「利用者:Notorious/サンドボックス/ピカチュウプロジェクト」の版間の差分

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<br> 小島さんは鼻で笑った。お前がかよ、と顔が語っている。
<br> 小島さんは鼻で笑った。お前がかよ、と顔が語っている。
<br>「小島さんはこういうの好きだったでしょう? 教えてくださいよ」
<br>「小島さんはこういうの好きだったでしょう? 教えてくださいよ」
<br> 小島さんが時々本を読んでいるのを見るが、大体推理小説なのだ。どうやらそういう系統の新人賞に応募したこともあるらしい。
<br>「わかったよ。丁度叙述トリックについての昔話があってな、聞かせてやるよ。ただし、手を動かしながらだ」
<br>「わかったよ。丁度叙述トリックについての昔話があってな、聞かせてやるよ。ただし、手を動かしながらだ」
<br> 見ると、京極さんと三津田さんがもぞもぞと起き出していた。2人とももう、おじさんというよりおじいさんといった方がしっくりくる歳だ。京極さんは身長が低くて小太り、三津田さんは対照的にのっぽで痩せぎすな体型をしている。話し方も、三津田さんは二回りほど年下の僕にも丁寧語を使うが、京極さんはゴリゴリの関西弁で、対照的だ。いつも同じ時間に起きていると、アラームなぞ無くとも自然と目が覚めてしまうものだ。僕はため息を吐くと、布団を畳むために立ち上がった。
<br> 見ると、京極さんと三津田さんがもぞもぞと起き出していた。2人とももう、おじさんというよりおじいさんといった方がしっくりくる歳だ。京極さんは身長が低くて小太り、三津田さんは対照的にのっぽで痩せぎすな体型をしている。話し方も、三津田さんは二回りほど年下の僕にも丁寧語を使うが、京極さんはゴリゴリの関西弁で、対照的だ。いつも同じ時間に起きていると、アラームなぞ無くとも自然と目が覚めてしまうものだ。僕はため息を吐くと、布団を畳むために立ち上がった。
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<br>「まずドアを左手で人が通れるくらいに開けておく。そうしながら氷の棒の端をドアの向かいの壁につける。すると、もう片方の端はドアにつっかえる。まあドアに氷の棒を立てかけてるイメージだ」
<br>「まずドアを左手で人が通れるくらいに開けておく。そうしながら氷の棒の端をドアの向かいの壁につける。すると、もう片方の端はドアにつっかえる。まあドアに氷の棒を立てかけてるイメージだ」
<br>「んん? ちょっと待ってよ兄さん」
<br>「んん? ちょっと待ってよ兄さん」
<br> 一旦頭を整理しないと。黙って兄さんの言うことをトレースしていると、階下からは母さんの笑い声が聞こえてきた。我が家は一軒家とはいえ、部屋と部屋の間の壁が薄いのだ。
<br> 一旦頭を整理しないと。黙って兄さんの言うことをトレースしていると、階下からはお袋の笑い声が聞こえてきた。我が家は一軒家とはいえ、部屋と部屋の間の壁が薄いのだ。
<br>「どうだ?」
<br>「どうだ?」
<br>「うん、何となくわかったよ」
<br>「うん、何となくわかったよ」
43行目: 44行目:
<br>「いまやったトリックは、犯人が警察もしくは探偵に仕掛けるトリックだ。密室にすることで、捜査側を困らせようとしているんだからな。でも、叙述トリックはそうじゃない」
<br>「いまやったトリックは、犯人が警察もしくは探偵に仕掛けるトリックだ。密室にすることで、捜査側を困らせようとしているんだからな。でも、叙述トリックはそうじゃない」
<br>「ならどんなトリックなの?」
<br>「ならどんなトリックなの?」
<br>「さっきも言ったが、作者が読者に仕掛けるトリックだ。具体例を挙げるなら、こんな感じだ。
