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 古代ギリシア、プラトンの言った「哲人政治」の思想を継ぐこの国家において、「善」は最も重視される概念として君臨してきた。その善性によって選出される歴代の王たち――かの『国家』の「哲人王」にあやかって「善人王」とも呼ばれる――が、強固な独裁政治を通じて、ついに制度として打ち立てるに至ったのが、この「善人-1グランプリ」なのである。
 古代ギリシア、プラトンの言った「哲人政治」の思想を継ぐこの国家において、「善」は最も重視される概念として君臨してきた。その善性によって選出される歴代の王たち――かの『国家』の「哲人王」にあやかって「善人王」とも呼ばれる――が、強固な独裁政治を通じて、ついに制度として打ち立てるに至ったのが、この「善人-1グランプリ」なのである。


 「善人-1グランプリ」の開催は、百人以上千人未満の構成員を持つすべての共同体から派遣され、いくつかの戦いを勝ち抜き残った、各代表たちによるトーナメントという形式で行われる。予選大会を通過して、地区大会にも勝利し、さらに本大会で一位の座を手にした者だけが、晴れて「善人王」の地位を獲得するという流れだ。
 「善人-1グランプリ」の開催は、百人以上千人未満の構成員を持つすべての共同体から派遣され、いくつかの戦いを勝ち残った各代表たちによるトーナメントという形式で行われる。予選大会を通過して、地区大会にも勝利し、さらに本大会で一位の座を手にした者だけが、晴れて「善人王」の地位を獲得するというわけだ。


 その予選大会は、学校や職場、病院はもちろん、刑務所においても開催される。これゆえに、あの鉄壁の刑務所から抜け出せる唯一の方法として、「このグランプリで『善人王』になり、王としてまったく正当に出獄する」というものがあるわけである。
 その予選大会は、学校や職場、病院はもちろん、刑務所においても開催される。これゆえに、あの鉄壁の刑務所から抜け出せる唯一の方法として、「このグランプリで『善人王』になり、王としてまったく正当に出獄する」というものがあるのである。


 こういうわけで、その刑務所は「善人しか出てこない刑務所」の異名を取る。
 こういうわけで、その刑務所は「善人しか出てこない刑務所」の異名を取る。
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「さて早速ですが、今回の予選はどのように行われるのでしょうか?」
「さて早速ですが、今回の予選はどのように行われるのでしょうか?」


「今回の刑務所での予選は、運営側が決めた二つのステージで争うことになります。まず一つは、『グループロールプレイ』。参加者を二つのグループに四人ずつ分けて、それぞれ同じシチュエーションを体験させます。そして、そのグループの中で最も善性を見せた者を一人ずつ選び出し、彼ら二人だけでステージ2に進むという手筈です」
「今回の刑務所での予選は、運営側が決めた二つのステージで争うことになります。まず一つは、『グループロールプレイ』。参加者を二つのグループに四人ずつ分けて、それぞれ同じシチュエーションを体験させます。そして、そのグループの中で最も善性を見せた者を一人ずつ選び出し、彼ら二人だけがステージ2に進むという手筈です」


「篠目さん、では今回この予選に参加する囚人はたった八名ということですか?」
「篠目さん、では今回この予選に参加する囚人はたった八名ということですか?」
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「ええ、少ないですね。一昨年の予選は242名、去年の予選でも97名参加したわけですから。しかし……無理もありません。今予選にもまた、『善人-1』六連覇中のあの今上善人王が出場するわけですからね」
「ええ、少ないですね。一昨年の予選は242名、去年の予選でも97名参加したわけですから。しかし……無理もありません。今予選にもまた、『善人-1』六連覇中のあの今上善人王が出場するわけですからね」


「善人王……六年前、第231代善人王として選出された今上善人王は、それから一年に一回のペースで大量殺戮事件を引き起こしては権威を失ってこの刑務所に入り、『善人-1』に優勝しては善人王に返り咲く……といった奇行を繰り返しています。彼は間違いなく狂人ですが、今回もまた善人王として認められてしまうのでしょうか!? 目が離せません!」
「善人王……六年前、第231代善人王として選出された今上善人王は、それから一年に一回のペースで大量殺戮事件を引き起こしては権威を失ってこの刑務所に入り、『善人-1』に優勝しては善人王に返り咲く……といった奇行を繰り返しています。彼は間違いなく狂人ですが、やはり今回もまた善人王として認められてしまうのでしょうか!? 目が離せません!」


