麻薬:WikiWikiにおける主義

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ここでは、WikiWikiにおける利用者たちの多様な主義主張を列挙する。

主な思想[ソースを編集]

ウィキウィキズム[ソースを編集]

ウィキウィキズム、またはウィキウィキ=オリジナリズムとは、記事においてアンサイクロペディアウィキペディアとは違う、WikiWiki独自の形態を優れているとする、反アンサイクリズム・反ペヂズムの思想である。

よく麻薬を吸って逮捕されている。

例:「麻薬!麻薬!麻薬!麻薬!麻薬!麻薬!麻薬!麻薬!麻薬!麻薬!」

アンサイクリズム[ソースを編集]

アンサイクリズム、またはアンシクロイズム、アンシクリズムとは、記事においてアンサイクロペディアのような形態を優れているとする、反ウィキウィキズム・反ペヂズムの思想である。

過激なアンサイクリストに至っては、アンサイクロペヂァの記事を丸ごとコピペするという手段に出ることもある。

例:「ひよこ陛下万歳!ああああああああああああああああああああああああああああ!」

ペヂズム[ソースを編集]

ペヂズム、またはウィキペヂズムとは、記事においてウィキペディアのような形態を優れているとする、反ウィキウィキズム・反アンサイクリズムの思想である。

ペヂァが忌避される傾向にあるWikiWikiにおいてはペヂストは少数派であるとみられている。

例:「あれ?この文章、出典がないな…{{要出典}}貼っとくか~。…あれ?この記事、ユーモアが入ってるな…削除要請出しとくか。」

その他の思想[ソースを編集]

バイティズム[ソースを編集]

バイティズム、またはバイト数主義は、記事においてそのバイト数の大きさに価値を見出すという思想のことである。

とりわけ過激的なバイティストは、バイト数を増加させるためだけにわざわざテンプレートをsubst展開することもある。

例:「はあ、はあ…げぼっ…まだだ…まだ足りない…げぼっ…3000000バイトなんて話にならない…もっとバイト数を増やさないと…げぼっ…

管理者絶対主義[ソースを編集]

管理者絶対主義は、WikiWikiにおいて管理者を異常なまでに崇拝し、管理者の役に立つことのみを思って行動するという思想のことである。

日常生活においても管理者本人を崇拝し、表記において管理者語を用いるなどの行為を行う。

例:「三回周ってワンと言え…?はっ、管理者様の仰せのままに…」

ハピキズム[ソースを編集]

ハピキズム、またはハッピャキズムとは、全ての商品を均一に800JPYで販売する形態の小売店を理想とする思想のことである。

社会主義だとか何とか言われている。詳しくは八百屋を参照。

例:「さあ、資本主義の権化、コンビニエンスストアやスーパーマーケットを撤廃しましょう!そこのアナタも署名をお願いします!」

ウィキャベリズム[ソースを編集]

ウィキャベリズム、またはウィキウィキ=マキャベリズムとは、どんな手段や非道徳的な行為であっても、結果としてWikiWikiの利益を増進させるのであれば良いという思想のことである。

数あるWikiWikiにおける主義の中でも過激な考えであり、自治厨への変貌を遂げることもある。

例:「記事を書こうともしない愚か者は[規制]!!!!!」

WikiWiki用語主義[ソースを編集]

WikiWiki用語主義とは、WikiWikiに関するコミュニティにおいて、WikiWiki用語を積極的に増加させることを良しとする思想である。

過激派になると、もはや些細な発言でさえも、「面白い」と判断した瞬間、直ちにWikiWiki用語の1つにしてしまう者もあらわれる。

例:「これもうWikiWiki用語やん(過激派’」

ピカチズム[ソースを編集]

ピカチズム、またはピカチュウ至上主義とは、ピカチュウを神として崇める思想である。詳しくはピカチュウ教を参照。

ヒカチュウを誕生させようとする、ヒカチズム(詳しくはヒカチュウ教を参照)もこの一つである。

例:「え? 最近『呪術廻戦』にハマってる? 貴様、裏切ったな…! 神の電撃を受けて死ね!!」

引っ込み思案[ソースを編集]

引っ込み思案とは、ベランダで弓道を侮辱したり、「ムォン」であったり、しかしながら「白バニラ コロンボ居ます 革命家」を擁するような思想である。

この思想は、とある常習者の著作、「引っ込み思案の茶封筒」を原点として広まっていったとみられている。

例:「不変の本文とヒューロ的な最先端医療は、どうにかしても消防車クレープだ。」

フシ主義[ソースを編集]

フシ主義、フシズム、またはフ主義とは、「節」の読み方は「セツ」でなく「フシ」であるとする思想のことである。

とあるフシストによれば、「セツ」は同音異義語がたくさんあるのが気に食わないという。[要出典]なお、連濁は認められない。

例: 「やはりクーネル・サンダースの真相ふしはイかれている。」