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「看護が楽になること」――このサイトは、こう結論づけた。ロボトミーが生まれた時代、精神病院は患者で溢れかえっていた。中には暴力的で手に負えない患者も多くいただろう。実際、ロボトミーの先取りとなったある手術は、患者の攻撃性の緩和を目的にしていたという。ロボトミーは、患者から感情と知性を奪うことで、「楽な患者」を実現させていたのだ。俺はここでようやく、このサイトが何を言おうとしているのかを理解しはじめた。さらに読み進めると、話はやはりあの治験薬に戻る。これは新しいロボトミーに他ならない、という記述が、目に飛び込んでくる。 | 「看護が楽になること」――このサイトは、こう結論づけた。ロボトミーが生まれた時代、精神病院は患者で溢れかえっていた。中には暴力的で手に負えない患者も多くいただろう。実際、ロボトミーの先取りとなったある手術は、患者の攻撃性の緩和を目的にしていたという。ロボトミーは、患者から感情と知性を奪うことで、「楽な患者」を実現させていたのだ。俺はここでようやく、このサイトが何を言おうとしているのかを理解しはじめた。さらに読み進めると、話はやはりあの治験薬に戻る。これは新しいロボトミーに他ならない、という記述が、目に飛び込んでくる。 | ||
単に外科手術で人格を破壊するのではない。あの治験薬が引き起こすのは、ここ数年の医学的技術の躍進によって可能になった、服薬による高度な人格の操作なのだという。この薬は服用するごとに認知症患者の本来の人格を変えていき、介護者にとって最も理想的とされる人格を植え替えてしまうのだ。このサイトの考察によれば、それは「幼児の人格」だという。拙い言葉を喋り、いつも笑顔で、愛くるしい。そんな「楽な患者」を、精神病院の医師たちではなく、今度は日本の何千万もの介護者たちが求めているのだ。 | |||
このサイトに書かれていることが正しいのかは分からない。しかし、俺は一刻も早く祥子の担当医と話がしたいと思った。スマートフォンをテーブルの上に置く。気づけば長い時間が経っていたようだが、祥子はまだしくしく泣いていた。気づくと俺は車の運転席にいて、病院に向かっていた。 |
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