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<br> 防音の重い扉が誰が触るとなく開き、胸鰭の付け根に黒い点があって、尾鰭が黄色の魚が現れた。鯵だ。最初の一匹を皮切りに、次から次へと同じ姿の魚たちが、競うように入り込んでくる。 | <br> 防音の重い扉が誰が触るとなく開き、胸鰭の付け根に黒い点があって、尾鰭が黄色の魚が現れた。鯵だ。最初の一匹を皮切りに、次から次へと同じ姿の魚たちが、競うように入り込んでくる。 | ||
<br> 鯵の群集はそのまま音楽室の高い天井目一杯に群れを成し、きらきらと月の光を反射しながら、巨大な銀の鏡のような魚群となって、ふわふわといたリュウグウノツカイの周りを周回し、幾らも経たないうちに完全に覆い隠してしまう。 | <br> 鯵の群集はそのまま音楽室の高い天井目一杯に群れを成し、きらきらと月の光を反射しながら、巨大な銀の鏡のような魚群となって、ふわふわといたリュウグウノツカイの周りを周回し、幾らも経たないうちに完全に覆い隠してしまう。 | ||
<br> | <br> 凭れるような音色の中に、儚い優しさが潜む。鯵の群れは一つの意志を持った筋肉のように収縮する。まるで澪の演奏に合わせて幾千もの鯵が踊っている、そんな感覚を颯は覚えた。 | ||
<br> やがて曲は終局に差し掛かり、だんだんと鯵は掃けて行く。水に歪められた月光が、白と黒の鍵盤に不思議な模様を映し出す。澪の指はその上を軽やかに滑る。 | <br> やがて曲は終局に差し掛かり、だんだんと鯵は掃けて行く。水に歪められた月光が、白と黒の鍵盤に不思議な模様を映し出す。澪の指はその上を軽やかに滑る。 | ||
<br> | <br> 鯵が一匹残らずいなくなった頃に、澪は演奏を終えて目を開けた。するとそこには音楽室に入った時にいたリュウグウノツカイは見当たらず、代わりに途轍もなく大きい、綺麗な錦鯉が微笑んでいた。 | ||
<br>「素晴らしい演奏だ。とても腕を上げたんだね……。どうもありがとう」 | <br>「素晴らしい演奏だ。とても腕を上げたんだね……。どうもありがとう」 | ||
<br> 鯉は心が震えるような声をしている。 | <br> 鯉は心が震えるような声をしている。 |
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