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<br> 彼女の言うとおり、三日月と呼ぶには少々明るすぎる夜で、閉じた箱庭は満月の時くらいのひかりで満ちていた。しかし空を見上げるとそこには歴とした立派なかたちの三日月があるのだった。<ruby>煌々<rt>こうこう</rt></ruby>と、奇妙なまでに真白なひかりを湛えて。
<br> 彼女の言うとおり、三日月と呼ぶには少々明るすぎる夜で、閉じた箱庭は満月の時くらいのひかりで満ちていた。しかし空を見上げるとそこには歴とした立派なかたちの三日月があるのだった。<ruby>煌々<rt>こうこう</rt></ruby>と、奇妙なまでに真白なひかりを湛えて。
<br>「月が綺麗だ」
<br>「月が綺麗だ」
<br> 僕は不思議とそう呟いていた。風が僕に言わせたのか、無意識に口から出た言葉だ。それを聞いた彼女は僕の顔をまじまじと見て、再び微笑んだ。次に空を見上げ、そうして幾らかの間をあけつつ言った。
<br> 僕は不思議とそう呟いていた。風が僕に言わせたのか、無意識に口から出た言葉だ。それを聞いた彼女は僕の顔をまじまじと見て、再び微笑んだ。次に空を見上げ、そうして幾らかの<ruby>間<rt>ま</rt></ruby>をあけつつ言った。
<br>「『月が綺麗』良い言葉ね。儚く美しい。それでいて教養があって、なのに随分と世間知らず。まるで思春期の少女のような、夢見がちなロマネスクの言葉」
<br>「『月が綺麗』良い言葉ね。儚く美しい。それでいて教養があって、なのに随分と世間知らず。まるで思春期の少女のような、夢見がちなロマネスクの言葉」
<br> 僕は箱庭の垣根にびっしりと纏わりついた薔薇のつたを見ていた。そして一輪の、ひときわ目立つ薔薇がなっているのを発見した。僕はそれを摘んで、月に透かす。月光の白と花弁の赤は、交わるようで交わらない。ふたつの象徴的な美は、同じ世界に存在していながら自らの殻に閉じこもってしまっている。その殻に閉じこもることこそ美しさというものだ、と僕はひとりで納得する。
<br> 僕は箱庭の垣根にびっしりと纏わりついた薔薇のつたを見ていた。そして一輪の、ひときわ目立つ薔薇がなっているのを発見した。僕はそれを摘んで、月に透かす。月光の白と花弁の赤は、交わるようで交わらない。ふたつの象徴的な美は、同じ世界に存在していながら自らの殻に閉じこもってしまっている。その殻に閉じこもることこそ美しさというものだ、と僕はひとりで納得する。
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<br>「何方も心の底から綺麗だとは思えないですね。だって――」
<br>「何方も心の底から綺麗だとは思えないですね。だって――」
<br> 僕は五月の爽やかで透き通った空気を胸いっぱいに吸いこんだ。彼女は頬を紅潮させて目を伏せる。
<br> 僕は五月の爽やかで透き通った空気を胸いっぱいに吸いこんだ。彼女は頬を紅潮させて目を伏せる。
<br>「――だって、まるで来る日来る日も海だけ見詰めて暮らしてたような、綺麗な瞳の素敵な女性が、無邪気にそれらを邪魔をしているんだから」
<br>「――だって、まるで来る日来る日も海だけ見詰めて暮らしてたような、綺麗な瞳の素敵な女性が、無邪気にそれらを邪魔しているんだから」
<br> 彼女は僕の言葉を聴くと、薔薇や月が霞んで、関係のないところへ雲隠れしてしまうくらい、美しい幸せの<ruby>表情<rt>かお</rt></ruby>をした。それは悦びではなく温かみでもなく、ただそこにある幸せだった。彼女はその<ruby>表情<rt>かお</rt></ruby>を見られるのがどうにも恥ずかしいようで、さっと右手で顔を隠してしまう。僕はその仕草が堪らなく愛おしく感じて、再び彼女を抱き寄せた。
<br> 彼女は僕の言葉を聴くと、薔薇や月が霞んで、関係のないところへ雲隠れしてしまうくらい、美しい幸せの<ruby>表情<rt>かお</rt></ruby>をした。それは悦びではなく温かみでもなく、ただそこにある幸せだった。彼女はその<ruby>表情<rt>かお</rt></ruby>を見られるのがどうにも恥ずかしいようで、さっと右手で顔を隠してしまう。僕はその仕草が堪らなく愛おしく感じて、再び彼女を抱き寄せた。
<br>「いいかい? もっと近づいて君を僕に見せて。僕は君だけを見ていたいんだから」
<br>「いいかい? もっと近づいて君を見せて。僕は君だけを見ていたいんだから」
<br> 抱き寄せられた彼女は頬を真っ赤に染めて暫く目を逸らし続けていたが、<ruby>軈<rt>やが</rt></ruby>て観念したように目を閉じ、受け身の姿勢をとった。
<br> 抱き寄せられた彼女は頬を真っ赤に染めて暫く目を逸らし続けていたが、<ruby>軈<rt>やが</rt></ruby>て観念したように目を閉じ、受け身の姿勢をとった。
<br>「目を閉じては駄目だよ。君の瞳が隠されてしまう」
<br>「目を閉じては駄目だよ。君の瞳が隠されてしまう」
<br> 彼女は静かに目を開けた。まるで干潮の海が瞬く間に満ちてゆくように、彼女の瞳が露わになる。その瞬間ふたりはひとつになり、自然と殻を形成した。時間が経つほどそれはより強固に世界からふたりを隔絶し、それが持つ鋭利な美しさを一層研ぎ澄ましていった。
<br> 彼女は静かに目を開けた。まるで干潮の海が瞬く間に満ちてゆくように、彼女の瞳が露わになる。その瞬間ふたりはひとつになり、自然と殻を形成した。時間が経つほどそれはより強固に世界からふたりを隔絶し、それが持つ鋭利な美しさを一層研ぎ澄ましていった。
<br> それはふたりだけの、完成された愛の姿であった。
<br> それはふたりだけの、完成された愛の姿であった。
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