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「まあ待ってくれ、凶暴な市民たち。まずは『駄段々』の説明だ。ここでは前にも何回かやっているから、知っている人も多いと思うが、一応説明させてくれ。裏で待機している思想者にもルールを教えてやらないといけないからな。このゲームは地下賭博場で作られ、大流行したゲームのひとつだ。ギャンブルで脳みその報酬系が腐ったごろつきどもは、刺激を求めて何度も地下賭博場に出向くだろう? それである時、奴らはついに地上の入口から地下賭博場へと続く長い階段を歩いて降りる時間すら退屈に思うようになっちまったらしい。こうして考え出されたのが、階段とトランプだけを使って遊べるこのゲーム、『駄段々』ってわけだ。 | 「まあ待ってくれ、凶暴な市民たち。まずは『駄段々』の説明だ。ここでは前にも何回かやっているから、知っている人も多いと思うが、一応説明させてくれ。裏で待機している思想者にもルールを教えてやらないといけないからな。このゲームは地下賭博場で作られ、大流行したゲームのひとつだ。ギャンブルで脳みその報酬系が腐ったごろつきどもは、刺激を求めて何度も地下賭博場に出向くだろう? それである時、奴らはついに地上の入口から地下賭博場へと続く長い階段を歩いて降りる時間すら退屈に思うようになっちまったらしい。こうして考え出されたのが、階段とトランプだけを使って遊べるこのゲーム、『駄段々』ってわけだ。 | ||
ルールを説明しよう。このゲームの勝利条件は、『階段を下りきること』! 簡単だろう? ただし、逆に階段を上りきってしまうと敗北になる。ただし、ゲーム開始時はそもそも階段を上りきった場所から始めるから例外だ。それで、段の移動はもちろん勝手にやっていいわけじゃない。ただの階段駆け下り競争になっちまうからな。ここでトランプを使うんだ。プレイヤーは、七枚のランダムなカードで構成された手札をゲーム開始時に受け取る。そして、各ターンにそれぞれ一回ずつ『数字カード』を使うことで階段を上り下りする。『駄段々』は、ターン制バトルなんだ。プレイヤーが移動したとき、ターンは即座に次のプレイヤーに移り変わる。だからもちろん、ターンを渡さないためだけの度を越した遅延行為は禁止されている。 | |||
『数字カード』は、<ruby>A<rt>エース</rt></ruby>から10の数札に<ruby>J<rt>ジャック</rt></ruby>を加えたものだ。プレイヤーは宣言した『数字カード』にある数字の分だけ移動できるが、そのカードの効果は一枚につき一度しか使うことができない。ああ、もちろんJは11に相当するぜ。ここで気をつけるのは、それが黒のカード、つまりスペードかクラブのカードなら階段を下る方向に移動し、逆に赤のカード、つまりハートかダイヤのカードなら階段を上る方向に移動するってところだ。ややこしいだろう? ちなみに、ゲーム開始時に赤のカードを使うことはできない。当然だが、上がる段がないからな」 | |||
そう言うと、クリームパンダは懐からカードをいくつか取り出し、動きを実演してみせた。ハートの3なら3段上昇、クラブのAなら1段下降。次に彼が観客に見せびらかしたのは―― | |||
「よおし、見ろ、これぞキングだ! 『数字カード』以外のカード、つまり<ruby>Q<rt>クイーン</rt></ruby>、<ruby>K<rt>キング</rt></ruby>、そして<ruby>JK<rt>ジョーカー</rt></ruby>は、駄段々では『特殊カード』と呼ばれる。こいつらの特徴の一つは、『数字カード』とは違って、自分のターンじゃなくてもお構いなしに発動できることだ。ただし、使うときにはカードの絵を明確に相手に見せた上で、階段の遠くにぶん投げないといけない。面白いだろ? ずいぶん妙だが、大事なルールだ。覚えておいてくれ。ちなみに、何らかの理由でぶん投げられたカードは、その次のターンからはプレイヤーの誰でも勝手に拾っていい。だから、『数字カード』と違って、『特殊カード』の効果はある意味再利用することができるんだ。で、こっからが本題だ。『特殊カード』は色が黒とか赤とかに関係なく、その名の通り強力な特殊効果を持つ。まずは……QとK。女王と王だ。