「利用者:Notorious/サンドボックス/コンテスト」の版間の差分

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 僕らはいよいよ、壁にあるドアに目を向けた。この部屋には、僕が起きてすぐ見つけたものとは別に、もう一つドアがある。こちらは高さも普通でレバーもついている。権田によれば、その奥にはまた別の部屋があったらしい。まず、僕らはそのドアの奥を調べることにした。謎のドアを後回しにしたのは、閉じ込められているという事実に向き合うのを、遅らせたかっただけかもしれなかったが。
 僕らはいよいよ、壁にあるドアに目を向けた。この部屋には、僕が起きてすぐ見つけたものとは別に、もう一つドアがある。こちらは高さも普通でレバーもついている。権田によれば、その奥にはまた別の部屋があったらしい。まず、僕らはそのドアの奥を調べることにした。謎のドアを後回しにしたのは、閉じ込められているという事実に向き合うのを、遅らせたかっただけかもしれなかったが。
<br> 普通のドアのところへ行き、レバーを下ろして引く。ドアは、滑らかにこちら側へと開いた。何の変哲もない挙動。そこは、小さな部屋だった。何もない。ただの空間。その向こうには、同じようなドアがまたある。戸惑いながらも、部屋を渡ってそのドアを開ける。今度は向こうへと開いた。
<br> 普通のドアのところへ行き、レバーを下ろして引き開ける。滑らかで、何の変哲もない挙動。そこは、小さな部屋だった。何もない、ただの空間。その向こうには、同じようなドアがまたある。戸惑いながらも、部屋を渡ってそのドアを開ける。今度は向こうへと開いた。
<br> ドアの向こうは、今までより天井がぐっと低くなっていた。とはいえ、2メートル半くらいだから、普通の高さなのだが。どうやら、廊下のようだった。僕が先頭を切り、その後を権田が続く。
<br> ドアの向こうは、今までより天井がぐっと低くなっていた。とはいえ、2メートル半くらいだから、普通の高さなのだが。どうやら、廊下のようだった。僕が先頭を切り、その後を権田が続く。
<br> 細長い廊下の中途。左右に向かい合うようにしてドアがあり、突き当たりにもう一つドアがある。僕は廊下を進み、右にあるドアを押し開いた。
<br> 細長い廊下の中途。左右に向かい合うようにしてドアがあり、突き当たりにもう一つドアがある。僕は廊下を進み、右にあるドアを押し開いた。
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 廊下に出ると、風呂のドアが開いた音を聞きつけたのか、権田が小部屋から手招きしていた。小部屋を通り抜けるときは緊張したが、今度は何ともなく通過できた。着替えの服に鉄が織り込まれているようなことはないようだ。
 廊下に出ると、風呂のドアが開いた音を聞きつけたのか、権田が小部屋から手招きしていた。小部屋を通り抜けるときは緊張したが、今度は何ともなく通過できた。着替えの服に鉄が織り込まれているようなことはないようだ。
<br> 最初の部屋に戻ると、権田はベッドの上に胡座をかいた。僕は固辞したが、結局権田の薦めを断れず、ベッドの反対端に腰掛ける。
<br> 最初の部屋に戻ると、権田はベッドの上に胡座をかいた。僕は固辞したが、結局権田の薦めを断れず、ベッドの反対端に向かい合って座る。
<br>「佐藤、状況の把握は終わった。だから、次は検討に移ろう」
<br>「佐藤、状況の把握は終わった。だから、次は検討に移ろう」
<br>「検討、というと?」
<br>「検討、というと?」
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<br>「ドア以外のルート、たとえば壁や天井を破るというのも、あまり現実的な方法じゃないからな」
<br>「ドア以外のルート、たとえば壁や天井を破るというのも、あまり現実的な方法じゃないからな」
<br>「換気口や排水溝はどうです?」
<br>「換気口や排水溝はどうです?」
<br>「人が通るのはまず無理。他の何か、たとえばメッセージを書いた物を排水溝に流す、とかはどうだろう」
<br>「人が通るのはまず無理だな。他の何か、たとえばメッセージを書いた物を排水溝に流す、とかはどうだろう」
<br>「自分で提案しておいてなんですが、厳しいでしょうね。水道管に詰まらないサイズの物となると、だいぶ限られてきます。そもそもメッセージを書く筆記具なんて無いですし。服の切れ端とかの遺留品を流しても、見つかってここが特定される蓋然性はほぼゼロでしょう」