<br>「さっきも言ったが、作者が読者に仕掛けるトリックだ。具体例を挙げるなら、こんな感じだ。『太郎さんが殺されました。犯行が可能だったのは、太郎の弟と妹、次郎、花子のどっちかです。そして現場には口紅が落ちていました。さて、犯人は誰でしょう?』」
<br> 『太郎さんが殺されました。犯行が可能だったのは、太郎の弟と妹、次郎、花子のどっちかです。そして現場には口紅が落ちていました。さて、犯人は誰でしょう?』」
<br>「花子!」
<br>「花子!」
<br> 俺はすぐに答えた。
<br> 俺はすぐに答えた。口紅が落ちてたなら犯人は女じゃないか! ところが兄さんは言った。
<br>「ブブー、残念! 実は次郎は女で、花子は男だったんです! というわけで正解は次郎でした!」
<br>「ブブー、残念! 口紅が落ちているということは犯人は女。でも実は、次郎が女で、花子が男だったんです! というわけで正解は次郎でした!」
<br> 俺は唖然としていた。だって、そんなことないだろ? すると兄さんは少し焦ったような声で付け足した。
<br> 俺は唖然としていた。だって、そんなことないだろ? すると兄さんは少し焦ったような声で付け足した。
<br>「まあ、これは適当に作っただけだから。ちゃんとしたやつは、もっと丁寧に伏線が張られていて納得できるから安心しろ。こんな風に、'''作者が読者を直接騙す'''のが、叙述トリックだ」
<br>「まあ、これは適当に作っただけだから。ちゃんとしたやつは、もっと丁寧に伏線が張られていて納得できるから安心しろ。こんな風に、'''作者が読者を直接騙す'''のが、叙述トリックだ」
<br>「作者が読者を騙す…」
<br>「作者が読者を騙す…」
<br>「そしてそれは'''フェアでなくちゃいけない'''。さっきの例で行くと、途中で『花子は三郎の<ruby>妻<rt>、</rt></ruby>だ』と書いてあるのに、最後になって『花子は女なんです!』と言っちゃあダメだ。整合性が取れないだろ? ただし語り手が勘違いしているなどの事情があれば構わないから、'''三人称の地の文で虚偽を書いてはいけない'''とされるのが一般的だな」
<br>「そしてそれは'''フェアでなくちゃいけない'''。さっきの例で行くと、途中で『花子は三郎の<ruby>妻<rt>、</rt></ruby>だ』と書いてあるのに、最後になって『花子は男なんです!』と言っちゃあダメだ。整合性が取れないだろ? ただし語り手が勘違いしているなどの事情があれば構わないから、'''三人称の地の文で虚偽を書いてはいけない'''とされるのが一般的だな」
<br> 当時の俺は分かったような分からないような感じだったが、疑問は残った。
<br> 当時の俺は分かったような分からないような感じだったが、疑問は残った。
<br>「なんでそんなことするの?」
<br>「なんでそんなことするの?」
71行目: 71行目:
<br> 3人のおじさんは揃って僕を子供扱いする。まあ30代の小島さんはともかく、京極さんと三津田さんは還暦が近い。年の差を考えれば当然なのかもしれない。でも、気分のいいことではないからやめてくれと言ってるんだが、本人たちは改善する気がないらしい。僕はまた溜め息を吐こうとして、慌てて口を閉じた。
<br> 3人のおじさんは揃って僕を子供扱いする。まあ30代の小島さんはともかく、京極さんと三津田さんは還暦が近い。年の差を考えれば当然なのかもしれない。でも、気分のいいことではないからやめてくれと言ってるんだが、本人たちは改善する気がないらしい。僕はまた溜め息を吐こうとして、慌てて口を閉じた。


 それから身支度をして朝飯を食って、勤労奉仕の時間と相なった。僕たち4人は同じ工場で働いている。しかも作業するブースも大抵一緒だ。仕事は楽だし働く時間も短いが、僕は根っからの労働嫌いだ。本音を言えば働きたくないが、それができたら苦労しない。