こいつをぶん投げるってのが何を意味してるか、頭脳明晰な市民諸君にはもうお分かりだろう――{{傍点|文章=革命だ}}!」 | 「よおし、見ろ、これぞキングだ! 『数字カード』以外のカード、つまり<ruby>Q<rt>クイーン</rt></ruby>、<ruby>K<rt>キング</rt></ruby>、そして<ruby>JK<rt>ジョーカー</rt></ruby>は、駄段々では『特殊カード』と呼ばれる。こいつらの特徴の一つは、『数字カード』とは違って、自分のターンじゃなくてもお構いなしに発動できることだ。ただし、使うときにはカードの絵を明確に相手に見せた上で、階段の遠くにぶん投げないといけない。面白いだろ? ずいぶん妙だが、大事なルールだ。覚えておいてくれ。ちなみに、何らかの理由でぶん投げられたカードは、その次のターンからはプレイヤーの誰でも勝手に拾っていい。だから、『数字カード』と違って、『特殊カード』の効果はある意味再利用することができるんだ。で、こっからが本題だ。『特殊カード』は色が黒とか赤とかに関係なく、その名の通り強力な特殊効果を持つ。まずは……QとK。女王と王だ。こいつをぶん投げるってのが何を意味してるか、頭脳明晰な市民諸君にはもうお分かりだろう――{{傍点|文章=革命だ}}!」 | ||
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ここでクリームパンダは、懐に入っていたカードをすべて引っ張り出した。先ほどの三枚のカードを含む七枚のカードを舐め回すように見た後、あからさまな演技の困り顔をして、出しぬけにこう言った。 | ここでクリームパンダは、懐に入っていたカードをすべて引っ張り出した。先ほどの三枚のカードを含む七枚のカードを舐め回すように見た後、あからさまな演技の困り顔をして、出しぬけにこう言った。 | ||
「んー? おいおい待て待て、俺様が持っているカードは、さっきの赤の3と黒の1、Kの他に、赤のAが二枚、赤の2、それに黒の2。この七枚だ。参ったな、数字の小さいカードばっかりだ。『数字カード』の効果は一枚につき一回だから、これじゃあゴールにたどり着くことができないじゃないか。このゲーム、結局手札の運だけが勝敗を決めるんじゃないのか? | |||
……こういう疑問はもっともだ。しかし、『駄段々』の本性はここからなんだ。覚えてるか? 『特殊カードを使用するとき、そのカードの絵を明確に相手に見せた上で、階段の遠くにぶん投げないといけない』というルールがある。なのに、『数字カード』を使用するときには、別にそんなことをする必要はないよな。実は、これにはちゃんと理由があるんだよ。{{傍点|文章=『数字カード』を使うとき、ちゃんと嘘をつけるようにするため}}さ! そう、『数字カード』を使うときには、嘘をついてもいいんだ。このゲームの基本は、ゴールにたどり着くまでに嘘の数字を張りまくるというところにある。 | ……こういう疑問はもっともだ。しかし、『駄段々』の本性はここからなんだ。覚えてるか? 『特殊カードを使用するとき、そのカードの絵を明確に相手に見せた上で、階段の遠くにぶん投げないといけない』というルールがある。なのに、『数字カード』を使用するときには、別にそんなことをする必要はないよな。実は、これにはちゃんと理由があるんだよ。{{傍点|文章=『数字カード』を使うとき、ちゃんと嘘をつけるようにするため}}さ! そう、『数字カード』を使うときには、嘘をついてもいいんだ。このゲームの基本は、ゴールにたどり着くまでに嘘の数字を張りまくるというところにある。 | ||
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「さあ始めよう! 本日のサーカス、『賭け駄段々』を!」 | 「さあ始めよう! 本日のサーカス、『賭け駄段々』を!」 | ||
観客席のボルテージは最高潮だ。各フロアに設置されたフロントには、今日のオッズが張り出されている。最も人気なのは『三ターン』、最も不人気なのは『殺されない』という賭けらしく、『殺されない』場合の払戻金は一万倍と表記されていた。もっとも、それはただのいたずら書きだったが。二人の警官は、男をエスカレーターの上まで連れてきて、縄をほどいた後、自らも観客席に移動した。どこからか現れた支配人の助手らしいスーツ姿の男が、クリームパンダと思想者にそれぞれ七枚のトランプカード――いたって普通のもので、裏には真っ赤な細密画が描かれている――を渡し、『駄段々』の準備は整った。 | |||
