「利用者:Notorious/サンドボックス/ぬいぐるみ」の版間の差分

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すぐにもう一発のミサイルが撃ち込まれる。それは正確に標的の方へ飛んでいき、今度は巨人の肩に着弾した。巨人は顕著に反応した。姿は見えないが虫の羽音が聞こえたときのように、盲滅法に腕を振り回す。みたびミサイルが巨人の鉄の皮膚を穿ち、巨人の恐慌はヒートアップした。
すぐにもう一発のミサイルが撃ち込まれる。それは正確に標的の方へ飛んでいき、今度は巨人の肩に着弾した。巨人は顕著に反応した。姿は見えないが虫の羽音が聞こえたときのように、盲滅法に腕を振り回す。みたびミサイルが巨人の鉄の皮膚を穿ち、巨人の恐慌はヒートアップした。


攻撃が効いている。そう喜ぶ余裕は、雅登には全く無かった。雅登の心中は、ヘリのパイロットへの怨嗟で満ちていた。なんだって俺の真上に陣取ったんだ、これじゃあ俺が巻き添えを食いかねねえじゃねえか。嫌な予感につき動かされ、雅登は立ち上がり、再び一目散に走り出した。巨人のいない方へ、道をまっすぐ逃げる。
攻撃が効いている。そう喜ぶ余裕は、雅登には全く無かった。雅登の心中は、ヘリのパイロットへの怨嗟で満ちていた。なんだって俺の真上に陣取ったんだ、これじゃあ俺が巻き添えを食いかねない。嫌な予感につき動かされ、雅登は立ち上がり、再び一目散に走り出した。巨人のいない方へ、道をまっすぐ逃げる。


ヘリは猛攻を加えていた。友機が撃墜された恨みも籠めてか、空対地ミサイルを絶え間なく発射し続ける。何せ的が大きい。巨人から300メートル離れていても、外れる攻撃は無かった。一発一発の威力は小さくとも、少しずつ少しずつ巨人の装甲を削ることができている。
ヘリは猛攻を加えていた。友機が撃墜された恨みも籠めてか、空対地ミサイルを絶え間なく発射し続ける。何せ的が大きい。巨人から300メートル離れていても、外れる攻撃は無かった。一発一発の威力は小さくとも、少しずつ少しずつ巨人の装甲を削ることができている。
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雅登は心の中で、ヘリに向かって快哉を叫んだ。よくやった、頑張れ! ヘリからは100メートルほど離れたが、道がまっすぐだから、ヘリも巨人もよく見えた。もしかしたら、逃げ切れるかもしれない。
雅登は心の中で、ヘリに向かって快哉を叫んだ。よくやった、頑張れ! ヘリからは100メートルほど離れたが、道がまっすぐだから、ヘリも巨人もよく見えた。もしかしたら、逃げ切れるかもしれない。


その瞬間、ヘリが巨人と反対方向に吹っ飛んだ。いや違う、巨人の重力がなくなったんだ、と雅登は瞬時に思い直した。引力を相殺するための推力が不要になり、放り出されたのだ。あたかも綱引きの最中に、相手が突然綱を離したかのように。ヘリは激しく回転して高度を下げてくる。ちょうど雅登の方へと。雅登の顔から血の気が引いた。だから、だから……。走るスピードを上げようとした途端、何かに激突し、胸をしたたかに打った。吐きそうになり、思わずアスファルトに倒れ込む。
その瞬間、ヘリが巨人と反対方向に吹っ飛んだ。いや違う、巨人の重力がなくなったんだ、と雅登は瞬時に思い直した。引力を相殺するための推力が不要になり、放り出されたのだ。あたかも綱引きの最中に、相手が突然綱を離したかのように。ヘリは激しく回転して高度を下げてくる。ちょうど雅登の方へと。雅登の顔から血の気が引いた。だから、こっちに来るなって……。走るスピードを上げようとした途端、何かに激突し、胸をしたたかに打った。吐きそうになり、思わずアスファルトに倒れ込む。


