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志仁田は水菜を買うのにめちゃくちゃ手間取った。別の八百屋に行っても売っておらず、そもそも土地鑑がないので店を探すのにも苦労し、ようやくあるスーパーで水菜を購入できたときには、既に日はだいぶ傾いていた。最初に買った野菜の入ったレジ袋を担いで長時間歩き回り、志仁田はもうへとへとだった。どんなに酷暑の日に走り回ってもどんなに極寒の日に薄着で寝ても今まで体調不良にならなかった志仁田にとって、こんな経験は初めてだった。しかし、こんな状態は自殺にうってつけのコンディションだとポジティブ思考をして、志仁田は公民館へと歩を進めた。そして午後五時、志仁田は拠点たる公民館に帰還を果たした。他のメンバーは既に帰ってきていた。
志仁田は水菜を買うのにめちゃくちゃ手間取った。別の八百屋に行っても売っておらず、そもそも土地鑑がないので店を探すのにも苦労し、ようやくあるスーパーで水菜を購入できたときには、既に日はだいぶ傾いていた。最初に買った野菜の入ったレジ袋を担いで長時間歩き回り、志仁田はもうへとへとだった。どんなに酷暑の日に走り回ってもどんなに極寒の日に薄着で寝ても今まで体調不良にならなかった志仁田にとって、こんな経験は初めてだった。しかし、こんな状態は自殺にうってつけのコンディションだとポジティブ思考をして、志仁田は公民館へと歩を進めた。そして午後五時、志仁田は拠点たる公民館に帰還を果たした。他のメンバーは既に帰ってきていた。


公民館には多くの人が見物に来ていた。前庭には多くの人がいて、野良猫と戯れている者すらもいる。それだけでなく、公民館の中にも少なくない人が物珍しげに辺りを見回していた。中にはカメラを構えて何かを話している者もいる。しかし、志仁田は意に介することなく、キッチンに向かった。志仁田は観衆の目は気にならなかったが、冬の夕方とあってさすがに寒くなってきたため、ドアと窓を閉めた。部屋には志仁田と何人かの買い物を手伝ってくれた人たち、それと数人の野次馬が残された。そこには大きな調理台と用具一式、小型発電機に繋がれた冷蔵・冷凍庫までもが用意されていた。手伝いを頼んだ人々が事前に準備を進めてくれていたのだ。
公民館には多くの人が見物に来ていた。前庭には人だかりができており、大道芸人すらもいてちょっとした祭りのようだった。それだけでなく、公民館の中にも少なくない人が物珍しげに辺りを見回していた。中にはカメラを構えて何かを話している者もいる。しかし、志仁田は気にせずキッチンに向かった。志仁田は観衆の目は気にならなかったが、冬の夕方とあってさすがに寒くなってきたため、ドアと窓を閉めた。部屋には志仁田と何人かの買い物を手伝ってくれた人たち、それと数人の野次馬が残された。そこには大きな調理台と用具一式、小型発電機に繋がれた冷蔵・冷凍庫までもが用意されていた。手伝いを頼んだ人々が事前に準備を進めてくれていたのだ。


各人が入手した具材は、低温保存が必要なら冷蔵・冷凍庫の中に、そうでなければ机に置かれるシステムになっていた。様々な材料がテーブルの上に置いてある。志仁田はそれを確認すると、自らの戦利品を机の上に置いた。そして、家庭科の授業で作ったエプロンを着けると、セーターの袖をまくり、いまさらの制作に取り掛かった。
各人が入手した具材は、低温保存が必要なら冷蔵・冷凍庫の中に、そうでなければ黒いクロスの敷かれた長机に置かれるシステムになっていた。様々な材料がテーブルの上に置いてある。志仁田はそれを確認すると、自らの戦利品を机の上に置いた。そして、家庭科の授業で作ったエプロンを着けると、セーターの袖をまくり、いまさらの制作に取り掛かった。


