「利用者:Notorious/サンドボックス/ピカチュウプロジェクト」の版間の差分

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<br> そう言って小島さんは話し始めた。
<br> そう言って小島さんは話し始めた。


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==序==
==序==
「ねえ國春兄さん、叙述トリックって知ってる?」
「ねえ亮二兄さん、叙述トリックって知ってる?」
<br>「急になんだよトシ。まあ知ってるけどさ」
<br>「急になんだよケン。まあ知ってるけどさ」
<br> トシってのは俺、俊晴のあだ名だ。詳しくは覚えちゃいないが、お前と同様叙述トリックって言葉を何かの本で見たんだろう。國春兄さんとは年が離れててな、子供心には何でも知ってるすごい人に思えたのさ。
<br> ケンってのは俺、健児のあだ名だ。詳しくは覚えちゃいないが、お前と同様叙述トリックって言葉を何かの本で見たんだろう。亮二兄さんとは年が離れててな、子供心には何でも知ってるすごい人に思えたのさ。
<br>「叙述トリックっていうのはな、'''作者が読者に仕掛けるトリック'''のことだ」
<br>「叙述トリックっていうのはな、'''作者が読者に仕掛けるトリック'''のことだ」
<br>「作者が読者に?」
<br>「作者が読者に?」
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<br> 小島さんは「しゃあねえなあ」と言いつつも、どこか楽しげに続きを話し始めた。
<br> 小島さんは「しゃあねえなあ」と言いつつも、どこか楽しげに続きを話し始めた。


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==破==
==破==
 その次の日の晩、夕飯の時間になって、母親に言われて俺は2階にいる兄貴を呼びに行った。兄貴の部屋をノックしようとしたところで、急にドアが開き、俺は鼻をしたたかにぶつけた。兄貴は笑いながら「すまんすまん」と謝ったが、こっちは痛いのなんの。不貞腐れたよ。鼻の頭に絆創膏を貼らないといけなかった。
 その次の日の晩、夕飯の時間になって、母親に言われて俺は2階にいる兄貴を呼びに行った。兄貴の部屋をノックしようとしたところで、急にドアが開き、俺は鼻をしたたかにぶつけた。兄貴は笑いながら「すまんすまん」と謝ったが、こっちは痛いのなんの。不貞腐れたよ。鼻の頭に絆創膏を貼らないといけなかった。
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<br> そしてその次の日の3時、俺は小遣いで買っといたプリンを食べようと、2階の自室からキッチンへ降りてきた。さあ食べようと冷蔵庫を開け放ったんだが、確かに2段目に入れといたはずのプリンがない。中を隅から隅まで探したが、ない。そこで横のゴミ箱を見ると、なんとプリンの空容器が捨ててあったのさ!
<br> そしてその次の日の3時、俺は小遣いで買っといたプリンを食べようと、2階の自室からキッチンへ降りてきた。さあ食べようと冷蔵庫を開け放ったんだが、確かに2段目に入れといたはずのプリンがない。中を隅から隅まで探したが、ない。そこで横のゴミ箱を見ると、なんとプリンの空容器が捨ててあったのさ!
<br> それを見て幼き俺は愕然として落涙、この世の不条理を嘆いた…わけじゃあない。正直あんまショックは受けなかった。プリン大好きってわけじゃないし、小遣いは十分貰ってたから惜しくもなかった。たかがプリン1個くらいで家族を詰るような、狭量な男じゃなかったんだ、俺は。
<br> それを見て幼き俺は愕然として落涙、この世の不条理を嘆いた…わけじゃあない。正直あんまショックは受けなかった。プリン大好きってわけじゃないし、小遣いは十分貰ってたから惜しくもなかった。たかがプリン1個くらいで家族を詰るような、狭量な男じゃなかったんだ、俺は。
<br> だが、ここで一つ疑問が残った。誰がプリンを食べたのだろう? 容器はゴミの上の方にあり、俺が昼飯のときにこぼしたレタスよりも上にある。でも、両親は昼飯の前から買い物に行っていて、まだ帰ってきていない。そして俺がレタスを捨てたとき、プリンのカップなんて無かった。なら、親が食べたのではない。そして、兄さんは珍しいことにプリンがとても苦手だ。食べるなんてことあり得ない…。
<br> だが、ここで一つ疑問が残った。誰がプリンを食べたのだろう? 容器はゴミの上の方にあり、俺が昼飯のときにこぼしたレタスよりも上にある。でも、両親は昼飯の前から買い物に行っていて、まだ帰ってきていない。そして俺がレタスを捨てたとき、プリンのカップなんて無かった。なら、親が食べたのではない。そして、兄さんは珍しいことにプリンがとても苦手だ。食べるなんてこと絶対にあり得ない。今日は客も一切来ていない…。
<br> そこまで考えたところで、自分が無駄な思考をしていたことに気づいた。落ち着いて考えれば、答えは歴然じゃあないか…。
<br> そこまで考えたところで、自分が無駄な思考をしていたことに気づいた。落ち着いて考えれば、答えは歴然じゃあないか…。
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102行目: 102行目:
<br>「まあそれはさておき、叙述トリックの説明だ。小説とかで叙述トリックが仕掛けられているとする。問題は、なぜ仕掛けられたのか、だ。」
<br>「まあそれはさておき、叙述トリックの説明だ。小説とかで叙述トリックが仕掛けられているとする。問題は、なぜ仕掛けられたのか、だ。」
<br> 何か小島さんのお兄さんが作中で話してた気がするな。
<br> 何か小島さんのお兄さんが作中で話してた気がするな。
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<br>「もし読者を驚かせるためだけに仕掛けられたものなら、それは『意味なし叙述』だ。でも、犯人当てとかの要素として組み込まれたものならば、作品の成立に不可欠だから、『意味あり叙述』となる」
<br>「えーっと、小島さんのお兄さんの話に合わせると…読者を驚かせるためのものが意味なし叙述、ミステリの難易度を上げるためのものが意味あり叙述ってことですか」
<br>「そうだ。よく覚えてるな。まあミステリ的な仕掛けに限らずとも、小説の主題に関わるなら意味あり叙述だとする人もいるらしい。そもそもこれらの概念自体が最近提唱されたもので、定義は人によってまちまちなんだと」
<br> むむむ、要するに驚かせるためだけか否か、ってことか。というか、彼女さんに会う貴重な時間を使ってこんなこと聞いてきてくれたのかよ。もっと別のこと話しなさいよ。
<br>「じゃ、そういうことだ。昔話の続きは、仕事終わってからな」
<br> 小島さんはそう言うと、あとは黙々と箱詰めをするだけだった。
 