「ああ、そうだ、観客の市民諸君は当然ご存じだろうが、一応説明しておこう。今、このサーカスに存在するルールは、『駄段々』のルールだけだ。こいつは死んでも守らないといけない。こいつを破れば、そこにいる警官に射殺されちまうからな。あの{{傍点|文章=女帝}}にそう命じられているらしい。……しかし、裏を返せば、それ以外に守らないといけないルールなんて一つもないんだ。どういう意味か分かるか? つまり、エスカレーターの上の演者たちの間に、{{傍点|文章=法は存在しない}}んだ! 勝手に言ってるわけじゃないぜ。これも{{傍点|文章=女帝}}が定めたことだ。だからもし俺様がゲーム中にこいつを殺しちまっても、何も問題はない。『駄段々』のルールには、『対戦相手を殺してはならない』なんて一言も書かれてないからなあ! 分かったか、危険思想者の生き残り!」 | 「ああ、そうだ、観客の市民諸君は当然ご存じだろうが、一応説明しておこう。今、このサーカスに存在するルールは、『駄段々』のルールだけだ。こいつは死んでも守らないといけない。こいつを破れば、そこにいる警官に射殺されちまうからな。あの{{傍点|文章=女帝}}にそう命じられているらしい。……しかし、裏を返せば、それ以外に守らないといけないルールなんて一つもないんだ。どういう意味か分かるか? つまり、エスカレーターの上の演者たちの間に、{{傍点|文章=法は存在しない}}んだ! 勝手に言ってるわけじゃないぜ。これも{{傍点|文章=女帝}}が定めたことだ。だからもし俺様がゲーム中にこいつを殺しちまっても、何も問題はない。『駄段々』のルールには、『対戦相手を殺してはならない』なんて一言も書かれてないからなあ! 分かったか、危険思想者の生き残り!」 | ||
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「よし、俺のターン。もちろん黒の4だ」 | 「よし、俺のターン。もちろん黒の4だ」 | ||
そう言って、男はさらに4段を下る。彼はその道中で、幸運にもクリームパンダが使用して投げ飛ばしたJKを拾うことができた。 | |||
「お、ラッキー。……で、一応言っとくが、俺はルール違反なんて一切してないぜ? 『相手の手札をどっかにぶちまけてはならない』なんて言ってなかったよな? さて、これでお前は俺を殺せない。さっき見せたばかりの二枚目の黒の4を疑って、無駄な『駄段々』でもしてみるか? 俺がお前の5段下にいる以上、銃を失ったお前の攻撃は、ひとつも俺には届かない。まあ、ゲームのルールを無視して突っ込んできたって、別に俺は構わないぞ。愚かな思想者に出し抜かれた、最も愚かなサーカス執行人として、お前があそこの警官に射殺されるだけだからな。悔し紛れに俺にしょんべんでもひっかけてみるか? 5段下まで届くお前唯一の攻撃手段だ!」 | |||
観客席はたちどころに動揺し始めた――この状況で、クリームパンダに何ができるだろうか? 彼は拳銃を失い、思想者を殺せなくなったばかりか、このゲーム自体に勝利することさえ不可能になったのではないか? 思想者は黒の4を二回とも使い終わったし、「革命」を起こせるカードも持っていないから、嘘の「数字カード」を宣言して階段を下っていくしかなく、これはクリームパンダにとっても同じことだ。しかし、最も下の段にたどり着いた後、ゴールをするために嘘の宣言をしてしまうと、相手に「駄段々」を行われて即座に敗北のペナルティを食らうことになるのは目に見えている。ルールに則れば、ゲームはここで完全な膠着状態に陥るだろう。 | 観客席はたちどころに動揺し始めた――この状況で、クリームパンダに何ができるだろうか? 彼は拳銃を失い、思想者を殺せなくなったばかりか、このゲーム自体に勝利することさえ不可能になったのではないか? 思想者は黒の4を二回とも使い終わったし、「革命」を起こせるカードも持っていないから、嘘の「数字カード」を宣言して階段を下っていくしかなく、これはクリームパンダにとっても同じことだ。しかし、最も下の段にたどり着いた後、ゴールをするために嘘の宣言をしてしまうと、相手に「駄段々」を行われて即座に敗北のペナルティを食らうことになるのは目に見えている。ルールに則れば、ゲームはここで完全な膠着状態に陥るだろう。 | ||