「紛れもなく、今大会全体で見ても彼こそが最有力善人王候補でしょうね」
「紛れもなく、今大会全体で見ても彼こそが最有力善人王候補でしょうね」
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「彼女はジャングルの奥地で暮らす、特異な宗教を崇める民族の出身でして、その地域に生息する猛毒キノコをパーティの参加者全員に『ごちそう』として振る舞ったのです。警察が踏み込んだ時には、そこは血、吐瀉物、糞尿が飛び散る阿鼻叫喚の地獄絵図。中指を立てながら手錠を掛けられた彼女は今、何を思って出場を決めたのでしょう」
「彼女はジャングルの奥地で暮らす、特異な宗教を崇める民族の出身でして、その地域に生息する猛毒キノコをパーティの参加者全員に『ごちそう』として振る舞ったのです。警察が踏み込んだ時には、そこは血、吐瀉物、糞尿が飛び散る阿鼻叫喚の地獄絵図。中指を立てながら手錠を掛けられた彼女は今、何を思って出場を決めたのでしょう」


「さあ四人目だ。法廷では遺族に対して一発ギャグを披露した、千年に一度の最悪極悪サイコパス、囚人番号357番です!」
「さあ四人目だ。目に入る人間を一人残らずめった刺しにした、千年に一度の最悪極悪サイコパス、囚人番号357番です!」


「27歳の夏、彼は家族全員を惨殺したのち、街に躍り出て数々の通り魔的犯行に及び、即座に我が国の最高刑・無期懲役を言い渡されました。法廷でも侮辱の限りを尽くしていた彼ですが、署内ではまるで人が違ったようになっているとのことです。もしかすると、今大会のダークホースになるかもしれませんね」
「27歳の夏、彼は家族全員を惨殺したのち、街に躍り出て数々の通り魔的犯行に及び、即座に我が国の最高刑・無期懲役を言い渡されました。法廷でも悔悟の様子を全く見せなかった彼ですが、署内ではまるで人が違ったようになっているとのことです。もしかすると、今大会のダークホースになるかもしれませんね」


「ではいよいよ……おっとここで、ようやく映像が入ってきました。ステージ1の舞台はどうやら『地下鉄』に設定されているようです。四人は駅のホームにいます。さてこの中から、果たして来年度の善人王となる者は現れるのでしょうか!? ……今、ゴングが鳴り、戦いの火蓋が切られましたーっ!」
「ではいよいよ……おっとここで、ようやく映像が入ってきました。ステージ1の舞台はどうやら『地下鉄』に設定されているようです。四人は駅のホームにいます。さてこの中から、果たして来年度の善人王となる者は現れるのでしょうか!? ……今、ゴングが鳴り、戦いの火蓋が切られましたーっ!」
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「おっと、これは!? 『暗記の善人』囚人番号249番、高齢者に席を譲ろうとしています! さて、判定は……?」
「おっと、これは!? 『暗記の善人』囚人番号249番、高齢者に席を譲ろうとしています! さて、判定は……?」


「審判、レッドカードを掲げています。アウトですね。『プライドおじいさん』に席を譲ろうとするという痛恨のミスです。暗記に頼ったことでの弱さが出てしまった形でしょうか。囚人番号249番、惜しくも……ここで敗退となります」
「審判、レッドカードを掲げています。アウトですね。『プライドおじいさん』に席を譲ろうとするという痛恨のミスです。暗記に頼ったことでの弱さが出てしまった形でしょうか。囚人番号249番、惜しくもここで、敗退となります」


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 この刑務所に入ってから、ようやく「善」というものの素晴らしさを理解したというのに。
 この刑務所に入ってから、ようやく「善」というものの素晴らしさを理解したというのに。


 ……自分で言うのもなんだが、僕は天才だった。だから、幼稚園を卒業する時に大学の試験を受けて、そのまま飛び級で最高学府に入学したんだ。その結果、誰にも「道徳」をきちんと教わらないまま、大人になってしまった。「愛」だの「正義」だのを賛美するような寓話的な絵本もアニメも、一度だって見なかった。見ようという発想自体なかった。テレビに犯罪者が映るたびに、馬鹿だなあと思った。だって、犯罪はバレなければ犯罪にならないのだから。
 ……自分で言うのもなんだが、僕は天才だった。だから、幼稚園を卒業する時に大学の試験を受けて、そのまま飛び級で最高学府に入学したんだ。しかも親もかなりの放任主義だったから、結局僕は誰にも「道徳」をきちんと教わらないまま大人になってしまった。「愛」だの「正義」だのを賛美するような寓話的な絵本もアニメも、一度だって見なかった。見ようという発想自体なかった。テレビに犯罪者が映るたびに、馬鹿だなあと思った。だって、犯罪はバレなければ犯罪にならないのだから。


