「利用者:Notorious/サンドボックス/コンテスト」の版間の差分

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<br> カフェから誰か出てくる様子はない。吊り橋を渡りきると、クーラーボックスを開いて中から箱を二つ取り出した。箱、手製の爆弾をガムテープで橋の板の左端にくっつける。もう一つは右に。
<br> カフェから誰か出てくる様子はない。吊り橋を渡りきると、クーラーボックスを開いて中から箱を二つ取り出した。箱、手製の爆弾をガムテープで橋の板の左端にくっつける。もう一つは右に。
<br>「ここ、橋の端じゃないか。ヒヒッ」
<br>「ここ、橋の端じゃないか。ヒヒッ」
<br> 橋の一番こちら側の足板が、二つの爆弾に挟まれた形だ。
<br> 橋の一番こちら側の足板が、二つの爆弾に挟まれた形だ。一度、問いかけてみる。
<br>「さて、ここが最終ポイントだ。今ならまだ引き返せる。どうだ?」
<br>「さて、ここが最終ポイントだ。今ならまだ引き返せる。どうだ?」
<br> 一片の迷いもない。それが回答だった。
<br> 迷いはない。それが回答だった。
<br>「よし、始めようか」
<br>「よし、始めようか」
<br> 箱のスイッチを押し、走って離れる。きっかり五秒後、爆音が鳴った。白い煙と木片が散り、少し遅れてギギイと断末魔の軋みが鳴り響く。煙の奥で、吊り橋が落ちていくのが見えた。
<br> 箱のスイッチを押し、走って離れる。きっかり五秒後、爆音が鳴った。白い煙と木片が散り、少し遅れてギギイと断末魔の軋みが鳴り響く。煙の奥で、吊り橋が落ちていくのが見えた。
<br> 思わず快哉を叫んで、煙を払って橋の袂に駆け寄った。まだ熱い空気の中に飛び込み、谷を覗き込むと、巨大な振り子と化した橋が、対岸の崖にぶつかって砕け散るところだった。轟音が一瞬遅れて耳に届く。
<br> 思わず快哉を叫んで、煙を払って橋の袂に駆け寄った。まだ熱い空気の中に飛び込み、谷を覗き込むと、巨大な振り子と化した橋が、対岸の崖にぶつかって砕け散るところだった。轟音が一瞬遅れて耳に届く。
<br> 壮観だった。心が多幸感に包まれる。これだ、と俺は気づいた。俺はこれがしたかったんだ。何かを、思いっきり壊したかったんだ。
<br> これは、俺の、種岡光の名を世に知らしめる、始まりのゴングだ。
<br> もっと余韻に包まれていたかったが、そうもいかない。すぐに獲物たちが様子を見にくるだろう。その前に準備を整えねば。名残惜しいが、俺は谷底から視線を切り、荷物を置いたところまで小走りで戻った。
<br> もっと余韻に浸っていたかったが、のんびりしてはいられない。さっきの轟音を聞きつけて、人が出てくるだろうからだ。その前に準備しておかねばならない。名残惜しかったが、谷底から視線を切って、置いていたギターケースのところまで小走りに戻る。
 
 野崎綾子が玄関から駆け出してきたのは、俺が丁度荷物の一つをギターケースから取り出したところだった。彼女はまず落ちた橋を見て絶句した。開店のために整備した橋が初日に崩れたのだ。ショックを受けるのは当然だろう。「そんな……」と呟いて、そろそろと橋が架かっていた崖の縁に歩いていく。
<br> 彼女が崖っぷちギリギリまで行くのを待って、俺は「野崎さん」と声をかけた。はっと振り返った彼女は、口にしようとした言葉を寸前で飲み込んだ。代わりに、俺が持っているものを指さして言う。
<br>「種岡さん……それ何です……?」
<br>「ああ、猟銃ですよ」
<br> ブローニングのスライド式散弾銃。弾は今さっき装填した。俺はその筒先を、ゆっくりと持ち上げていく。野崎綾子は、怯えた目で二人を交互に見ていた。いたずらですよ、そう俺たちが笑って言うのを待っているのかもしれない。だが、その時は永遠に来ない。
<br> 俺はずらしていた耳当てを直し、銃を右肩の前に構えた。事態の深刻さを悟ったのか、野崎綾子の口がパクパクと動いていたが、聞こえない。狙いをしっかり定めると、俺は絞るように引き金を引いた。
<br> 強烈な反動とくぐもった音が襲う。同時に、割烹着に赤い華が躍って、女はひゅんと崖下に吸い込まれた。散弾に吹っ飛ばされ、谷底へと落ちたのだ。最初に覚えたのは、可笑しさだった。女は、まるでゲームの面白いバグみたいに落ちていった。
<br> 笑いに肩を震わせながら、先台をがしゃりとスライドさせて薬莢を排出する。新しい実包をズボンのポケットから取り出して、また先台を動かして籠める。幸先のいいスタートだ。銃の扱いも、練習通りにうまくできている。
<br> ギターケースから、日本刀を取り出した。背負えるように鞘につけた紐を、肩に通す。ケースの蓋は開けたまま、熱を持った銃を持ち直すと、俺は道明庵の玄関へと歩を進めた。
 
==獲物==
 花火のような轟音が鳴ってから、部屋は静まりかえっていた。その後にも、ドンという音が聞こえてきた。様子を見にいった綾子さんはまだ戻ってこない。大部屋の皆は、玄関の方を中途半端に見遣って、不安げな顔で見つめ合うばかりだった。
<br> 僕の心にも、何か悪い予感が渦巻いていた。
<br>「上原さん……何があったんでしょう?」
<br>「さあ……でも、きっと大したことじゃないよ」
<br> 高島さんが不安そうに問いかけてくるが、ぎこちなく気休めを言うことしかできなかった。僕の脳内では、あの音がぐるぐるとリフレインしている。まるで、花火のような、爆発のような、それとも……。
 
 その時、廊下を歩く足音が聞こえてきた。それだけ部屋は静まっていたのか、と驚く。一人の陽気なお爺さんが、廊下に続く襖を開けた。
<br>「綾子さん、何があったんで……」
<br> お爺さんの表情が変わった。目を瞠って驚いた声を出す。
<br>「あんた、種岡の倅か? どうし」
<br> 轟音と共に、お爺さんの体が吹っ飛んだ。机の上にどさりと倒れ、胸に空いた黒々とした穴から血の池が広がっていく。
<br> 誰も、動けなかった。わずかな物音すらも発さず、ただ銃声が耳の奥でわんわんと反響している。
<br> ドンっと女の人の頭が吹き飛んだ。襖の横に立っていた体が、ごとりと崩れ落ちる。
<br> それが合図だったかのように、人々は弾かれたように動き出した。幾重もの悲鳴が交錯し、頽れ、逃げ出し、飛び退る。約半数はその場で硬直し、残り半数は縁側から庭に飛び降りた。僕は、動けなかった方の半数だった。ようやく、脳が事態を把握する。銃撃だ。廊下の奥に、銃を乱射している殺人鬼がいる。
<br> また一人、腰を抜かしていた男の人が撃たれた。腹に風穴が空き、禿頭が血溜まりに沈む。
<br> 僕はやっと立ち上がった。心臓を鷲掴みにするような恐怖に襲われる。高島さんの手を引いて起こす。
<br>「にっ、逃げないとっ」
<br> 縁側に走ろうとして、踏みとどまる。犯人が廊下のすぐそこまで来ていたら、縁側は射角に入る。逃げるべきは、逆じゃないか?
<br>「こっち!」
<br> 
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