===調理===
===調理===
<big>①材料を全部皿にぶち込む ②なんか物足りないからついでに持ってきたフグも一匹追加しちゃおう! ③完成!!!</big>
<big>①材料を全部皿にぶち込む ②なんか物足りないから持ってきたフグも一匹追加しちゃおう! ③完成!!!</big>


===実食===
===実食===
フグの処理も含めて、わずか10分足らずで忌まわしきサラダは完成した。志仁田は開けた蓋を閉める暇すらも惜しんでいまさらを作った。野菜をちぎって放り込み、肉はそのまま放り込み、毒物を躊躇うことなく放り込み、薔薇を凍らせて放り込み、銃を豪快に放り込む志仁田の姿に、周りに集まっていた人々からは歓声ともどよめきともつかぬ声が上がった。もちろん志仁田はフグ調理の初心者であるが、命を顧みぬ自信満々の包丁捌きがあまりに堂々としていたため、民衆が志仁田の技巧を疑うことはなかった。
志仁田は開けた蓋を閉める暇すらも惜しんでいまさらを作り、フグの処理も含めてわずか10分足らずで忌まわしきサラダは完成した。野菜をちぎって放り込み、肉はそのまま放り込み、毒物を躊躇うことなく放り込み、薔薇を凍らせて放り込み、銃を豪快に放り込む志仁田の姿に、周りに集まっていた人々からは歓声ともどよめきともつかぬ声が上がった。もちろん志仁田はフグ調理の初心者であるが、命を顧みぬ自信満々の包丁捌きがあまりに堂々としていたため、民衆が志仁田の技巧を疑うことはなかった。


買い物を手伝っていた人々でさえ、その当初は志仁田が何を作ろうとしているのかわかっていなかった。しかし、一部の観衆がいまさらを知っていて、志仁田の作るこの料理が何であるかを、もはやその場の皆が知っていた。人々は得体の知れない緊張に襲われたが、当の志仁田は意に介していない。
当初、買い物を手伝っていた人々でさえ、志仁田が何を作ろうとしているのかわかっていなかった。しかし、一部の観衆がいまさらを知っておりそれに言及したため、志仁田の作るこの料理が何であるかを、もはやその場の皆が知っていた。人々は得体の知れない緊張に襲われたが、当の志仁田は意に介さない。


出来上がったいまさらは大皿に盛られていた。志仁田は徐にエプロンを外すと、着席した。箸を取り、手を合わせる。そして志仁田はいまさらを食べ始めた。観衆は静まり返り、ただ志仁田がいまさらを咀嚼する音だけが響いた。誕生して一世紀余、無数の命を奪ってきた呪いの料理。それに、地球を救った英雄が挑んでいる。ここにきて、人々は志仁田の意図を悟った。彼女は、自らを以て、この忌まわしき死の連鎖を止めようとしているのだ。最強の人間の矜持を懸けて、凶悪な陋習を打ち破り、皆に希望を与えようとしているのだ! 人々は息を呑みながらも、ある者は両手を合わせ、ある者は口の中で呟き、それぞれの形で志仁田の勝利を心から祈った。
出来上がったいまさらは大皿に盛られていた。志仁田は徐にエプロンを外すと、着席した。箸を取り、手を合わせる。そして志仁田はいまさらを食べ始めた。観衆は静まり返り、ただ志仁田がいまさらを咀嚼する音だけが響いた。誕生して一世紀余、無数の命を奪ってきた呪いの料理。それに、地球を救った英雄が挑んでいる。ここにきて、人々は志仁田の意図を悟った。彼女は、自らを以て、この忌まわしき死の連鎖を止めようとしているのだ。最強の人間の矜持を懸けて、凶悪な陋習を打ち破り、皆に希望を与えようとしているのだ! 人々は息を呑みながらも、ある者は両手を合わせ、ある者は口の中で呟き、ある者は固く目を瞑り、それぞれの形で志仁田の勝利を心から祈った。