 でも、バレてしまった。無期懲役刑で、この刑務所に入れられることになった。悲しかったし、悔しかった。もう研究なんてできたもんじゃない。だから、半分やけくそみたいな感じで、置いてあった絵本を読んでみたんだ。多分、バカにしてやろうっていう魂胆で。
 でも、バレてしまった。無期懲役刑で、この刑務所に入れられることになった。悲しかったし、悔しかった。もう研究なんてできたもんじゃない。だから、半分やけくそみたいな感じで、置いてあった絵本を読んでみたんだ。多分、バカにしてやろうっていう魂胆だったんだと思う。


 その絵本は、いたって普通の絵本だった。犬を猫が助けて、その恩返しに犬が猫を助けるというだけの、起伏も何も無いような話だ。……でも、僕には、何か強く惹かれるものがあった。だから、他の絵本もとにかくたくさん読んでみた。それでようやく、今更になって分かったのが、「善」というものの素晴らしさだった。
 その絵本は、いたって普通の絵本だった。犬を猫が助けて、その恩返しに犬が猫を助けるというだけの、起伏も何も無いような話だ。……でも、僕には、何か強く惹かれるものがあった。だから、他の絵本もとにかくたくさん読んでみた。それでようやく、今更になって分かったのが、「善」というものの素晴らしさだった。
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「なるほど……ここで、二つ目の駅に到着しました。早くももうあと一駅です。おや、何やら小さな子供たちが乗り込んできましたね」
「なるほど……ここで、二つ目の駅に到着しました。早くももうあと一駅です。おや、何やら小さな子供たちが乗り込んできましたね」


「……ここで来ましたか。彼らは、過去にも数々の参加者から勝利を奪ってきた悪魔……『クソガキ』と呼ばれる子供たちです」
「ここで来ましたか。彼らは、過去にも数々の参加者から勝利を奪ってきた悪魔……『クソガキ』と呼ばれる子供たちです」


「おっとここで、『クソガキ』は囚人番号81番の方に移動しました。何やら彼を揶揄するような暴言を吐き続けているようですね……ああっと! 『クソガキ』、隠し持っていた生卵を囚人番号81番に投げつけます! ここで! 囚人番号81番は激高! ……あ、殴ったあ――っ!」
「おっとここで、『クソガキ』は囚人番号81番の方に移動しました。何やら彼を揶揄するような暴言を吐き続けているようですね……ああっと! 『クソガキ』、隠し持っていた生卵を囚人番号81番に投げつけます! ここで! 囚人番号81番は激昂! ……あああっ、殴ったあ――っ!」


「……残念ながら、囚人番号81番、ペナルティ『ただの子供のいたずらじゃないか』、そして『暴力』によってアウト、敗退となります。いやあ、予想的中ならず、ですね」
「……残念ながら、囚人番号81番、ペナルティ『ただの子供のいたずらじゃないか』、そして『暴力』によってアウト、敗退となります。いやあ、予想的中ならず、ですね」
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 俺が好きなのは子供じゃない、家族だ!
 俺が好きなのは子供じゃない、家族だ!


 ああそうだ、もしあのガキ共と同じ行動をウチの息子や孫がやったとしても、俺は笑って許しただろう。だが奴らは知らない赤の他人だ。あんなこと許されるはずがないだろう! なぜ俺が、まったく自分との繋がりのない奴にまで優しくなければならないんだ? おかしいじゃないか。
 ああそうだ、もしあのガキ共と同じ行動をウチの息子や孫がやったとしても、俺は笑って許しただろう。だが奴らは知らない赤の他人だ。あんなこと許されるはずがない! なぜ俺が、まったく自分との繋がりのない奴にまで優しくなければならないんだ? どう考えたって理屈が通らない。おかしいじゃないか。