<br>「自分で提案しておいてなんですが、厳しいでしょうね。水道管に詰まらないサイズの物となると、だいぶ限られてきます。そもそもメッセージを書く筆記具なんて無いですし。服の切れ端とかの遺留品を流しても、見つかってここが特定される蓋然性はほぼゼロでしょう」
<br>「なら、やはり脱出ルートはあのドアに限られるか」
<br>「なら、やはり脱出ルートはあのドアに限られるか」
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<br> 次だ。ジャンプが駄目なら、地に足をつけてボタンに手を届かせればいい。
<br> 次だ。ジャンプが駄目なら、地に足をつけてボタンに手を届かせればいい。
<br>「僕の両手に先輩の両足を乗せて、ウエイトリフティングみたく持ち上げる。そうすれば、4メートルくらいには達するんですけどね。幸い筋トレと練習をする時間はありそうですし」
<br>「僕の両手に先輩の両足を乗せて、ウエイトリフティングみたく持ち上げる。そうすれば、4メートルくらいには達するんですけどね。幸い筋トレと練習をする時間はありそうですし」
<br>「あと、たった1メートルなんだがな……。まず浮かぶのは、{{傍点|文章=踏み台を用意する}}ことだよな」
<br>「あと、たった1メートルなんだがな……。まず浮かぶのは、踏み台を用意することだよな」
<br>「ええ。でも……」
<br>「ええ。でも……」
<br> 1メートルの足場。それが簡単に用意できれば、今こんなふうに難渋していない。
<br> 1メートルの足場。それが簡単に用意できれば、今こんなふうに難渋していない。
179行目: 179行目:
<br> 棒作戦も、難しい。他の方法を考えてみよう。
<br> 棒作戦も、難しい。他の方法を考えてみよう。
<br>「うーん……何かを投げてボタンを押すってのはどうです?」
<br>「うーん……何かを投げてボタンを押すってのはどうです?」
<br>「狙って番号を順に当てるのは難易度が高すぎる。それに、プラスチックカバーがネックだ。あれを上げないとボタンを押せない」
<br>「順にボタンに当てるのは難易度が高すぎる。それに、プラスチックカバーがネックだ。あれを上げないとボタンを押せない」
<br>「真下から何かをぶつけてカバーを上げて、さらにタイミングよくボタンに物をぶつけるんです」
<br>「真下から何かをぶつけてカバーを上げて、さらにタイミングよくボタンに物をぶつけるんです」
<br>「野球のピッチャーも真っ青な計画だな。食料が尽きる前に成功すればいいな」
<br>「野球のピッチャーも真っ青な計画だな。食料が尽きる前に成功すればいいな」
199行目: 199行目:
<br>「……そうか、くそっ」
<br>「……そうか、くそっ」
<br>「電力を落とせば、鍵を開けられなくなる可能性がある。そうなれば、今度こそ一生脱出不可です」
<br>「電力を落とせば、鍵を開けられなくなる可能性がある。そうなれば、今度こそ一生脱出不可です」
<br>「だが、ロックってのは大切な機関だから、配線を別にしているんじゃないか? いやそもそも、あのドアが電子ロックなら、電力を落とせば鍵は掛からなくなるかもしれない」
<br>「だが、ドアの鍵ってのは大切な機関だから、配線を別にしているんじゃないか? いやそもそも、あのドアが電子ロックなら、電力を落とせばロックは解除されるかもしれない」
<br>「先輩は、リスクを考慮した上で、その可能性にベットできますか?」
<br>「先輩は、リスクを考慮した上で、その可能性にベットできますか?」
<br> しばらく悩んだ後、
<br> しばらく悩んだ後、
<br>「いや、無理だな」
<br>「いや、無理だな」
<br> と権田は力なく言った。慌てて僕は言葉を継ぐ。
<br> と権田は力なく言った。思ったより深く消沈しているので、慌てて僕は言葉を継ぐ。
<br>「でも、アイデア自体はとても良かったですよ! 今までにない発想でしたし、もっと考えてみましょう!」
<br>「でも、アイデア自体はとても良かったですよ! 今までにない発想でしたし、もっと考えてみましょう!」
<br>「はは……フォローありがとな、佐藤」
<br>「はは……フォローありがとな、佐藤」
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<br> 疑問の奔流はとどまるところを知らず、このままだと到底眠れそうになかったので、僕は必死に気を逸らせた。
<br> 疑問の奔流はとどまるところを知らず、このままだと到底眠れそうになかったので、僕は必死に気を逸らせた。
