「叙述トリック」の版間の差分

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<br>「なんでそんなこと聞くんだ?」
<br>「なんでそんなこと聞くんだ?」
<br>「こないだ読んだ本にあって。ミステリーあたりはからっきしなんですよ」
<br>「こないだ読んだ本にあって。ミステリーあたりはからっきしなんですよ」
<br> 僕はしばらく前にトラブルを起こして大学を退学になり、今は男4人で同居している。ルームシェアだと思えばましだけど…誰が進んで野郎共と一つ屋根の下で住むものか。4人というのは、僕と小島さん、そして京極さんと三津田さん。皆僕より年上だ。あとの2人はまだぐっすり寝こけている。いささか肌寒い。
<br> 僕はしばらく前にトラブルを起こして大学を退学になり、今は男4人で同居している。ルームシェアだと思えばましだけど…誰が進んで野郎共と一つ屋根の下で住むものか。4人というのは、僕と小島さん、そして京極さんと三津田さん。皆僕より年上だ。あとの2人はまだぐっすり寝こけている。部屋はいささか肌寒い。
<br>「はっ、マジかよ」
<br>「はっ、マジかよ」
<br> 小島さんは鼻で笑った。お前がかよ、と顔が語っている。
<br> 小島さんは鼻で笑った。お前がかよ、と顔が語っている。
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「ねえ亮二兄さん、叙述トリックって知ってる?」
「ねえ亮二兄さん、叙述トリックって知ってる?」
<br>「急になんだよケン。まあ知ってるけどさ」
<br>「急になんだよケン。まあ知ってるけどさ」
<br> ケンってのは俺、健児のあだ名だ。詳しくは覚えちゃいないが、お前と同様叙述トリックって言葉を何かの本で見たんだろう。亮二兄さんとは年が離れててな、子供心には何でも知ってるすごい人に思えたのさ。
<br> ケンってのは俺、小島健児のあだ名だ。詳しくは覚えちゃいないが、お前と同様叙述トリックって言葉を何かの本で見たんだろう。亮二兄さんとは年が離れててな、子供心には何でも知ってるすごい人に思えたのさ。
<br> 兄さんは少し難しい言葉遣いで、説明を始めた。
<br>「叙述トリックっていうのはな、'''作者が読者に仕掛けるトリック'''のことだ。そしてそれは必然的に、'''文字媒体であるが故の特性を利用するもの'''になる」
<br>「叙述トリックっていうのはな、'''作者が読者に仕掛けるトリック'''のことだ。そしてそれは必然的に、'''文字媒体であるが故の特性を利用するもの'''になる」
<br>「作者が読者に?」
<br>「作者が読者に?」
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<br>「んん? ちょっと待ってよ兄さん」
<br>「んん? ちょっと待ってよ兄さん」
<br> 一旦頭を整理しないと。黙って兄さんの言うことをトレースしていると、階下からはお袋の笑い声が聞こえてきた。我が家は一軒家とはいえ、部屋と部屋の間の壁が薄いのだ。
<br> 一旦頭を整理しないと。黙って兄さんの言うことをトレースしていると、階下からはお袋の笑い声が聞こえてきた。我が家は一軒家とはいえ、部屋と部屋の間の壁が薄いのだ。
<br> 少し時間をおいて、兄さんが聞いた。
<br>「どうだ?」
<br>「どうだ?」
<br>「うん、何となくわかったよ」
<br>「うん、何となくわかったよ」
38行目: 40行目:
<br> ゴトッとギターが倒れる音がした。
<br> ゴトッとギターが倒れる音がした。
<br>「こうすると、氷がつっかえ棒となって、ドアは開かなくなる。密室ができるわけだ。あとは鍵が掛かっているように見せかけて、氷が溶けるのを待ってドアを破り突入した瞬間鍵を閉めれば、密室の完成というわけだ! まあ床が濡れているのをどうにかして誤魔化さないといけないんだけどな」
<br>「こうすると、氷がつっかえ棒となって、ドアは開かなくなる。密室ができるわけだ。あとは鍵が掛かっているように見せかけて、氷が溶けるのを待ってドアを破り突入した瞬間鍵を閉めれば、密室の完成というわけだ! まあ床が濡れているのをどうにかして誤魔化さないといけないんだけどな」
<br> 正直後半はよく理解できなかったが、兄さんが見事に密室を作り上げたのがすごいと感嘆したよ。今思えば子供騙しの穴だらけなトリックだけどね。