 ……「ペットの虐待死は良くない」とか言ってる奴らに比べたら、「家畜の屠殺は良くない」と言ってる奴はめっぽう少ないだろう。つまり、結局「善」の運用される範囲なんて恣意的なものじゃないか。その動物が「かわいい」かそうでないか、その死が人間に無益か有益かで、動物の死を「かわいそう」かそうでないか判断しているだけだ。
 ……「ペットの虐待死は良くない」とか言ってる奴らに比べたら、「家畜の屠殺は良くない」と言ってる奴はめっぽう少ないだろう。つまり、結局「善」の運用される範囲なんて恣意的なものじゃないか。その動物が「かわいい」かそうでないか、その死が人間に無益か有益かで、動物の死を「かわいそう」かそうでないか判断しているだけだ。
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 俺は数多くの犯罪を取りまとめてきた。俺の事業は数えきれないほどの人間を死なせただだろうし、苦しませただろうし、不幸にさせただろう。だがこの「稼ぎ」は、すべて俺と俺の家族のためだった。ここにどんな違いがある? 牛や豚の命を奪って食う他の奴らと、どんな違いがあるというんだ?
 俺は数多くの犯罪を取りまとめてきた。俺の事業は数えきれないほどの人間を死なせただだろうし、苦しませただろうし、不幸にさせただろう。だがこの「稼ぎ」は、すべて俺と俺の家族のためだった。ここにどんな違いがある? 牛や豚の命を奪って食う他の奴らと、どんな違いがあるというんだ?


 俺も家族も他人も猫も犬も豚も牛も鶏も、みんな生きてるし、殺される時は苦痛を感じるだろう。もちろん、生活のために動物の中に「殺して良い」ラインを引かなければいけないことは否定しない。しかし、なぜそれを人間の中に持ち込んではいけないんだ? 「他人がいないと生きていけない」なんて当然だ。「食料になる動物がいないと生きていけない」とまったく同じように当然だ。
 俺も家族も他人も猫も犬も豚も牛も鶏も、みんな生きてるし、殺される時は苦痛を感じるだろう。もちろん、生活のために動物の中に「殺して良い」ラインを引かなければいけないことは否定しない。しかし、なぜそれを人間の中に持ち込んではいけないんだ? 「他人がいないと生きていけない」なんて当然だ。「食料になる動物がいないと生きていけない」とまったく同じように当然だよ。


 結局、数の論理じゃないか。もはやかつての人種差別は完全な「悪」だし、ヴィーガニズムはまさしく「善」になろうとしている。数世紀後には「植物愛護」「細菌愛護」「ウイルス愛護」が始まるだろうな。
 結局、数の論理じゃないか。もはやかつての人種差別は完全な「悪」だし、ヴィーガニズムはまさしく「善」になろうとしている。数世紀後には「植物愛護」「細菌愛護」「ウイルス愛護」が始まるだろうな。
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「『ゴッドファーザー』囚人番号81番が脱落。これで残ったのは『毒カルト信者』囚人番号632番、『最悪サイコパス』囚人番号357番の二人です。と、そうこうしているうちに三駅目、ロールプレイの終着駅ですが……」
「『ゴッドファーザー』囚人番号81番が脱落。これで残ったのは『毒カルト信者』囚人番号632番、『最悪サイコパス』囚人番号357番の二人です。……と、そうこうしているうちに三駅目、ロールプレイの終着駅ですが……」


「いや、まだロールプレイは終わっていないようですよ、若松アナ。あれを見てください」
「いや、まだロールプレイは終わっていないようですよ、若松アナ。あれを見てください」
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「そんな時のために、このゲームにはいくつかの特別なアイテムが用意されています。一つは『ムチ』、一つは『アメ』、そして最後に『アサルトライフル』です。これらは凶悪犯罪者たちを統制するのに非常に役立ちますが、使いすぎると減点対象になるようです。また、相手チームの駒にアイテムを使用するのは禁止されています」
「そんな時のために、このゲームにはいくつかの特別なアイテムが用意されています。一つは『ムチ』、一つは『アメ』、そして最後に『アサルトライフル』です。これらは凶悪犯罪者たちを統制するのに非常に役立ちますが、使いすぎると減点対象になるようです。また、相手チームの駒にアイテムを使用するのは禁止されています」


「甘い『アメ』に恐怖の『ムチ』、死の象徴『アサルトライフル』の効果的運用、さらには単純なチェスの技能も併せて、善人としての複雑なタスク処理能力が試されるゲームなんですねえ……おっと、中継、繋がりました! なるほど巨大な盤面の上に数々の……おっと、テレビで見たような凶悪犯がずらりと並んでいる、異様な光景です!」
「甘い『アメ』に恐怖の『ムチ』、死の象徴『アサルトライフル』の効果的運用、さらには単純なチェスの技能も併せて、善人としての複雑なタスク処理能力が試されるゲームなんですねえ……おっと、中継、繋がりました! なるほど巨大な盤面の上に、テレビで見たような凶悪犯の数々がずらりと並んでいる、異様な光景です!」


