐が繋がっていると考えると、全ての辻褄が合ってしまう。世哉があっけなく連れていかれたことも……
 全くのノーマークだった男の正体に、ノレは唖然とした。また嘘をついているのかもしれないが、こいつと卦伊佐が繋がっていると考えると、全ての辻褄が合ってしまう。世哉があっけなく連れていかれたことも……。


「そして詐欺師のフリをしてこの家の内情を捜査するにつれ……驚くべき事実が浮かび上がってきた。爆弾を製造していたのは几帳男ではなく、{{傍点|文章=その妻、律家ノレだった}}んだ。その動機はつまるところ、几帳男の持つ莫大な富。……爆発物への造詣も深い几帳男には、この家全体を破壊する威力を持った爆破装置の脅威もすばらしく理解できるだろう。そう思ったお前は、これをして彼の家と娘ごと人質にしてしまうことで、財産を強請ろうと考えていた……違うか?」
「そして詐欺師のフリをしてこの家の内情を捜査するにつれ……驚くべき事実が浮かび上がってきた。爆弾を製造していたのは几帳男ではなく、{{傍点|文章=その妻、律家ノレだった}}んだ。その動機はつまるところ、几帳男の持つ莫大な富。……爆発物への造詣も深い几帳男には、この家全体を破壊する威力を持った爆破装置の脅威もすばらしく理解できるだろう。そう思ったお前は、これによって彼の豪邸と愛娘を人質にしてしまうことで、全く秘密裏に、いかなる第三者の介入も許さないまま、財産を強請ろうと考えていた……違うか?」


「……胸糞悪い質問ね。私の答えなんてどうでもいいでしょ」
「……胸糞悪い質問ね。私の答えなんてどうでもいいでしょ」


「へっ、まあいい、とにかく……そう、さっきの事件だ。大方お前はついにあいつを脅迫し……そこで何があったは知らないが、お前は几帳男を殺害した。計画は台無しになって焦ったお前は、そこに転がってる此井江をも脅し、とにかく威山横世哉に罪を擦り付けることにしたんだろう。几帳男の財産全てを奪おうとしていたお前にとって、世哉に多額の遺産が渡ることを阻止するのに最もいい方法は、彼を殺人犯に仕立て上げて『相続欠格』を適用させることだったからな。それに運よく、お前を除けば世哉は最後の訪問者だった。だから最後の書斎に行った人物が犯人であるという流れを作り、彼を追い詰めようとした……尤も、{{傍点|文章=卦伊佐のやつが世哉を保護した}}今となっちゃあ無理な話だが」
「へっ、まあいい、とにかく……そう、さっきの事件だ。大方お前はついにあいつを脅迫し……そこで何があったは知らないが、お前は几帳男を殺害した。計画が台無しになって焦ったお前は、そこに転がってる此井江をも脅して加担させ、とにかく威山横世哉に罪を擦り付けることにしたんだろう。几帳男の財産を奪おうとしていたお前にとって、世哉に多額の遺産が渡ることを阻止するのに最もいい方法は、彼を殺人犯に仕立て上げて『相続欠格』を適用させることだったからな。それに運よく、お前を除けば世哉は最後の訪問者だった。だから最後に書斎に行った人物が犯人であるという流れを作り、彼を追い詰めようとした……尤も、{{傍点|文章=卦伊佐のやつが世哉を保護した}}今となっちゃあ無理な話だが」


 策に嵌められていたのはこちら側だった――ノレは唇を噛んだ。
 策に嵌められていたのはこちら側だった――ノレは唇を噛んだ。
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「あなたが私の喉を潰そうとしないからよ。{{傍点|文章=スイッチ}}はとっても従順――」
「あなたが私の喉を潰そうとしないからよ。{{傍点|文章=スイッチ}}はとっても従順――」


「まさか――{{傍点|文章=あのロボット犬}}!」
「まさか――{{傍点|文章=あのロボット犬}}自体が――!」


「スイッチぃ――――――――――っっ!!!」
「スイッチ――――――――――っっ!!!」




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 爆風がたちまち家中を駆け回っていった。それはノレと有曾津のいる地下の一室も例外ではなく、部屋は崩落を始めた。当のノレも瓦礫に挟まれ、深い傷を負っている。しかし――
 爆風は、たちまち家中を破壊していった。それはノレと有曾津のいる地下の一室も例外ではなく、部屋は崩落を始めた。当のノレも瓦礫に挟まれ、深い傷を負っている。しかし――