 それから身支度をして朝飯を食って、勤労奉仕の時間と相なった。僕たち4人は同じ工場で働いている。しかも作業するブースも大抵一緒だ。仕事は楽だし働く時間も短いが、給料は信じられないほど少ない。それに、僕は根っからの労働嫌いだ。本音を言えば働きたくないが、それができたら苦労しない。
<br> 午前10時、僕たちは作られた商品をひたすら箱に詰める作業をしていた。コンベアーに乗った石鹸を片っ端から紙の箱に入れ、蓋を閉じる。ロボットでもできるだろと思うが、嘆いても詮方ない。単純作業ここに極まれりだ。まったく、暇で暇でしょうがない。
<br> 午前10時、僕たちは作られた商品をひたすら箱に詰める作業をしていた。コンベアーに乗った石鹸を片っ端から紙の箱に入れ、蓋を閉じる。ロボットでもできるだろと思うが、嘆いても詮方ない。単純作業ここに極まれりだ。まったく、暇で暇でしょうがない。
<br>「ねえ小島さん、朝の続きを話してくださいよ」
<br>「ねえ小島さん、朝の続きを話してくださいよ」
79行目: 79行目:
==破==
==破==
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 その次の日の晩、夕飯の時間になって、母親に言われて俺は2階の自室にいる兄貴を呼びに行った。兄貴の部屋をノックしようとしたところで、急にドアが開き、俺は鼻をしたたかにぶつけた。兄貴は笑いながら「すまんすまん」と謝ったが、こっちは痛いのなんの。不貞腐れたよ。鼻の頭に絆創膏を貼らないといけなかった。
 その次の日の晩、夕飯の時間になって、お袋に言われて俺は2階の自室にいる兄貴を呼びに行った。兄貴の部屋をノックしようとしたところで、急にドアが開き、俺は鼻をしたたかにぶつけた。兄貴は笑いながら「すまんすまん」と謝ったが、こっちは痛いのなんの。不貞腐れたよ。鼻の頭に絆創膏を貼らないといけなかった。
<br> ともかく夕飯になった。そのときは俺と兄貴、親父とお袋の4人暮らしだった。はは、今と同じだな。お袋は専業主婦、親父は市議会議員だった。俺は食卓のお誕生席で黙々と白飯を食ってた。兄さんには無邪気に接していたんだが、他の家族、特に親父の前でははしゃげなかった。今思えば、この時既に親に少し苦手意識を持ってたのかもしれないな。
<br> ともかく夕飯になった。そのときは俺と兄貴、親父とお袋の4人暮らしだった。はは、今と同じだな。お袋は専業主婦、親父は市議会議員だった。俺は食卓のお誕生席で黙々と白飯を食ってた。兄さんには無邪気に接していたんだが、他の家族、特に親父の前でははしゃげなかった。今思えば、この時既に親に少し苦手意識を持ってたのかもしれないな。
<br> そんなことは露ほども知らない、何かと心労の絶えない時期を通り抜けた親父は、陽気に「政治は~、政治を~」と理想を語っていた。だから母親が、
<br> そんなことは露ほども知らない、何かと心労の絶えない時期を通り抜けた親父は、陽気に「政治は~、政治を~」と理想を語っていた。だからお袋が、
<br>「せっかくケンちゃんが賞状貰ってきたのに、お父さんったら政治、政治ってそればっかり。少しは気にかけてやってくださいよ」
<br>「せっかくケンちゃんが賞状貰ってきたのに、お父さんったら政治、政治ってそればっかり。少しは気にかけてやってくださいよ」
<br>と嗜めた。だが親父は、
<br>と嗜めた。だが親父は、
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<br> そしてその次の日の午後3時、俺は小遣いで買っといたプリンを食べようと、2階の自室からキッチンへ降りてきた。さあ食べようと冷蔵庫を開け放ったんだが、確かに2段目に入れといたはずのプリンがない。中を隅から隅まで探したが、ない。そこで横のゴミ箱を見ると、なんとプリンの空容器が捨ててあったのさ!
