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 自分の存在を見失わないように、大きな息に意味を乗せ、大きな声を出し続ける。赤毛の子供は、奥で泣きわめく声をあげているのが、しばらく前に森で出会ったあの黒髪の子供であることを、まさにその聞こえた声をもって理解していた。赤毛の子供のいる村落は、古くから排外主義的なルールを掲げていたから、見たことのない人に出会ったその子供は、とまどってしまったものだった。黒髪の子供は、うず高くもつれた重い緑の蔦の網目と、冷たい土や枝のステージの上で、わけのわからぬ言葉で歌っていた。それは赤毛の子供の集落では話されない言葉だったから、その声の意味はまったく知れなかった。ただ確かなのは、その声がそれ自体で持つ美しさだった。幹まで緑色をした木々の間を、角度をもって走り抜けていく日光が、木の葉のノイズとともに歌う子供の輪郭を逆光をして描き出し、同時にその黒髪に吸い込まれていった。つやもはりもない、ただ一様に単色にみえる黒だった。そのうち黒髪の子供は赤毛の子供を見つけると、すぐに走り去ってしまった。その次の日、赤毛の子供が同じ場所に行くと、やはり美しい歌が聞こえた。その日は、赤毛の子供も歌った。古い記憶の、子守歌を歌った。それから毎日、彼らはそこで共に語り合った。互いにわけのわからぬ言葉で語り合った。
 自分の存在を見失わないように、大きな息に意味を乗せ、大きな声を出し続ける。赤毛の子供は、奥で泣きわめく声をあげているのが、しばらく前に森で出会ったあの黒髪の子供であることを、まさにその聞こえた声をもって理解していた。赤毛の子供のいる村落は、古くから排外主義的なルールを掲げていたから、見たことのない人に出会ったその子供は、とまどってしまったものだった。黒髪の子供は、うず高くもつれた重い緑の蔦の網目と、冷たい土や枝のステージの上で、わけのわからぬ言葉で歌っていた。それは赤毛の子供の集落では話されない言葉だったから、その声の意味はまったく知れなかった。ただ確かなのは、その声がそれ自体で持つ美しさだった。幹まで緑色をした木々の間を、角度をもって走り抜けていく日光が、木の葉のノイズとともに歌う子供の輪郭を逆光をして描き出し、同時にその黒髪に吸い込まれていった。つやもはりもない、ただ一様に単色にみえる黒だった。そのうち黒髪の子供は赤毛の子供を見つけると、すぐに走り去ってしまった。その次の日、赤毛の子供が同じ場所に行くと、やはり美しい歌が聞こえた。その日は、赤毛の子供も歌った。古い記憶の、子守歌を歌った。それから毎日、彼らはそこで共に語り合った。互いにわけのわからぬ言葉で語り合った。


 しかし、この日、黒髪の子供は現れなかった。だから赤毛の子供は、そこら中を歩き回って捜した。そして、海のすぐそばの、あの洞窟から、声がするのを発見した。間違いなく、あの子供の声だった。その声の美しさは、旋律を離れてただの悲鳴になっていてさえ、どうやら曇らないらしい。村の大人たちは
 しかし、この日、黒髪の子供は現れなかった。だから赤毛の子供は、そこら中を歩き回って捜した。そして、海のすぐそばの、あの洞窟から、声がするのを発見した。間違いなく、あの子供の声だった。その声の美しさは、旋律を離れてただの悲鳴になっていてさえ、どうやら曇らないらしい。しかしこの洞窟に入ることは、村の大人たちによって固く禁じられていた。暗くて何も見えないばかりか、すぐそばの海から岩の切れ目を通して上がってくる水が、ときどき洞窟を脱出不能の水底にしてしまうことがあったからだ。




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