「油断しちまったよ……」
「油断しちまったよ……」
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「あの{{傍点|文章=推理}}はびっくりしたわ。あの子があんなことをするなんて、全く予想外だった。まあ、あれのせいで卦伊佐が世哉を連れていく口実を得てしまったといえば、それまでだけど」
「あの{{傍点|文章=推理}}はびっくりしたわ。あの子があんなことをするなんて、全く予想外だった。まあ、あれのせいで卦伊佐が世哉を連れていく口実を得てしまったといえば、それまでだけど」


「……爆発の前、俺は橘地に地下の爆破装置のことを話して、ラレを家の外へ出してくれるよう頼んだ。まあこれは人助けとかじゃなく、お前がラレを人質にするようなことがあったときに、『三原則』第一項のせいで手出しできなくなるのを防ぐためだ。……その最中、おそらく孔鱚屠が激情に駆られてラレを襲ったんだろう、彼女の悲鳴が聞こえてきた。橘地はすぐさま助けに向かい、その間に俺はここへ来たわけだ。それで……警察の無線では、たった今この家の外で少女を保護したとあった。要するに、律家ラレは無事だってことだ」
 今度は有曾津が、無表情のまま、しかしはっきりと話し始める。
 
「……爆発の前、俺は橘地に地下の爆破装置のことを話して、ラレを家の外へ出してくれるよう頼んだ。まあこれは可哀想だからとかじゃなく、お前がラレを人質にするようなことがあったときに、『三原則』第一項のせいで手出しできなくなるのを防ぐためだ。……その最中、おそらく激情に駆られた孔鱚屠が襲いかかってきたんだろう、ラレの悲鳴が聞こえてきた。橘地はすぐさま助けに向かい、その間に俺はここへ来たわけだ。それで……警察の無線では、たった今この家の外で少女を保護したとあった。要するに、律家ラレは無事だってことだ」


「それを私に言ってどうするの。私は……私はラレを、几帳男から金を巻き上げるための道具にしようとしていたのよ!?」
「それを私に言ってどうするの。私は……私はラレを、几帳男から金を巻き上げるための道具にしようとしていたのよ!?」
528行目: 530行目:
「少なくともお前にとって……ラレは本当にお前の娘だったってことだ」
「少なくともお前にとって……ラレは本当にお前の娘だったってことだ」


 意を決したように、ノレは喋り始めた。
 しばらくの静寂の後、ノレは、意を決したように喋り始めた。


「私にも……私にも分からないの。私が、ラレのことを、どう思っているのか……。最初は計画のための道具としか思っていなかった。でも今は、なぜだか……」
「私にも……私にも分からないの。私が、ラレのことを、どう思っているのか……。最初は計画のための道具としか思っていなかった。でも今は、なぜだか……」
534行目: 536行目:
 地下空間の酸素は薄くなっていき、瓦礫の落ちる音がやけに大きく響く。
 地下空間の酸素は薄くなっていき、瓦礫の落ちる音がやけに大きく響く。


「几帳男を脅迫しに行った時ね、あいつは何を勘違いしたのか、私にこう謝ってきたの――『許してくれ、ほんの出来心だったんだ、{{傍点|文章=ラレを犯してしまったのは}}!』って。その時……自分でも訳が分からないほど、頭に血が上っちゃって、それで……刺し殺した」
「……几帳男を脅迫しに行った時ね、あいつは何を勘違いしたのか、私にこう謝ってきたの――『許してくれ、ほんの出来心だったんだ、{{傍点|文章=ラレを犯してしまったのは}}!』って。その時……自分でも訳が分からないほど、頭に血が上っちゃって、それで……刺し殺した」


 有曾津は何も言わず、ただ息を呑んだ。
 有曾津は何も言わず、ただ息を呑んだ。


「その後ラレに聞いてみたけど……本当に酷かった。……ラレはとっても純粋で……もうすぐ中学生になるっていうのに{{傍点|文章=殺人という概念さえよく分かっていない}}ほどなの。それを……それをあんな風に最悪な形で使うっていうのが本当に許せなかった。あの子を守ってあげたい、そう思ったの。でも……私にそんな資格なんてないから。だから……私には、もう……分からないの。」
「その後ラレに聞いてみたけど……本当に酷かった。……ラレはとっても純粋で……もうすぐ中学生になるっていうのに{{傍点|文章=殺人という概念さえよく分かっていない}}ほどなの。それを……それをあんな風に最悪な形で使うっていうのが本当に許せなかった。卦伊佐を連れて死体を見に行った時にも反吐が出たわ。とにかく……あの子を守ってあげたい、そう思ったの。でも……私にそんな資格なんてないから。だから……私には、もう……分からないの。」


 ――再び、沈黙が流れた。そしてそれは、ついに破られることがなかった。
 ――再び、沈黙。そしてそれは、ついに破られることがなかった。
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