ついに、その時が訪れた。皿が空になると同時に、志仁田は不機嫌そうな顔で「不味い」と言った。そして──
ついに、その時が訪れた。皿が空になると同時に、志仁田は不機嫌そうな顔で「不味い」と言った。そして──
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===決着===
===決着===
買い出しから最初に帰ってきたのは、漁師の息子だった。近くのジム跡からサンドバッグを引き摺ってきた彼は、公民館の机にサンドバッグを放って、愕然とした。
買い出しから最初に帰ってきたのは、漁師の息子だった。近くのジム跡からサンドバッグを引き摺ってきた彼は、公民館の机にサンドバッグを放って、愕然とした。重いサンドバッグを持ってきたはずなのに、黒い布が一枚ふわりと机を覆っただけだったからだ。ここにきて、ようやく彼は事態を悟った。サンドバッグを引き摺るうちに、布に穴が開いて砂がこぼれてしまったのだ。彼が辿ってきたあとには、一筋の砂の道がヘンゼルとグレーテルよろしく残っているに違いない。サンドバッグがだんだん軽くなっていくようだったのは、己の筋肉の成長などではなかったのだ。漁師の息子は慌てた。彼は見事におつかいに失敗したのだ。突如現れたピンチに泣きそうになっている時、外から何やら話し声が聞こえてきた。彼は半ば衝動的に次の行動を選択した。開いていた窓から遁走したのである。彼はまっしぐらに家へと走り出した。
 
キャベツ農家のおじさんは無人の部屋に入り、首を傾げた。誰かがいる気配がしたのだが。室内を見回すと、黒いクロスのかかった長机が目に留まった。なんだか砂をかぶっているようだったから、おじさんはクロスを布巾で拭き、買ってきた肉類を上に置いた。すると、マンション王が帰ってきた。彼はコンビニにYS-11を買いに行ったが、製造終了しているらしいので代わりに後継商品を購入してきた。マンション王が意気揚々と机に置いたペットボトルには、「OS-1」と書かれていた。農家のおじさんも、他人の受け持ちの商品を全て覚えてなどいないため、特に違和感は抱かなかった。おじさんはマンション王とともに、屋根の雨漏りを修繕すべく養生テープを取りに行った。
 
ついで、飛行機大好き少女が戻ってきた。部屋には誰もいなかったが、少女はおつかい歴戦の勇士であるため、なんとゴマドレをちゃんと冷蔵庫にしまい、家へと向かった。両親にお姉ちゃんの話をするためである。両親はこういう流行しているものが好きなのである。早く教えてあげて喜ばせてあげようと少女は考えていた。その間隙をついて、開いた窓から妖精が舞い降りてきた。ひじきの妖精は、摘んできたトリカブトを抱えてふわりと机に着地した。その時、養生テープを持ってきた農家のおじさんとマンション王が入ってきて、妖精は慌てて人の姿に変身した。入ってきた二人はいつの間にかいた女性に驚きつつも、屋根の補修作業を始めた。妖精はひじきなので光合成をして生きている。だから、妖精は外に出てひなたぼっこを始めた。
 
その頃、一人の掏摸が道を歩いていた。掏摸は何食わぬ顔で歩きながらも、ガードの緩い人がいないか虎視眈々と狙っていた。最近は火事場泥棒のような真似もして懐も温かかったから、掏摸は機嫌が良かった。その時、前方から子供が歩いてきた。目を伏せ、せかせかと歩を進めている。何か口の中で呟いていて、心ここにあらずである。掏摸にとって格好の標的である。すれ違う瞬間、掏摸は全く自然に肩をぶつけた。子供が驚いてこっちを見上げるより先に、掏摸の手は肩掛けバッグに差し込まれ、すでに抜かれていた。軽く声をかけてまた歩き出した掏摸は、手につかんだものを見て、落胆した。財布の類いを期待していたが、抜き取ったものは一冊のノートだった。大方さっきの子供の学習道具だろう。こんなものには一銭の価値もない。


==脚注==
==脚注==
<references/>
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