<br> そしてその次の日の午後3時、俺は小遣いで買っといたプリンを食べようと、2階の自室からキッチンへ降りてきた。さあ食べようと冷蔵庫を開け放ったんだが、確かに2段目に入れといたはずのプリンがない。中を隅から隅まで探したが、ない。そこで横のゴミ箱を見ると、なんとプリンの空容器が捨ててあったのさ!
<br> それを見て幼き俺は愕然として落涙、この世の不条理を嘆いた…わけじゃあない。正直あんまショックは受けなかった。プリン大好きってわけじゃないし、小遣いは十分貰ってたから惜しくもなかった。たかがプリン1個くらいで家族を詰るような、狭量な男じゃなかったんだ、俺は。
<br> それを見て幼き俺は愕然として落涙、この世の不条理を嘆いた…わけじゃあない。正直あんまショックは受けなかった。プリン大好きってわけじゃないし、小遣いは十分貰ってたから惜しくもなかった。たかがプリン1個くらいで家族を詰るような、狭量な男じゃなかったんだ、俺は。
<br> だが、ここで一つ疑問が残った。誰がプリンを食べたのだろう? 容器はゴミの上の方にあり、俺が昼飯のときにこぼしたレタスよりも上にある。でも、両親は昼飯の前から買い物に行っていて、まだ帰ってきていない。そして俺がレタスを捨てたとき、プリンのカップなんて無かった。なら、親が食べたのではない。そして、兄さんは珍しいことにプリンがとても苦手なんだ。食べるなんてこと絶対にあり得ない。今日は客も一切来ていない…。
<br> だが、ここで一つ疑問が残った。誰がプリンを食べたのだろう? 容器はゴミの上の方にあり、俺が昼飯のときにこぼしたレタスよりも上にある。ということは、プリンは昼飯より後に食われたってことだ。でも、両親は昼飯の前から買い物に行っていて、まだ帰ってきていない。その日は子供だけで冷凍食品をチンして食べたんだ。そして俺がレタスを捨てたとき、プリンのカップなんて無かった。なら、親が食べたのではない。そして、兄さんは珍しいことにプリンがとても苦手なんだ。食べるなんてこと絶対にあり得ない。今日は客も一切来ていない…。
<br> そこまで考えたところで、自分が無駄な思考をしていたことに気づいた。落ち着いて考えれば、答えは歴然じゃあないか…。
<br> そこまで考えたところで、自分が無駄な思考をしていたことに気づいた。落ち着いて考えれば、答えは歴然じゃあないか…。
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<br> でも、プリンを食べたのは一体誰だろう? 僕はそのことばかりを考え続け、いつの間にか昼休憩の時間になっていた。
<br> でも、プリンを食べたのは一体誰だろう? 僕はそのことばかりを考え続け、いつの間にか昼休憩の時間になっていた。


 昼飯を食いながらでも話の続きを聞かせてもらおうと思ったが、小島さんは手早くリゾットをかきこむと、どこかに行ってしまった。京極さんはそれを見て、
 昼飯を食いながらでも話の続きを聞かせてもらおうと思ったが、小島さんは手早くカレーライスをかきこむと、どこかに行ってしまった。京極さんはそれを見て、
<br>「ケンのヤツ、あら女やな。女に逢いに行くんや」
<br>「ケンのヤツ、あら女やな。女に逢いに行くんや」
<br>と顎をさすりながら言った。三津田さんも小指を立てて笑っている。まさかと思ったが、小島さんならあり得るかもしれない。なんてったって顔がいい。
<br>と顎をさすりながら言った。三津田さんも小指を立てて笑っている。まさかと思ったが、小島さんならあり得るかもしれない。なんてったって顔がいい。
120行目: 120行目:
<br> むむむ、要するに驚かせるためだけか否か、ってことか。というか、彼女さんに会う貴重な時間を使ってこんなこと聞いてきてくれたのかよ。もっと別のこと話しなさいよ。
