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<span style="font-size:150%">ある少年の夢</span> | |||
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「たっくん」 | 「たっくん」 | ||
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品瀬の排除成功の勢いそのまま、志仁田は町に繰り出した。まず、志仁田は場所を確保した。電車に乗って東京まで出ていき、少し歩いていると広い河川敷を見つけたので、志仁田はそこを休憩所に定めた。川辺では冷たい風が身を切るように吹いていたが、それを見越した厚着をしていた志仁田は自らの周到さに惚れ惚れした。近くを通りがかった歩行者に聞いてみると、その大きい川は隅田川だという。志仁田はそこで行われる花火大会のことを思い出し、爆死も悪くないなと思ったが、いまさらに集中せねばとすぐに思い直した。 | 品瀬の排除成功の勢いそのまま、志仁田は町に繰り出した。まず、志仁田は場所を確保した。電車に乗って東京まで出ていき、少し歩いていると広い河川敷を見つけたので、志仁田はそこを休憩所に定めた。川辺では冷たい風が身を切るように吹いていたが、それを見越した厚着をしていた志仁田は自らの周到さに惚れ惚れした。近くを通りがかった歩行者に聞いてみると、その大きい川は隅田川だという。志仁田はそこで行われる花火大会のことを思い出し、爆死も悪くないなと思ったが、いまさらに集中せねばとすぐに思い直した。 | ||
せせらぎや散歩に訪れる人々の心地良い喧騒が優しく響いており、そこはとても気分が良かった。時刻は正午に近づいていたので、志仁田はおにぎりを土手に座って食べた。朝は対品瀬工作などで忙しかったが、いつも自分でお弁当を作って学校に行っていたから、ちゃっちゃとおにぎりをいくつか握る程度のことは志仁田にとって朝飯前だった。夕食はいまさらにするので、これが最後の昼餐になると思うと、この手で直に握ったおむすびがいつもより美味しく感じるのであった。デザートには、これも家から持ってきたみかんを一つ食べた。みかんの旬は冬であるが、この寒い季節に食べる甘いみかんが一番美味しいと志仁田は思っている。この偶然の一致は、志仁田がこの世で最も感謝している奇跡であった。手で皮を剥いて汚れた指を、川の水で洗った。それはとても冷たく、指をハンカチで拭いた後、志仁田は縮こまりながら息を吐きかけた。 | |||
腹ごしらえのあと、すぐ近くのなんか人が多くいる公民館に行くと、志仁田はそこにいた人々になぜかめちゃめちゃ歓待された。志仁田が大きな机と皿を借りたい旨を話すと、なぜかめちゃめちゃ快く貸してくれ、あまつさえ手伝いを申し出てくれもした。公民館には料理教室でも開いていたのか、学校の家庭科室のような部屋があった。志仁田はありがたくその部屋の道具を貸してもらい、いまさらの材料集めをお願いした。人々の歓迎ぶりには、先の小惑星事変の際、超人的な強靭さで次々と隕石を砕き割っていく少女の姿が世界中で広く伝えられたという背景があったのだが、志仁田には知る由もない。 | 腹ごしらえのあと、すぐ近くのなんか人が多くいる公民館に行くと、志仁田はそこにいた人々になぜかめちゃめちゃ歓待された。志仁田が大きな机と皿を借りたい旨を話すと、なぜかめちゃめちゃ快く貸してくれ、あまつさえ手伝いを申し出てくれもした。公民館には料理教室でも開いていたのか、学校の家庭科室のような部屋があった。志仁田はありがたくその部屋の道具を貸してもらい、いまさらの材料集めをお願いした。人々の歓迎ぶりには、先の小惑星事変の際、超人的な強靭さで次々と隕石を砕き割っていく少女の姿が世界中で広く伝えられたという背景があったのだが、志仁田には知る由もない。 | ||
