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 そして、このさびれたショッピングモールもまた、今日行われるサーカスの会場だった。
 そして、このさびれたショッピングモールもまた、今日行われるサーカスの会場だった。


 一階のフードコートの中央にはウッドデッキ調のステージが置かれており、そこから三つのフロアの中央を貫くように吹き抜けがある。どのフロアもテナントはまばらで、電気はほとんど通っていない。普段はほとんど廃墟のようにも見えるこの商業施設は、しかしサーカスの日だけは開業当初の熱気を取り戻した。観衆は各フロアの吹き抜けを囲う柵から身を乗り出し、思い思いに歓声や罵声を飛ばす。それはさながら古代ローマのコロッセオだ。ただし、彼らが見ていたのは一階中央のステージではなく、吹き抜けの空間に出し抜けに立っている、電力供給の止まったエスカレーターだった。どうやら彼らのスターは、いつもここをレッドカーペットにして登場するらしい。
 一階のフードコートの中央にはウッドデッキ調のステージが置かれており、そこから三つのフロアの中央を貫くように吹き抜けがある。どのフロアもテナントはまばらで、電気はほとんど通っていない。普段はほとんど廃墟のようにも見えるこの商業施設は、しかしサーカスの日だけは開業当初の熱気を取り戻した。観衆は各フロアの吹き抜けを囲う柵から身を乗り出し、思い思いに歓声や罵声を飛ばす。それはさながら古代ローマのコロッセオだ。ただし、彼らが見ていたのは一階中央のステージではなく、吹き抜けの空間に出し抜けに立っている、電力供給の止まったエスカレーターだった。どうやら彼らのスターは、いつもこのかなりの長さのエスカレーターをレッドカーペットにして登場するらしい。


「俺は{{傍点|文章=三ターン}}に賭けるぜ!」
「俺は{{傍点|文章=三ターン}}に賭けるぜ!」
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「ビャハハハハ! 今日も元気がいいなあ、市民たち!」
「ビャハハハハ! 今日も元気がいいなあ、市民たち!」


 クリームパンダの獣のような大声が響くが、しかしそれにも負けない歓声がモールを埋め尽くした。彼は満足そうに目を細め、醜悪なウインクをさらす。
 クリームパンダの獣のような大声が響くが、しかしそれにも負けない歓声がモールを埋め尽くした。彼は満足そうに目を細め、マイクを持ち、醜悪なウインクをさらした。


「さあて、今日のサーカスの演目は先週告知した通り……『賭け駄段々』だ! 舞台はもちろん、このでくのぼうのエスカレーター!」
「さあて、今日のサーカスの演目は先週告知した通り……『賭け駄段々』だ! 舞台はもちろん、このでくのぼうのエスカレーター!」
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 ここでクリームパンダは、懐に入っていたカードをすべて引っ張り出した。先ほどの三枚のカードを含む七枚のカードを舐め回すように見た後、あからさまな演技の困り顔をして、出しぬけにこう言った。
 ここでクリームパンダは、懐に入っていたカードをすべて引っ張り出した。先ほどの三枚のカードを含む七枚のカードを舐め回すように見た後、あからさまな演技の困り顔をして、出しぬけにこう言った。


「んー? おいおい待て待て、俺が持っているカードは、さっきの赤の3と黒の1、Kの他に、赤の1が二枚、赤の2、それに黒の2。この七枚だ。参ったな、数字の小さいカードばっかりだ。これじゃあゴールにたどり着くまでに時間がかかって、相手の圧勝に終わっちまうかもしれない。結局このゲーム、手札の運が勝敗を決めるんじゃないのか?
「んー? おいおい待て待て、俺様が持っているカードは、さっきの赤の3と黒の1、Kの他に、赤の1が二枚、赤の2、それに黒の2。この七枚だ。参ったな、数字の小さいカードばっかりだ。これじゃあゴールにたどり着くまでに時間がかかって、相手の圧勝に終わっちまうかもしれない。結局このゲーム、手札の運が勝敗を決めるんじゃないのか?