<br> むむむ、要するに驚かせるためだけか否か、ってことか。というか、彼女さんに会う貴重な時間を使ってこんなこと聞いてきてくれたのかよ。もっと別のこと話しなさいよ。
<br>「じゃ、そういうことだ。昔話の続きは、仕事終わってからな」
<br>「じゃ、そういうことだ。昔話の続きは、仕事終わってからな」
<br> 小島さんはそう言うと、あとは黙々と箱詰めをするだけだった。
<br> 小島さんはそう言うと、あとは黙々と箱詰めをするだけだった。僕は、小島さんのミステリ好きは彼女さんの影響なのかもな、とぼんやり思った。


 結局4人が揃ったのは夜8時半、布団を敷いて寝支度をする頃合だった。秋の夜は長いが、僕らは季節に関係なく9時には寝る。他の皆も各々の布団に胡座をかいたのを見ると、僕は早速切り出した。
 結局4人が揃ったのは夜8時半、布団を敷いて寝支度をする頃合だった。秋の夜は長いが、僕らは季節に関係なく9時には寝る。他の皆も各々の布団に胡座をかいたのを見ると、僕は早速切り出した。
129行目: 129行目:
<br>と水を向けた。
<br>と水を向けた。
<br>「まあ、考える時間がぎょうさんあったさかいなあ」
<br>「まあ、考える時間がぎょうさんあったさかいなあ」
<br>「老体にはなかなかきつかったですよ」
<br>「老いた脳にはなかなかきつかったですよ」
<br> え? 解ってないの僕だけ?
<br> え? 解ってないの僕だけ?
<br>「じゃあ、タケのために続きを話すか」
<br>「じゃあ、タケのために続きを話すか」
143行目: 143行目:
<br>と言ってなおも笑い続けた。てめえのせいで怪我したってのに、悪びれもせずよく笑えるもんだ。俺はカチンと来て、こう言い返してやった。
<br>と言ってなおも笑い続けた。てめえのせいで怪我したってのに、悪びれもせずよく笑えるもんだ。俺はカチンと来て、こう言い返してやった。
<br>「人のプリンを取って食べるような外道め!」
<br>「人のプリンを取って食べるような外道め!」
<br> すると兄貴はちょっと困ったような顔をして、
<br>「あ、あれお前のだったの? ごめんごめん、そんなに食いたかったのか。あとでアイスでも奢るから許せよ」
<br>「あ、あれお前のだったの? ごめんごめん、そんなに食いたかったのか。あとでアイスでも奢るから許せよ」
<br> まあそう惜しくもなかったからアイスの約束を取り付けられたのは思わぬ収穫で、小学生の俺はすぐに機嫌を直したよ。
<br>と言った。まあそう惜しくもなかったからアイスの約束を取り付けられたのは思わぬ収穫で、小学生の俺はすぐに機嫌を直したよ。


 これで昔話は終わりだ。
 これで昔話は終わりだ。
158行目: 159行目:
<br> 勝者は三津田さん。頭を抱えて悔しがる京極さんを尻目に、得意そうに話し始めた。
<br> 勝者は三津田さん。頭を抱えて悔しがる京極さんを尻目に、得意そうに話し始めた。
<br>「タケくん、今までのケンくんの話には叙述トリックが仕掛けられていたんですよ」
<br>「タケくん、今までのケンくんの話には叙述トリックが仕掛けられていたんですよ」
<br> そのくらいは見当がついている。そうでもないと、急にプリンの話になった理由がわからない。
<br> さすがにそのくらいは見当がついている。そうでもないと、急にプリンの話になった理由がわからない。
<br>「では、それは何なのか。叙述トリックというのは、きちんと伏線を辿れば見破れるようになっているんですよ」
<br>「では、それは何なのか。叙述トリックというのは、きちんと伏線を辿れば見破れるようになっているんですよ」
<br>「その伏線っていうのは?」
