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 赤田は白髪交じりの頭を掻き、深く息を吐く。
 赤田は白髪交じりの頭を掻き、深く息を吐く。


「もしこの事件が推理小説なら、とんだ駄作になるだろう。殺人犯は何のトリックも仕掛けずに立ち去ったし、DNA鑑定によって容疑者は一瞬で一人に固まった。限られた情報から納得できる合理的な推論を行う探偵もいない。……平均的に見るならば、『真実は小説より奇なり』ってのは明らかな誤謬だよ。そんなのはごく稀にしか発生しない――まあしかし、この事件の犯人の{{傍点|文章=ある特徴}}に限って言うならば、小説よりも奇妙かもな」
「もしこの事件が推理小説なら、とんだ駄作になるだろう。殺人犯は何のトリックも仕掛けずに立ち去ったし、DNA鑑定によって容疑者は一瞬で一人に固まった。限られた情報から納得の合理的推論を行う探偵もいない。……平均的に見るならば、『真実は小説より奇なり』ってのは明らかな誤謬だよ。そんなのはごく稀にしか発生しない――まあしかし、この事件の犯人の{{傍点|文章=ある特徴}}に限って言うならば、小説よりも奇妙かもな」
 
 そう言うと、赤田は内ポケットから青年男性の顔写真を取り出し、藤原に突きつけた。
 
「こいつに見覚えがあるか?」
 
「……」
 
「<ruby>酒井輝<rt>さかいてる</rt>。6日前に殺人事件の被害者になった男だ。職業は調理師。お前もほんの数年前まで、同じレストランで働いていたな」
 
「……ああ、忘れるわけがない」
 
「事件前日、こいつの彼女は、浮気調査を依頼するため、とある探偵事務所を訪れていた。探偵はこれを引き受け、次の日に酒井が出席する会食に潜入することにした」
 
 空気が張り詰める。鳩時計の秒針がよく響く。
 
「そこから何があったのかは知らないが、探偵は酒井を殺すことにした。おそらくこれには……酒井が起こした{{傍点|文章=事故}}のせいで自分がシェフを辞めざるを得なくなってしまったという怒りもあったのだろう」
 
「へえ、物騒な探偵もいたもんだな」
 
「ナイフで刺され、殺されかけた酒井は、人のいない大キッチンの中を無我夢中で逃げながら考えた。この殺人者を止めるにはどうしたらいいのか、必死に考えた。同僚として働いた年月の記憶をなぞり、そして、ついに思い出した――彼の{{傍点|文章=悪癖}}を」
 
「……」
 
「探偵は――不可解なものに関して『理屈付け』をしなければ気が済まない性格をしていた。ひとたびその『モード』に入れば、何時間でも熟考してしまう。……成功するかは分からないが、試してみる価値はあるだろう。そう思った酒井は、近くの調味料の棚から瓶を取り出し、それで地面に文章を書いた。難解で、意味不明な文章だ。あるいはこれが殺人者の足止めになってくれるかもしれない――結果的にこれは失敗した。探偵はその『ダイイングメッセージ』を読まないままに、酒井を殺してしまったんだ」
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