「先攻は今上善人王、後攻は囚人番号357番になります」
「先攻は今上善人王、後攻は囚人番号357番になります」
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「あ、今、審判……はい、今、これは反則行為とみなされ、当予選大会の勝者は『最悪サイコパス』、囚人番号357番となりました」
「あ、今、審判……はい、今、これは反則行為とみなされ、当予選大会の勝者は『最悪サイコパス』、囚人番号357番となりました」


「こんなことがあっていいのでしょうか!? まさかあの優勝候補が、予選で、しかも反則行為のペナルティによって敗北を迎えることとなってしまいました!」
「こんなことがあっていいのでしょうか!? まさかあの優勝候補が、予選で、しかも反則行為のペナルティによって、敗北を迎えることとなってしまいました!」


「大変な番狂わせです。今上善人王はいったい何を思って、このような凶行に及んだのでしょうか……」
「大変な番狂わせです。今上善人王はいったい何を思って、このような凶行に及んだのでしょうか……」
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 私はそれをさっそく実行に移した。まず、国一番の凶悪犯が集まる刑務所――人呼んで「善人しか出られない刑務所」――に銃器を携えて侵入し、乱射。犯罪者たちをできる限り多く殺害する。そして当然、私は大量殺人の咎で逮捕され、刑務所に入れられる。そう、「善人しか出られない刑務所」に。
 私はそれをさっそく実行に移した。まず、国一番の凶悪犯が集まる刑務所――人呼んで「善人しか出られない刑務所」――に銃器を携えて侵入し、乱射。犯罪者たちをできる限り多く殺害する。そして当然、私は大量殺人の咎で逮捕され、刑務所に入れられる。そう、「善人しか出られない刑務所」に。


 しかし、そう、私は善人なのだ。悪人を殺害するという「善」を行う、完全なる善人なのだ。善人王なのだ。だから、「善人-1」でもやすやすと優勝、善人王の座を手にできる。……この計画は、完全に成功した。私はこの六年間の間に数百の犯罪者を殺害したのだ。今回の予選に関しては、わざわざトップクラスの犯罪者を集め、おあつらえ向きに銃まで用意してくれていたから、今年分の計画は特別に凍結させ、今ここで殺害しただけだ。目的は常にここだ。見失ってはいけない。
 しかし、そう、私は善人なのだ。悪人を殺害するという「善」を行う、完全なる善人なのだ。善人王なのだ。だから、「善人-1」でもやすやすと優勝、善人王の座を手にできる。……この計画は、完全に成功した。私はこの六年間の間に数百の犯罪者を殺害したのだ。今回の予選に関しては、わざわざトップクラスの犯罪者を集め、おあつらえ向きに銃まで用意してくれていたから、今年分の計画は特別に凍結させ、グループBの罪人もろとも今ここで殺害しただけだ。目的は常にここだ。見失ってはいけない。


 だが、計画の中で私が善人王となることは、もう一つの意味を持っていた。それは、万一にも刑務所上がりの善人王を誕生させないためだ。悪人は決して更生しない。悪人を社会に出してはならない。
 だが、計画の中で私が善人王となることは、もう一つの意味を持っていた。それは、万一にも刑務所上がりの善人王を誕生させないためだ。悪人は決して更生しない。悪人を社会に出してはならない。
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「こ、これは……!? この予選大会、いったい何が起きているのでしょうか、次から次へと、信じられないことです。今上善人王が、囚人番号357番に『トロッコ問題』を出題――っ!」
「こ、これは……!? この予選大会、いったい何が起きているのでしょうか、次から次へと、信じられないことです。今上善人王が、囚人番号357番に『トロッコ問題』を出題――っ!」


「『トロッコ問題』……数世紀前、当時の善人王が刺客にこれを出題された時に言った、『これってどっち選んでも悪人みたいにされちゃうじゃんね。結局こういう問題出してくる奴が一番悪い奴なんじゃない?』という言葉を根拠に、明確に法的に出題を禁じられた問題ですが……今上善人王は、囚人番号357番を道連れにしようとしているのでしょうか? 確かに、これが出題された以上、どっちを答えたにしろ嫌な感じになってしまうので、審判の判定によっては地区大会への出場資格を降り消されてしまう可能性があります」
「『トロッコ問題』……数世紀前、当時の善人王が刺客にこれを出題された時に言った、『これってどっち選んでも悪人みたいにされちゃうじゃんか。結局こういう問題出してくる奴が一番悪い奴なんじゃない?』という言葉を根拠に、明確に法的に出題を禁じられた問題ですが……今上善人王は、囚人番号357番を道連れにしようとしているのでしょうか? 確かに、これが出題された以上、どっちを答えたにしろ嫌な感じになってしまうので、審判の判定によっては地区大会への出場資格を降り消されてしまう可能性があります」