<br>「その伏線っていうのは?」
164行目: 165行目:
<br> 得意気に口を開きかけた京極さんを制して、三津田さんは説明を始めた。
<br> 得意気に口を開きかけた京極さんを制して、三津田さんは説明を始めた。
<br>「あのトリックは、ドアが内開きだから成立するものです。外開きならつっかえ棒なんてできませんからね。つまりこの事実から解ることは、<ruby>小島さんのお兄さんの部屋の扉は内開き<rt>、、、、、、、、、、、、、、、、、、</rt></ruby>だということです」
<br>「あのトリックは、ドアが内開きだから成立するものです。外開きならつっかえ棒なんてできませんからね。つまりこの事実から解ることは、<ruby>小島さんのお兄さんの部屋の扉は内開き<rt>、、、、、、、、、、、、、、、、、、</rt></ruby>だということです」
<br> 全く予期していなかった方向に話が転がっている。三津田さんは微笑んで説明を続けた。
<br> 全く予期していなかった方向に話が転がっている。それがプリンと何の関係があるんだ? 三津田さんは微笑んで説明を続けた。
<br>「でも幼き頃のケンくんが鼻に傷を負ったとき…」
<br>「でも幼き頃のケンくんが鼻に傷を負ったとき…」
<br> その瞬間、ようやく三津田さんの言わんとしていることが理解できた。
<br> その瞬間、ようやく三津田さんの言わんとしていることが理解できた。
<br>「<ruby>ドアは外開きだった<rt>、、、、、、、、、</rt></ruby>!」
<br>「<ruby>ドアは外開きだった<rt>、、、、、、、、、</rt></ruby>!」
<br> 僕は思わず叫んでしまった。小島さんは相変わらずニコニコしている。すると京極さんが口を挟んできた。
<br> 僕は思わず叫んでしまった。なぜこんなことに気づかなかったんだろう? 小島さんは相変わらずニコニコしている。すると京極さんが口を挟んできた。
<br>「どっちの場合も、部屋は兄の自室やと明言されとる。部屋に扉が二つもあるっちゅうのは考えづらいやろう」
<br>「どっちの場合も、部屋は兄の自室やと明言されとる。部屋に扉が二つもあるっちゅうのは考えづらいやろう」
<br> 三津田さんは京極さんを止めるのを諦めたらしい。
<br> 三津田さんは京極さんを止めるのを諦めたらしい。
181行目: 182行目:
<br> 兄が2人いるなら家族は5人いないとおかしくなる。すると三津田さんは足し算に見事正解した孫を見るような顔をした。
<br> 兄が2人いるなら家族は5人いないとおかしくなる。すると三津田さんは足し算に見事正解した孫を見るような顔をした。
<br>「その通りですが、正確には『その時は』『4人暮らし』と言っただけです。<ruby>上の兄<rt>、、、</rt></ruby>、<ruby>つまりプリンが嫌いな兄は<rt>、、、、、、、、、、、、</rt></ruby>、<ruby>もう一人暮らしを始めた頃だった<rt>、、、、、、、、、、、、、、、</rt></ruby>のではないですかね。そう、その年の4月から」
<br>「その通りですが、正確には『その時は』『4人暮らし』と言っただけです。<ruby>上の兄<rt>、、、</rt></ruby>、<ruby>つまりプリンが嫌いな兄は<rt>、、、、、、、、、、、、</rt></ruby>、<ruby>もう一人暮らしを始めた頃だった<rt>、、、、、、、、、、、、、、、</rt></ruby>のではないですかね。そう、その年の4月から」
<br>「『何かと心労の絶えない時期』っちゅうのは長兄の大学受験とかやろな。それに、ダイニングにお誕生席があったのも、5人暮らしの名残やろう」