 ……こういう疑問はもっともだ。しかし、『駄段々』の本性はここからなんだ。覚えてるか? 『特殊カードを使用するとき、そのカードの絵を明確に相手に見せた上で、階段の真上の方にぶん投げないといけない』というルールがある。なのに、『数字カード』を使用するときには、別にそんなことをする必要はないよな。実は、これにはちゃんと理由があるんだよ。{{傍点|文章=『数字カード』を使うとき、ちゃんと嘘をつけるようにするため}}さ! そう、『数字カード』を使うときには、嘘をついてもいいんだ。このゲームの基本は、相手を出し抜いて速くゴールするために、嘘の数字を張りまくるというところにある。
 ……こういう疑問はもっともだ。しかし、『駄段々』の本性はここからなんだ。覚えてるか? 『特殊カードを使用するとき、そのカードの絵を明確に相手に見せた上で、階段の真上の方にぶん投げないといけない』というルールがある。なのに、『数字カード』を使用するときには、別にそんなことをする必要はないよな。実は、これにはちゃんと理由があるんだよ。{{傍点|文章=『数字カード』を使うとき、ちゃんと嘘をつけるようにするため}}さ! そう、『数字カード』を使うときには、嘘をついてもいいんだ。このゲームの基本は、相手を出し抜いて速くゴールするために、嘘の数字を張りまくるというところにある。
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 クリームパンダはそう言って、拍手を二回響かせた。観客が総立ちで拳を突き上げる中、一階のステージに現れた思想者の男、あるいは{{傍点|文章=今日の獲物}}と呼ぶべきか、彼は二人の軍人に前後を囲まれ、麻の縄で胴と腕を後ろ手に縛られていた。
 クリームパンダはそう言って、拍手を二回響かせた。観客が総立ちで拳を突き上げる中、一階のステージに現れた思想者の男、あるいは{{傍点|文章=今日の獲物}}と呼ぶべきか、彼は二人の軍人に前後を囲まれ、麻の縄で胴と腕を後ろ手に縛られていた。


===3 ただいま開幕サーカスショー===
===3 ショーの幕開け===
 
「さあ、今日の思想者はこいつだ! 先日の『大摘発』によってパクられた一味の、最後の生き残りらしい。おい、お前、なんか言ってみろよ」
 
 そう言うと、クリームパンダはマイクを男に突き出す。男は半笑いでこう返した。
 
「おいお前、迷彩ズボンに上は裸って、どういうファッションセンスなんだ? 追い剥ぎに遭った敗残兵のコスプレでもしてるのか?」
 
 この瞬間、会場の誰もが、今回のサーカスは『0ターン』に賭けた者の勝利に終わると思ったが、当のクリームパンダは腹を叩いて大笑いしていた。どうやら今日の支配人は機嫌がいいらしい。
 
「ワーオ! なるほど、さすがは生き残り。なかなか図太いやつだ。ただし、そのへらへらした態度もいつまで{{傍点|文章=もつ}}かなあ?」
 
 クリームパンダは観客席の方に振り返って、にやりと笑う。
 
「さあ始めよう! 本日のサーカス、『賭け駄段々』を!」
 
 観客席のボルテージは最高潮だ。各フロアに設置されたフロントには、今日のオッズが張り出されている。最も人気なのは『三ターン』、最も不人気なのは『殺されない』という賭けらしく、『殺されない』場合の払戻金は一万倍と表記されていた。もっとも、それはただのいたずら書きだったが。二人の軍人は、男をエスカレーターの上まで連れてきて、縄をほどいた後、自らも観客席に移動した。どこからか現れた支配人の助手らしいスーツ姿の男が、クリームパンダと思想者にそれぞれ七枚のトランプカードを渡し、これにて『駄段々』の準備は整った。
 
「ああ、そうだ、観客の市民諸君は当然ご存じだろうが、一応説明しておこう。今、このサーカスに存在するルールは、『駄段々』のルールだけだ。……どういう意味か分かるか? つまり、エスカレーターの上の演者たちの間に、{{傍点|文章=法は存在しない}}んだ! 勝手に言ってるわけじゃないぜ。なんならあの{{傍点|文章=女帝}}が定めたことだ。だからもし俺様がゲーム中にこいつを殺しちまっても、何にも問題はない。『駄段々』のルールには、『対戦相手を殺してはならない』なんて一言も書かれてないからなあ! 分かったか、危険思想者の生き残り!」
 
 しかし、思想者の顔に張り付いたにやけ顔は一向に曇らない。
 
「なるほど、なんでもありだな。じゃあ逆に、俺がお前にしょんべんをぶちまけたって何も問題にはならないわけだ!」
 
 これには、観客席からも笑い声が飛んだ。こういうタイプの思想者は、やはり時々現れてくるのだ。今回のサーカスは面白くなりそうだ。
 
「ビャハハハハ、まったく面白いやつだな。そんなお前の気概に免じて、ハンデをやろう。お前が先攻で良いぜ」
 
「よし、じゃあ俺は『数字カード』の黒の5を使う」
 
 男はそのまま5段下降した。この停止したエスカレーターのステップは全部で50段で、よほどの強運で手札に黒の大きい数字のカードが上から順に集まっているでもない限り、必ずどこかで嘘をつく必要がある。ゲームを盛り上げるには、うってつけの階段だった。クリームパンダがおどけた表情で観客席を笑わせている間に、男はターンエンドを宣言した。
 
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