「いや、しかし、それなら答えないとか、その当時の善人王みたいにしてはっきり解答するのを上手く回避すればいいのではないでしょうか」
「いや、しかし、それなら答えないとか、その当時の善人王みたいにしてはっきり解答するのを上手く回避すればいいのではないでしょうか」


「それがですよ、彼は今上善人王なんです。獄中に居て独裁権こそ失われているものの、囚人番号で呼ばれることすらない。『善人王』の地位が未だ持続しているのです。これは一年おきの『善人-1』でしか移動しないものですからね。つまり、まだ彼は立場的には『善人王』なのです。そんな彼の質問から逃げるようなことは、『悪』とみなされる可能性が高い。実際、善人王をシカトしたりするのは悪であるという判例は枚挙にいとまがありません」
「それがですよ、彼は今上善人王なんです。獄中に居て独裁権こそ失われているものの、囚人番号で呼ばれることすらない。『善人王』の地位が未だ持続しているのです。これは一年おきの『善人-1』でしか移動しないものですからね。つまり、まだ彼は立場的には『善人王』なのです。そんな彼の質問から逃げるようなことは、『悪』とみなされる可能性が高い。実際、善人王をシカトしたり、善人王の質問に答えなかったりするのは悪であるという判例は、枚挙にいとまがありません」


「では、囚人番号357番は……『詰み』ですか?」
「では、囚人番号357番は……『詰み』ですか?」
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「ええ、奇しくも……『チェックメイト』といえるでしょう」
「ええ、奇しくも……『チェックメイト』といえるでしょう」


「おっと、今、『最悪サイコパス』囚人番号357番が、口を開こうとしています!」
「……ん、おおっと! 今、『最悪サイコパス』囚人番号357番が、口を開こうとしています!」


「いったい彼は、何を語るのでしょうか」
「いったい彼は、何を語るのでしょうか」
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 そこは刑務所というところだった。わたしはここで、ちょうど「囚人番号249番」――「暗記」の彼と同じように、「善」とは素晴らしいものだということに気づいた。「善」について、いろいろ考えた。いい気もちだった。しかし考えれば考えるほど、「善」は色褪せていった。「善」とは何か、分からなくなった。「善」なんて無いのかもしれない、そう思った。
 そこは刑務所というところだった。わたしはここで、ちょうど「囚人番号249番」――「暗記」の彼と同じように、「善」とは素晴らしいものだということに気づいた。「善」について、いろいろ考えた。いい気もちだった。しかし考えれば考えるほど、「善」は色褪せていった。「善」とは何か、分からなくなった。「善」なんて無いのかもしれない、そう思った。


 なにせ、全員を幸せにするような理想的な「善」は、存在しえないらしいのだ。トロッコ問題なんて最たる例だ。あの一分の隙も無くモデル化された命の選択に関われば最後、もうそれは「善」ではなくなってしまう。理想的で完全な「善」は、フィクションの世界の「めでたしめでたし」にしか存在しないのだ。そこまで考えて、気づいた。なるほど、ならばその「フィクション」を創ればいい。
 なにせ、全員を幸せにするような理想的な「善」は、存在しえないらしいのだ。トロッコ問題なんて最たる例だ。あの一分の隙も無くモデル化された命の選択に関われば最後、もうそれは「善」ではなくなってしまう。誰かが幸せになることは、どうしたって誰かが不幸になることと紙一重だ。理想的で完全な「善」は、フィクションの世界の「めでたしめでたし」にしか存在しないのだ。――そこまで考えて、気づいた。なるほど、ならばその「フィクション」を創ればいい。


 こういうわけで、私は小説を書き始めた。どうやって書けばいいのかよく知らなかったが、とりあえず最初に物語に登場する要素を説明した。その後、実況中継風の二人の人物の会話を通じて、数人の犯罪者を登場させた。展開に併せて、彼らの内面を描写した。私は死刑になるらしいから、そういう私が恐ろしく思う考えも書いた。後で使うからだ。そして今、私を投影した人物に、私を代弁してもらっているのだ。
 こういうわけで、私は小説を書き始めた。どうやって書けばいいのかよく知らなかったが、とりあえず最初に物語に登場する要素を説明した。その後、実況中継風の二人の人物の会話を通じて、数人の犯罪者を登場させた。展開に併せて、彼らの内面を描写した。私は死刑になるらしいから、そういう私が恐ろしく思う考えも書いた。後で使うからだ。そして今、私を投影した人物に、私を代弁してもらっているのだ。