<br>「父親の『何かと心労の絶えない時期』っちゅうのは長兄の大学受験とかやろな。それに、ダイニングにお誕生席があったのも、5人暮らしの名残やろう」
<br> なんでこの爺さんたちはそんなに細かいところまで覚えてるんだ。
<br> なんでこの爺さんたちはそんなに細かいところまで覚えてるんだ。
<br>「ふむ、それは気づきませんでした。ですが、私は次男の名前が分かりますよ。多分『<ruby>政治<rt>せいじ</rt></ruby>』というんでしょう、どうです、ケンくん?」
<br>「ふむ、それは気づきませんでした。ですが、私は次男の名前が分かりますよ。多分『<ruby>政治<rt>せいじ</rt></ruby>』というんでしょう。どうです、ケンくん?」
<br>「ああ、その通りだ。ちなみに漢字も、ちゃんとまつりごとだよ」
<br>「ああ、その通りだ。ちなみに漢字も、ちゃんとまつりごとだよ」
<br> 小島さんも2人の洞察力に苦笑いしている。一方、僕は釈然としない。
<br> 小島さんも2人の洞察力に苦笑いしている。一方、僕は釈然としない。
<br>「じゃあ、最初の場面で小島さんとお兄さんが話してたのはどういうことです? 亮二お兄さんの部屋に2人ともいたじゃないですか」
<br>「じゃあ、最初の場面で小島さんとお兄さんが話してたのはどういうことです? 亮二お兄さんの部屋に2人ともいたじゃないですか」
<br> とここで、僕の脳裏にある仮説が閃いた。
<br>「あ、もしかして、小島さんはお兄さんの家に遊びに行ったところだったんじゃないですか?」
<br> しかし京極さんは渋い顔をした。
<br>「残念やが、『我が家』ゆう記述がある。ケンは間違いなく自分の家におったんや」
<br>「なら一人暮らししているお兄さんとどうやって話したんですか?」
<br> 京極さんは頭を掻きながら事も無げに言った。
<br>「ありゃあ<ruby>電話<rt>、、</rt></ruby>やろ」
<br>「ありゃあ<ruby>電話<rt>、、</rt></ruby>やろ」
<br> 京極さんは事も無げに言う。
<br> え…。唖然とする僕に、三津田さんは優しく語りかけた。
<br><ruby>同じ部屋にいるという記述は<rt>、、、、、、、、、、、、、</rt></ruby>、<ruby>実はない<rt>、、、、</rt></ruby>んですよ」
<br>「実は、<ruby>同じ部屋にいるという記述はない<rt>、、、、、、、、、、、、、、、</rt></ruby>んですよ」
<br>「でも電話って…ええ? 言われてみればあり得なくもないのか…?」
<br>「でも電話って…ええ? 言われてみればあり得なくもないのか…?」
<br> 確かにその時代には携帯電話は普及し始めていただろうけれども。
<br> 確かにその時代には携帯電話は普及し始めていただろうけれども。
<br>「ガキん頃のケンは、プリンを平らげた犯人は両親やないとわかった時点で、政治兄しか選択肢があらへんかったんや。『無駄な思考』っちゅうのは、もう巣立った亮二兄を考えの範疇に入れとったことやな」
<br>「つまり、プリンを平らげた犯人は両親やないとわかった時点で、残る選択肢は政治兄しかあらへんかったんや。『無駄な思考』っちゅうのは、もう巣立った亮二兄を考えの範疇に入れとったことやな」
<br>「というわけで、プリンを食べた犯人は、政治お兄さんだとわかるんです」
<br>「というわけで、プリンを食べた犯人は、政治お兄さんだとわかるんです」
<br> 三津田さんと京極さんはこうして説明を締めくくった。
<br> 三津田さんと京極さんはこうして説明を締めくくった。
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