後ろばかり見ていたのが仇となり、乗り捨てられた車にぶつかってしまったのだ。一瞬ののち雅登は空を見上げた。ヘリは体勢を整えていた。だいぶ高度は落ち、橇がしっかり見えるほどだったが。よかった、なんとか凌げた、と思った直後、雅登は巨人の動きに気づいた。
後ろばかり見ていたのが仇となり、乗り捨てられた車にぶつかってしまったのだ。一瞬ののち雅登は空を見上げた。ヘリは体勢を整えていた。だいぶ高度は落ち、橇がしっかり見えるほどだったが。よかった、なんとか凌げた、と思った直後、雅登は巨人の動きに気づいた。
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<br>高速の瓦礫は、散弾のようにヘリを襲った。散弾の範囲は、動けない雅登の少しだけ上に広がっていた。唸りを上げて飛んできた無数のコンクリート片は、ヘリコプターと周りのビルや道路を砕いた。
<br>高速の瓦礫は、散弾のようにヘリを襲った。散弾の範囲は、動けない雅登の少しだけ上に広がっていた。唸りを上げて飛んできた無数のコンクリート片は、ヘリコプターと周りのビルや道路を砕いた。


ドガガガガと死の散弾が相次いで着弾し、雅登の後ろで石の煙が上がる。腰が抜けて、立つことができない。直後、上で爆発音がした。ヘリが胴から黒煙をあげ、激しく回転しながら落ちてくる。ヘリは最後の最後にバランスを崩し、50メートルほど先で、横倒しになって墜落した。その瞬間大きな爆発が起こり、死の回転刃と化した外れたプロペラが猛スピードで雅登を襲った。雅登が横に飛び退いた瞬間、プロペラは一瞬前まで雅登が空間を裂き、車に突き刺さった。
ドガガガガと死の散弾が相次いで着弾し、雅登の後ろで石の煙が上がる。腰が抜けて、立つことができない。直後、上で爆発音がした。ヘリが胴から黒煙をあげ、激しく回転しながら落ちてくる。ヘリは最後の最後にバランスを崩し、50メートルほど先で、横倒しになって墜落した。その瞬間大きな爆発が起こり、外れたプロペラが火焔を切り裂いて道路を駆ける。巨大な回転刃は、猛スピードで雅登を襲った。雅登が横に飛び退いた瞬間、プロペラは一瞬前まで雅登が空間を裂き、車に深々と突き刺さった。プロペラに衝突された車は横転し、そして爆炎を上げた。雅登は爆風に吹っ飛ばされ、路面に転がった。炎の熱は頬を炙り、光は辺りを明るく照らしていた。


しばし雅登は呆然としていた。アスファルトにへたりこんだまま、どれほど放心していたかわからない。地面が大きく揺れ、雅登は我に返った。地響きの正体は、巨人の足音だった。こちらに向かって歩いてきている。黒い体に火をまとった巨体。それが、ゆっくりと、しかし一歩ずつ、近づいてきている。
しばし雅登は呆然としていた。アスファルトにへたりこんだまま、どれほど放心していたかわからない。地面が大きく揺れ、雅登は我に返った。地響きの正体は、巨人の足音だった。こちらに向かって歩いてきている。黒い体に火をまとった巨体が、炎をあげるヘリの残骸の向こうに聳え立っているのが見えた。それが、ゆっくりと、しかし一歩ずつ、近づいてきている。
<br>「……もう許してくれよ」
<br>「……もう許してくれよ」
<br>目から涙がこぼれた。
<br>目から涙がこぼれた。
<br>「なんで、なんでこっちにくるんだよ。あっち行けよ。なんで……」
<br>「なんで、なんでこっちにくるんだよ。あっちいけよ。なんで……」
<br>逃げなくては。ふと、思い出した。ここから、あの巨人から、逃げなくては。雅登は震える足で、また立ち上がり、よたよたと走った。巨人が歩むたびに地面が揺れ、転びそうになる。道にはコンクリート片が散らばり、何度も躓きそうになる。
<br>逃げなくては。ふと、思い出した。ここから、あの巨人から、逃げなくては。雅登は震える足で、また立ち上がり、よたよたと走った。巨人が歩むたびに地面が揺れ、転びそうになる。道にはコンクリート片が散らばり、何度もそれに躓きそうになる。