 さて、いよいよ、理想的で完全な「善」を行うことができる。それは、誰にでも等しく受け入れられる、とても善く、素晴らしく、現実にはあり得ないような何かだ。今、わたしは、それを行った。すると、今まで出てきたすべての登場人物が喜んだ。彼らは更生し、善人になったのだ。「今上善人王」さえ、発言を撤回してくれた。「死刑制度は廃止すべきだ」「あなたはもう更生して、善人になった」と言っている。
 さて、いよいよ、理想的で完全な「善」を行うことができる。それは、誰にでも等しく受け入れられる、とても善く、素晴らしく、現実にはあり得ないような何かだ。今、わたしは、それを行った。すると、今まで出てきたすべての登場人物が喜んだ。彼らは更生し、善人になったのだ。「今上善人王」さえ、発言を撤回してくれた。「死刑制度はやはり廃止すべきものだった」「あなたはもう更生して、善人になっている」と言っている。


 そこでわたしは、この小説のタイトルを変更することにした。元は「善人しか出てこない刑務所」だったのを、今、「善人しか出てこない話」にした。なぜなら、登場人物は今や完全に更生し、善人としか言いようがない存在になっているからだ。わたしだってそうだ。ここにいるわたしは、現実にはあり得ないような何かによって、もはや善人としか言いようがない存在になっている。
 そこでわたしは、この小説のタイトルを変更することにした。元は「善人しか出てこない刑務所」だったのを、今、「善人しか出てこない話」にした。なぜなら、登場人物は今や完全に更生し、善人としか言いようがない存在になっているからだ。わたしだってそうだ。ここにいるわたしは、現実にはあり得ないような何かによって、もはや善人としか言いようがない存在になっている。
241行目: 241行目:
 西尾は、端的に言えば、善人になりたかったのだ。死刑を控えるだけの身であった彼は、善人となることで、自身を救いたいと思うようになったのだろう。そして「善」とは何か、突き詰めて考えるにつれ、このような結論に至ったのだ。「完全な善」それそのものと規定されたものを用いて、自分の世界の中で完全に受け入れられる行為をし、それを「完全な善行」として、それを行った自分のアバター、ひいては部分的であれ西尾自身もが「完全な善人」であるとするという考えだ。
 西尾は、端的に言えば、善人になりたかったのだ。死刑を控えるだけの身であった彼は、善人となることで、自身を救いたいと思うようになったのだろう。そして「善」とは何か、突き詰めて考えるにつれ、このような結論に至ったのだ。「完全な善」それそのものと規定されたものを用いて、自分の世界の中で完全に受け入れられる行為をし、それを「完全な善行」として、それを行った自分のアバター、ひいては部分的であれ西尾自身もが「完全な善人」であるとするという考えだ。


 死刑囚という彼の立場から考えると残酷なものでしかない「今上善人王」という登場人物の意見も、後から撤回させ、捻じ曲げ、自分に都合のいいように『する』ためだけに創られたのだ。つまり、悪人だったものも善人になれるという自己弁護だ。これは、タイトルの変更の意図とも一致する。「悪人が更生して善人になった」という構図を強調するものだ。
 死刑囚という彼の立場から考えると残酷なものでしかない「今上善人王」という登場人物の意見も、後から撤回させ、捻じ曲げ、自分に都合のいいようにするためだけに創られたのだ。つまり、「悪人だったものも善人になれる」「悪人だからって殺してはならない」という自己弁護のためだ。これは、タイトルの変更の意図とも一致する。「悪人が更生して善人になった」という構図を強調するものだ。


 はっきり言って、これは非常に馬鹿馬鹿しい論理だ。西尾の言う「善」は、彼の世界の中で完結した、極めて自己中心的なものに過ぎない。他者との関わりというものの一切が欠如した、完全なる机上の空論であり、「ごっこ遊び」だ。それに、彼は自分の被害者性さえ誇張して書いている。彼が虐待を受けて育ったというのは否定できることではないが、あそこまでの仕打ちを受けていた事実はないし、西尾は高校を卒業してから典型的な「ひきこもり」として親に寄生していた。
 はっきり言って、これは非常に馬鹿馬鹿しい論理だ。西尾の言う「善」は、彼の世界の中で完結した、極めて自己中心的なものに過ぎない。他者との関わりというものの一切が欠如した、完全なる机上の空論であり、「ごっこ遊び」だ。それに、彼は自分の被害者性さえ誇張して書いている。彼が虐待を受けて育ったというのは否定できることではないが、あそこまでの仕打ちを受けていたという事実はないし、西尾は高校を卒業してからは典型的な「ひきこもり」として実家に寄生していた。