<br> 正直後半はよく理解できなかったが、兄さんが見事に密室を作り上げたのがすごいと感嘆したよ。今思えば子供騙しの穴だらけなトリックだがな。
<br>「どうだケン、兄さんが何したかはわかったか?」
<br>「どうだケン、兄さんが何したかはわかったか?」
<br>「うん!」
<br>「うん!」
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<br>「花子!」
<br>「花子!」
<br> 俺はすぐに答えた。口紅が落ちてたなら犯人は女じゃないか! ところが兄さんは言った。
<br> 俺はすぐに答えた。口紅が落ちてたなら犯人は女じゃないか! ところが兄さんは言った。
<br>「ブブー、残念! 口紅が落ちているということは犯人は女。でも実は、次郎が女で、花子が男だったんです! というわけで正解は次郎でした!」
<br>「ブブー、残念! 口紅が落ちているということは犯人は女。でも実は、次郎は女で、花子は男だったんです! というわけで正解は次郎でした!」
<br> 俺は唖然としていた。だって、そんなことないだろ? すると兄さんは少し焦ったような声で付け足した。
<br> 俺は唖然としていた。だって、そんなことないだろ? すると兄さんは少し焦ったような声で付け足した。
<br>「まあ、これは適当に作っただけだから。ちゃんとしたやつは、もっと丁寧に伏線が張られていて納得できるから安心しろ。こんな風に、'''作者が読者を直接騙す'''のが、叙述トリックだ」
<br>「まあ、これは適当に作っただけだから。ちゃんとしたやつは、もっと丁寧に伏線が張られていて納得できるから安心しろ。こんな風に、'''作者が読者を直接騙す'''のが、叙述トリックだ」
<br>「作者が読者を騙す…」
<br>「作者が読者を騙す…」
<br>「そしてそれは'''フェアでなくちゃいけない'''。さっきの例で行くと、途中で『花子は三郎の<ruby><rt>、</rt></ruby>だ』と書いてあるのに、最後になって『花子は男なんです!』と言っちゃあダメだ。整合性が取れないだろ? ただし語り手が勘違いしているなどの事情があれば構わないから、'''三人称の地の文で虚偽を書いてはいけない'''とされるのが一般的だな」
<br>「そしてそれは'''フェアでなくちゃいけない'''。さっきの例で行くと、途中で『花子は三郎の{{傍点|文章=}}だ』と書いてあるのに、最後になって『花子は男なんです!』と言っちゃあダメだ。整合性が取れてないだろ? ただし語り手が勘違いしているなどの事情があれば構わないから、'''三人称の地の文で虚偽を書いてはいけない'''とされるのが一般的だな」
<br> 当時の俺は分かったような分からないような感じだったが、疑問は残った。
<br> 当時の俺は分かったような分からないような感じだったが、疑問は残った。
<br>「なんでそんなことするの?」
<br>「なんでそんなことするの?」
<br>「まあ、理由は大きく分けて2つだろうな。
<br>「まあ、理由は大きく分けて2つだろうな。
<br> 1つは、'''ミステリの難易度を上げるため'''だ。ミステリには、犯人とかを当てる作者vs読者のバトルっていう一面があるんだ。どうしても勝ちたい作者が、こんなトリックを仕掛けるんだ。お前もさっき正解できなかっただろ? そういうことだ。
<br> 1つは、'''ミステリの難易度を上げるため'''だ。ミステリには、犯人とかを当てる、作者vs読者のバトルっていう一面があるんだ。どうしても勝ちたい作者が、こんなトリックを仕掛けるんだ。お前もさっき正解できなかっただろ? そういうことだ。
<br> 2つ目は、'''読者を驚かせるため'''だ。さっき俺の話を聞いたお前は驚いたろ? 世の中には、驚かされるのが楽しいっていう変な人種がいるんだ。そいつらを喜ばせるために作者は叙述トリックを仕掛けるのさ。
<br> 2つ目は、'''読者を驚かせるため'''だ。さっき俺の話を聞いたお前は驚いたろ? 世の中には、驚かされるのが楽しいっていう変な人種がいるんだ。そいつらを喜ばせるために作者は叙述トリックを仕掛けるのさ。
<br> おっと、長く喋り過ぎたな。もう小学生は寝る時間だ。じゃあ、おやすみ」
<br> おっと、長く喋り過ぎたな。もう小学生は寝る時間だ。じゃあ、おやすみ」
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