嗚咽で息ができず、また倒れ込んだ。手の平が痛み、安里駅で負った傷を思い出した。ほんの数十分前の出来事のはずなのに、遥か昔のことのように思える。巨人の足音が、地獄の鐘の音に聞こえた。あれは、俺の死刑判決を知らせているんだ。逃げられないぞと、そう知らせてるんだ……。
嗚咽で息ができず、また倒れ込んだ。手の平が痛み、安里駅で負った傷を思い出した。ほんの数十分前の出来事のはずなのに、遥か昔のことのように思える。巨人の足音が、地獄の鐘の音に聞こえた。あれは、俺の死刑判決を知らせているんだ。逃げられないぞと、そう知らせてるんだ……。
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地面が激しく揺れ、土煙がもうもうと舞い上がり、雅登を包み込んだ。雅登は頭を抱えて地面に伏せ、じっとしていた。たっぷり5分は経っただろうか。土煙が晴れ、呼吸もしやすくなってから、雅登はおそるおそる身を起こした。体に積もった粉塵を払い、振り返った。巨人が倒れた道には、うずたかく瓦礫が堆積していた。とりあえず、急に動き出したりする気配はない。
地面が激しく揺れ、土煙がもうもうと舞い上がり、雅登を包み込んだ。雅登は頭を抱えて地面に伏せ、じっとしていた。たっぷり5分は経っただろうか。土煙が晴れ、呼吸もしやすくなってから、雅登はおそるおそる身を起こした。体に積もった粉塵を払い、振り返った。巨人が倒れた道には、うずたかく瓦礫が堆積していた。とりあえず、急に動き出したりする気配はない。


すると、道の方から、若い女の声が聞こえた。それに続いて、男の声、それから赤ちゃんのぐずる声も。雅登は道の瓦礫の上に登り、周りを見回した。左、堆積した瓦礫の突端。その上で、一組の家族が固く抱き合っていた。泣きじゃくる赤ん坊を、母親と父親が両側から固く抱き締めている。巨人の崩落に巻き込まれるのを、辛くも免れたのだろうか。雅登は心が温まるのを感じ、そっと背を向けた。後ろでその母親が、「よかった、帰ってきてくれて」と涙まじりに言うのが聞こえた、ような。
すると、道の方から、若い女の声が聞こえた。それに続いて、男の声、それから赤ちゃんのぐずる声も。雅登は道の瓦礫の上に登り、周りを見回した。左、堆積した瓦礫の突端。その上で、一組の家族が固く抱き合っていた。泣きじゃくる赤ん坊を、母親と父親が両側から固く抱き締めている。巨人の崩落に巻き込まれるのを、辛くも免れたのだろうか。雅登は心が温まるのを感じ、そっと背を向けた。後ろでその母親が、「よかった、帰ってきてくれて」と涙まじりに言うのが聞こえた、ような気がする。


俺は助かったのだろうか? 路地を歩きながら、ぼんやりと雅登は考えた。虎口を脱したのだという実感が湧かない。今になって、体の各所が痛み始めた。ずっと逃げ続けたから、体も心もふらふらだ。路地を歩きながら、雅登は公衆電話を探そうと決意した。携帯は失くしてしまった。まずは、家族に無事を伝えよう。雅登は、瓦礫の少ない方へ、ゆっくりと歩いていった。
俺は助かったのだろうか? 路地を歩きながら、ぼんやりと雅登は考えた。虎口を脱したのだという実感が湧かない。今になって、体の各所が痛み始めた。ずっと逃げ続けたから、体も心もふらふらだ。路地を歩きながら、雅登は公衆電話を探そうと決意した。携帯は失くしてしまった。まずは、家族に無事を伝えよう。雅登は、瓦礫の少ない方へ、ゆっくりと歩いていった。
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