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<br> 膝ががくんと折れ、両手を床についた。背中が大きく波打ち、志仁田は激しく嘔吐した。激痛が腹部を襲い、たまらず床に片肘をつく。嘔気がとめどなく込み上げてきて息が吸えず、涙と酸欠で視界が狭まっていく。誰か救急車を呼んでくれという品瀬の叫び声が聞こえてきて、これが死かと志仁田は思い、待ち望んだそれに何か思う暇もなく、再度の嘔吐とともに志仁田は意識を失った。 | <br> 膝ががくんと折れ、両手を床についた。背中が大きく波打ち、志仁田は激しく嘔吐した。激痛が腹部を襲い、たまらず床に片肘をつく。嘔気がとめどなく込み上げてきて息が吸えず、涙と酸欠で視界が狭まっていく。誰か救急車を呼んでくれという品瀬の叫び声が聞こえてきて、これが死かと志仁田は思い、待ち望んだそれに何か思う暇もなく、再度の嘔吐とともに志仁田は意識を失った。 | ||
{{vh|vh=100}} | {{vh|vh=100}} | ||
<span style="font-size:150%">あくる日</span> | |||
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「少女風ちゃん。もう起きて大丈夫なの?」 | 「少女風ちゃん。もう起きて大丈夫なの?」 | ||
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「それは災難だったね」 | 「それは災難だったね」 | ||
「ほんとに。今までこんなことなかったのに。あんなひどい痛みと吐き気も初めてで。でも今は元気」 | |||
「よかった、本当に。これからは気をつけてよ?」 | |||
「……また失敗しちゃった。これで最後って決めてたのに、結局は最後まで失敗続き」 | 「……また失敗しちゃった。これで最後って決めてたのに、結局は最後まで失敗続き」 | ||
412行目: | 418行目: | ||
「なんかあった?」 | 「なんかあった?」 | ||
「僕は昨日これを羽田で拾ったタクシーの中で見てたんだけど……ほら見て、機関銃を皿に入れる少女風ちゃんが写ってる」 | |||
「自分の動画ってなんか恥ずかしい」 | |||
「いやそんなことより、少女風ちゃん、あのとき銃を食べた?」 | 「いやそんなことより、少女風ちゃん、あのとき銃を食べた?」 | ||
428行目: | 434行目: | ||
「うーん……気づかない間に食べちゃったんじゃない?」 | 「うーん……気づかない間に食べちゃったんじゃない?」 | ||
「はは、まさか…………待てよ、<ruby>軽機<rt>けいき</rt></ruby>……?」 | |||
「どうしたの? また変な顔してる」 | 「どうしたの? また変な顔してる」 | ||
442行目: | 448行目: | ||
「……小さい頃の、約束だよ」 | 「……小さい頃の、約束だよ」 | ||
「ふーん。私もお父さんとなんか約束しとけばよかったなあ」 | |||
「そうだ、少女風ちゃん」 | 「そうだ、少女風ちゃん」 | ||
454行目: | 460行目: | ||
「じゃあ僕が預かります」 | 「じゃあ僕が預かります」 | ||
「ひどい! 鬼! 生殺し!」 | |||
「人殺しみたいに言わないの」 | |||
「そういや毎年くれてるっけ。お礼しなきゃね。たっくんの誕生日いつだっけ。プレゼントあげる」 | |||
「1月19日」 | |||
「うわ、過ぎたばっかじゃん」 | |||
「来年でいいよ」 | |||
「ほんと? どんなみかんがいい?」 | |||
「みかんであることは決まりなんだ」 | |||
「てかその有田みかん食べないでよ? 私のだからね!」 | |||
「じゃあ約束しよう。少女風ちゃんが退院したら、僕はこのみかんをあげる。その代わり、来年の僕の誕生日にプレゼントをちょうだい」 | |||
「いいよ」 | |||
「ゆびきりげんまんしよう」 | |||
「え? まあいいけど」 | |||
「ほら、小指出して。ゆびきりげんまん、噓ついたら針千本は呑まさないけどみかんは全部食ーべる!」 | |||
「あ、ひどい!」 | |||
「ゆびきった!」 |
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