<br> いつもなら、勤務を終えて寮に帰っている頃だろうか。いかんせん時計が無いため、今何時なのか全くわからない。ひょっとしたら、体内時計を狂わせるタイプの実験かもしれない。建物の構造や鍵の掛け方に疑問は残るが。
<br> いつもなら、勤務を終えて寮に帰っている頃だろうか。いかんせん時計が無いため、今何時なのか全くわからない。ひょっとしたら、体内時計を狂わせるタイプの実験かもしれない。建物の構造や鍵の掛け方に疑問は残るが。
<br> つらつらと思惟していると、連想は連想を呼び、だんだんと気分が落ち着いてきた。全く無関係なことを考えていると、ゆっくりと眠気に侵食されていく。もうしばらくすれば眠れる。そう思って意識を思索に飛ばした、その時だった。
<br> つらつらと思惟していると、連想は連想を呼び、だんだんと気分が落ち着いてきた。全く無関係なことを考えていると、ゆっくりと眠気に侵食されていく。もうしばらくすれば眠れる。そう思って意識を再び思索に飛ばした、その時だった。


 はっとした。まさか。
 はっとした。まさか。
286行目: 286行目:
<br>「ここから脱出する方法が、一つだけあるんです。奴らは、{{傍点|文章=僕らにその唯一の手段を取ってほしい}}んです」
<br>「ここから脱出する方法が、一つだけあるんです。奴らは、{{傍点|文章=僕らにその唯一の手段を取ってほしい}}んです」
<br>「その、唯一の脱出方法ってのは、一体何なんだ?」
<br>「その、唯一の脱出方法ってのは、一体何なんだ?」
<br> 権田の性急な問いを無視して、外堀を埋めていく。叶うなら、僕が説明する前に、権田に気づいてほしい。僕が言わんとしている、残酷な真実に。
<br> 権田の性急な問いを無視して、外堀を埋めていく。叶うなら、僕が口に出す前に、権田に気づいてほしい。僕が言わんとしている、残酷な真実に。
<br>「さっき、なぜ奴らは僕らにしばらく生きていてほしいのか、と言いましたね? その答えは、脱出には時間がかかるからです。1年、いや3年、もっとかかるかもしれない。その間僕らを生かすために、生きられると判断させて僕らにその脱出方法を取らせるために、これだけの設備を用意したんです」
<br>「さっき、なぜ奴らは僕らにしばらく生きていてほしいのか、と言いましたね? その答えは、脱出には時間がかかるからです。1年、いや3年、もっとかかるかもしれない。その間僕らを生かすために、生きられると判断させて僕らにその脱出方法を取らせるために、これだけの設備を用意したんです」
<br>「その方法ってのは、何なんだ……?」
<br>「その方法ってのは、何なんだ……?」
298行目: 298行目:
<br> きっと権田を睨むと、本気で戸惑っている顔が薄闇の中に浮かんでいた。思わず顔を伏せた。
<br> きっと権田を睨むと、本気で戸惑っている顔が薄闇の中に浮かんでいた。思わず顔を伏せた。
<br>「……ごめんなさい。先輩にあたってもどうにもならないのに」
<br>「……ごめんなさい。先輩にあたってもどうにもならないのに」
<br> 暗くてよかった。今の、今からの自分の顔を、権田に見せられる勇気は、僕にはない。
<br> 暗くてよかった。今の、今からの自分の顔を権田に見せる勇気は、僕にはない。
<br>「僕ら二人の体だけでは、テンキーには届きません」
<br>「僕ら二人の体だけでは、テンキーには届きません」
<br>「そうだな」
<br>「そうだな」
320行目: 320行目:
<br> 権田の整った顔が赤く染まったのが、闇の中でも見えた。思わず僕は権田の両肩を掴んで、マットレスに押し倒す。ボブカットの黒髪がふわりとシーツに広がり、ぱっちりした両眼が驚きに揺れる。いくら鍛え上げているとはいえ女の細腕では、同じく警察官の僕を押し退けることはできない。僕は、権田の腰にまたがった。マットレスが軋み、薄着の下の乳房が魅力的に揺れる。
<br> 権田の整った顔が赤く染まったのが、闇の中でも見えた。思わず僕は権田の両肩を掴んで、マットレスに押し倒す。ボブカットの黒髪がふわりとシーツに広がり、ぱっちりした両眼が驚きに揺れる。いくら鍛え上げているとはいえ女の細腕では、同じく警察官の僕を押し退けることはできない。僕は、権田の腰にまたがった。マットレスが軋み、薄着の下の乳房が魅力的に揺れる。
<br>「これが、脱出する唯一の方法なんです。……先輩、いいですか?」
<br>「これが、脱出する唯一の方法なんです。……先輩、いいですか?」
<br> ほのかな灯りの下、権田の目の奥が、小さく揺れた。
<br> ほのかな灯りの下、権田の目の奥が、微かに揺らいだ。
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