 結局4人が揃ったのは夜8時半、布団を敷いて寝支度をする頃合だった。秋の夜は長いが、僕らは関係なく9時には寝る。他の皆も各々の布団に胡座をかいたのを見ると、僕は早速切り出した。
<br>「それで小島さん、プリンを食べたのは誰なんです?」
<br>「なんだタケ、解らないのか? あれだけヒント出してやったってのに」
<br> 小島さんは馬鹿にしたように笑うと、
<br>「ゴクさんとみっちゃんは解ったよな?」
<br>と水を向けた。
<br>「まあ、考える時間がたっぷりあったからなあ」
<br>「老体にはなかなかきつかったぞ」
<br> え? 解ってないの僕だけ?
<br>「じゃあ、タケのために続きを話すか」
<br> そう言うと小島さんはニヤニヤしながら話の最終章へ入った。
 
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==急==
 俺がプリンを諦めて源氏パイを食っていると、兄貴が2階の自室から降りてきた。そして兄貴は俺の顔を見るなり、笑い出したのさ。俺は少々ムッとして、
<br>「何が可笑しいのさ」
<br>と問うた。すると兄貴は、
<br>「アハハ、鼻の頭に絆創膏付いてるの見ると笑えちゃって」
<br>と言ってなおも笑い続けた。お前のせいで怪我したってのに、悪びれもせずよく笑えるもんだ。俺はカチンと来て、こう言い返してやった。
<br>「人のプリンを取って食べるような外道め!」
<br>「あ、あれお前のだったの? ごめんごめん、そんなに食いたかったのか。あとでアイスでも奢るから許せよ」
<br> まあそう惜しくもなかったからアイスの約束を取り付けられたのは思わぬ収穫で、小学生の俺はすぐに機嫌を直したよ。
 
 これで昔話は終わりだ。
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==結==
「ちょっ、終わり?」
<br> 思わず大きな声が出てしまった。
<br>「どういうことですか。お兄さんはプリン嫌いなんでしょう? 説明してくださいよ」
<br>「まあまあ落ち着けって。出題者が解説するのもなんかヤだから、ゴクさんとみっちゃんに任せてもいいかい?」
<br> 呼ばれた2人は顔を見合わせると、徐ろに拳を突き出した。
<br>「じゃんけんぽん!」
<br> 勝者は三津田さん。頭を抱えて悔しがる京極さんを尻目に、得意そうに話し始めた。
<br>「タケくん、今までのケンくんの話には叙述トリックが仕掛けられていたんだ」
<br> そのくらいは見当がついている。そうでもないと、急にプリンの話になった理由がわからない。
<br>「じゃあそのトリックは何だったのか。結論から言うと、始めに出てきた兄とその後の兄は別人なんだよ」
<br> 兄が別人? 話の展開が急過ぎて理解が追いつかない。
<br>「厳密に言うと、『幼いケンくんに叙述トリックの解説をした兄』と『ケンくんに怪我をさせ、笑った兄』は別人ということだ。そしてプリンを好かないのは前者、プリンを食べたのは後者というわけだ。ケンくんは3兄弟だったんじゃないかな」
<br>「よく聞くと、前者は『兄さん』、後者は『兄貴』と呼び分けておったぞ」
<br>「じゃんけんで負けた者に解答権はないぞ。大人しくしとれ」
<br> 京極さんはすごすごと退き下がった。小島さんは僕らの様子をニコニコと見守っている。一方の僕には疑問が生まれた。
<br>「でも、小島さんは4人家族だと言ってませんでした?」
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