 おそらく父がナイフで彼を殺そうとしたというのは真実なのだろうが、全体を通してあれはあまりにも西尾に都合がいいように改変されたストーリーのでっちあげだろう。そもそも、数十年間も小屋に閉じ込められ、残飯を食わされていたような人間がいたとして、そいつに大量殺人ができるほどの運動能力など期待できないはずだ。
 おそらく父がナイフで彼を殺そうとしたというのは真実なのだろうが、全体を通して、あれは西尾にとって都合がいいように改変された、ただのでっちあげのストーリーである。そもそも、数十年間も小屋に閉じ込められ、残飯を食わされていたような人間がいたとして、そいつに大量殺人ができるほどの運動能力など期待できないはずだ。


 しかし、西尾はこの事実――この「馬鹿馬鹿しさ」――をよく分かっていたのだと思う。それを分かったうえで、ある種露悪的に、この「善人しか出てこない話」の中に自身にとってのユートピアを希求したのだ。善人になろうともがげばもがくほど、「善」への希望は壊れ、歪んでいった。その終着点として生まれたのが架空の「善」であっても、もはやその架空性を高尚なものとみなす他なかったのだ。さもなければ、西尾の「善」という宗教は崩壊し、死刑という恐ろしい未来の不安から逃れられなくなる。
 しかし、西尾はこの事実――この「馬鹿馬鹿しさ」――をよく分かっていたのだと思う。それを分かったうえで、ある種露悪的に、この「善人しか出てこない話」の中に自身にとってのユートピアを希求したのだ。善人になろうともがげばもがくほど、「善」への希望は壊れ、歪んでいった。その終着点として生まれたのが架空の「善」であっても、もはやその架空性を高尚なものとみなす他なかったのだ。さもなければ、西尾の「善」という宗教は崩壊し、死刑という恐ろしい未来の不安から逃れられなくなる。
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 あるいは、逆にこう考えることもできる――つまり西尾は、その自殺をもって「完全な善人」になった。先に述べた通り、当然だが西尾自身は彼の世界に完結した存在ではない。彼はその肉体をもって、空間的な広がりを占めている、現実の存在としての側面を持っているからだ。……ならば、その側面を捨ててしまえばいいだけの話なのではないか?
 あるいは、逆にこう考えることもできる――つまり西尾は、その自殺をもって「完全な善人」になった。先に述べた通り、当然だが西尾自身は彼の世界に完結した存在ではない。彼はその肉体をもって、空間的な広がりを占めている、現実の存在としての側面を持っているからだ。……ならば、その側面を捨ててしまえばいいだけの話なのではないか?


 我々にはそれを知る手段こそ無いが、もしも死後の人間にも意識のようなものがあるとするなら、こうして西尾は彼の閉じた世界に還元され、架空的で馬鹿馬鹿しい「完全な善人」に、自分が規定したそれその通りの存在になったといえるだろう。私は、この作品の結末はこっちなのだろうと思う。「わたし」の侵入によって「善人しか出てこない話」が壊れるとするならば、西尾が一貫して持つ憧憬のために、最初のパラグラフに出てくる「わたし」の時点でそれは発生しているはずだからだ。
 我々にはそれを知る手段こそ無いが、もしも死後の人間にも我々の言う意識のようなものがあるとするなら、こうして西尾は彼の閉じた世界に還元され、架空的で馬鹿馬鹿しい「完全な善人」に、彼自身が規定したその通りの存在になったといえるだろう。他者との関わりなどあり得ないというような状態の中では、「ごっこ遊び」が否定されるようなことさえまったくあり得ないのだ。
 
 ――私は、この作品の結末はこっちなのだろうと思う。そもそも「わたし」の侵入によって「善人しか出てこない話」が壊れるとするならば、西尾が執筆の目的として徹頭徹尾持っていた憧憬のために、最初のパラグラフに出てくる「わたし」の時点で、その崩壊、特に「絶対性のルーツの毀損」は発生してしまっているはずだからだ。


 それに、これはこの「解説」の論理性を毀損するような馬鹿げた理由なのだが、この作品は――真なる「善」を狂気的に求めた死刑囚・西尾彰の処女作にして遺作でもあるこの作品は――真に「善人しか出てこない話」であった方が、美しいではないか。
 それに、これはこの「解説」の論理性を毀損するような馬鹿げた理由なのだが、この作品は――真なる「善」を狂気的に求めた死刑囚・西尾彰の処女作にして遺作でもあるこの作品は――真に「善人しか出てこない話」であった方が、美しいではないか。
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