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<big>'''5 逆転、そして革命'''</big> | <big>'''5 逆転、そして革命'''</big> | ||
「ビャハハハハ! 驚いたか! このエスカレーターは、普段は電気がもったいないから動かしていないだけだ。いざとなったら、こんな風に使うこともできる! ……よし、一旦ストップだ」 | |||
そう言うと、助手はすぐに分電盤のレバーを上げ、エスカレーターは再び停止した。この一連の運動でパンダが立っているステップが移動した距離はたった1段分に過ぎなかったが、それでも元が3段目だったから、ステップはほとんど終端に迫っていた。やはりエスカレーターらしく、段どうしの段差も狭まっているようだ。そんな中、彼は仁王立ちで腕を組み、『数字カード』を宣言した。 | |||
「さて、今は俺のターンだよな? じゃあ、赤のAだ」 | |||
ここで、観客の中にもちらほらと、クリームパンダの「打開策」を理解したものが現れ始めた。彼はエスカレーターを使うことで、両者に同等に与えられたジレンマによる膠着状態を解消し、代わりに思想者一人にジレンマを押し付けた状況をつくることに成功したのだ。――このクリームパンダの「赤のA」宣言は、言うまでもなく嘘だと分かる。手札を一枚も持っていないのだから、当然だ。しかし、思想者はこれに対して「駄段々」を行うことができない。なぜならば、この状況で「駄段々」を成功させてしまえば、{{傍点|文章=思想者はクリームパンダと階段上の位置を交換しなければならない}}からだ。それはつまり、階段を上りきる一歩手前に移動してしまうことを意味する。もしそうなった場合、何が起こるかは明白だ――クリームパンダは再びエスカレーターを起動させ、強制的に思想者を階段の終端まで運んでしまうだろう。こうして、思想者の敗北によって、クリームパンダは勝利を手にするのだ。 | |||
「『駄段々』はないな? じゃあ、1段上に上がるぞ」 | |||
こう言って、クリームパンダはエスカレーターの最上段に上がった。そのステップは、見えている部分がもう半分もなく、エスカレーターの銀の終端に呑み込まれる寸前で停止していた。 | |||
「さて、思想者、お前のターンだ。じっくり考えるがいい」 | |||
思想者が持っている手札は、先程と変わらない七枚のカードに、拾ったJKを加えた計八枚で、黒の4が二枚、赤のJが二枚、赤の10が二枚、赤の9が一枚とJKが一枚である。彼は8段目まで階段を下りた後、エスカレーターによって1段上昇させられたから、今は7段目にいることになる。さて、この状況で、彼はどのカードを使うべきだろうか? 不幸にも、赤のカードの数字はすべて7より大きいから、階段を上りきってしまう。赤のカードは使えない。なら、黒の4か? 否。黒の4はもう二枚とも使ってしまっているし、三枚目があると嘘をつくにしても、JKで手札を見たクリームパンダには通用しない。ここで「駄段々」を行われたが最後、思想者はクリームパンダと階段上の位置を入れ替えられ、エスカレーターの崖際に立たされるだろう。この状況を動かす手段は、事実、存在していなかった。思想者はここで嘘の宣言をするしかなく、しかし嘘の宣言をすることは敗北を意味している。このジレンマは、エスカレーターが動かなかった場合に想定された『膠着状態』におけるそれとまったく変わらないものだったが、ただ一つ違うのはやはり、このジレンマを持つものが思想者ただ一人であるということだった。一人で勝手に膠着状態になるのは、膠着ではなくただの遅延行為だ。そして、「ターンを渡さないためだけの度を越した遅延行為」は、明確にルールによって禁止されていた。その遅延行為が実際のところ「ターンを渡さないため」 |
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